第九魂

街に現る巨大植物


「自由にしてていいのが休みの日でしょ!?今日はあたしゲームがしたい日なんだよ!」

「うるさい!貴様はここ数日そうだろうが!こちらとしても、貴様に長い間テレビを占領されたことで、録画した未視聴の番組が溜まっているのだ!いいから外で遊んでこい!」


エレッタは、そう言うとひかりを家の裏口から外に放り出した。荷物も何も無い状況で、晄はしばらくそこにうろついたが、晄が出てきた扉から、晄のリュックが投げ出されると、それを辞めた。


「昼ドラってそんなに面白いの……?」


晄は、扉に向かってそう零した。その向こうから、『人の好みに口を出すな。』と言う声が帰ってきた気がした。





「え、エレッタ今なんて?」

「だから、誰かを雇うことにしたと言っただけだ。」


時は一週間ほど遡り、晄がシエルと出会った翌日の朝。朝ごはんを食べていた晄は、エレッタがそう切り出したことに驚いていた。晄が前々から、誰か雇えばいいのに、と言っていたのにも関わらず、彼は雇うことが無かった。しかし、彼は、ついに雇うことを決意したのである。前回、彼は晄の話を聞きながら、パソコンで作業をしていた、ということを覚えているだろうか。その時彼が作っていたのは、店員募集のことが書かれた、店内に掲示するための貼り紙であった。エレッタは、それをコピーしたものを晄に渡し、人を雇うということが事実であると伝えた。


「あ、あのエレッタが……!あのエレッタが人を!!」

「そこまで驚く必要があるか?」

「ある!あたしの人生において休みがあるかどうかは大事なの!やったぞ!!あたしはこれで休日も自由だ!!」


晄は、これまで基本的に休日は働かされていた。ただし、この日の前日は、エレッタも作業をするつもりだったため、晄に外出の許可を出したのである。それ以外の休日は、皿洗い、食べ物の配膳、レジ打ちなど、たくさんの仕事をする羽目になってしまっていたのである。しかし、エレッタが人を雇うということは、自分は解放されるということだ、と解釈した晄の心は、スーパーボールの如く弾んでいた。しかしエレッタは、そんな晄の心を沈めるように、彼女にこう言った。


「ただし、沢山は雇わない。」

「……と、言うと?」

「貴様にも、これまでと同様に休日働いてもらうぞ。」

「ええ!?」

「ただ、喜ぶがいい。貴様の仕事は、基本的に接客だけとなる。」

「……や、やったぁ……!仕事が、減るぞぉお……!」


休みの日が本当に休みの日になる、と思っていた晄は、正直かなり気落ちしていたが、それでも喜んでいるふりをしなければやっていられない。晄の喜んでいる演技を横目で流し、エレッタはさらに続ける。


「雇うのは二人だ。そのうち一人は、お前が散々言っていたバイトとやらとして雇う。」

「え、二人もいたら、あたしいらなくない?」

「休日の混みようは貴様も知っているだろう。」

「いや、そうだけど……じゃあなんで二人なの?もっと雇えばいいじゃん。」

「雇うなら、もし戦士のことが知られても、あまり言いふらしそうにない人間が好ましい。そんな人間だけをなるべく選びたいからな。それに加え、もし知られても、二人程度なら大した影響は無いだろう。」

「……理由がちゃんとしてた。てっきり、あたしに意地悪するためなのかと。」

「意地悪?何を言っている。我は、愛情を込めて貴様を育てているぞ。」

「確かにご飯美味しいし、洗濯とかお風呂掃除とかしてくれるし……うぅ……」


晄はまだ中学生である。いくら愛を情込めて育てられていようが、それにはなかなか気づけない。それに、いいことの中にある悪いことの方が、それ以外のいいことより圧倒的に目に付いてしまうものである。晄は、エレッタの言葉にすこし納得いかないような、本当は納得いくが、それを認めたくないような、そんな気持ちになっていた。


「とにかくだ。今週末にでも面接を行う。その間、店は休みにする。」

「それって、もしかして……!?」

「来週の土日は、好きに遊べ。」

「やったああ!!!!エレッタありがとう!!エレッタ大好き!!」

「急に態度を変えおって……まあよい。木葉が来る前に、さっさと準備を済ませろ。奴に迷惑はかけるな。」

「わかってるよ!」


晄は、残っていた味噌汁を飲み干し、ご飯をかきこみながら、今週の土日は何をしようか、と、胸を弾ませた。




そんなこともあり、その日、珍しく休日を手にしていた晄であったが、あまりにもゲームばかりするものだからとエレッタに追い出されてしまったのである。


「全く……エレッタにも休みが少ないのはわかるけど、柔道技かけなくたって……」


晄は、家から出される前のことを思い出した。晄は、ゲームのおかげでテレビを長い間占領していたがために、エレッタに柔道技をかけられ、ゲームを妨害されたのであった。たしかに、あれは自分にも非がある、ということは理解しているらしいが、この様子では、もしまた休日を手にしたとしても、この娘はまた同じことをするだろう。


「うむ……行くあてもなくぶらぶらしたってなぁ……」

「おーい!」

「うわっ!」


急に声をかけられ、晄は驚いて後ろを振り返った。その先には、よく見知った顔があった。


「わりぃわりぃ、驚いたか?」

「あ!篤志あつし先輩!こんにちは!」

「よっ!」


片手に買い物袋を持ち、ニカッと笑って立っていたのは、橙の戦士、火焰篤志である。彼は、寝癖をそのままにしたようなボサついた髪の毛でそこに立っていた。せっかく綺麗な顔立ちをしていても、これでは台無しである。もっとも、初めて晄達と出会った時は、これに加えて彼が隠れていた木の葉もついていたわけだが。


「なんか久しぶりですね!」

「ははっ!まあ学年も部活も違うしな!」

「そうだ、戦士生活慣れました?」

「な、慣れはしねえ、かな……?でも、俺一人で戦うことも一回あったが、何とかなったぜ。」

「おお!!」


第六魂にて、ロバのバケモンと戦って以来、篤志が一人で戦う機会というものがあった。その日戦ったバケモンが、カタツムリ型のバケモンで、動きが遅かったため、相性がよかったのもあるのだろう。彼一人でもさほど苦戦することなく倒しきることが出来たのであった。

篤志は、その話を晄に軽く話すと、晄は嬉しそうにしていた。


「いい感じに戦士してますね!」

「ははっ!まあな!」


彼は、自慢げにそう言って、誇らしげな顔(いわゆるドヤ顔というもの)をした。一方の晄も、何か報告することはないかと、必死になって考えていた。しかし、そんな話をする暇なく、篤志は話を変えた。


「ところでお前、何か用事あったのか?急に呼び止めちまったが……」

「あ、いや!強いていえば、用事を探すのが用事です!」

「は、はあ?」


急に訳の分からない事を言われ、篤志は少し戸惑った。ただ、彼からしたら、第一印象が『平然と人を引きずり回そうとする変わり者』であったため、さほど気になることは無かったようだ。しかし、あのような反応をされて、晄はすこし説明することにした。


「あたし、家が店だっていいましたっけ?」

「ん、そう言えば……そんなこと言われた気がするな?」

「あたし、普段の休みはそこで手伝いしてるから、本当は休みとは言えないんだけど、昨日今日は色々あって休みだったんです。それで、ゲームやってたら、急に柔道技かけられて、外に出ろと怒られました。」

「そ、それで外にいると……」


そう説明する晄に、篤志は苦笑いで返した。柔道技、という言葉を聞いて、そんな事を突拍子もなくやってしまうような保護者の元で暮らす晄が、平然と人を引きずる変わり者になっているのもうなずけるかもしれない、と、こっそり思う篤志であった。


「ところで、篤志先輩はどうしてお出かけしてるんですか?」

「ん?ちょっと服買ってたんだ。ま、さっき終わったから今はお前と同じで暇だけどな!」


手に持った買い物袋を軽く持ち上げ、篤志は答えた。その袋をよく見ると、庶民向けの洋服屋のロゴが描かれている。おそらくは、その店で買い物をして帰ろうとしていたのだろう。


「なるほど。ユニシロですか。」

「お前もか?」

「今着てるパーカーがまさにそれです。」

「マジか!同士じゃねぇか!」


何故か意気投合し、二人は力強く握手を交わした。しかし、その時だった。


「うおっ!?」

「ありゃ、暇じゃ無くなっちゃいましたね……」


二人の身につけていた水晶は、それぞれの色に光り輝いたのだった。




「なんだ、ありゃ……」

「あれ、バケモンですね。」

「は!?あれが!?」


二人が向かった先に居たのは……いや、あったのは、とても大きな植物であった。街の中に、あたかも何かの芸術品かのようにそびえるそれは、コンクリートの中から生えてきたようで、地面は凸凹としており、さらにヒビだらけで危険であった。人通りのない道で既に戦士の姿になっていた二人は、逃げ出す人々の波に逆らって、その姿を見つけ出したのであった。


「悲しみから生まれたバケモンは、植物になるんです。」

「植物って……でも、大して強く無さそうだな?さっさとやっつけちまおうぜ!」


そう言うと、篤志はその手に握られている拳銃をバケモンに向け、数発はなった。それは、バケモンである植物の茎を貫いた。しかし、撃たれたところ周辺が多少焦げたのみで、大した効果は得られなかった。


「篤志先輩ちょっと待って!!」

「ど、どうした?」

「花が咲くまで待ってください!」


なかなかの気迫でそう言った晄に、篤志は黙って従う事にした。実は、植物のバケモンは、育っている途中で刺激を与えると、刺激を与えられただけ丈夫になってしまう、という性質があったのである。そのため、晄は篤志を止めたのだ。ただ、その性質も、花を咲かせると同時に消えてしまう。結果、花が咲くまで待ち、その後攻撃を開始すれば、いちばん弱い状態で戦うことが可能、というわけなのである。


「待つったって、一体どれくらい待てばいいんだ?」

「物によりますね……でも、この大きさならそんな時間かからないと思うけどなぁ……」


大きければ大きいほど、元の感情が強い。それ故に持つ力も強く、成長するのも早いのである。ただ、この植物のバケモンに関しては、規格外の大きさであるが故に、その例から外れる可能性も高い。それで、晄は不安げにそう言ったのであった。


実際、一時間ほど経過した現在でも、変化は見られない。諦めた二人は変身を解き、そのままただ、植物を見守っていた。


「マジで暇だな。」

「先輩なんて一回家帰りましたもんね。」


買った服をそのまま持ってきていた篤志は、変身を解いてから一度家に帰り、また戻ってきていたのであるが、それにしても、まるで変化がない。


「それに、通行止めとかになってないのも問題だな。」

「ホントですね……」


二人がそんな呑気な話をしていると、慌てた様子でこちらに向かう足音が聞こえてきた。ふとそちらの方を見ると、これまた見慣れた人物がそこにいた。


「あ!木葉このは!おいでおいでー!!」

「え、晄?それに先輩まで……というか、バケモンは?」

「あのでっかいやつがそうらしいぜ。」


やってきたのは、緑の戦士、木葉であった。おそらくは、彼の水晶も、このバケモンに反応したのだろう。かなり走ってきたようで、大変息を切らしていた。そんな彼に、晄と篤志は何故か自慢げにバケモンのことを説明した。


「だから二人共、戦闘態勢に入ってなかったんですね。」

「ま、そういう事だ。」

「正直、このままここにいても何もしてこないから、花が咲くまでの数日間ほっとくしかないかも……」

「数日間!?そんなかかんのか!?」

「多分、この調子だと一週間くらいざらにかかるような……」

「マジか……」


晄も、何年間も戦士として戦ったが、植物のバケモンとの戦闘はめったになく、これで三回目ということもあり、わずかな経験からしか意見を言えなかった。ただ、二回のうち一回は、初めて見つけてから一週間くらいでやっと攻撃できるようになったのである。晄は、それを思い出していた。


「にしても、どんな花が咲くんだろう……?いつもバラバラだったんだ。アネモネだったり、百合だったり……」

「……多分、これはマリーゴールドだと思うよ。」

「木葉、植物詳しいのか?」

「あ、いえ。昔家の庭で育ててたんですよ。僕の母、ガーデニングが趣味らしくて。」

「そうなんだ……」

「早くさかねぇかな……ここ、俺がいつも通る道なんだよな……」


篤志が面倒くさそうにそういうのを、二人はただ苦笑いで返した。





「あれ……?なんだか、心が軽くなった気がします。」

「そうだろう?でも、僕にできる償いはこれくらいしかないよ。ほんとうに申し訳ない。」

「いえ、両目を失うことにならなかっただけ良かったんです。先生も、気にしないでください。」


総合病院の一室。患者の少年は、無気力に笑いながら、担当医にそう言った。一方の担当医の男は、手に、玉虫色に輝く水晶玉を持って、少年のいるベッドの横に座っていた。


「そう……しばらくはここで安静にしてなさい。他が悪くなると良くないだろ?」

「はい。」

「それじゃあ、おやすみ。」

「はい。おやすみなさい。」


そう言って、担当医の男は、少年のいる病室から出ていった。その顔は、心做しか不敵に笑っているようにも見えた。

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