第六魂

橙色の戦士


「エレッタただいま!!」


ひかりは、木葉このはと、先程であった赤髪の少年、篤志あつしを引き連れて家に帰ってきた。その日は木曜日で、エレッタの店は休みである。そのため、家の玄関から入っていった。晄は、二人にスリッパを出して、そそくさとリビングに向かった。二人は、その後をついて行く。


「エレッタいないか。」

「エレッタ?誰だ?」

「えっと……晄の保護者みないな存在ですね……多分。」


晄は、エレッタがいないと分かると、とりあえず、客人の二人に麦茶を出した。


「おお、悪ぃな。」

「い、いえいえ。」


晄は、少し緊張気味である。ここに来るまでの間、晄は、篤志が戦士の一人ではないかと疑い始めていたのである。それを切り出すにはどうすればいいだろうか、とそう思ったのである。


「ちょっと二階に行ってきますね。」

「ん?……ああ。」


リビングから廊下に向かう途中、晄は、木葉の横を通ると、その耳元で『あの人、戦士かもしれないから、確認しに行ってくる。その間、ちょっと話してもらえる?』と言った。木葉は、それを了承するように軽く頷くと、篤志の向かいの椅子に座り、どうでもいい会話をし始めたのであった。



「やっぱり……!」


橙色の水晶が激しく輝いている。それを見た晄は、彼に対する疑いが、間違いではなかったことを確信した。これはつまり、篤志はこの、橙色の水晶に選ばれた橙色の戦士なのである。前、木葉が戦士になった時、水晶を前に何かを感じたようであった。もしかして、今回も、これがあれば何かあるのかもしれない。そう思った晄は、これを持って一階にむかった。


「頼む!あんな怪物ともやり合えるお前が入部してくれたら、きっと未来は安泰だ!」

「な、無茶ですよ!僕は、テニスのルールとバトミントンのルールも曖昧なんですから!」

「大丈夫だ!一から教えてやるから!」

「いや、でも……」


一方、リビングでは、部活を話題にしたことがきっかけで、テニス部の篤志からしつこく勧誘される木葉、という絵面がここ数分続いていたのである。


「ん?木葉ではないか。」


と、そこに、木葉にとって救いとなる存在が現れた。エレッタである。彼は、晄が帰ってきていることに気づかず、休みであることをいいことに、元の姿である東洋の竜の姿でとぐろを巻いていたのだが、気が済んだので起きてきたのである。


「あ、お邪魔してます。」

「お、お邪魔してます……」


木葉に習って篤志は頭を下げる。エレッタは、その時やっと篤志の存在に気づいていた。それまで、リビングの入口からでは死角になっていたのである。エレッタは、その姿を確認すると、彼に対してただならぬ違和感を感じたのだった。


(……こいつも戦士か。いや、それより何故こいつらが……晄が連れてきたのか?)


エレッタは、そんな事をふと考えた。エレッタは、木葉の一件以来、戦士と出会った時に感じるものがある、という事を知った。篤志を前にした時、それと同じものを感じた。エレッタは、もしこの二人を連れてきたのが晄なら、晄に、彼女の大好物のアイスを使ったデザートでも出してやるか、と思ったのだった。と、その時、入口が勢いよく開いた。


「お待たせし……あれ、エレッタ?」

「こいつらを連れてきたのはお前か?」

「あ、うん。いや、あの……えへへ……」


篤志もいるのに、戦士見つけたんですぜ、とも言えず、晄はもごもごと何かいいかけ、結局笑って誤魔化した。しかし、少し歩いて、篤志を視界に入れた途端、晄は、手に握られている橙色の水晶を持ったまま、エレッタを通り過ぎ、篤志の前まで向かった。


「篤志先輩!!これに何かを感じますか!?」


晄は、橙色の水晶をテーブルの上に置いて言った。それを見て、木葉とエレッタもそちらに向かっていく。一方篤志は、急にそんなことを言われて驚くと同時に、置かれている橙色の水晶を食い入るように見た。


「……これって、一体なんだ?」


しばらくの間を開けて、彼は言った。


「戦士の証です。あたしも、木葉も持ってます。もしかしたら、あなたは戦士なんじゃないかなって……」

「お、俺が?」

「はい。あたし、ここまでくる間に、ここまでできすぎた展開って普通あるかな…って思ったんです。だから、何か理由があるんじゃないかなって……」


晄は、篤志に向かってそう静かに言った。数十分前、彼の体を低木から引きずり出した破天荒な人物とはとても思えないほど、落ち着いている。


「……確かに、ここまでお前ら戦士に関わったりしてる一般人は俺ぐらいしかいないかもしれないけどよ、でも流石に……でもな……」


その後、篤志はしばらく水晶を見つめた。そんな彼を、三人はただ見つめる。


「……触ってもいいか?」

「はい。」


篤志は、恐る恐るといった感じで、水晶に手を伸ばす。そして、橙色の水晶に触れると、その水晶は喜んだように光った。


「!?」

「水晶は、お前が戦士になるべきだと言っているのだ。」


エレッタは、篤志が驚いた様子を見てそう言った。他の三人は、一斉にそちらに向き直った。


「お前がそれを手に取ったことで、それは強い喜びを得たのだ。そして、それはお前に期待している。お前は、戦士として立派に戦える力があると、それは言いたいのだろう。……どうだ?我々と共に戦って貰えないだろうか?」


篤志は、エレッタの言葉を聞いて、少し考えていた。


(なんだ、この漫画みたいな展開は……実際に助けて貰った過去があるし、こいつらが嘘ついてるってわけじゃなさそうだよな……本当に、この水晶が俺がいいって言うんなら……)


篤志は、少々熱いところがある。橙色の水晶は、そんな彼と似たような考えを持っていて、馬があったようだ。水晶同士は、よく会話する。黄色の水晶は、橙色の水晶や緑色の水晶と特に仲が良かった。それが理由なのか、よく、その水晶越しに見てきた世界のことを彼らに話していたのだ。実は、篤志は今回以外でも、何度か戦士の戦いを見てきていた。その度に、黄色の水晶が篤志と遭遇したことを話してから、橙色の水晶は、彼を気に入るようになってきたのだった。つまり、篤志と橙色の水晶は、互いに好意的な感情を持っている、ということである。言わなくても、互いに強く惹かれ合い、ここまで来た。篤志は、それを何となくだが実感し、ついに決断を下した。


「……俺、やるぜ。」


篤志は、満面の笑みを浮かべ、爽やかに言った。それを見た晄と木葉は、それにつられて笑顔になった。


「ほ、本当に!?やった!!!ありがとう!!」

「ちょっと、晄落ち着いて!……なんか今日はテンションが高いなぁ……」

「ははっ!元気はいい事じゃねえか!

とにかく、二人ともこれからよろしくな。多少足引っ張るかもしんねぇけど、よろしく頼むぜ。」

「はい。もちろんです。」

「うわあ!!早くバケモン現れないかな!?」

「……貴様、不謹慎だぞ。」

「あ、うん、ごめん……」


篤志の決断に、みなそれぞれ喜びを表した。しかし、いつまでも喜んでいられるという訳では無い。橙色の水晶含める三つの水晶は、急に、強く光出した。


「わっ、な、なんだこりゃ!?」

「バケモンだ。近くに来たみたいだね。」

「貴様が不謹慎な事を言うからではないか?」

「にゃーな!!違うよ!……いや、そんなこと言ったのは悪かったけど……」

「え、にゃーな……?」

「ご、ごめん。訛った。」


彼らは、慌ただしく家を出た。エレッタは、帰ってきた時の褒美として何か作ってやろうと、キッチンに向かったのだった。



「お前、邪魔。」

「えっ!きゃあああああああ!!」

「あ、ありゃ不味い……」


彼らが見たのは、ロバ型のバケモンが、だるそうに歩いてきたかと思ったら、目の前に現れた人々へ、巨大な紫のヘドロを撒き散らしたのだ。ヘドロといっても、ただのヘドロでは無い。ヘドロが当たった場所は、コンクリートが脆くなっていっているのだ。


「最悪のやつがここできたか……」

「あれはやっぱイレギュラーなのか?」

「はい。……あれは、遠距離攻撃も出来ると思うので、色々厄介ですね。」

「ロバ型ってことは面倒くさがりだし、紫のヘドロを出してるってことは、元の感情の持ち主は相当体調が良くないんですよ。」

「な、なんかわかんねぇけどヤバそうだな……」


紫のヘドロは、バケモンの血である。晄は、ここまでの酷いバケモンは、一度しか戦ったことが無い。こういった者には話は通じず、ただ相手が力尽きるまで攻撃をするしかない。


「でも、三人もいれば何とかなるよ。」

「うん!そうだね!よーし!!やってやるぞ!」


晄と木葉は深呼吸をすると、高らかにこう叫んだ。


「『轟け!我が魂!』」

「『萌えろ!我が魂!』」


二人を大きな光が包む。それが止むと、それぞれの色のスカーフと、マントを身につけ、それぞれの手に、両剣と剣を携えた二人が立っていた。


「おお!すげぇな、これ。」

「篤志先輩もこんな感じにやるんだ。ちょっと待ってて……えっと……」


晄はメモ用紙を取り出し、その内容を確認した。


「篤志先輩は、『燃え上がれ!我が魂!』だそうです。あたし達の真似してやってみて!」

「おお、分かった。……ふぅ……

『燃え上がれ!我が魂!』」


篤志は、晄達と同様にそう叫ぶ。すると、彼にも同じようにして、橙色のスカーフと、橙色のマントが身につけられ、その手には、炎のように煌めく拳銃が握られていた。


「おお!なんだこれかっけぇ!」

「篤志先輩は遠距離攻撃向きですね。」

「遠距離攻撃めっちゃ助かる!!あたし達は近距離攻撃の方が得意な武器なので……

あ!そうだ!」


晄は、彼の武器を目の前にして、ある作戦を考えた。それは、こんなものである。


「攻撃は基本篤志先輩に任ていいですか?あいつは、近づくと思いっきりヘドロを投げてくるんです。だから、まともに攻撃できなくて……あたしと木葉が周りでうろちょろすれば、先輩は気づかれることなく攻撃できますよ!……多分……」

「え、でも俺にできっかな?動く標的に当てるのは難しいだろ?」

「ん……そっか……」

「いや、待ってください。あのバケモンは、恐らくあまり動かないと思います。面倒くさがりなら、動かずにヘドロ任せにするんじゃないかと……それに、戦士の姿なら、拳銃の扱いに慣れていなくても、狙い通りに打てるようになっているかもしれませんよ?」

「そっか!じゃあ、篤志先輩!任せますね!!」

「ちょ!おい!」


晄と木葉は、作戦通り、バケモンの近くまで移動する。一方篤志は、今いる、バケモンから遠い低木の裏に座り込んだままだ。


「……やるだけやってみるか。」


篤志は、どんな時でも攻撃できるように、拳銃を構えた。


「おーい!!バケモン!」

「……またか。」

「うわっ!」


晄に向かってヘドロを吐き散らすバケモン。相変わらず少し面倒くさそうだ。晄は、あまりにも急な事に、狼狽えながら避けた。避ける前の所のコンクリートが溶けだしたのを見て、晄は顔を引き攣らせる。


「てりゃ!」

「……何なの。」


木葉の剣が、バケモンの背中に刺さる。喋るのも面倒なバケモンは、痛覚もないため大した反応はしないが、かなりの致命傷を負った。木葉がそこから剣を抜くと、ヘドロと同じ色の血が溢れ出た。


「うわああああ!!」


さらに攻撃を仕掛けようとした木葉を、バケモンは、そのロバの足で蹴り飛ばす。その直後にまた晄にヘドロを投げつけた。晄が言っていた通り、近距離では攻撃の隙がない。木葉は地面に投げ出され、苦しそうにしており、晄は、ヘドロを避けるのに必死である。一方のバケモンも、ヘドロを吐くのに必死だ。と、その時だった。


「ぐっ……何、今の……」


橙色の熱い炎の弾丸が、何十発も一気に撃ち込まれ、バケモンはヘドロを吐くのを止めた。そこへ、さらにもう十発撃ち込まれ、ついに動くのをやめた。


「篤志先輩!!」


晄は、キラキラと目を輝かせた。その先には、篤志が映っていた。


「覚悟しやがれこの迷惑ロバ!!」


バケモンの前に立った篤志は、さらに二発の弾を撃ち込んだ。


「篤志先輩!浄化しちゃいましょう!!」

「え、このまま力尽きたりしねぇのか!?」

「浄化しないと、このまま永遠と生き続けちゃうんです。だから先輩は、『業火大車輪ごうかだいしゃりん』と叫びながら、鉄砲の引き金を引いてください!」


晄はメモ用紙を片手にそう篤志に告げると、バケモンに蹴り飛ばされた木葉の方へ走り出した。一方篤志は、晄に言われた通りに拳銃を構えた。


「くらえ!『業火大車輪!!』」


バシュンッと音を立てて銃口から、火の玉が円状になり、クルクルと回っているものが飛び出した。それはロバの周りを取り囲み、ぐるぐると回ると、そのまま、火柱となって、バケモンを焼き付くした。それが止むと、その姿は消えていたのだった。


「木葉、本当に大丈夫?」

「うん。ごめん、急に来たから避けられなくてさ……」


戦闘が終わり、変身も解除したところで、木葉は、その時に受けた怪我は、変身を解除したところで多少軽減されるんだな、ということを理解した。晄も、それを知ってはいるが、それにしても痛かろうと心配していた。


「ならいいけど……」

「それより、篤志先輩がいてくれて本当に助かりました。僕らだけじゃ無理でしたよ。」

「遠距離と近距離のバランスが悪いとな……でも良かったぜ。戦士の力ってやつか?あれすげぇな。マジで当てたいところに当てられるんだ。これがあれば、俺、次は今よりも役に立てると思うぜ。」

「本当ですか!?じゃあ、次からはもっとけちょんけちょんにしましょう!」


晄は笑顔でそう言う。篤志は、その発言で、戦士としての魂をさらに熱くした。

数十分後、エレッタの元に帰った彼らは、エレッタが用意したアイスのデザートを、美味しく頬張るのだった。

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