第十魂
不運なクラスメイト
巨大なマリーゴールドが街に突然現れた次の日。その日の朝の二年C組の教室は騒がしかった。何も知らずにやってきた
「お、おはよう……」
「なんか騒がしいけど、どうかしたの……?」
「あ!木葉と
恐る恐るといった感じで教室に入ってきた二人に、真っ先に声をかけたのは、このクラスの情報通、
「ああ、おはよう……鈴木、なにがあったの?」
「実は、
「え!?」
「
時和未来は、二年C組のクラスメイトの一人である。木葉の前の席であり、掃除や給食の班が晄達と同じこともあり、そこそこ仲もいい方の部類に入る。そんな彼が、事故にあったと聞いて、二人は慌てて鈴木にそう聞いた。
「どうやら無事でも無いらしくてさ……骨折はもちろんだけど……あいつ、事故で片目潰したらしい。」
「そ、そんな……」
「それで、今入院してるんだとさ。」
「しかも、飲酒運転してた車にぶつかられたのよ!?酷い話だわ!」
「未来くん悪くないじゃん!なんでなの!?」
「ホントよね!!」
クラスの中でも気の強い女子、
「帰宅部の人が他にいないし、二人なら、時和くんとも仲良いから……お願いできるかな?」
「はい!大丈夫です!!」
「ありがとう。助かるよ。」
放課後、晄達二人を除くクラスメイトが教室から出たあと、二年C組の担任教師である
「俺も行くべきなんだろうけど、仕事が結構重なってて。昨日挨拶もしたし。じゃあ、お願いね!」
そう言って、烏丸は教室を出ていった。
「話は聞かせてもらった!!」
しかし、それと入れ替わるように教室にやって来るやいなや、張り切って言ったのは、情報通の鈴木である。突然の彼の登場に、晄も木葉も、ぽかんとした表情をしていた。
「あれ!?鈴木くん!?」
「鈴木、部活はどうしたの……?」
「月終わりに発表する新聞も完成したし、やることないって言われて、なんか、急に休みになった。」
情報通の鈴木は、新聞部の部員である。そんな彼は、木葉の質問にそう答えた。木霊中学の新聞部は、どうやらとてもゆるい部活らしい。
「そ、そう……」
「そうだ、鈴木くんもお見舞い来ない?」
「おお!そのつもりだったんだよ!!」
「……え?鈴木も行くの?」
「大事なクラスメイトが入院してるんだ!お見舞いの一つや二つ、行かなければなるまい!!」
「……」
木葉は、そんな鈴木を少し怪しむような目で見た。
あの後三人は、木葉の本日分の授業のノートをコンビニでコピーし、それも封筒の中に入れて、未来のいる病院に向かった。その時晄がコンビニにて、コピー機があることや、そのコピー機では、占いや、自分が生まれた時の新聞なども手に入れられることに驚いたり、電子マネーで買い物ができることに感動したことは言わずもがなである。そして今は、時和未来のいる病室まで、案内してもらっていたところであった。
「ここが時和さんの病室です。」
「個室なんですか?」
「はい。時和さんだけしかいません。」
「わざわざありがとうございました。」
「いえいえ!」
三人を案内した看護師は、そう言って、元の場所に帰って行った。それを少し目で追ってから、三人は病室に入った。
「時和!生きてるか!?」
「わっ!」
「おい、鈴木!」
「ごめん未来くん、びっくりした?」
真っ先に室内に突っ込んでああ声を上げた鈴木は、晄以上にバカである。まず何より、空気が読めない男だ。せっかく落ち着いて本を読んでいた未来は、驚きのあまり本をベッドから落としてしまった。
「はい、落としたよ。」
「ありがとう晄ちゃん。」
「良かった……時和生きてた……」
「あはは、大袈裟だよ!」
「ごめんね未来くん。鈴木も悪気があってやったんじゃないんだよ。」
「ちょっとびっくりしたけど、でも大丈夫だよ。」
「え、俺悪いことしちゃった?」
鈴木は、病室内で騒いだことを悪いとも思わず、アホズラ、とまではいかないくらいのアホヅラで、木葉の方を見た。彼からしてみれば、心から未来が心配だったが故の行動であるので、仕方がないと言えよう。
「なんか元気でたよ。ずっとここに居るのつまらなかったし。」
「そうかそうか!俺たちゃ、時和が想像以上に元気そうで安心してるよ!」
一方の未来も、鈴木のあの騒ぎ声がいい方向に働いたようで、鈴木にああ言った。鈴木は鈴木で、元気そうな未来ににこりと笑った。
「あ、これ、今日のプリントとか、授業のノートのコピーとか色々入ってるから、どうぞ!」
「ありがとう。」
「ところで時和!事故ったってどんなふう…ふがっ!」
「鈴木!!」
先生に渡された封筒を、未来に手渡した後に、鈴木はデリカシーのデの字もないようなことを言った。木葉は、元からそんなことを聞くために着いてきたのだと予想していたが、あわてて鈴木の口を手で覆った。
「えっとね、車に乗ってた時に、反対側からぶつかられたみたいで……」
「ほうほう……」
「鈴木……!」
「で、気がついたらここにいたんだ。お父さんもお母さんも、前の席に座ってたから死んじゃったらしいんだ。ボクはボクで、足骨折して、右目ももうダメだってさ!」
「え……まじか。」
「……未来くん、想像以上に元気だね……?」
鈴木の問いに、なんの躊躇いもなく答えた未来。しかも、その口調は、面白いことを話す時のように元気だった。空元気というわけでもないように思える。晄は不思議に思った。
「あたしてっきり、そういう事って地雷なのかなって……」
「え?……確かに、初めにこの話をされた時は、ボク、一生立ち直れないんじゃないかってくらい落ち込んだけど、でも、なんか今は、その時の悲しい気持ちが欠けらも無いんだ!先生が面白いもの見せてくれたからかも!」
これまた、未来は楽しげにそう話した。しかし、その話の中には、晄にとっては聞き捨てならない言葉があった。悲しい気持ちが“欠けらも無い”とはどういうことだ。晄は思わずフリーズした。
「へえ!面白いものってどんなやつ!?」
「なんか、キラキラしてて、見る角度によって色が変わる不思議な水晶玉だったよ。なんだか、それを見てたら、悲しい気持ちが綺麗になくなったような感じ!」
「へえ!そんなもんがあるんだ!!」
「……それって、玉虫色ってやつじゃなかった?」
晄は、持ってきていたスマートフォンで、玉虫色と検索し、その画像の一つを見せた。映っていたのは、様々な色に輝くペンダントだった。未来は、それを見て表情を明るくした。
「そうそう!そんな感じ!でも、あれはこれとはちょっと違ってて……なんだろう……不思議なんだけど、これと同じ感じで、でも透き通ってた。」
「うわあ!何それ気になる!」
「……未来くん、先生に見せてもらったって言ってたけど、それってなんていう人?」
晄は、未来を真っ直ぐに見つめてそう問いかけた。
「
「木葉、バケモンのところ行こう。」
病院から出て、鈴木と離れて数分後、晄は木葉にそう言った。その時の晄は、いつもよりもどこか大人びていたように感じられ、木葉は不思議に思った。
「うん、いいけど……晄どうしたの?ちょっと様子が変だけど……」
「あの……多分だけど……あのでっかい花、未来くんだ。」
道すがら、晄はこう説明した。
バケモンは、誰かの負の感情から生まれるけれど、自然に生まれるのではなく、誰かの手が加えられないと生まれることは無い。それが生まれる条件は、『“玉虫色にギラギラと輝く水晶玉”をしばらく見つめ続けること』であった。つまり、未来が担当医の鳥沢に見せられたのは、その、バケモンを生み出す水晶玉なのではないか、ということであった。こう考えると、“悲しい気持ちが欠けらも無い”というのもうなずける話である。
「じゃあ、未来くんの悲しい気持ちが、あの大きなマリーゴールドっていうこと?」
「うん。でも、その鳥沢先生って人、一体何者なんだろ……?まさか……」
「あれ、通行止め?」
花の方に向かおうとしたものの、その道は塞がれていた。花が現れた昨日は、驚くほど放って置かれていたというのにも関わらず、である。驚く二人に、警官の男性が近づいてきた。新人なのだろうか、とても爽やかである。
「ああ、ここ、昨日大きな植物が生えてきたらしくてね、危ないから通行止めにしてるんだ。」
「昨日は通れたんですけど……」
「あはは……一応、また変な化け物の仲間かもしれないからね……最近は、人の事件よりこっちのが多いよ。一体なんでこうなったんだろうな……」
警官は、そう言って苦笑いを浮かべた。
「あの……もしかして、切り落とそうとか考えてますか……?」
「ああ、それは考えてるよ。ここを通る人は結構いるから、ずっと塞ぐ訳にもいかないし……」
「ほ、本当ですか!?」
「うおっ!ま、まだ決まったわけじゃないから!植物の研究者みたいな人は、新種の植物かもしれないって、それに反対してるし。」
「よ、良かった……」
「お嬢ちゃんも植物好きなのかな……?」
もし、切り落とされでもしたら、尋常ではないほど丈夫になり、まともに攻撃など通用しなくなる所であった。晄は、警官の話を聞いて、少し安心した。しかし、問題は、もし花が咲いても近づくことが出来ないかもしれない、という事だ。
「あの、あの植物って今どれくらい成長してますか?」
「うーん……ちょっと大きくなったかもしれない。」
「そうですか、ありがとうございました!」
晄は、警官にお辞儀をすると、木葉とともに、元来た道を引き返した。
「うわっ!こんな時に!?」
夜の八時頃。晄は家に帰っていた。新しい店員やバイトは、エレッタ曰く来週からお願いするのだそうで、彼は今も、まだ一人で忙しそうに働いている。平日は、晄は働かない約束であるため、自分で作った、不味くもなければ美味くもない料理を食べて、やっとゲームを起動し、はじめたところだった。しかし、オンラインの対戦ゲームで戦っている最中、水晶が光ったのである。もしもこれが個人戦だというのならば問題もなかったかもしれない。しかし、これは四対四のチーム戦である。
「ほっといたら迷惑行為になっちゃうよ……!」
晄は、戦士としての仕事よりも、ゲームを優先させてしまった。晄らしいといえば晄らしい。
一方の木葉は、趣味の読書を中断してまで戦士の仕事をまっとうする、素晴らしい責任感を持っていた。彼の両親は共働きであり、どちらも遅くまで帰ってくることは無い。それもあり、なんの躊躇いもなく家を飛び出した。もちろん、戸締りまでしっかりしている。
「く、クラゲ……?」
そんな彼が向かった先には、キラキラと光ながら飛び回る大きな二匹のクラゲが、人々を襲っている姿であった。いや、襲っていると言うよりは、闇雲に動いているだけにも見える。とにかく、早く何とかしなければ。木葉は、高らかにこう唱えた。
「『萌えろ!我が魂!』」
戦士の姿に変わった木葉は、クラゲの方に走り出した。
「うわああ!!みんな同じ目に合えばいいんだ!!」
クラゲは、そう言って人に襲いかかっていたらしい。人々は、そのクラゲから必死で逃げていた。ただ、クラゲはクラゲで、行きたいところに行けないのか、フラフラとあちらこちらに動いていただけだった。とにかく、木葉は、クラゲが悪意を持って人に襲いかかっているのだと解釈し、二匹のクラゲのうち一体に斬りかかった。
「はあっ!」
「うわっ!」
二匹のうち、斬られた方のクラゲは、力なく、まさにへにゃへにゃと着地した。しかし、もう一方の方は、木葉のほうに後ろから近づいてきた。木葉は、何かを感じ、驚いて後ろを振り返った。
「あれ……木葉くん?」
「……え?」
クラゲは、木葉を見て我に返った。
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