第19話 仕事休め、遊園地行こう!
道場を出て、すぐ右に曲がり、直線距離二キロ走った所にアキラの店がある。
アキラはミックスバーるんるんに女装バーテンダーとして勤め始め、今は何でもこなすママだ。
『……やっぱ、オレもついて行こうか? 一人じゃ不安だろ?』
ゲッ、いつの間に。マサルが肩に乗ってきた。
「マサルに竹刀で叩かれた所、痒いんだけど。まったく」
体を満遍なく叩かれたせいで血流が良くなったかもしれない。あと、店まで百メートルの所で歩きながらマサルに愚痴る。マサルははサングラスを外してごめんと言った。気持ち悪い。
「小さいオジさん族も武道習うんだ。……マサルは何で剣道にしたの?」
『竹刀持ちたかったんだよ。カッコいいだろ、竹刀持つ男って』
「そうかな? でも見直したよ。剣道四段て相当努力しただろ?」
『オレ、剣道の本を読んだんです!』
「よんだんです? もしかしてオヤジギャグ? めんどくさ」
だんだんマサルが怖くなくなった。ぱっちり二重だし、笑うとエクボが出来る。オジさんでエクボって珍しい。俺も顔が濃いけどマサルはもっと濃い。それにオールバックが似合っている。若い頃はモテただろうな。
そんな事を考えてるうちにアキラの店に着いた。夜とは全く違う雰囲気だ。
料理も作るアキラはこの時間なら仕込みをしてる筈だ。お酒だけじゃもう売り上げが上がらないと、フードメニューにも力を入れている。
「やっぱ、怪我の状態聞いてからにしようかな。来てるか分かんないし」
急に不安になる。救急車で運ばれたんだろうか? それとも大した事なかったんだろうか? それすら怖くて確認しないまま飛び出した。
『アキラの怪我は大した事なかったよ。自分で確認しろ。もう店に来てるぞ』
マサルが耳元でささやく。優しくされると調子が狂うじじゃないか! けど素直に嬉しかった。
「シンちゃん、おはよう! 何、心配して来てくれたの?」
「……まあな、怪我は?」
「大した事ないよ、気にしてくれたんだ、嬉しい」
アキラは買ってきたばかりなのか、冷蔵庫に食材をしまいながら言った。表情は見えないけど、肩が少し震えている。
「アキラ、今から仕込みするんだろう。少し話してもいいかな?」
「……うん。あっ、シンちゃんお腹空いてるでしょ? なんか作るね。えーと」
アキラは手際良くフランスパンを切り、溶かし卵と砂糖、ミルクにつけてフライパンで焼いてくれた。焼いてる間にサラダを盛り付ける。
「シンちゃん、生ハムとベーコンどっちがいい? あとコーヒーでいいよね」
アキラは手を休める事なく俺の朝食を準備する。なぜ怒らない?
「……アキラ、ごめんな。なんか俺……」
「シンちゃん、砂糖は? ミルクは?」
いつもそうだ。俺が謝ろうとすると話を変えようとする。かかと落としでマサヤを傷つけた時もそうだった。シンちゃんは悪くない、マサヤがシンちゃんを挑発したのが悪いの、止めに入って勝手に怪我した僕が悪いの。
「アキラ、お前はどうして俺を庇う? どうして俺を責めない?」
「いつもシンちゃんが僕を守ってくれたから」
アキラは色白で細身で女の子みたいだった。男子から乱暴な言葉をかけられただけですぐ泣いてしまう。俺だけがアキラを守ってあげられると思っていた。
「違うんだよ、アキラ、あの日は、あの日からは違う。アキラが鬱陶しくて……離れたかったんだ。アキラの存在が今までと違ってきた気がした」
弟のように大事に守ってきたアキラが、妹のように感じて、六年生になったばかりの頃、気付いたんだ。アキラは女子と同じ視線を俺に向けるって。
「アキラ君ね、将来はシンヤのお嫁さんになりたいんだって」変なの。
クラスのみんなの笑い声を聞き流す事が出来なかった。アキラが……怖かった。
「シンちゃん、ごめんね。私が全部悪いの。でもいいよね、
「……アキラ、明日休めるか? いや、休め。遊園地行こう!」
告白されて断った日のアキラの言葉、思い出したんだ。涙でぐちゃぐちゃになりながらアキラ言ったじゃないか! 「シンちゃんとメリーゴーランド乗りたい!」って。アキラの幼い日の恋心、今なら叶えられる。
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