第八魂
銀色の疾風と謎の美女
「きゃああああああ!!」
「化け物だ!!」
「写真撮ろうかな……?うわああああ!やっぱやめる!!」
「……うわぁ、バケモン……なんて時に!」
スーパーでの一件から数日。
「意外と鈍臭いやつだな……ゲーム買ってからでも……いやいやいや!!それは無い!」
一方の晄は、想像以上に人が沢山いることに加え、バケモンはバケモンで鈍臭そうで、あまり被害が出そうにない、ということから、ゲームを先に買いたい、という衝動に駆られていた。ただ、それも直ぐに揉み消した。晄は、多くの人々が逃げる方向とは違う方向に進み、人通りがない場所まで来ると、高らかにこう叫んだ。
「『轟け!我が魂!!』」
晄が高らかにそう叫ぶと、彼女の体を一瞬光が包んだ。それが消えると、彼女の姿は、黄色いスカーフと黄色のマントを身に纏い、その手には、雷を纏った両剣が握られた姿に変わっていた。そうして戦士の姿に変わるやいなや、晄はあのバケモンがいた場所まで全力で走り出した。いくら鈍臭いといえど、バケモンはバケモンである。急いで向かわねば、大変なことになっている可能性も考えられる。
しかし、あの場所まで戻った晄が目にしたのは、なんとも予想外の状況であった。なんと、バケモンが増殖でもしたのか、三体ほどに増えていたのである。しかし、それだけではない。最も驚くべきは……
「あれってまさか、銀色の戦士……!?」
なんと、銀色のマントとスカーフ、二つの扇子を手にした少年が、バケモンと戦っていたのである。晄の家にある未だ戦士のいない水晶は、全部で七つ。晄の知る本物の戦士は、彼女含め三人である。つまり、彼は、十一色目の戦士にあたる存在だ。まさか、こうして出会えるとは、という驚きと、銀色の水晶はまだ残っていたのか、という喜びが湧き上がった。しかし、今はそれどころではない。目の前の銀色の戦士は、一対三という不利な状況で戦っている。この状況を打破するには、自分の存在は大きなものであろう。そう感じた晄は、急ぎ足でバケモンに向かった。
「うりゃあ!」
「ぐへぇ……」
両剣を中央から二つに分け、二本の薙刀に変えると、一番近くにいたバケモンに切りかかる。バケモンは、すこし硬さを失ったように、どろりと動いた。一方の銀色の戦士は、バケモンの声に反応して、晄の存在に気づいたようだ。
「黄色の戦士!?」
「初めまして!とりあえずこいつら何とかしないと!!」
気づいてもらえたことに喜びを露わにする晄。しかし、それどころではないと判断した晄は、目の前のバケモンに目を移した。一方の銀色の戦士も、その手に持つ二つの扇子を、さらに力を込めて持った。
「それっ!」
銀色の戦士は、扇子を敵に向かって扇ぐ。すると、その扇子から、刃の如き勢いで風が吹くと、バケモンは、晄から攻撃を受けた時のように、体の硬さを失ったようである。
「もう、二人がかりでずるいよぉ……こうなったら、ポコポコにしてやるもんね。」
バケモンは、そう言うと、三つだった体を一つにまとめ、大きな一つの体となった。
「まずはお前からだ!」
「うわっ!」
バケモンは、ぴょんと飛び跳ねると、晄の上にのしかかってきた。晄は避けようとしたが、あまりにもバケモンの底面積が大きかったがために、あえなく失敗してしまった。すると、バケモンのゼリー状の体の中に、晄が浮き上がっていく。例えるなら、水の中に漂っているかのようであった。
「黄色!」
「次はお前だからな!」
バケモンは、また高く飛び上がる。今度のターゲットは銀色の戦士である。銀色の戦士は、晄のようにならないように必死で避ける。ギリギリではあるが見事避け切った銀色の戦士は、バケモンと距離を置いた。と、その時だった。
「『サンダー……フォル…テシモ!!』」
「うわあああああ!!」
続かない息を無視して、必死で呪文を唱えた晄。その呪文の後、雷がバケモン目掛けて降りそそぎ、激しい光が一面に広がった。そして、光がやむと、そこにバケモンの姿は無く、代わりに、傷だらけになり、変身が解けた晄が転がっていた。
「ちょ、大丈夫?」
「うぅ……」
銀色の戦士の声に、ゆっくりと身を起こす晄。その目の前には、こちらに手を差し伸べ、僅かに心配そうな顔を見せる銀色の戦士の姿があった。銀髪に赤い目……なかなか目立つ顔である。晄は、その顔を忘れないように頭の中に記憶した。
「大丈夫。」
「立てる?」
「あはは……手借りますね……」
晄がさし伸ばされた手を掴むと、銀色の戦士はその手を引っ張りあげ、晄を立たせた。
「ありがとう。」
「いや、こんぐらい大したことじゃないさ。なにより、黄色がいてくれたから何とかなったようなもんだし。」
「そうかな?」
「うん。君が自らを犠牲にしてまでして浄化するなんて、痺れるね!……あ、痺れたのは君か。」
「あ、物理的にね。」
「そうそう!クフフ!」
「あはは……」
銀色の戦士は、自分が言ったしょうもない洒落で笑いだした。晄は、それに対して苦笑いで返した。彼女からしたら、それくらいしかすることがなかったのである。ただ、ここで、彼女は銀色の戦士に言うべきことを思いついた。
「あのさ。」
「ん?どうしたの?」
「君以外に、あたしが知り合ってる……というか、仲間になった戦士がいるんだ。良かったら……」
「遠慮しとくよ。」
良かったら会ってみないか、と言おうとしたのだが、言い終える前に、銀色の戦士には断られてしまった。銀色の戦士は、さらに続けた。
「オレ、実はちょっと前から君のこと知ってたんだよ。君が言ってる戦士ってのは、緑と橙だろ?」
「!?」
「君は、他に、金と銀以外の戦士の後継者を探してるんだよね?」
「そ、そうだけど……」
「十人揃ったら、金色と一緒に顔見せに行くよ。それまでは、お楽しみってことにしておくからさ!じゃあね!!」
「えっ!ちょっと!!」
銀色の戦士はああ言い残すと、戦士の姿のまま遠くに行ってしまった。一方の晄は、一人、誰もいない街の中で佇んでいた。あまりにも急な出来事である。晄はすこし、頭の中で物事を整理した。
あの後、バケモンが現れた場所から、何とかゲームショップまでたどり着いた晄は、『トゥインクル☆ピピ』というアクションゲームの大人気シリーズの最新作を買い、家に帰ろうとしていた。しかし、バケモンが現れたことで予定が狂い、本来向かうはずであったゲームショップとは違うところで買い物をしてしまった。つまり、本来予定していた帰路は使えない、ということだ。
「あのゼリーめ!」
小声でそういうと、彼女は諦めたように、たまたまそこにあった公園のベンチに座った。そして、買ったゲームソフトを袋ごと、自分のリュックに入れると、そのままリュックを抱え、公園を見た。そこには人がまるで見えなかった。あまりにも人がいないため、彼女は自分の故郷である、あの田舎町を思い出していた。
「みんな元気かな……」
彼女は、スマートフォンは持っているが、互いのメールアドレスなどは交換していないため、連絡を取る手段は、家の電話にかけるしか無い。しかし、あいにく家の電話の番号を忘れてしまったため、実質手段はないようなものだ。
「はぁ……」
「ため息なんてついて、どうかしたの?」
「ホームシックです……って!誰!?」
あまりにも周りに目を配っていなかった晄は、突然頭から降ってきた声に、なんの疑問も持たずに答えてしまったのだった。しかし、冷静になって上をむくと、そこには、さらさらの金髪をハーフアップにした背の高い美女が立っていた。元から背が高いのか、はたまたハイヒールのせいなのか。晄には彼女がとても大きく見えた。
「あら、気づかなかったんだ。」
「ご、ごめんなさい。考え事してて……」
「気にしないで。急に声をかけたこっちも悪かったかも……そうだわ!お詫びにパフェでも奢るわ。」
「え!……あ、でも……」
「いいのいいの!行こう!」
そう言うと、謎の美女は晄の腕を強く掴んで、どこかに向かって走り出した。一方の晄はこの時、幼い頃から言われてきた、『知らない人にはついて行かない』という言葉を思い出していた。
「ほ、本当にいいんですか!?」
「ええ。大丈夫。ワタシ、お金なら沢山あるもの!」
「で、でも、後でお金請求したりとか、代償はお前の臓器だ、とか言いませんよね…?」
「あっはは!しないよ!」
彼女達がたどり着いた先は、ファミリーレストランであった。その窓際の席で、晄と、その謎の美女は向かい合って座っていた。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
晄は、そう言うと食い入るようにメニューを見た。謎の美女は、それを微笑ましげに眺めていた。
「貴方、なんて言うの?」
「
「ワタシはシエルよ。よろしくね、晄ちゃん。」
「はい!ご馳走になります!」
この頃には、すっかり危機感が抜け切っていた。そして、頼むものを決めたらしい晄は、店員を呼ぶボタンを押した。すると、まもなく店員はやってきた。
「ご注文をお伺いします。」
「チョコバナナパフェ一つ!」
「あ、じゃあワタシもそれください。」
「チョコバナナパフェお二つですね。」
店員が去っていく姿を、ワクワクしながら眺める晄。晄にとって、ファミリーレストランはなかなかイレギュラーな存在であった。パフェも、これまでの人生で二、三回食べたか否かくらいしか食べたことがない。とてもキラキラとした表情でそこにいる晄は、やはり幼児にしか見えなかった。
「ところで、公園で何してたの?ホームシックって言ってたけど……」
「あ、えっと……」
晄は、シエルに、自分が迷子になったこと、その先にたまたまあった公園で休んでいたら、故郷を思い出したことを話した。シエルは、それをただ聞いてくれた。
「そっか……あと、ずっと気になってたんだけど、なんでそんなに服がボロボロなの?」
「え!えっと……ゲーム買う前に、バケモンに襲われて……」
「え!大丈夫!?」
「だ、大丈夫です。」
「ならいいけど、お家帰ったら、直ぐに手当した方がいいよ?傷跡が残ったら大変だもの!」
「あはは、ありがとうございます。」
晄はそう言って、にっと笑った。と、その時、ちょうどパフェが運ばれてきた。晄はさらに笑った。
「いただきます!」
「ふふっ。いただきます。晄ちゃん元気ね。」
「よく言われます!ガキっぽいって!」
「そ、それは褒め言葉なのかしら……?ところで、晄ちゃんって何歳なの?もしかしたら同じくらいかしら。」
「え!?シエルさんって大人ですよね?」
「いいえ。ワタシはまだ十五歳よ。」
「えっ!?」
晄は、思わずパフェを少し机にこぼしてしまうほど驚いた。化粧もしてるし、ハイヒールも履いている……こんな大人びた中学生がいてたまるか、と思ったが、都会なら案外おかしな話でもないのかもしれない、とも思った。
「二十代かと……」
「あら、大人びて見えた?嬉しいわ。ちょっと狙ってたから!それで、やっぱり同い年?」
「え、えっと、あたしはまだ中二です。」
「じゃあ一個下ね。うちの学校にもこんな子がいたら、徹底的に可愛がるのに。」
「学校って……もしかして月乃宮ですか!?」
「そうよ。よくわかったわね!」
「じゃあ凄い頭いいんじゃないですか!」
「うふふ、ありがとう。」
晄は、怒涛のように降りかかる様々な予想外の事実の波に押しつぶされそうな気がしていた。それでも、チョコバナナパフェは美味しかった。特に、アイスが入っているのが、彼女的にポイントが高かったようだった。
「ありがとうございます。わざわざ送っても頂けるとは思いませんでした!」
「駅までだけどね!でも、役に立てたみたいでよかったわ。田舎から来たんでしょ?迷っても仕方ないわよ。」
結局、世話好きらしいシエルは、晄を、最寄りの駅まで送ってやったのである。晄は、いつもそういった運はいいらしい。道に迷っても、なんだかんだ家には帰ることが出来ている。さらに今回の場合は、美味しいチョコバナナパフェまでついて来たわけである。
「じゃあ、ワタシも帰るわ。」
「そうですか…。あたし、いつかこのお礼しますね!」
「うふふ。また会えるといいわね。」
「はい!」
なんだか、今日は濃い一日だったな、と思いながら、晄は、去っていくシエルの後ろ姿を、見えなくなるまで見ていた。
「それでね!そのパフェがすんごい美味しかったんだ!」
「はぁ……そんなことはどうでも良い。問題は、貴様が会った銀色の戦士の存在と、貴様に危機感がまともにない事と、貴様の傷だらけの服を誰が治すのかという事だ。」
「別に服は直さなくてもいいんじゃない?街で、たまに穴の空いたズボンとか、黒魔術使いそうなボロボロのコートとか着てる人いるじゃん。」
「はぁ……貴様が直せ。家庭科の授業は受けているだろ。直さない限り、アイスクリームはお預けだ。」
「えええ!?……わかったよ。」
「分かったら部屋にもどれ。作業の邪魔だ。」
晄は、家に帰ると、早めに店を閉じ、何やらパソコンで作業中のエレッタに、今日の出来事を話していた。しかし、エレッタの心は、いつか晄が犯罪に巻き込まれないか、という心配事と、晄の父親はよくこの子をここまで世間知らずに育てたのか、という呆れが渦巻いていた。しかし、それよりも、晄が出会った銀色の戦士の正体が、とても気になったようであった。そして、その銀色の戦士がほのめかしていた金色の戦士の存在……彼は、それが気になって仕方なかった。
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