第十三魂

直前にしては穏やかで。


「なるほどな。」

「ね!ぶん殴りたくなるでしょ!?人を物だと思ってるんだもん!許すまじ鳥沢……!!」


しゅんとしていたひかりだったが、アイスクリームを与えられて、一気に元の調子に戻ったらしい。そしてその途端、晄はエレッタに、鳥沢とりさわとの出来事を全てぶちまけ、苛立ちを発散し始めた。一方のエレッタは、それを文句も言わず淡々と聞いていた。


「ただ、そこで本当に殴りこもうとするあたり、貴様はあまり成長していないな。」

「あはは……今冷静になって考えたら、圧倒的に不利だなって思うよ。だって、相手は医者だからね。数学で頑張ってもだいたい五十点しか取れないあたしにはかないっこない相手だよ……」

「……それだけではないのだが……まあよい。もし次に煽られても、無理に戦いをふっかけることが無いようにな。」

「うん。無駄だもの、大人し〜く、挑発されることにします!」

「それでいい。」


元気よく言った晄に、エレッタはそう、適当に返すと、晄の食べ終えたアイスクリームのカップとスプーンを回収した。


「しかし、随分と面倒なことになったな。」


エレッタは、そうぽつりと呟いた。

ソウルブレイカーの幹部全員が、晄の名前と顔を知っている。これは、正直かなりまずいことである。さらに、つい最近までは、晄がこの都会に来ているとは知られていなかったにも関わらず、鳥沢との一件で知られてしまったのである。つまり、人間の状態の晄が、幹部の誰かに狙われる事も有り得るようになった、ということなのだ。


「確かに……」

「雰囲気だけでも変えたら良くなるのではないか?その髪の結い方を変えるのも手だぞ?」

「え!?やだ!!」


エレッタがそう提案したが、晄は迷う暇もなくそう言った。晄の髪型はサイドテールなどと呼ばれるもので、頭の左側で髪を一本に結う髪の結い方をしている。これは、晄が幼い時から未だに続けているもので、恐らく、何かしらこだわりがあるのだろう。彼女の表情を見る限り、断固として譲る気は無いようだ。


「何故だ。」

「え?だって、この髪型変えたらみんな、あたしのことあたしだと思ってくれなくなるかもしんないじゃん!」

「それはかえって好都合だろう?」

「うーん……でも、やなもんはやだ!!」

「はあ……わけがわからない。」


エレッタは、晄のよく分からないこだわりに呆れていた。自分の命よりも髪型の方が大事だというのだろうか?エレッタはそう言いたかった。


「別に、アイツらにはあたしの髪型、覚えられてないと思うし、髪型は関係ないよ!……というか、ほかの結び方出来ないし。」

「……そういう理由か。」


結局、他の結び方の練習をするのが面倒くさいだけなのか、と言いたげに晄を見るエレッタ。一方晄の表情は、何故その理由ではいけないのか、と言いたげである。


「尻尾の角度変えても同じようなもんでしょ?だから、変えるとしたらそれ以外じゃん?本数増やすにしても面倒臭い!」

「尻尾?」

「ああ!これこれ!」

「……そうか。」


結んだ髪を握って、上下に揺らしながら言った晄に、エレッタは納得がいったらしい。適当に相槌をうって、尻尾の話を流した。


「それに、校則に確実に違反してないのはこんくらいだよ!」

「わかった。それはもういい。とにかく、今後は常に警戒しろ。いつ殺されてもおかしくないと思え。特に人混みは気をつけろ。」

「わかった。」

「あの田舎とは危険度が全く異なる。細心の注意を払え。」


エレッタは、晄に何度も気をつけるように言った後、リビングを後にした。





「退院は来週の金曜日か……じゃあ、未来みらいくんが学校に通うのは月曜日からかな?」

「……」

「……晄?」


次の日。晄と木葉このははまた同じように、担任にお使いを頼まれていた。その時に、未来本人と会話した中で未来は、先程木葉が口にした通りの日付に退院が決まったと喜んで話していたのである。そして、今日は遅くならないようにと早めに病院を後にした二人は、その時の会話の内容を振り返りながら歩いていた。……いや、正確には、話の内容を振り返っていたのは木葉のみである。晄は、木葉に話しかけられたのにも関わらず、木葉の方を向くでもなく、立ち止まるでもなく、そのまま下を向いたまま、目の前にある電柱にも気づくことなく歩き続け……そして、ガツンと音を立ててぶつかった。


「いっ!つぅ……」

「え、晄大丈夫!?」


晄はぶつかった時の反射で、ぶつけた頭の頂きのあたりをおさえながら電柱から少しなれると、少しふらついた足取りで、また電柱の方に歩き出した。木葉はそれに驚いて、思わず晄の背負うリュックを後ろに引っ張った。


「あの……どうかしたの?晄……」

「……よし。」

「え?」

「木葉。あたし決めた!あたし考えるのやめる!!」

「……は、はい?」


そう言った晄の目は、その首から下がっている水晶よりも、キラキラと輝いていた。





「タイムリミットは未来くんが退院するまで…か……」

「それなのに、この前言ってた期間よりも大幅に残り時間が短くなったわけじゃん?だから、裏があるのかもしれないと思って、考えてたんだけど……」

「確かに、前二週間くらいとか言ってたよね……入院し始めたのは日曜日だったから……いやでも、二日くらいしか変わらないし、気にするほどのことじゃないんじゃ……」

「でも、もっと伸ばせるはずなのに、わざわざ少し短めにしたのが気になっちゃってさ……」


晄が考えすぎで熱暴走し電柱にぶつかった後、周りの目を少し気にした晄は、木葉を自宅に招いて、昨日の鳥沢との出来事を伝えていた。『未来が退院したら、もう未来には手を出さない』。これが真実かはわからない。しかし、もしこれが真実なら、鳥沢は、残り短い未来の入院期間中に大手をかけてくるだろう。


「……そうだね。退院日までに何か、大きなことをしてくるかもしれない。多少警戒した方が良さそうだね。」

「うん。あ!あの、そこで木葉にお願いなんだけど!」


そう言った晄は、今座っている椅子から立ち上がることなく、目の前に座る木葉に深くお辞儀をし……机に頭を大きく打ち付けた。


「え!?ちょ、大丈夫!?」

「土日の休みにも、未来くんの所にお見舞いに行っていただけませんでしょうか!?せっかくの休みを潰されるのは大変癪だと思われますが!!どうか!!」


(行動の割に頼む内容……)

中々の気迫であった。ただ、休みがかなり貴重な晄にとっては、これくらいが当たり前なのかも知れないが、頼み込んだ彼女の気迫に、つい命をかけるような事を頼まれるのか、と思っていた木葉は、思わず椅子に座っているにも関わらず、こけそうになった。しかし、いつまで経っても顔をあげようとしない彼女を前に、木葉はつい、頭を縦に振った。


「は、はい。承りました。」


晄が、あまりにも恭しく丁重にお喋りになられるものだから、木葉もついつられて、そんな返事で返していたのだった。





あれよあれよと時は流れた。しかし未来関係のことは、良い意味でも悪い意味でも、全く進むことなく、未来の退院日の二日前まで迫っていた。その週の月曜日から始まった制服の移行期間の影響で、二年C組の雰囲気も、随分と夏らしさを増していた。晄や木葉も、さすがにまだ半袖までとはいかないが、冬服より薄い生地のセーラー服や、学ランの下に着ていたワイシャツで学校に通っていた。未だに学ランを着て学校に来ているのは、『どんなに暑くても、俺は最後まで学ランで乗り切る!』などと意気込む情報通の鈴木すずきだけである。

しかし、晄達は決して気を緩ませることは無かった。むしろ、ここまで来て何もしてこない鳥沢に対する警戒心はさらに深まっていた。


「鳥沢、どういうつもりなんだろ……」


ポツリと呟いたその言葉は、吹いた風にいとも簡単にかき消された。その日も、既に終わりが近づいていた。日は傾き始め、空は、少しクリーム色に近い色に変わっていた。未来の様子も相変わらず変わった様子もなく、鳥沢も相変わらず猫を被ってはいたが、目立ってなにかしている様子は無かった。金曜日に退院日がやってくる。まともに行動できるのは、あとは明日くらいしかないというのに、あの男は何を考えているのだろうか。晄は、それを少し考えたが、晄は考えるのが嫌いである。直ぐに全く別の方向に頭を動かした。


「マリーゴールドの方に、そろそろ変化あるかも!急ごう!木葉!!」

「え!ちょっと!」


そうして、晄が頭を動かした先にあったのは、あの、とても大きなマリーゴールドである。その感情の持ち主が未来であるとはっきりしているわけではないが、その可能性は高い。もしかしたら、そちらに何か変化があるのかもしれないと、そう思った晄は、木葉の腕を掴んで、そちらに走り出した。

木葉の息は多少虫の息になったが、例のマリーゴールドが見える場所までは、直ぐにたどり着いた。


「……つ、蕾だ。」


晄は目を丸くした。晄達は、この前日も、そのまた前日も、マリーゴールドの様子を見に行ったが、その時は、まだ蕾などつく気配すらなかった。しかし、今はどうだろう。マリーゴールドの茎の先には、とても大きな花の蕾が、なんと二つもついていたのである。予想よりもずっと早い成長に、晄は、とんでもないアホズラを披露していた。


「はぁ…はぁ……ほ、ほんとだ……」


しばらく息を整えてから、木葉もマリーゴールドに目を向けると、木葉もまた晄同様に驚いた様子で、マリーゴールドを穴があくほど見つめていた。よく見ると、前の日までよりもマリーゴールドの様子を見に来る人の数が増えていたようにも感じられる。その人々も、その変化を聞きつけて、見に来ていたのかもしれない。携帯電話を構えるものや、インスカ映えなるものを狙いにやって来ている若者がチラホラと見える。と、その中に、晄達に近づく人の姿が見えた。


「よっ!っておい!木葉大丈夫か!?死にそうだぞ!?」

「あ、篤志あつし先輩……僕、はぁ…別にそこまで……」

「え?あ!篤志先輩お久し……ああ!!木葉ごめん!急に引きずったから!!」


人混みの中で二人を見つけた篤志は、そちらに駆け寄り元気よく挨拶したは良いものの、虫の息の木葉に一気に気を取られた。一方の晄は、完全に頭がマリーゴールドのことに向かっていたせいで、暴走していたことに今気づいたらしい。虫の息の木葉の背中をさすっていた。もっと早く気づいてあげて欲しいところである。


「大丈夫……」

「なら良かったぜ……」

「もしまたやっちゃったら、あたしのことぶん殴っていいから!」


木葉の心は植物のように穏やかである。苦しそうな顔をしながらも、晄の方に笑ってみせた。それを見て安心した晄と篤志は、話題を変えることにした。


「にしても、随分と急に成長したよな……」


篤志も晄達同様、放課後にマリーゴールドの様子を見に来ていたらしい。改めてマリーゴールドを見て、そう口にした。


「これなら、明日には咲いちゃいますね……」

「は!?マジかよ!!早くね!?」

「きっと、明日には、植物も動き出します。だから明日、花が咲いたら早めに片付けちゃいましょう!エレッタにもお願いしときます!!」

「そうか、分かった。明日部活休みで助かったぜ……」


あの大きな植物と戦う時、戦士達が本来の姿のエレッタに乗ってそこまで運んでもらい、その後、必要なようであればそのまま、そうでなければエレッタも人の姿になり、戦いに参加する。これは少し前に、あの植物と戦うために練った作戦である。大して大掛かりなものでは無いが、無計画で挑むのも良くないだろうと、考えたものである。


「にしても、咲くまで結構かかるんだな……次にこれが出た時は面倒くさそうだぜ……」

「植物なんて、滅多に出てこないから大丈夫だと思いますよ?……余程の悲しさがない限り、こんな事にはならないはずですから……」


自分の片目のみならず、家族も皆失ったのだとすれば、その悲しみは相当なものである。バケモンになったとしても何らおかしなことではないだろう……そう思うと同時に、あの植物の感情の持ち主のことを思う晄であった。

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