第十二魂

鳥沢とりさわの本性


ひかり木葉このはは、担任の烏丸からすまに頼まれて未来みらいの見舞いにいく、ということが当たり前になっていた。もちろん前回の日の翌日も、未来の見舞いに行った。その時の帰りに、マリーゴールドの方に向かうと、その日まで、あの通行止めの場所では、六階建てのビルに隠れて全く姿が見えなかったにも関わらず、そこから大きくはみ出すように、それは姿を現していた。これは、想像以上に大きな花になるだろう。その時、晄達は確信したのだった。


そしてまた次の日。晄達はまた未来の病室まで足を進めた。その日も、一日分の授業のノートのコピーやプリント、お便りが入った封筒を渡してから、三人でしばらく駄弁ったのであった。


「じゃあ、そろそろあたし達帰るね!」

「うん!楽しかったよ、ありがとう!」

「また明日。」

「バイバイ!」


それにしても、その日はかなり長居してしまったようで、来た時から二時間は経っていた。流石に帰らないといけないと思い、二人は病室を出た。


「未来くん、親戚の家に預けられるって言ってたけど、まさか引っ越しちゃったりしないよね?」

「え?大丈夫だと思うよ。確か、未来くんの従姉も同じ学校だったはずだし。」

「そっか、良かった……」


未来の両親は、未来が片目を失った事故で亡くなった。それ故に、未来は従姉のいる家に預けられることになったのである。未来は、それを嬉しそうに言っていた。恐らくは、その家はとても良い家庭なのであろう。ただ、晄は未来とせっかく仲良くなったのに、転校してしまうのでは、と考えてしまい、すこし不安げであった。ただ、木葉の言葉でそれも無くなったのだが。


「前までより仲良くなったんだから、転校しちゃったらどうしようかと……」

「その心配はないと思うよ。」

「なら、もっともっと仲良くなって、あたしは未来くんをゲームに誘うんだ!」

「え、僕は誘った事ないよね…?」

「あれ、そうだっけ?というか、木葉ゲーム持ってる?」

「うん。3BSなら持ってるよ。でも、小学生の時に買ったやつだから、もしかして古いのかな?」

「え、何年生の時買ったの?」

「一年生の時だったかな……?」

「じゃあ、まだ二万円した時だね。」

「え、そ、そうなの?」


少々、晄はオタク気質なところがある。今はまだそこまででもないのだが、彼女はゲームオタクの道を進んでいるのだ。そのため、木葉にはついていけないマニアックなことを言ってしまった。木葉は、それにすこし戸惑ったが、スルーすることにした。


「そうだ!祝日ならお店休みだし、もし良かったら次の祝日に、あたしの家でゲームしようよ!」

「そうだね、じゃあ、その時未来くんも誘おうよ。……でも、五月ももうすぐ終わるし、六月は祝日ないから、かなりあとになりそうだけどね……次の祝日って言ったら……海の日?」

「……海の日っていつ?」

「七月十五日だね。」

「……結構あとだね……でも!その日は集まろう!!」


そう言った晄は、弾けんばかりの笑顔を浮かべていた。そんな彼女を見て、少し微笑ましい気持ちになった木葉だったがその視界の端に、誰かがこちらに歩いてきているのが見えて、少し身構えた。


「あ、晄ちゃんと……木葉くん、だっけ?また来たんだね。」


廊下の向こう側からやって来ていたのは、どうやら鳥沢だったらしい。彼は、わざわざこちらにやって来ると、二人にそう言って声をかけた。


「あ、鳥沢先生、こんにちは。」


木葉は、当たり障りないようにと心がけて、鳥沢に挨拶をして返したが、晄は、嫌そうなのがあからさまに顔に出ていた。


「木葉くん、僕、晄ちゃんに用事があるんだ。悪いけど、ちょっと時間もかかるし、先に帰ってくれるかな?」

「……え?」

「ごめんね。」

「わっ!ちょっと!!」


しかし、険しい表情の晄に構うことも無く、鳥沢はそう言って、晄の手を強引に掴み、木葉の答えを待つことなく早歩きでその場を去った。木葉は、しばらく唖然としていた。悪いやつかもしれない男に、友人が無理矢理連れられてしまったのだ。木葉は心配になった。ただ待つのではなく、自分になにか出来ないだろうか。しばらく考えた後、今日が木曜日だと思い出すと、木葉は病院を出て、ある場所に向かった。




晄が連れてこられたのは、病院の広い裏庭であった。ここは、日中であれば、何人かの患者が病室から出てきて、生き生きと過ごしたりするのだが、今は夕方だ。晄と鳥沢以外には、誰一人としてここにおらず、さらに言えばこれから誰か現れるということも考えずらかった。鳥沢は、掴んでいた晄の手を急に離した。かなり強い力で掴まれていたらしい。晄の手首には赤い跡がついており、晄はそれを軽くさすった。


「き、急に何するんですか!!」


晄は、目の前で背を向ける鳥沢を、背後から睨んでそう言った。鳥沢は、その言葉を聞いて、フッと笑い、ゆっくりと晄の方を振り向いた。その時の表情は、未来達の前では見せることがない、気味の悪い不敵な笑みだった。


「別に我慢しなくていいよ?怒ってるんでしょ?黄色の戦士さん。」


“黄色の戦士”と呼ばれ、晄の肩がビクリとはねた。この男は、晄が黄色の戦士であると既に知っていたのだ。晄は、正直まだ知られていないと思っていた。ただ、これだと、木葉や篤志が戦士であることも知っているかもしれない。そう思って、晄は警戒した。ただ、まだ知らないかもしれないのだ。その理由として、ここには木葉を呼ばなかった。……晄は、下手に口を滑らせてしまわないようにと決意した。


「あたしが戦士だって、いつから知ってたんだ?」

「君は、僕の仲間を一人倒したからね。その名前と顔は、僕の仲間中に知れ渡ってるさ。ただ、もうここを嗅ぎつけてくるとは思わなかったけど。」

「やっぱりお前、ソウルブレイカーだったんだね。」

「ははっ、そうだよ。」


ソウルブレイカーとは、バケモンを生み出している、いわゆる悪の組織である。彼らの目的は、『ありとあらゆる生き物の感情を解き放って、その魂を破壊し尽くすこと』である。過去の彼らは、その幹部に当たるそれぞれが、全て異なる場所で、小規模な町を狙って徐々に規模を広げようと目論んでいた。しかし、それでは埒が明かないと、今のように、大規模な街を、全幹部が協力し合って狙っていこう、と、やり方を変えたのだ。

晄の生まれた町も、かつて狙われていた。二年前、晄は見事、その街を救い出したのだが、当時そこに派遣されていた、かなり上位の幹部の一人を、晄は一人で倒したのである。晄の顔と名前が、組織内に広がっているのも、それが原因らしい。つまり、晄がこの都会に来る前から既に、彼らは晄のことを知っていたのだ。


「未来くんの感情をバケモンにしたのはお前だな?」

「僕がここに来て初めてやった仕事だった。これまで君が戦ってきた奴ら、みんな他のやつが生み出したバケモンだからね。でも、僕が生み出したヤツが、一番傑作だろ?」

「わけわからん!!」

「おっと、戦士にはわからないか。野蛮なヤツらばかりが生み出されていたけれど、僕が生み出すのは、静かで美しいバケモンさ。あの少年は、そんな僕の作品作りに適してるんだ……だから、アイツの感情、全部絞り出してやろうと思ってる。」

「轟け!我が……うぐっ!」


鳥沢の話を聞いていた晄は、苛立ちのあまりつい変身しようとした。しかしそれは、どこからか現れた複数の蔦が彼女の首を強く締め上げたため、断念せざるを得なかった。


「馬鹿だね……僕が、あの鳥頭と同じだなんて思うんじゃないよ。戦士の姿でもない君は、所詮ただの人間に過ぎない。つまり、僕が君を殺すことなんか、造作もないことなんだよ。」


鳥沢がそう言い終えると、晄の首を締め上げていた蔦は、彼女の体を離れていった。息苦しさから解放された晄は、吸い込めなかった空気を沢山、吸っては吐いて、というのを繰り返した。その最中、晄はまた、鳥沢を睨んだ。


「まあ、そう怒るなよ。」

「……未来くん、には、手を、出すな…!」


まだ回復しきっていない体で、晄はそう言った。鳥沢は、それを面白そうに笑って見ていた。


「……そうだ。あの少年が退院したら、僕は彼を狙うのをやめてあげるよ。」

「……本当に……?」

「ああ。僕は他の奴らと違って、約束はちゃんと守るんだよ。ただその代わり、彼が入院している数日間の間、彼の感情、全部絞り出してやるから。」


この男、遊んでいやがる。そう思った晄は、さらに苛立ったが、変身していない自分には、何をしても全く歯が立たない。そう思うと、晄は悔しくて仕方なかった。


「黄色の戦士さん、僕は君に期待をかけてるんだ。」


鳥沢は、ゆっくりと歩き出し、晄の真横まで来ると、一度立ち止まってこう言った。


「君が、一体どこまで足掻いてくれるのか、楽しみにしてるよ。」


笑いが含まれた声で、鳥沢はそう吐き捨てて行ってしまった。あんな挑発のされ方など初めてであった晄は、これまでの人生の中で、一番苛立ちを覚えたのだった。




息苦しさが完全に消える前に、晄は帰路に着いた。あのまま回復するのを待っていたら、ただでさえ、いつもの帰宅時間を大きく超えているのに、さらに遅らせることになってしまう。しかも今日、木曜日は、エレッタの店が休みである。昨日までのように、遅れて帰ってきても誤魔化したりなど出来ないだろう。エレッタが怒ると、相当面倒なことになる。そう思った晄は、ただでさえ息が切れていたというのに、走って家まで向かっていた。


「いだっ……」


しかし、その晄の判断は間違っていた。晄は何故か、頭のつむじ辺りに強烈な痛みを感じ、反射的にそこを手で抑えた。しかしそこには、普段なら感じるはずのない感覚もあった。鱗のような、ザラザラとした感覚、そして、角のような突起物の周辺には、サラサラとした毛が生えているのを感じる。晄は、その正体を知っていた。それを思い出した瞬間、晄の背筋は凍りついた。


「……え、エレッタ……?」


息も絶え絶えの晄がゆっくりとそう言うと、頭の上にいたらしい、小さな小さな手のひらサイズの龍が、上の方からゆっくりと現れた。しかし、現れるやいなや、それは、晄の額に向かって体当たりをかましたのであった。


皆さんは覚えていただろうか?第一魂以来、全く話に出てくることがなかった、『エレッタは、人間の姿と本来の龍の姿以外に、小さな龍の姿を持っている』という真実を。この姿は、実際に滅多なことで見ることは出来ないものであった。実際、エレッタがここ数十年間でこの姿になった時というのは、『イタズラをした子供に制裁を与える場合』と、『子供が一人で、夜に出歩いていたり、門限を超えた時間に帰ってきたりした時に、制裁を与える場合』という二つの場合に限られている。この制裁とは、その体で頭突きを繰り出すことである。この時の痛みを例えるとすれば、両足の全ての指を、同時に角にぶつけた時に匹敵する(実際にそんなことは起こりえないが……)。つまり、大怪我にはならないレベルの痛みの中では、尋常ではないほどに痛い、という事だ。


「木葉が、貴様が危険だと、わざわざ家に告げに来た。」

「……。」

「実際、貴様は敵の幹部に絞め殺されかけたようだな。」


エレッタは、晄の首に着いた、未だに強く残る蔦の跡を見て、そう言った。ここは、晄達の家のリビングである。二人は、普段、彼らが朝食を食べる時に座る椅子に、その時と同じ位置関係で座っている。つまり、二人はテーブルを挟んで向かい合って座っているのである。晄は、完全にしゅんとしていた。


「別に、帰りが遅かったことに関して怒ってはいない。貴様も、木葉と共に帰るつもりだったのだろう?」

「……はい。」

「ただ貴様は、自分には歯が立たない相手に、愚かにも挑もうとした。そうだろう?」

「……はい。」

「その後、からかうような感覚で、貴様は首を絞められた。敵に舐められた。違うか?」

「……ご名答です。」


決して、エレッタはその場にいた訳では無い。エレッタが聞いたのは、『バケモンを生み出してると思われる人物に、晄を強引に連れ去られてしまった。』という木葉の報告のみである。しかし、あたかもそこにいたかのようにして、晄に状況を確認している。彼は、千年以上の時を生きているだけあり、そういったことは、だいたい予想できてしまうようだった。


「いいか晄!これから、敵が貴様に挑発してくる事は多々あるだろう。だが、それにいちいちカッとなってしまうようでは、貴様はいつか、本当に殺される。」

「……」

「例えそれが、過去に勝ったことがある相手だとしても、可能性は零ではない。」

「……」

「貴様は戦士である以前に、ただの人間だ。だが、お前が敵対している相手は、その何倍もの力を持つバケモンなのだ。ただの人間には、バケモンを倒す力など備わっていない。……それを、肝に銘じておけ。」


エレッタはそう言うと、静かに席を立った。もしかしたらぶたれるかもしれない。晄は、おもわず身を固めた。しかし予想に反して、エレッタは、冷蔵庫の方に向かうと、その後直ぐに帰ってきた。


「まあ、貴様の事だ。昔のように、友人を侮辱されたりでもして、かばおうとでもしたのだろう……」


そう言うと、エレッタは晄の目の前に、ドカッと、大きな音をたてながら、何かを置いた。一体何事だろう。そう思って、晄はおもわず、その何かに目をやった。


「……え、エレッタ、これって……」

「友人を守ろうとすることは、悪いことではない。今も昔も、貴様の、変わらぬ信念を貫き通す所は……まあ、素晴らしいことだと思う。」

「……」

「……どうした。死にかけたあとのアイスクリームとやらは、格別だとかなんとか、昔言ってなかったか?」


そこにあったのは、少々お高い、カップのアイスクリームである。それも、期間限定のもので、毎年、この時期にしか出ないものであった。さらに、その味というのも、晄が物凄く気に入っているもので、毎年この時期になると欠かさず買っていたものであった。このアイスクリームは、今年では今日が初めて手に入る日である。晄は、その蓋を開けると、すぐそばに置かれていたスプーンで、一口すくって、口に入れた。その時、冷たいはずのそれは、とても暖かく、心の内に染み込んでいった。

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