ワタルと申しやす!

星都ハナス

ピンクのジャージ

第1話 ワタルと申しやす!

「ミナ先輩気をつけて下さいね、やっぱ家まで送りましょうか?」

「大丈夫だよ、すぐそこだから。……おやすみ」


 なんとか手を振った。げっ、吐きそう。やっぱ飲みすぎた。1分我慢すれば近くに公園がある。トイレまで猛ダッシュ。オエー、ギリギリセーフ。


 こんなに飲んだの久しぶりだな。仕事のミスをグチグチ言われて腹立って、ジョッキ何杯いったか分からない。飲み過ぎだよ。


 今夜は年に一度の忘年会だった。しかも人数制限あり。私、課長、同僚三人のしめて五人ぽっちだ。つまらな過ぎて飲むしかない。会社命令ならzoomかSkypeで良くない?あー、めんど。


「課長、今度から気をつけます。ゲフっ」

「ミナ君、それでも反省しているのかね?」

「……もちろんです。って何やらかしましたっけ? 私」

「取引先の天野産業さんに振り込み忘れたでしょ! もう真っ赤になって怒って電話きたでしょ!」

バーコード井上課長がうっさいよ。


「なんで、電話で顔色分かったんですか?」

「……兼子かねこくん、揚げ足取らない! 今、ミナ君に説教タイムなの!」


 ナイスフォローだよ、兼子! 私より三つも年下の気がきくねえ。バーコード井上が諦めて隣のあゆみちゃんに乗り替えた。

 

「あゆみちゃん、飲んでる? あゆみちゃんも、この前ミスあったよ」

「……すいません。気をつけます。このお店、課長の仰るとおり感染対策バッチリですね。あゆみ安心」


 二十二才ですよ、胸に手を当てるのやめい。白米にタラコが乗かったような化粧で何でも許されると思うなよ。


「あゆみちゃんはミナ君と違って素直で宜しい。あゆみちゃん今年でいくつになりましたか?」

 げっ、バーコード井上、あゆみちゃんにスリスリしてる。


「……課長、女性に年聞くのってセクハラですよ!」


 突っ込み入れるお局つぼね砂山仁美、独身四十五歳。グッジョブ。


「……すまんね、砂山さん。これも上司と部下のコミミ、コミュに、あっ、コミュニケーションってやつだから。さあ、お開きにしようか、会計してくる」


 カミカミのバーコードの一声で解放された。明日は休みだかんな!はよ帰ろ。


「……あゆみちゃんは僕が送っていきます。方向同じだし、夜道は危険ですから」

 西郷どんの末裔かってくらい濃ゆい顔でドヤ顔する兼子。


「兼子、私も途中までタクシー乗せてよ。方向同じ」


「ミナ先輩は課長が送ってくれるそうですよ。さっきそう言ってました」


「やだよ、あっ、もしかしてあんたらこのままホテル行っちゃう感じ? いけないんだ、いけないんだ。部長に言っちゃうよ! 部署変えられても知らないよ!」


「しょうがないなぁ、じゃあ先輩一緒に帰りましょ」

 脅してやった。誰がバーコード井上と帰るもんか。私だってまだ三十才のピチピチギャル、あっ、気持ちは二十五才。


「ここは僕がご馳走しますね。……ミナ君は僕が送りますよ!」

 トイレも済ませて手をふきふき課長がにたっている。

 

「それなら大丈夫です。あゆみちゃん達と帰ります。ご馳走様でした」


 一人五千円コースだよ。それぽっきりのお礼で、私はゲット出来ませんわよ。


「課長、コミミ、あっ、コミュニケーション楽しかったです。あと、さっき甘海老の頭食べてましたけど、お腹壊さないようにしてくださいね。あれ生ですから。それと開いてますよ! あそこ。じゃごきげんよう」


───課長の股間思い出した! 

 気持ち悪い。早く吐いちゃお。鏡に映る自分の顔を見ないようにゲーとする。


『大丈夫ですか?』耳元で声がした。

「大丈夫です」ハンカチで口元を押さえて振り返る。


 チョーイケメンの声がしたよね。イケボだよ。誰もいないんですけど。


『背中さすりましょうか?』耳元で囁く。姿がない。てか、右肩すっごい重いんですけど。何かに取り憑かれたのか、めちゃ怖いし重いよ。


『……柔らかい、この形、揉み具合最高や!』耳たぶ揉まれてるんですけど。


「ギャー、あんた誰?」

 目の端に入ってるのオジさんだよね。これが噂の。都市伝説の、あっと言う間に消えちゃうオジさんだよね?」


『……耳カスありますよ! 取りましょうか?』質問に答えない小さいおじさん。


「……傘でやるんじゃない! ていうか、何でまだいるの?……あー、そこそこ、気持ちいい!」


 傘の柄でホジホジされて感じる。酔って見ちゃったのかな?でもこの耳の感覚幻じゃないよ。


「気持ちいいんだけど、重いから肩から下りて。で、あんた誰?」


『私の名前ですか?……と申しやす!』


 小さいオジさん、名前あるんですかー! ビックリ。

ジャージの色も派手なピンクだ。噂と違う。違うよね。


 私は公園のトイレでワタルと出会った。





 

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