赤いジャージ

第15話 逃げたらあの時と同じじゃねえか!

「ミナ先輩気を付けて下さいね。やっぱ家まで送りましょうか?」

「大丈夫だよ、すぐそこだから。……おやすみ」

 ふらふらして手を振ってる。


「……あゆみちゃん、やっと二人きりになれたね。どうする、今から家来る?それとももう一件寄ってく?」

 

 タクシーの後部座席にいるあゆみちゃんに聞いた。


 本当はミナ先輩に見抜かれた通り、店を出てすぐあゆみちゃんとホテルに行ってしまいたかった。この時期きっと高いんだよな、一人暮らしには大きな出費だ。思い切って家に誘う。


「……シンヤ先輩、ごめんなさい。明日用事があるので……家に送って下さい」


 忘年会のノリと違ってあゆみちゃんはポソリと言った。時々暗い表情になるんだよな。またこういうところが可愛いいんだけど。


「運転手さん、すいません、三丁目に行き先変更します」


 無理強いは嫌われる。まだ付き合って一ヶ月だ。一度キスしたくらいで自分の思い通りには出来ない。せめて家まで手を繋ぎたくて隣に座った。。二十分間だけ恋人繋ぎをする。横顔もたまらなく可愛い。このふっくらしたタラコ唇が好き。


「ありがとうございました。また月曜日に会社で」

 あゆみちゃんがシートベルトを外す。


 あゆみちゃん、日曜日も会ってくれないのかな。俺は痩せ我慢をして笑顔でサヨナラした。あー、キスしたい。けどあゆみちゃんは実家暮らしだ。こんな所じゃ無理無理。降りる寸前ギュと握った。握り返してくれたけど、さっと離してタクシーを降りる。顔の横で手を小さく振っているあゆみちゃん、天使だ。


「お客さん、どちらへ?」

「一丁目、あっ、やっぱりさっきの店方面に戻って下さい」


  一人で家に帰ってもつまらない。せっかくの連休だ。どっかで飲みなおそう。

 

  タクシーを降りて、馴染みの店に行く。中学の同級生がやっている店だ。


「……いらっしゃい……あっ、シンヤ久しぶり、元気にしてた?」

「まあね、今日会社の忘年会だったんだけど、ソーシャルディスタンスってやつで五人きりだったんだ。あっと言う間にお開き、家に帰ってもつまんないしさ」


「そう、うちは大歓迎よ、ビールでいいかしら? お腹は?」

「いいよ、お腹は空いてないんだ。儲けどきにごめん」


 最近やっと客が増えてきただろうに、一人でカウンターに座り、安いビール一杯の俺を歓迎してくれるアキラは最高の雇われマスター、いや雇われママだ。


「……最近どうよ、シンヤのオモチャ売れてる?」

「いまいちだね。営業成績は一番キープだよ!」

「さすがシンヤね。小学校の頃から人の心掴むの上手かったもの」


 そうだったかな?そんな昔の話覚えていない。アキラは褒め上手だ。


「アレ、あのオモチャ最高だったわ。【逃げるが勝ち】。発想がシンヤらしくて好きなのよ。そう、【叩いてポン】もいいわね。で、この頃は?」


 アキラが珍しくしつこい。スランプの時くらいほっておいて欲しいんだけど。


「最近の子供ってませてるのよ、いっそって付けちゃえば売れるわよ」

「……夜のなんて付けたら勘違いされちゃうよ、ダメダメ却下」


「あらあ、あなた知らないの? 静岡のお菓子もって付けたら売れたのよ。……いつでも言って、夜の事なら私も協力するから! うっふウフフ」


 アキラは低い声で笑った。男の子だった時のアキラも、女性になったアキラも俺にとっては大事な友人だ。───そして命の恩人だ。


 キャー、店の奥で悲鳴が聞こえた。アキラが飛んでいく。客同士のケンカらしい。身長百八十センチくらいの大きい男が、丸坊主の男性の胸ぐらを掴んでいる。


「ちょっとお客さんやめて下さい! ケンカなら外でやってよ!」

 アキラが叫ぶ。


 原因は分からないが、取っ組み合いになったケンカにアキラが割って入る。店にグラスの割れる音が響き、アキラが突き飛ばされた。


「ママ、血がー。早く救急車を!」

「アキラさん大丈夫ですか、しっかり!」


 店の女の子達がアキラを取り囲んでいる。アキラの手から血が流れて……俺は怖くなって店を飛び出した。とにかくその場所から離れたかった。走って、早足になって、途中でコートを置いてきた事に気がついたけど、戻れずに走る。


 どれくらい走ったんだろう。ゼイゼイして喉がカラカラだ。自販機で炭酸を買って一気飲みする。うっ、う、苦しい。ゲフっ。落ち着いた。


『お前ダチほって逃げてきたのか?』


 声がする。ガラの悪い男に絡まれてる?


『逃げたらあの時と同じじゃねえか!』


「誰だ?」

 あたりには誰もいない。自販機の裏を見てもいない。


『お前の根性曲がったままだな!」

 

 本当に誰だ? ジュースを買うとお礼を言うシステムにしても言葉が汚すぎる、いや、そもそも礼なんて言ってない。


「姿を見せろよ!」

「おい、シンヤここだ!男ならこんな場所でも堂々としてられる」

 

 こんな場所? 何で俺の名前を知っている?


『よく見ろ、ゴミ箱の上だ。オレの名前はマサルだ! よおく覚えておけ!』


 よく見ろと言われ目を凝らすと、缶入れと書かれたゴミ箱の上に身長十センチ位のオジさんが両手を腰に当てて立っている。


 赤いジャージにオールバック、夜なのに黒いサングラスをかけたガラの悪いオジさんだ。


「あんた、何? 俺の根性どう曲がってるんだよ?」

『マサルって名前があるんだよ。名前で呼べ! まっすぐになったら教えてやるよ!』


 アキラから逃げた夜、俺はマサルという変なオジさんに絡まれた。

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