第五魂

見覚えのある少年


ひかり木葉このはは、初めて会って以来、ともに下校するようになっていた。勿論、他に帰る友達が互いにいないこともあるが、一番は、いつバケモンが現れても大丈夫なように、というところが多い。


そして今日も、下校中に現れたバケモンを倒している真っ最中である。


「それっ!!」


木葉が剣を振り上げると、蝶に似たバケモンは、自らの右の羽の一部を切り落とされてしまった。


「きゃあああああ!!やだもう!」


そこから溢れ出た血は橙色だった。感情の持ち主はかなり健康だ。恐らく、ちょっとした苛立ちがバケモンになってしまったのだろう。晄はそう思った。


「ああんっ!もうっ!これじゃアタシ飛べないじゃないのよ!!いい加減にして!もうアタシのこと邪魔しないで!!」

「自分が邪魔されないようにって、他の人を邪魔するのはお門違いだよ!

うりゃ!!」


バケモンの言葉にああ返すと、晄はバケモンの左の羽を切り落とした。


「いやあああああああああ!」


バケモンはその場に反動で倒れ込む。晄はそれを見て、素早く浄化魔法を唱えた。


「『サンダーフォルテシモ!』」

「!?きゃあああ!」


大きな雷と共に大きな光を放ち、バケモンは消えていく。それと共に、晄と木葉は元の姿に戻った。


「木葉、なかなか強くなったね!」

「うーん……やっぱり、悲鳴とかあげられたら、心が痛いな……」

「確かにね……でも、彼らが悲鳴を上げてるのは、痛いからじゃないらしいんだ。バケモンには痛覚が無いんだって。エレッタが言ってた。」


木葉は、晄の言葉に驚きを示した。攻撃の度に悲鳴を上げていたバケモン達が、痛覚のないものだと、決して信じられるものでは無いだろう。


「えっ!?じゃあなんで悲鳴をあげてるの?」


木葉は驚きのあまりそう聞き返した。晄は、何故か自慢げに言う。


「バケモンって、感情の持ち主では出来ないようなストレス発散をしようとするらしいんだ。でも、戦士にそれを邪魔されるわけでしょ?嫌なんだって。それが。

それと、バケモンは戦士に攻撃されればされるほど、自分の力だとか体力だとかを失うんだって。だから、だんだん息が切れてくるんだよ。痛覚が無くても、苦しいって感覚はあるからね。」

「え、ホントなの?それ。」

「うん。バケモンであるエレッタの言葉だからね。」

「えっ!?人間じゃなかったの!?」


木葉は、想像もしていなかったことがいっぺんに襲いかかり、混乱してしまった。


「といっても、元の感情の持ち主は死んじゃってるんだけどね。平安時代の貴族の嫉妬心から生まれたらしいよ。」

「……え、エレッタさん今何歳なの?」

「…………わからないや。」


晄は苦笑いで言う。木葉は、それをなんとも言えない表情で見つめ返した。

二人は、そのあと、自分達がいた河辺を離れようとしたその時、そのすぐ近くの低木の方から、ガサゴソといった物音が聞こえてきたのだ。それを耳にして、晄は足を止める。木葉も、それを見て同じように足を止めた。


「誰かいるの?」

「…………」


返事はない。でも何かがそこにはあるはずだ。それが気になって仕方ない晄は、音のした方に全力で走り出し、道に沢山並んでいる低木の中に飛び込んだ。


「えっ!晄!?」


当たり前だが、そんな破天荒なことをされたら、誰だって慌てる。木葉は驚いて、晄にそう声をかけた。しかし、彼はさらに驚く羽目になる。


「うおっ!!」

「君かあぁぁぁぁ!!」

「ちょ、悪かった!!悪かったから!!」

「ストーカーとは許せないよ!!」

「うわああああああ!!」


そんなやり取りが聞こえてきて、木葉はいろんな意味でゾッとした。それが止むと、晄は、一人の少年の身につけているジャージの袖を掴んで、少年を引きずりながら戻ってきた。木葉は、言葉を失った。



「人いたよ!知り合い?」

「……え、いや、違う……けど。」

「あ、そうなの?あたしも知らないな……

でも、なんかどこかで……」


この子は何故平然と人を引きずって歩けるのか。そんな事を考える木葉であった……。その少年を、どこかで見たことがあるような、そんな気がした晄は、思い出せそうで思い出せない、もやもやとした気持ちでいた。一方、晄に捕まった少年は、なんとも不服そうな顔でそこにいた。


「と、とりあえず、その人離してあげない?その人が着てるの、うちの学校のジャージだよね?色的に先輩かな?」

「え゙っ。」


晄は、同じ学校の生徒だと聞くと、今後、この行為が原因で、この少年にえらい目に合わされるかもしれないと思い、ずっと掴んでいた彼のジャージの袖を離した。彼に対する思いやりなど無いのが事実である。


「ぐへっ……」


それも、晄はその腕を急に離したものだったから、その少年は、急に自由になった腕が地面に落ちるのを止められなかった。彼の腕が地面に落ちた瞬間、大したものでは無いものの、腕がいたんで、情けない声をあげてしまったのだった。


「どんなストーカーでも、いきなり襲いかかるのは、良くなかったですよね……すみませんでした……」


晄は、反省しているのかそうでも無いのかわからないような声色、表情で言う。彼女にとってストーカーはとても面倒な存在だと考えているため、ストーカーには慈悲など向けない方がのちのちいいだろうと考えていたのだ。


「いや、勝手についてきた俺が悪かったよ……なんか、前も、黄色いお前が戦ってるの見たことあるからさ、つい気になっちまったんだよ。」


少年の発言に、晄は考察した。何故この少年に見覚えがあるのかを。


「晄が戦っているところを、見たことがあるんですか?」

「あ、こいつ晄っていうのか。ああ、そうだぜ。なんか、しばらく前に、俺が化け物に襲われているところを助けてもらったんだ。」

「……ああああああああ!!!!!」

「うおっ!びっくりするじゃねぇか!!」

「ど、どうしたの晄……?」

「思い出した!!!」


少年が口走った『化け物に襲われているところを助けてもらったんだ』という言葉が引き金となり、晄は、なぜ彼に見覚えがあったのかを理解した。


「蛇のバケモンに襲われてた人だ!駅前で!」

「よく覚えてたな!なんか知らんが嬉しいわ!」


皆さんは覚えていただろうか。第二魂にて、晄が戦ったあの、嫉妬のバケモンを。そのバケモンの感情の持ち主に恋心をよせられていた少年は、そのバケモンに狙われていたのだが、それを晄が助けたのだ。


「そんなことがあったんだね。」


当時、まだ木葉は戦士ではない。そのため、木葉は、他のふたりのように、『まさにそれだ!!』というような、何かが解決した時の爽快感は感じられなかったが、その分、晄は本当に出会う前から戦士だったことを改めて確信した。


「……でもな……ちょっと困ったかな……」

「え、困ったって、何を?」


晄が何に困ってしまったのかというと、戦士とは無縁である人間が、戦士の存在を、目で見て確信を持って覚えている、という事実が、である。晄は、実際にあの少年を助けた時から、何となく、戦士である自分の存在が知られているということを察してはいたのだが、それが真実であるとわかると、この少年をただ放っておくことは出来ないだろうと思った。戦士の存在は、なるべく知られて欲しくないのである。特別な理由はないが、ただ純粋に、『付きまとわれそうだし、面倒だな。』だとか、『元々都市伝説として、一部の人間が信じていないとしても知っている存在であるから、それが真実であるとしれたら、これはこれで面倒だろうな。』などという、晄とエレッタの気持ちからのものである。


「……あの、名前を聞いてもいいですか?」


とりあえず、名前だけでも把握しておこう。そう思った晄は、少年に向かってそう問いかけた。


「そうか、まだ名乗ってなかったな。

俺は火焰篤志かえんあつし。さっきはつけてきて悪かったよ。」

「篤志さんですか。あたしは雷電晄らいでんひかりです。」

「僕は大森木葉おおもりこのはです。僕ら、木霊中学こだまちゅうがくの二年生です。ジャージの色からして、三年生ですよね?」


ここで、今後役に立たないかもしれないが一つ紹介しておこう。晄達が通う、『市立木霊中学校』の学年色は、一年生が青、二年生が黄色、三年生が赤である。つまりは、晄達が着るジャージに入っているラインや、上履きのライン、女子の制服のリボンなどは、黄色いのである。一方、篤志達三年生は、そういったものの色が赤いのである。


「ああ。そうだぜ。」

「篤志さん……やっぱり、篤志先輩!」


晄は、前に暮らしていた田舎では、全校生徒が幼なじみであったため、先輩は全員、さん付けで呼んでいたのだ。しかし、ここでは全員初対面と言っても過言ではないので、晄は改めて呼び直すことにした。


「いや、別に言い直さなくとも」

「篤志先輩!!」

「ご、ゴリ押しかよ……」

「篤志先輩!!!!」

「わかった!なんだ?えっと、晄?」

「もう暫く、我々に引きずられて頂けないでしょうか!?」


晄は、これでもかと言うほど元気よく言った。一方、篤志の顔は、これでもかと言うほど歪んでおり、木葉は、初対面の相手に対する晄の態度があまりにも豪快なので、これでもかと言うほど口をぽかんと開けていた。篤志は、聞き間違いかと思い、もう一度問い返した。


「……ん?な、なんだって?」

「もう暫く、我々に引きずられて……」

「僕達についてきて頂けませんでしょうか。」


晄が答えていた途中で、遮るように木葉は言った。木葉は、晄がどこに連れていこうとしているのか何となく察してはいたが、わざわざ引きずって連れていったとすると、篤志のジャージがもれなくボロボロになってしまうことも理解していたのである。そもそも、引きずる必要も無い上、そんなことをしたところで、得する人間はまあいない。木葉は、この世界の晄にとってのブレーキだ。


「ああ!そうか!大丈夫だ!」


篤志は、木葉の言葉に安心し、そう返事をした。




晄は、移動中、篤志に正体が知られてしまったことについて考えていた。

(にしても、なんだか偶然が重なり過ぎてない?……あ、もしかしてこれって…)

晄は、この出会いに大きな期待を込めて、足を進めたのだった。

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