第十七魂

青色の戦士


「水晶を確認しろ。」

「え、急にどうしたの?」

「早くしろ!!」

「うわっ!!」


ひかりの部屋に着くや否や、エレッタはああ言って晄の背中を押した。急な事に転びかけたが、何とか足を踏み出して堪えた晄は、彼女の勉強机の上に置かれている、水晶が並べられた箱を取り出し、その蓋を開けた。


「え、あれ……ん?ひ、光ってる?」

「……やはりか。何色だ?」

「青いやつ。」


何故あんなにエレッタが慌て晄の部屋に向かおうとしたのか。それは、エレッタが、今日のリナルドにある違和感を感じたからである。その違和感というのは、彼が木葉このは篤志あつしと初めて会った時に感じたものと同じような、決して悪いものでは無い違和感である。彼は晄の横に立ち、彼女の持つ箱を覗き込んだ。


「ほら!これ見て!!」


晄は青色の水晶を手に取ると、それをエレッタの方に差し出した。エレッタがそれを受け取ってみると、彼の目にも、微弱にだか、確かに光っているのが分かった。エレッタは確信した。


「晄、明日にでもこれをリナルドに渡すぞ。」

「え、リナルドさんに!?なんで……?」

「その水晶の戦士として選ばれてしまったのは、恐らくリナルドだろう。だからだ。」

「どうしてそんなことが……?」

「……第六感、と言うべきだろうか。」

「……?」


しかし、晄はエレッタのように、戦士特有の違和感とやらを一切感じられない。それ故に晄は、この人は何を訳の分からないことを言ってるんだ、というような、じっとりとした目で彼を見つめた。しばらく沈黙が続いた後、その視線に耐えきれず、エレッタはとりあえず拳骨を一発食らわせた。


「いっだ!!」

「奇妙がるのはわかるが、それを目で伝えるのはやめてくれ。我にも心はある。」

「ご、ごめん……でも、何でそう言えるの?」

「今日の彼からは、戦士特有の違和感が感じられた。恐らく、今朝貴様と会ったからだろう。水晶は、他の水晶同士で、例えどんなに離れていようがいつでも会話できるらしいからな。何故か知らんが、黄色の水晶伝いにリナルドの事を知った青色の水晶が、彼を戦士にしたいと感じたのだろう。」

「……え、っと……な、なるほど……」

「……分かってないだろ。」

「ご、ご名答……」


エレッタの説明を聞いたあとも、晄はアホズラを披露していたため、エレッタは呆れのあまり溜息をついた。ただ、晄は水晶に意思があることもあまり信じていないため、先程のエレッタの説明を理解出来ても、あまり納得はしないだろうが。


「とにかく、しばらくの間新たな戦士が見つからなかったのだ。新たに戦士が増えることは、有難いことであろう?」

「いや、まあそうだけどさ……急にそんな事言って、変な宗教とかと勘違いされたくないじゃん……」

「……まあ、言いたいことはわかるが……」


晄の言葉に、エレッタは言い返すことも無くただ頷いていた。晄も、都会に来てからすこし成長したらしい。初めて都会で出来た仲間である木葉に、初対面にも関わらずガツガツと攻めていったことを思い返し、彼女は後悔しているようである。当時のことをつい最近、『何かの宗教かと思って正直怖かった』と笑いながら言われたのは、彼女の中でなかなか印象的であった。と、そんな時であった。


「うわっ!!何事!?」


先程の青色の水晶が、先程までとは打って変わって、激しく光りだしたのである。それだけではない。ほかの色の水晶全て……もちろん晄の黄色の水晶も、青色の水晶と同じように激しく光りだした。急なことに驚いた晄だったが、エレッタは冷静だった。


「落ち着け。バケモンが現れた事に、全ての水晶が反応しただけだ。」

「え?そういうこと?」

「そうだ。いいから行ってこい。」


エレッタはそう言うと、自らの手に握っていた青色の水晶を晄の手に押し付けた後、彼女の背中を押した。今度は耐えきれなかったのか、一周まわって美しく見えるほどの華麗な転びを披露した晄だった。





「本当なのかな、あの話。」

「ホントですよ。私は確かに見たんです。」

「うぅん……実は私、よくニュースとかで聞くような、変な生き物にもまだあったことがなくて……」

「そうでしたか。」


エレッタの店からすぐの交差点。そこは人通りも多く、仕事を終えたであろう人々で溢れていた。信号はまだ赤い。そんな中、リナルドと桜子さくらこは、エレッタから聞いた戦士の話を思い返していたのである。少し薄暗いが、エレッタの店以外にもたくさんの店が開かれている通りである。それに六月の初め頃であることもあり、辺りはとても明るかった。


「でも、そうだよね。店長さんは嘘つく人じゃ無さそうだし、信じてみるのもいいのかな。」

「ええ。」

「アオーン……」


信号が青に変わった。しかし、信号を待っていた人の半数は、その場にとどまっていた。信号の向こう側から、何か……遠吠えのような何かが、聞こえてきたのである。前を歩く人々は、スマートフォンを握っていたり、イヤフォンをしていたりと、それが聞こえなかったらしい人々であった。


「……桜子さん、この辺りは狼が出ますか?」

「え、そんなわけない……」


と、その時である。


「きゃあああああ!!!」


横断歩道の向こう側から、女性の甲高い悲鳴が谺響してきた。その声に、遠吠えを聴き逃し、横断歩道を歩いていた人々も異変に気がついたようで、驚いた様子でこちら側に戻ってきた。そして、悲鳴がした方向にいた人々が、一気にこちら側になだれ込んでくる。先程の悲鳴のせいか、みな怯えているように見えた。その中で、横断歩道を渡っている途中のサラリーマンが後ろを振り返った。


「狼だ!!大きな狼だ!!」


その言葉を皮切りに、通りは混乱してしまった人々の悲鳴や叫び声で溢れかえり、車に乗っていた人々も、逃げようという気持ちからか、信号を無視して走り出すものもいた。急な出来事に、リナルド達二人もどうすればいいのか分からず、今いる道路のすぐ横にある低木の後ろに、隠れるようにしゃがみ込んだ。


「狼って、まさか、バケモンって言ってたあれ?」

「間違いなさそうだ……」


平和だった光景は、気がつくと、異様な光景に変わっていた。辺りには悲鳴が飛び交い、道には人が入り乱れている。しかし、それをさらに悪化させるように、 交差点の中心に向かって、何かが近づいてきた。


「ば、化け物だああああ!!!」

「きゃああああああ!!!」

「うわあ!こっちに来るな!!」


狼の姿のバケモンは、まず、一番近くにいたサラリーマンに向かって襲いかかってきた。バケモンは、彼を切り裂かんとして近づき、右腕を思い切り振り上げた。


「うわああああ!!」


サラリーマンの右腕の皮膚が、バケモンの爪で抉り取られた。サラリーマンは、攻撃の反動で左に倒れ込んだ。それを見た人々は、さらに悲鳴をあげ、一目散に走り出そうとしたが、人の多い道ではそれはままならない。バケモンは、サラリーマンに追い打ちをかけるように、またもう片方の手を振り上げた。その場にいた誰もが、もうダメだと目をつぶった。


「うぐああああああ!!!」


バンッ!という銃声とともに、悲鳴が聞こえてきた。しかし、その悲鳴は決してサラリーマンのものではなかった。左腕を撃ち抜かれたバケモンの悲鳴だった。


「俺が相手になるぜ!!こっち来なバケモン!!」

「クソッ!何だお前は!!」


バケモンが現れた道の右側の道路から聞こえてきた声に、人々は瞑っていた目を開いた。そこにいたのは、テニス部のユニフォームとは不釣り合いの橙色のマントとスカーフ、そして、両手に拳銃を持った篤志であった。


「いいだろそんなことは。」

「あれ!?先輩来てたんですか!?」

「あたし達も手伝います!!」

「マジか!助かるわ!!」


篤志から遅れるようにやって来た晄と木葉は、サラリーマンを庇うようにバケモンの前に立った。何が起こっているのかわからない人々は、今がチャンスだと逃げ出す人、この先どうなるのかが気になるようで、状況を見守る人など様々であった。一方のバケモンはこれに機嫌を悪くしたらしい。一度戦士達から離れると、人が沢山いる方向に向かって走り出した。篤志が慌ててバケモンに弾を打ち込もうとしたが、動きが素早く、なかなか当たらない。晄と木葉も驚いてバケモンを追いかける。


「『フルミネ!!』」


一か八か、晄がそう唱えると、晄の持つ両剣から、一つの雷が走り出し、狼の目の前に落ちた。その雷に驚き、その場から走って逃げていく人が増加した。一方の狼は、狼狽えたようで思わず足を止めた。


「ああっ!朝は出来たのに……!」

「え!?何あれ!?」

「ごめん後にして!!」


『フルミネ』とは、黄色の戦士の持つ“目覚める力”である。本来の効果は、“自らが雷となり、高速で移動する”というものなのだが、先程は失敗してしまい、本来通るはずのルートの上を、ただ雷のみが走ってしまうという効果しか出なかったのである。しかし、一般人の感情の持ち主を持つバケモンにとっては、あれも脅しとして効果したため、そこまで悪いことにはならなかったのだが。足を止めたバケモンに、晄は両剣を二つの薙刀に変形させ、その一本を投げつけた。


「ぐぎゃああ!!!」


バケモンの背中から、橙色の血が一筋垂れた。晄はさらにスピードを上げて走り出し、その両剣の一部を、勢いよく引き抜いた。すると、そこから噴水の如く血が吹きでた。


「うぎゃああああああ!!!」

「うわああああ!!!」

「ごめん、木葉ダメだったら目瞑って!!」

「……いや、大丈夫……」


その光景に、その場にいた人がさらに逃げ出し減っていく。一方で、戦士である木葉も、あまりの容赦のなさに悲鳴を上げてしまったが……気がつくと、今残っているのはほんの数人にまで減っていた。


「あれ!?晄ちゃん!?」

「え……?あ!!桜子さんとリナルドさん!」


低木から顔を出した桜子とリナルド。それに気がついた晄は、木葉達をバケモンの元に残したまま、二人の元に走り出した。


「え!来ちゃっていいの!?」

「直ぐに戻ります!!でも、あの、リナルドさん!」

「わ、私か?」

「あれと戦うの手伝ってくれない!?」


リナルド達は、予想だにしなかった言葉に、思わず目が点になっていた。しかし晄は、ポケットから青色の水晶を取り出し、それをリナルドの前に差し出した。


「変な宗教だとか思わないで欲しいんだけど、この水晶が、リナルドさんを選んだんだ。何言ってんだって思うかもしんないけど、本当で……リナルドさんの力が必要なんだ!!どうか、手を貸してくれませんか!?」


そう言うと、晄は深々と、しかし素早く頭を下げた。


「……わかった。手を貸す。」

「本当!?」


勢いよく顔を上げた晄の目に映ったのは、笑顔でこちらを見るリナルドだった。


「晄には恩もある。それに昔、ハイパーレンジャーに憧れていたから。」

「ハイパー……?とにかくありがとうリナルドさん!!あ!あの、これ首からかけて、『澄み切れ、我が魂』って言ってくれますか!?」

「わかった。」


青色の水晶を受け取ると、晄の言葉通り、リナルドは、高らかにこう叫んだ。


「『澄み切れ!我が魂!!』」


すると、青色の水晶が激しく輝き始めた。それが止むと、晄達同様に、彼は、青色のスカーフとマントに身を包み、その手には、海のように青く透き通ったブーメランが握られていた。


「え!?どういう事!?」

「まさか、これはヘンシンか?」

「生身で戦えるわけじゃないんです。とにかく、あのバケモンに向かって、それを投げて攻撃して!!」

「ああ、わかった。」


リナルドは答えると、バケモンの方に近づき、ブーメランを勢いよく投げた。すると、そのブーメランは空中で形を変え、分裂し、二枚の手裏剣のような形になって、バケモンの右腕を裂いた。


「グオッ!!」

「うわっ!!」

「何だ今の!?」

「味方です!ごめん二人とも!!」


ブーメランは、リナルドの手に戻ってくる頃には元の形に戻っていた。その光景に、リナルドは目を輝かせていた。


「ニンジャのようだ……」

「そんな感じでお願いリナルドさん!あたし戻るよ!」



近距離で晄と木葉が戦い、中距離からリナルドが、遠距離から篤志が援護をする。その流れで、バケモンは完全に追い詰められて行った。一般人をも襲ってしまうほどの、強い怒りから生まれたらしいそのバケモンは、いつもより長く時間がかかったものの、四人という人数もあり、何十分とはかからなかった。


「そろそろ浄化しようぜ?もういいだろ。」

「そうですね。」

「じゃあ、リナルドさんに頼んでもいい?」

「え、ああ、わかった。」


晄は、ポケットからメモ用紙を取り出すと、それを見ながらリナルドに言った。


「ブーメランをこんな感じで持ち上げながら、『アクアエレジーア』って、バケモンに向かって唱えてください。」

「ああ、わかった。『アクアエレジーア!!』」


リナルドがそう唱えると、水がどこからか現れ、バケモンの周りを水で満たした。すると、ある瞬間に、水ごとバケモンが忽然と姿を消してしまったのであった。





あの後、現場にとどまるわけにもいかず、晄達はエレッタの店に急ぎ足で戻って行った。多くの人の前で戦ってしまったことや、リナルドが完全に戦士となったことをエレッタに伝えると、エレッタは、面倒くさそうな顔をしながら、ため息をついた。


「はぁ……」

「でも、もう怪我人もいたし仕方なかったんだよ!」

「貴様らの判断が悪いとは一言も言っていないだろうが。」


エレッタは、いつも通りの荒々しい口調でそう口にする。しかしそんな彼の表情と態度は、よそ行きの口調の彼しか目にしていなかったリナルドと桜子にとってみれば、夢に出てきてもおかしくはないほどに恐ろしかった。


「What's!?」

「て、店長!?」

「あ……悪い。素が出てしまった。だがもう良いだろう。」


思わず、これまでよそ行きの口調で会話していた相手であるリナルドと桜子の前で、素の口調で話してしまったエレッタだったが、もう訂正するのには遅い。彼は開き直ってしまった。


「そういや、晄の親父さんって、店やってる時は猫かぶって……」

「もっといい言葉を選べ!それに、我はこんなバカ娘の父親などではないぞ、失礼だ。」

「ええ!?失礼って……」

「ど、ドンマイ……でも今は、晄の親父さんみたいなもんなんだろ?」

「それは誤解だ。いいか?こいつの父親はな……」


何故か、言い合いらしきことを始めた三人だったが、木葉は、リナルドと桜子に向き直って言った。


「え、えっと……僕は大森おおもり木葉と言います。あちらの方は、火焰かえん篤志先輩です。えっと……すみません、お二人のお名前をまだ存じ上げなくて……」

小森こもり桜子です。さっきは助けてくれてありがとうございます。」

「リナルド・ジョーカーだ。木葉は、私のナカマなんだな。これから、よろしくお願いします。」

「え、が、外国の方だったんですね。日本語が上手なので、てっきり違うのかと……」

「ありがとう、木葉。」


新しい戦士が一人、そして戦士の存在を知る仲間も一人新たに増えた。残る水晶はあと六つ。全ての水晶の戦士が集まるのは何時になるのだろうか……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る