第四魂

緑色の戦士


「……そうだ……!その、ネックレス。ひかりさんがつけてるネックレスみたいな感じの。それがあるような気がして、どうも気になるんだ。」


晄は、木葉このはの言っていた物の正体に気がついた。彼は、晄の部屋にある、あの九つの水晶に気づいたのだ。その時、丁度料理を運ぼうと厨房から出てきたエレッタは、彼の言葉によって、違和感の正体にも気がついた。


「……晄、少し店番を頼んだ。」

「えっ……!?ちょっとまってよエレッ……」


エレッタは、木葉の前にスパゲッティを置くやいなや、晄の部屋のある方へと走り出した。突然取り残された晄が驚いて彼の名を呼ぶものの、それどころではないらしい彼は、振り返ることは無かった。


「……晄さん?」

「は、はいなんでしょう!!」


木葉のその発言を皮切りに立ち去ったエレッタ。やはり、その原因は木葉にあるのだろう。そう感じた晄は、そう思っていたまさにその人に声をかけられ、少し驚いてしまった。


「えっと……お水、お代わりお願いできるかな?」

「あ!はい大丈夫ですとも!」




一方、エレッタは、晄の部屋にある、九つの水晶の入った箱を開けるため、二階にやって来ていた。エレッタは、木葉が戦士である可能性を睨んでいる。水晶達は、自分が共に戦うべき相手……つまり、水晶の戦士を自らの意思によって決められるのだ。しかし、偶然通りかかっただけの木葉に、あの九つの水晶のうちの一つが、戦士として相応しいと感じたのであろうか……いや、反対に、あの水晶が、彼をここに導き出したのか……。


「やはりな……」


そこでは、九つのうちの一つ……緑色の水晶が、激しく光り輝いていた。これは、戦士が現れた時の証である。


「落ち着け。今連れて行ってやる。」


水晶は語らないが生きている。エレッタの言葉を聞いて、さらに喜んだ水晶だが、すぐに大人しくなった。エレッタは、それを確認すると、店の場所まで駆け足で戻った。そして、晄達の他に誰もいないことを確認すると、『只今貸切中』という看板を、入口にかけた。


「ど、どうかなさったんですか?慌てていたみたいですが……」


木葉はエレッタにそう声をかける。エレッタは、それに答えず、木葉に近づいていく。そして、木葉にあの緑色の水晶を見せ、こう言った。


「少年。これの事か?」

「え、エレッタ口調!!」

「戦士の前で何を隠す必要があるのだ?」

「えっ、木葉くんが戦士なの!?」


よく考えてみてほしい。今日出会った転校生の女子を、彼女の家であるイタリア料理店に送り届け、少しスパゲッティをご馳走になった所で、急にこんな意味不明な会話をされるところを。

(エレッタさん?が、急にきつい口調になったり、僕が戦士って事にされたり……訳が分からない。なにか始まるの?遊びに巻き込まれてる?)

こんな事を思ってしまうのも無理はない。というより、まだこれは冷静な方である。


「ちょっと木葉くん、もうちょっと残ってもらっていい?」

「え、あ、まあいいよ。」


彼は一抹の不安を感じた。なにかに巻き込まれてしまうような気がしたのだ。実際、その予想は的中するわけなのだが。



晄とエレッタは、木葉に、バケモンとは元々なんなのかや、それと戦う戦士について、軽く、そしてなるべくわかりやすく伝えた。


「……ってわけでして……」

「それで僕が、その、戦士の一人だっていうのかい………?」

「……うん。」

「それで、晄さんが戦士の一人で、それで、最近街に現れる化け物を……」

「バケモン!」

「……バケモンを倒してるってこと?」

「そう!」


木葉は、あまりにも現実味が無さすぎる話に、全く信じられていないようである。それはそうだろう。そんな話よりも、宗教の勧誘の方がよほど信憑性があるとも思えるのだから。


「……嘘にしか聞こえないよ。」

「しかし、これは事実なのだ。我も、二人目の戦士がここまで簡単に見つかるとは思いもよらなかったわ。」

「でも、とりあえずこの水晶持ってて。これはあたしが持ってても意味が無いんだ。君が持ってなきゃ。」


晄は、木葉にそう言って水晶を渡す。しかし彼は、何が何だかわからず、どうすればいいのかと苦悩するのであった。



「はぁ……一体なんだったんだろ……」


自宅に帰った木葉は、渡された緑色の水晶を見つめながら、そんなことを考えていた。あまりにも訳の分からない展開である。何かの物語の主人公にでもなったかのようだ。木葉は、水晶の両端を摘んだ。一方には金具が取り付けられていて、その先にチェーンがついており、晄が身につけていたように、ネックレスとして身につけるものだ。こうすれば、確かにただの小洒落たネックレスにしか見えないだろうが……


「戦士って、何だよそれ……でも、これは綺麗だな……」


緑色の水晶に見とれている木葉は、とりあえず、戦士がどうだとかいうことは忘れることにした。


「……どんなファンタジーだよ……でも、そういえば、駅前にもバケモンが現れたんだっけ……あれ。あの後どうなったんだろ?現れたけど、すぐいなくなったのかな……それとも……」


戦士が倒したか……?彼はふとそう思った。実のところ、バケモンは、晄が現れるまでの間はエレッタが適当に攻撃をして、戦意を喪失させていただけであり、浄化させて消えたりはしていなかった。つまり、これまでこの都会で現れたバケモンたちは、晄が駅や公園で倒したバケモンのようにして浄化はされず、ずっと、未だにどこかに居る事になる。そのため、SNSなどでは、その目撃情報が多少あったりなどしたものなのであった。だというのに、この駅のバケモンのことに関してはそれが無い。晄がこの都会で初めて戦った、公園のバケモンに関しては、あの場にいたカップルぐらいしか存在していたことを知らないのだが、駅のバケモンはある程度知られていたらしく、木葉も、バケモンのその後が気がかりだったのであった。


「……ちょっとだけ……信じてみよう。」


彼は都市伝説などは決して信じるような人ではない。しかし、初めて晄の家に行った時に感じたあの感覚を思い出した木葉は、あまりに非現実的であっても、何故か信じてみなくなったのであった。




翌日の朝。木葉はいつもよりも早めに家を出た。向かう先は学校……では無い。彼は、訪れた先の裏の玄関のインターフォンを押した。


「はい。今出ます。」


落ち着いた家主の声が聞こえると、すぐに扉が開いた。そして、来客である木葉の姿を見ると、予想外だったのか少し驚いていた。


「……少年か。」

「おはようございます。エレッタさん。」


木葉は、礼儀正しく礼をすると、エレッタに向き直った。


「晄に用か?あいつはまだ朝食を摂っているところだが……上がって少し待っていろ。」

「はい。ありがとうございます。」


エレッタは、ああいいながら、玄関にあるスリッパをひとつ取り出し、木葉の前に置く。木葉は、エレッタの言葉にそう一礼すると、靴を揃えて家の中に入った。一方、食事中であった晄は、玄関に向かったエレッタがなかなか帰ってこないことに疑問を抱いていた。しかし、足音が少しづつ近づいて来るのを感じると、やはりただの宅配便だったのだろうか、と頭の中で解決させた。が、しかし、扉が空いた途端、晄は、目を丸くしたのであった。


「え、こ、木葉くん!?」

「おはよう。晄さん。」



「ごめんね急に。よく考えたら、昨日帰るのにあんなに時間がかかったんだから、まだ大変かなって思ったんだよ。」

「こっちこそ、わざわざありがとうございます……」


木葉の言葉に、晄は、昨日はかなりの迷惑をかけてしまったな、と反省すると共に、隣の席が木葉で、とても運が良かったなと感じた。


「それに……」


木葉が何か言いかけた時、晄と木葉の水晶が激しく光りだした。バケモンが近くにいる合図だ。晄は自分の水晶を握りしめて、木葉の方を見つめた。


「……木葉くん。一緒にお願いできるかな……?」

「うん。急いだ方がいいんでしょ?行こう。」




「まだ足りない……!!……よこせ……!!もっと!!もっとよこすんだ!!!」

「……ば、バケモン……!」


向かった先は、近所のコンビニの近く。朝ごはんを買いに来た客たちは、バケモンに恐れて逃げていく。バケモンの姿は狐に似ている。強欲から生まれたバケモンは、狐か猫のどちらかの姿になる。そのため、このバケモンは強欲が元となったものだと思われる。余程何かを求めていたのかもしれない。木葉は、初めてバケモンを目の前にして、これから自分がそのバケモンと戦うことが出来るのか、という不安に駆られた。


「とりあえず、武器は持ってた方がいいかも……『轟け!!我が魂!!』」


晄がコンビニの裏で、高らかにそう叫ぶと、水晶は強く光り出す。それが止むと、晄は、黄色のスカーフと黄色のマントに身を包み、その手には、雷を纏った両剣が握られていた。それをすぐ隣で見ていた木葉は、自分の目を疑った。それと同時に、晄は、本当に戦士である、ということを信じざるを得ないのだとわかった。


「ほ、本当に……戦士……なんだね……」

「さ、木葉も同じように……あ、そうだ、呪文が違うんだった……えっと……」


晄は、いつ戦士が現れてもいいように、この前エレッタに教わった、戦士達の呪文が書かれた紙を持ち歩いていた。制服のポケットからそれを取り出すと、晄は、そこに書かれてある殴り書きの文字を読み上げた。


「『萌えろ、我が魂。』そう叫んで!」

「え、漢字そっちなの?」


晄の殴り書きのメモを覗き込んでいた木葉は、自分が想定していたものと違って驚いていた。

木葉は、その漢字を目にして、彼がたまに耳にしていた『萌えキャラ』や、『萌え萌えキュン』などといった言葉を連想してしまったが、ここで使われる『萌え』と、それらの言葉は一切関係ない。しかしながら、木葉はこの『萌え』と勘違いしている。晄は、これを彼に訂正してやった。


「芽が出ることを、萌えるって言うんだって。ファイヤーじゃないよ?」

「そ、そうなの?わかった。

……『萌えろ!我が魂!』」


木葉の言葉に、水晶は反応し、強く光り出した。そして、その光が止むと、木葉も晄同様、緑色のスカーフと、緑色のマントに身を包み、その手には、清いツタが絡みついた、白銀の剣を手にしていた。


「!?」

「なかなかのもんでしょ?」


晄は、何故か自慢げに言う。決して彼女の手柄ではないのだが……しかし、先輩面をしたかったのだろう。仕方ないと言える。


「なんだろう……不思議と力が湧いてきた……」

「運動出来なくたって、そのスカーフさえあれば、バリバリに動けるんだよ!……でも、調子には乗りすぎないようにね?」


晄がおかしいほどに動いて戦っていたことに対し、疑問を抱いていた人もいたかもしれない。しかし、それには理由がある。戦士達は、その首にあるスカーフからの魔力で、体力や身体能力を補っているのだ。そのため、戦士となれば、一般的な身体能力しか持たない者でも、超人的な力を持てるようになったり、元より超人的な力を持っている者は、更なる力を手にできるのである。


「よし、行ってみようか、木葉くん……いや、木葉!」

「……わかった。行こう晄。」


彼らはバケモンがいる所まで足を踏み出した。


「おい!バケモン!!」

「足りない!!全然足りない!!」

「……あの、バケモンさん?」

「よこせ!!もっと!!もっとだ!!」

「うわっ!」


晄の言葉に耳も傾けないバケモンは、木葉に襲いかかってきた。突然の出来事に驚いたものの、彼は咄嗟にそれを剣で受け止めた。


「はっ!」

「うおっ!」


木葉は、そのままバケモンの体を跳ね飛ばした。バケモンはその勢いで、木葉の反対側に倒れ込む。その隙をついて、晄は両剣をバケモンの背中に突き刺した。


「ぎゃああああああ!」

「うわああああああ!」

「え、なんで木葉も悲鳴あげて……血とかダメな人?」

「い、いや、なんか容赦なさすぎて……」


晄の攻撃によって、青色の液体が飛び散る。といっても、大した血量でもないのだが。しかし、木葉は、まさかそこまでするとは思っていなかったようだ。そもそも、少量であったり色が赤ではなかったりしようと、血が出ること自体に抵抗があったのかもしれない。家の隅から急にゴキブリが二体現れたときのように、バケモンよりも大きな悲鳴をあげてしまった。


「あ、ごめん。いや、あたしもこの色の血はなかなか見ないからびっくりした。

バケモンによっては血がなかったりするんだけど……体内環境が悪いほど青くて汚い血が出るようになるんだ……強欲でこの血の色って、何してたんだろ。」


晄の台詞に、木葉は新たな知識を得た。そもそも、感情からバケモンが生まれていたことも知らなかった木葉は、何故感情から生まれるのか、ということに疑問を抱いたが、あえて口には出さなかった。


「う、うぅ……」


バケモンは、急所を貫かれ、完全に身動きを取れなくなっていた。それを見て、晄は、また呪文の書かれた紙を取り出した。


「木葉、武器を上に掲げて、こう言って!『リーフトルネード』」

「えっ?それは……アニメとかにあるような必殺技かなにかなの?」

「そんな感じかな?正確には浄化魔法。あまり見た目は浄化っぽくないけど……」

「……分かった。『リーフトルネード!!』」


木葉が呪文を唱えると、草木がバケモンの周りを覆い隠した。その後、草木が姿を消したかと思うと、草木ごとバケモンは姿を消していた。



「晄、いつもあんなことしてたの?」

「あはは、まあね……」

「……いつも、敵の体に武器刺したりしてたの?」

「あれくらい、やってたらすぐ慣れるよ?エレッタなんて、たまにもっとえぐいことするし、あたしもまだまだだよ!」


無事学校に着いたあとの休み時間。木葉は、晄のそんな言葉を聞いて、僕も、敵に対して情け容赦が無くなってしまうのかもしれない、と思うと同時に、そうはなりたくないと思うのだった。

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