第十一魂

バケモンとクラスメイト


「あれ……木葉このはくん?」

「……え?」


さっきまでの戦意はどうしたのだろうか。クラゲは、木葉を見てふと動きを止めた。クラゲには顔がないため、どんな表情なのかなど検討もつかない。声だってどこから出してるのかもわからない。ただ、クラゲは間違いなく驚いているだろう。


「なんで僕の名前を……」

「えっと、ボク、あの……」

「……もしかして、未来みらいくん?」


この時、木葉はひかりに説明されたことを思い出していた。クラスメイトの未来は、玉虫色の水晶玉を見てしまったせいで、既にバケモンを生み出していると思われる。ただ、それがあの植物と決まったわけじゃない。もしかしたら、このクラゲこそ、未来が生み出したバケモンなのかもしれない。そう思って、木葉はああ言った。するとクラゲは、それが正しかったのだろうか、ふわふわと浮きながら二度回った。そして、彼はゆっくりと話し始めた。


「なんか、すごく後悔しはじめたんだ。ボクが出かけようなんて言っちゃったせいで、お父さんもお母さんもいなくなっちゃったし、自分の右目もなくなったんだ。だから、悔しくて……自分がこんな結果を生んだんだと思ったら……」

「未来くんは、悪くないよ。」


木葉はそう言うと、クラゲをしっかりと見つめた。


「僕には、あまり大したことは言えないけど、でも、未来くんは悪くないよ。僕には、大事な人を失う苦しみなんてわからないけど、でも、未来くんが自分を責めるのは違うと思う。悪いのは、突っ込んできた車の方だし、未来くんは、自分を責めるんじゃなくて……えっと……」


(ど、どうしよう……なんか恥ずかしいこと言ってる気がする。しかも続きが出てこない。)

木葉は未来を説得しようと、色々と言葉を探した。しかし、まだ中学生の彼には、彼に言えるような言葉は出てこなかった。


「ありがとう、木葉くん。なんだか、先生の水晶玉を見た時とは違うけど、心が軽くなった気がするよ。」

「そっか……なら良かった。」


それでも、木葉の願いは伝わったらしい。クラゲはそう言って、木葉に明るい声で言った。木葉もそれを感じ取り、安心したようだった。


「ところで、どうやったら戻れるんだろう?まず、何故か分裂したし……」

「あ、そう言えばもう一匹……」


木葉が斬った方のクラゲは、未だにその場にいた。それを見つけると、木葉とクラゲはそれに近づいた。斬られた方のクラゲは、目を回したようにその場にうずくまっていたが、もう一匹のクラゲは、それに寄り添うようにして、隣に座った。


「ボク、よくわかんないけど、木葉くんが、最近よく噂になってる戦士で、ボク、こんな姿だし、バケモンって言うやつなんだよね?なら、ボクを元に戻すことってできる?ボクは、このまま消えちゃうの?」

「大丈夫。消えないよ。ただ、元の体に帰るだけだから。」

「そっか。じゃあ、ボクを帰してくれる?なんだか、もう暴れてやろうとか思わないから。」


クラゲがそう優しい声で言った。それに応えるように木葉は頷くと、手に持っていた剣を上に掲げ、こう唱えた。


「『リーフトルネード』」


沢山の木の葉の渦の中に消えていくクラゲ達は、心做しか、笑っているようにも思えた。





次の日。いつも通り二人で学校に行くまでの間、木葉は晄に、クラゲのバケモンとの出来事を話した。


「クラゲが未来くんだったか……というか木葉、説得で浄化させるって凄いなぁ!主人公みたい!あたしだったら問答無用で斬ってたかも。」

「あはは、晄は容赦ないからね……」


もし、あの場に晄がいたら、間違いなく未来の心が軽くなるなんてことにならなかっただろう。馬鹿であり阿呆である晄の事だ。名前を呼ばれる前にクラゲを斬って、ちゃっちゃと浄化させていたに決まっている。本当に、本当に、晄がゲームを優先していてよかったと、この場合感じられる。実際、木葉だってああ言っていた。


「でも、あのでっかい植物は誰なんだろう?知らない人かな?」

「もしかしたらそうかもしれないね。」

「そっか……ならいいんだ……いや!良くないけど!未来くんは多分大丈夫だな!うん!」


もし、植物のバケモンとクラゲのバケモンがどちらも未来の感情だとしたら……もし二つの感情が同時に無くなっていたとしたら……未来の体は、魂は耐えられるだろうか?晄はそう思うと不安になっていた。




その日の放課後も同様に、先生からお使いを頼まれた晄達は、昨日同様に、木葉のノートをコピーしたものを封筒の中に加え、さらに、晄の家に寄って、りんごと果物ナイフと皿を持ってやって来た。


「未来くん、入るよ。」

「あ!木葉くんに晄ちゃん!」

「あ、今日も来てくれたんだね。」

「え、あ、はい。あの……?」


病室内には、既にもう一人いたらしい。その人は、白衣を身にまとい、二人に向かって笑いかけた。


「ボクの担当医の、鳥沢とりさわ先生だよ。」

「こんにちは。」


ニッコリと笑う鳥沢だったが、それとは真逆に、晄の目は険しくなった。

(この人が鳥沢先生……。何考えてるのか全く読めない……いや、誰だってこんなもんか。)

晄は、疑いから入るのは良くないと、必死で態度を改めようとして、さらに目付きが悪くなった。鳥沢は、それを見て苦笑いを浮かべた。


「ひ、晄ちゃん、どうしたの……?」

「よくわかんないけど……晄は、多分緊張するとこうなるんだと……」


そんな晄を見た未来は、僅かに恐怖心を覚えた。しかし、鳥沢のほうは、それを気に止めることも無く、少し屈んで、晄の目線より下の位置にしゃがんだ。……気のせいだろうか。鳥沢が晄をからかって、わざと子供扱いしているようにも見える。


「晄ちゃんっていうんだね。お見舞いに来てくれてありがとう。二週間くらいは、未来くんずっと入院しなきゃ行けないんだけど、その間も来てあげてね。

まあ、僕がいたら邪魔かもしれないし、僕は行くよ。じゃあね。」


そう言って、鳥沢はさっさと病室を後にした。晄は、それを穴が開くほどに見つめていた。


「ど、どうしたの?さっきから怖い顔してるよ?」

「え!あ!ごめん、つい……」


状況を把握していない未来は、なぜ晄があんなに鳥沢に睨みを効かすのか分からなかった。木葉も、内心冷や冷やしながらそれを見ていた。


「まあいっか!そうそう!ボク昨日面白い夢を見たんだ!」

「面白い夢?」

「うん!ボクがクラゲになって木葉くんに会う夢!」


無邪気な笑顔でそう告げた未来だったが、驚いた二人は、一度顔を見合わせて、また彼の方を向いた。

彼の話す夢の内容は、まさに木葉が実際にした体験そのものだった。未来は、それを本当の体験とは思わず、それをとても楽しそうに話したのであった。


「ね!面白い夢でしょ?木葉くんが出てきたから、二人が来たら話そうって思って、忘れないように紙に書いておいたんだよ。」

「未来くん、これって他の人にも言った?」

「え?ううん。この夢の話して面白いって言ってくれそうなのは、木葉くんと晄ちゃんだけだからね。」

「そ、そっか……不思議な夢だね。」

「ね!そうでしょ?ボク、入院してから暇だから、本読むか、スマホいじったりとかそんなことばっかりしてたから、それが影響したのかも。戦士の都市伝説知ってる?多分それのせいかも!」

「そ、そうだね。」


戦士の都市伝説なんて、晄や木葉は誰よりも知っているだろう。なにせ、本人なのだから。晄も木葉も、あまり嘘をついたり誤魔化したりと言ったことは得意ではない。未来の話を聞いている時、余計な事を言わないようにと、必死になりながら聞いていたし、さっきの会話でも、言われた話以上のことを言わないようにと気をつけながら会話をしていた。


「……あの、未来くん。」

「ん?何?」

「昨日っていつ寝た?」

「え?なんで?」

「いや、昼寝とかしたかなって……」


普通、バケモンとしての記憶は、感情の持ち主の方にそのまま残るなんてことはありえない。晄は、朝の木葉との会話以来、一つ不安なことがあった。それは、あの植物のバケモンも、クラゲのバケモンも、どちらも感情の持ち主が未来なのではないか、という事だった。


「……あ、そうだ。昨日、先生の前で寝ちゃったんだ。」

「先生の前で?」

「うん。昨日二人にも言った、面白い水晶玉をもう一回見せてもらおうと思ってね、先生にお願いしたんだ。でも、なんか気がついたら寝ちゃってて……その、昼寝……ってほどの時間でもなかったけど、その時に見た夢がさっき話したやつなんだ。」


(……植物もクラゲも、絶対未来くんだ。)

その発言で、晄はそう確信した。二つ以上の感情が体内から抜けるのは、体や魂に大変負担がかかる。一つでも、抜けたらかなりの負担になるというのにも関わらず、である。もしそうなった時、起こりうることは、次の二つだ。

一つは、魂が分離できなくなり、抜き出されるはずの感情もろとも、魂が抜け出る。つまり、幽体離脱をするような感覚である。

もう一つは、感情の持ち主の人格が解離する。つまり、元の人格とは別の人格が誕生し、感情の持ち主と、抜き出されるはずの感情が元になった別の人格の二つを背負うことになる。

未来は、このうちの前者に当たる方を体験したのだ。そう考えると、辻褄があうだろう。バケモンとしての体験を覚えていたのは、幽体離脱のような状態になっていたからと考えられるし、クラゲが現れる前からいる植物のバケモンのことを視野に入れると、その信憑性も増すだろう。


「そうなんだ。あ!今日はりんごも持ってきたんだけど、食べる?嫌いならいいんだけど……」

「え!?りんご!?ボクりんご好きなんだ!」

「良かった……じゃ!今剥くよ!」


しかし、そんなことを未来に言ったところで、わけがわからないとスルーされるか、引かれるかするに決まっている。晄は、無理矢理に話を逸らして、りんごの皮を剥き始めたのであった。




「じゃあ、あの植物は本当に……」

「うん。その可能性が高いと思う。」


帰り道。晄は木葉に、未来とバケモンについての予測を言った。かなり筋も通った話だったと感じられ、木葉もそれに賛成を示した。普段の晄からは考えられないほどに頭がフル回転した結果、導き出された結論である。晄はたまに、急激に頭が柔らかくなることがあるが、それがたまたま今だったらしい。ただし、そこまで考えついても、話は解決する訳では無い。


「でも、あの担当医の先生がずっとちょっかいかけてくるんだとしたら、未来くん危ないんじゃないかな?」

「うん……そうなんだよなぁ!!あのバケモン何考えてんだか!」

「え?バケモン?」

「あ、ごめん。決めつけちゃったよ。

実は、あたしが引っ越す前に暮らしてた町でも、バケモンが暴れ回ってたんだ。そこで、バケモンを生み出してたのは、人間のふりをしたバケモンだったんだよ。だから、ついそうなんじゃないかなって思っちゃったんだ。」

「そうだったのか……じゃあ、その担当医の先生も、その可能性があるのかもしれないね。」

「うん……未来くん、無事だと良いけど……」


鳥沢が言っていた、二週間という入院期間。その間、未来は無事でいられるだろうか?ちらりと目に付いたあのマリーゴールドは、そよ風に揺れ動かされていた。

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