第18話 アキラの言葉を思い出したんだよ!

 クーシャンクーと聞いて俺は動揺した。一番好きな空手の型だったのに、一番嫌いになった型だからだ。十二歳の誕生日が過ぎた頃、昇段審査があった。


 一級まで順調にきたし、簡単に受かって初段を取り、ずっと目標にしてしてきた黒帯がしめられると思っていた。型はクーシャンクー、あんなに練習してきたのに、本番で緊張して上手く出来なかった。


 まだ初心者に近いアキラが、昇段出来なかった俺を励ます。イラッとした。


「アキラ、うっとうしいんだ。しばらく俺にかまわないでくれる!」

「シンちゃん、次頑張ろう。僕も頑張るから」

 

 白帯のくせにうるさいんだよ。

 

 学校でもシンちゃん、シンちゃんとまとわりついてきた。

 

 昇段審査翌日の昼休み、隣のクラスのマサヤと喧嘩した。マサヤも空手をやっている。昇段審査の会場にもいた。俺は和道流、マサヤは松濤館流しょうとうかんりゅうでダイナミックな型をする。俺は同じノンコンタクトでも迫力のあるマサヤの流派に憧れていた。


「シンヤ、お前だけだってな、黒帯になれなかったの。残念でした。俺らの道場はみんな昇段したんだぜ! お前、組手もびびってたもんな」


 痛い所を突かれた。組手の相手はマサヤの道場の奴だった。一回り大きな奴の胸元の【松濤館】という刺繍にびびった。それを見抜かれた。カッと顔が熱くなる。

 

 寸止めルールなのに、何度も俺の体を奴の拳がかすめる。こいつわざとやっている。それに気づき重心がブレた。動揺し……負けた。


「シンヤのクーシャンクー、なよっちくてダンスかと思ったよ。笑える」

 

 マサヤがバカにする。悔しくて拳を握る。殴りたい。一発だけ殴りたい。


「シンちゃん、怒っちゃダメだよ。ケンカはダメ!」

 

 アキラが心配して俺の腕を掴む。分かっている。耳にタコが出来るくらい聞かされている。


【和道流は敬、愛、れいにのっとり、争うことよりも難しい和を求める事を目的にしている】


「そんな難しい事言われたって関係ないんだよ! アキラうるさい、あっち行ってろ!」

 

 アキラを突き飛ばす。机にぶつかった。女子が騒ぎはじめる。


  俺は弱くなんかない。マサヤが挑発する。お前びびってたよな!


 気に入らない。俺はマサヤの胸ぐらを掴んで黒板に叩きつけた。机にぶつかったアキラが止めに入ってきた。邪魔するな、アキラ。ただ片手で払い除けただけなのに、先生の机にぶつかる。


「俺はびびってなんかないんだよ!」

 

 黒板で頭を打ったマサヤの隙を狙ってかかと落としを一発お見舞いした。肩を狙ったはずなのに、頭頂部に入った。


 マサヤがその場にうずくまり、女子が悲鳴を上げる。ヤバイ、しまった。


 先生が騒ぎを聞きつけて駆けつける。マサヤは軽い脳しんとうを起こし保健室へ運ばれた。アキラは先生の机の上にあった花瓶が割れて手を怪我し、血が流れていた。俺は怖くなって教室を飛び出した。


───思い出したくない出来事だ。


『……思い出したか、シンヤ! お前は二人を傷つけて逃げたんだよな!』

「うるさい、マサヤは保健室のベッドに横になって一時間で元気になったし、アキラだって大した怪我じゃなかったんだよ!」


『そういう事じゃない! シンヤ、お前は二人にちゃんと謝ったか? って事だ』


 俺が謝る? マサヤが俺を馬鹿にしたからだ。アキラだって、次の日から普通に俺に話しかけてきたんだ。アキラは勝手に自分で花瓶を割ったんじゃないのか。


「たかがふざけた遊びで怪我したくらいで、大袈裟だよ、マサル!」


『……だから、お前はダメなんだよ!』

「……イタッ、痛い、何だよ!」


 マサルが俺の足を竹刀で叩きグリグリと指に押さえつけた。


「痛いんだよ!」

 蹴っ飛ばす。空振りした。一瞬で消えた。マジか。今度は背中に痛みを感じる。背中を竹刀で叩かれた。


『オレは剣道四段だ。お前の根性叩き直してやる! メーン、ドーウ、コテ』

「卑怯だ、マサル、言葉と打った所が違うじゃないか!」


 百箇所くらい叩かれて、俺は大の字になった。降参だ。痛い事よりも馬鹿らしくなった。


「……俺、こんな事してる場合じゃないんだよ。……アキラの言葉思い出したんだ!」


『……分かった、行って来い!』


 俺はアキラの店に向かった。





 





 


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