第七魂

大型スーパーパニック


「えっ!なにこれ……!?好き!」

「はぁ……カエルの卵と罵っていたとは思えない反応だな……」


感動をあらわにするひかりに対し、エレッタは呆れた様子でそう口にした。さて、晄は何を前にして感動していたのだろうか。簡単に言えば、未知なるものに対して、である。その未知なるものというのは、都心に住んでいれば、誰もが知っているだろう、とある食品である。


「え、だって、学校の裏庭で見覚えがあったから……」

「食品に対してそんなことを口にするな。」

「うん。もう絶対言わない!こんな美味しいものにそんな事言わない!あ、でも……もしかしたらカエルの卵も美味しいのかな……」

「はぁ……やはり貴様はどうかしている……」


晄の破天荒な発言を前に、エレッタは思わずため息を吐いた。そもそも、何故二人が出かけているのだろうか。実は、その日彼らは、晄達の通う学校の建立記念日を利用し、共に買い出しにやって来たのだ。

そのスーパーというのも、他にいくつかの店が出店しており、二人は、そのうちの一つの、タピオカを使った飲料の専門店に訪れていたのであった。

晄は、それまでタピオカと言うものの存在を知ってはいた。しかし、それがどんな食感や味のするものなのかを知らず、さらにその見た目から、食べることを拒んでいたのだが、そんな彼女がタピオカに対し、カエルの卵のようだ、と口にしたことをきっかけに、エレッタが無理矢理に、その飲料を飲ませたことで、先程の出来事が起こった。美味しそうに、その飲料を口にする様子を見るに、晄はそれを相当気に入ったらしい。そんな彼女を見るエレッタは、どこか満足気だった。




あれからしばらく経ち、飲料を飲み終えた晄達がたどり着いたのは、スーパーの食器売り場であった。


「何買うんだっけ?」

「貴様用の食器一式と、店用の食器だ。最近洗うのが間に合わないからな。」

「人気になってきたんじゃないかな?やっぱり、バイト雇ったら?」

「……面倒だ。」

「えぇ?今の方が面倒くさそうだけどな……」


晄はこれまで、エレッタが自宅に訪れた客人用にと用意していた食器を使っていた。しかしそれでは、もし本来の客人が来た場合に困るので、晄専用の物を購入することにしたのだ。それ以外に買う予定である店用の食器は、エレッタの言う通り、洗うのが間に合わず、数が足りなくなる、ということが頻発している。現在も大量の食器が置かれているのだが、それでも足りなくなるのである。しかし、彼はバイトを雇わない。恐らくは、彼が人間ではないということが知れ渡ると厄介だ、だとか、給料を払うのが面倒だ、などということが原因であろう。


「もし人手が足りなくなってしまったならば、考えなくもない。だが、人を雇うのは大変なことなのだ。」

「うーん……そっか。あたしが勝手に言えることじゃないよね。ごめん。」

「謝らずともよい。だが、さっさと自分用の食器を選んでくれ。貴様が早く選ばなければ、店用の食器が選べないではないか。」

「えっ、一人で大丈夫だよ!」

「いや、不安だ。火災報知器でも見つけて、貴様はまたはしゃぐのではないか?阿呆である貴様の事だ。稚児のようにはしゃぎ、結果的に食器を割ることだろう。」

「そ、そんなことないよ!火災報知器ぐらい見たことある!」

「どうだか……」

「えー?……もう、わかったよ……」


そこまで馬鹿にしないで、と思いながらも、否定しきれない晄は、自分が悔しくてたまらなくなった。そうして不貞腐れたような表情を浮かべる晄を、エレッタはじっと見つめ、一つため息をついた。


晄専用の食器は、案外すぐに決まった。どれも黄色い。晄は昔から、私物のものであればなるべく戦士としての色と同じものに揃えていた。他の色の可愛らしいデザインのものがあっても、渋くとも黄色いものを選んで来た。そのせいで、不思議と彼女の好きな色も黄色になっていたのである。それだけ、彼女にとって、黄色は大切な色なのだ。色だけで決めるせいで、あまりにも早く食器を選んでしまった晄に対し、先程自分が焦らせたせいなのかもしれないと感じたエレッタは、何度も『本当にそれでいいのか』を問い続けたのであった。

結果はどうであれ晄専用の食器は決まったので、次は店用の食器を買うことになった。皿、ナイフ、フォーク、スプーン、グラス、ワイングラス……こういったものを全て5セットずつ買った。会計もして、目的を果たした彼らは、早速帰ろうとエスカレーターに乗った。その時であった。晄の水晶が激しく光りだした。突然に、である。


「えっ、どういう……」

「伏せろ!」

「えっ!?」


ガシャーン!!大きな音がなり、晄達の近くにあった三階の窓が割れた。晄達よりも上にあった窓が割れたため、もし晄達がそのまま立っていたら、確実にガラスの破片が体中に刺さっていたことだろう。


「きゃああああああ!!」


女性の悲鳴が聞こえた。恐らくは、窓を割った犯人を目にして、驚いてしまったのだろう。その悲鳴を合図に、他の多くの人が慌てふためき、一階の入口に向かって走り出した。晄とエレッタも、現在いるエスカレーターを駆け下り、二階の床に足をつけた。


「ば、バケモン!」

「狼型だな。」


窓を割った犯人とは、狼型のバケモンである。つまり、怒りから生まれたバケモンだ。


「アオォォォォォォン!!」


五階建ての大型スーパーに、バケモンの遠吠えが響き渡る。奴はそののち、その場から、ほかの階まで見渡せる吹き抜けの場所から、逃げ出す人々の中に飛び込もうとした。しかしそれは、直前で阻止されることとなる。


「そうはさせるか。」

「ウギャッ……!グハッ!」


エレッタは、バケモンの尻尾を身を乗り出して掴み、後ろに投げる。その先は、お昼時でもないために誰もいないフードコートであった。バケモンは、そのフードコートにあるたくさんの椅子やテーブルに体をうちつけた。


「晄、早く戦え。」

「え、でも、見られたら不味いんじゃ……」

「この際仕方なかろう。」

「わ、わかった。」


エレッタは、晄が戦闘態勢に入るまで時間稼ぎをするため、バケモンの所まで急ぎ足で向かった。一方晄は、多少人目がないことを確認しつつ、いつもよりは少し控えめに、こう叫んだ。


「『轟け、我が魂!』」


いつも通り、水晶の激しい光が止むと、片手に両剣、首にスカーフとマントを身につけた晄がそこにいた。そのまま、バケモンのいる方まで向かうと、それを斬りつけた。


「うりゃあ!!」

「ウギャアア!!」


バケモンは、知性のない叫びの後に、また遠くに吹き飛ばされた。それが床に着く前に、エレッタはバケモンの方に向かい、人間のものから、元の竜の姿の物に形を変形させた腕で、それに切りかかった。その間に、両剣を中央から分けて、二つの薙刀にフォルムチェンジさせた晄は、それでバケモンに追い打ちをかけた。


「グルァァァァァアアアア!!」


バケモンは、うめき声をあげた後、動くのをやめた。晄は、それを見て、薙刀を元の両剣に戻した。そして、それを上に掲げると、晄は浄化の呪文を唱えた。


「『サンダーフォルテシモ!』」


バケモンは、降り立った雷を受け入れ、もの言わず消えてしまった。エレッタもそれを見届けて、腕を人間の姿に変えた。すると、晄達の元に思いもよらないことが起こった。


「うぉぉおおおお!!」

「すげぇええええ!!」


指笛や拍手も同時に聞こえた。晄は驚いて、声のした方に向かうと、そこにあったのは、フードコートがのぞき込める所に集まり、こちらに向かって歓声を上げている人々の姿であった。


「ど、どうしよう……」

「……」


盛り上がる人々に対し、晄とエレッタは困ったような表情をして立っていた。


「あんな化け物倒しちゃうなんて凄い!!」

「まさか、都市伝説でよく聞く、伝説の戦士なんじゃない!?」


さらに盛り上がる人々。晄は、その光景に呆然と立ち尽くすしか出来なかった。


「まずいことになった。逃げるぞ。」

「えっ、ちょっ、エレッ……!?」


しかしエレッタは、買ったものを持った手とは反対の手で、呆然と立ち尽くす晄を小脇に抱え、彼の中の全速力で走り出した。人の波を掻き分けて走るその姿は、一時的に、チーターよりも速かったかもしれない。その姿を慌てて追いかける者、先程の戦いを録画した映像をSNSに投稿する者……人々は、様々な行動を取ったものだった。



あれから数時間後、何とか人々を巻きながら自宅にたどり着いた彼らは、リビングでぐったりと項垂れながら、エレッタは、テレビをつけて様々なニュース番組を見漁り、晄は、スマートフォンでSNSの様々な書き込みを見漁っていた。


「……大丈夫だ。晄。あのスーパーにバケモンが現れたことはニュースになっているが、我々のことについては一切かたられていない。」

「……」

「晄?」


エレッタは、安心したように言ったが、一方の晄は、少々震え上がっていた。


「え、エレッタ……まずいよ……ネット怖い……」


そう言って、晄はスマートフォンの画面をエレッタに見せる。その画面には、スーパーでバケモンと戦う晄とエレッタの映像と、『都市伝説は本当だった?』という一言が書かれていた、とあるサイトの投稿だった。沢山のいいねやら何やらがついている。いわゆる、バズった投稿だ。


「……」

「……」


黙る二人。晄は完全に怯えている。一方のエレッタは冷静だ。彼は黙って、その画面を下にスワイプさせた。


「……晄、安心しろ。」

「……へ?」


晄は、これ以上無いかもしれない阿呆ズラで言った。エレッタは、晄の持つスマートフォンを取り上げ、その画面を晄に向けながら、画面を下にスワイプさせる。そこに書かれているのは、その投稿のコメントであるのだが、その内容は、二人にとって安心できるものであった。


『流石にそれは嘘だろ。変な化け物が現れてから、よく昔流行った都市伝説が掘り返されたりするが、それを信じ込ませようとしてるだけの真っ赤な嘘に決まってる。』

『人間の腕が別モンに変わるわけがない。どうせCGかなんかだろ。にしてもすげぇ技術の無駄使いだな。』

『誰が信じるんだこんなの。』

『お前ら辛辣で草。』


コメントの大部分は、このような、その映像を信じないものが多い。極一部信じる者がいたが、その大半はオカルト好きな者だろう。それを目にした晄は、これ以上ないほどに安堵し、高らかにこう叫んだ。


「神様ありがとう!!あたし神様大好き!!」

「よかったな……」


まるで子供のような言葉選びをした彼女を見て、エレッタは一つため息をつくと共に、その顔からは、いつもの強ばった様子はなくなっていたのだった。




……やはり、インターネットとは恐ろしいものである。


「……へー。本当に黄色の戦士ってまだいたんだね……」


例の投稿を見つけたその人は、ニヤリと笑ってそう言った。


「いい事見つけちゃったなぁ……!」

「……え、いい事って何?」

「ふふっ。また後で教えてあげるよ。」

「なんだよ、気になるじゃん!」

「ちゃんと教えてあげるよ。後でね。」


楽しそうに言うその人は、同じ場所にいた少年に、そういって笑いかけるのだった。

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