第四十二魂

紫色の戦士


突然に辺りを包み込んだ、紫色の光。その眩しさに閉ざしていた目を再び開けた時、ひかりの視界に広がったのは、紫色の柔らかな布地だった。


「えっ!?み、未来みらいくん!?」

「前教えてくれたでしょ?変身呪文っていうの。覚えてたんだ、ボク。」


そう告げる彼はどこか誇らしげであり、少し前までの、負のループの中に囚われていた少年と同一人物であるとは、とても思えなかった。まさか、あんなにバケモンと戦うことを恐れていた彼が、自ら呪文を唱え、戦士になるとは考えもしなかった晄だったが、その嬉しい裏切りに、つい笑みが零れていた。


「そ、そっか……!そっかぁ!!よぉし!じゃあ行こう!」

「うん!」


未来の返答に、晄の頬は綻ぶ。そうして、彼が公園の方に向かったのを見て立ち上がると、彼の後を追いながら、高らかにこう叫んだ。


「『轟け!我が魂!!』」


途端、彼女の首元から黄色の光が溢れ出し、辺りを包み込んだ。そしてそれが止むと、その首元には黄色のスカーフが、その下からは同色のマントが垂れ下がっていた。右手に握られた両剣が、陽の光を反射してキラリと光る。しかし二人はそれを気に止める様子もなく、歩道橋の階段を駆け下りた。




「おりゃぁあ!!」


大きな掛け声と共に投げられたモーニングスター。暖かな日差しを跳ね返すかのように輝く、その白い球を中心にクルクルと回りながら、茶色の毛玉……いや、ビーバーだろうか……?それらしい外見のバケモン目掛けて、真っ逆さまに落ちていく。フォンフォンと風を斬る音が辺りに響きわたる。その音にいつまでも気づかないほど、バケモンも鈍感ではなかった。


「ひぇっ……!?」


ふと振り返ると、その瞳はモーニングスターを捉えた。確実にこちらに目掛けて一直線に向かってくるそれに、バケモンは悲鳴を上げた。このままあれが頭にでも直撃しようものなら命は無い。やはり、元は一般人の感情の一つなだけあって、生存本能などは人並みに存在するらしい。とっさに右側に走り出してそれを避けると、風のような速さで、公園の中央に向かって走り出した。

モーニングスターには、標的を追尾するような機能など一切備わっていない。遠く離れていくバケモンのことなどお構い無しに、それはドスリと重たそうな音を立てて、真っ逆さまに落ちてしまった。


「……ちっ。」


また狙いが外れてしまった。地面に、その球の先にある棘を突き刺して直立するそれに目をやると、その持ち主である白色の戦士、白雪しらゆき奈波ななみの口からは、思わず舌打ちが漏れ出ていた。

晄と未来の元を離れ、バケモンと対峙してからしばらく経過したが、現状、全くバケモンを浄化できる兆しが見えていなかった。何せ、攻撃がまるで当たらないのである。奈波の武器は、モーニングスターという重量級の打撃武器だ。戦士となったことで基礎的な能力がかなり補強されているとは言え、やはり彼女はただの中学一年生の少女だ。普段通りのやり方でバケモンに攻撃しようにも、その大振りな武器を軽々と振るえるわけもなく、その動きは少々鈍い。それに加えて、敵であるバケモンは相当すばしっこく、殴り掛かる前に気づかれて、逃げられてしまうのだった。

これは、正攻法で戦うのは不可能である。そう判断した奈波が、なんとか絞り出した手段というのが、先程の行動であった。ハンマー投げの要領で、打撃武器を投擲武器として扱うのである。重量のあるものを遠くに投げるのだから、その分一度にかかる時間はけして短いとは言い難い上に、投げ飛ばしたものをまた拾いに行かなければならない分、効率は非常に悪い。だがその分、単純に殴りに向かうよりも、相手には気づかれにくく、突発的な攻撃を仕掛けるのには向いていると、そう奈波は考えたのだ。

ただ、その方法でも幾度か試してみたが、結局はどれも上手くは行かなかった。モーニングスターが刺さった地面に向かい、全身を使ってそれを引き抜く。ぽんっとコミカルな音が鳴りそうな勢いで地面から抜き取ったは良いが、その反動で、奈波は思わず尻もちを着いてしまった。


「大丈夫!?」


すると、後方から声が響いてきた。状況から見て、自分にかけられたものだろうと判断した奈波が後ろを振り返ると、自分と同様に戦士の格好をした未来と目が合った。彼から少し遅れて、晄の姿も現れる。奈波は、少し前の自分の発言を思い返し、気まづそうに視線を逸らし、立ち上がった。


「……まぁ、はい。」

「そっか……ならよかった。」


雑な返事を返すと、視線の先の彼は、それでも十分だと言うように奈波に笑いかけた。彼女の胸の中にあるモヤっとしたものが、僅かにその規模を大きくした。


「……なんだかちょっと苦戦してるっぽかったけど……」


モーニングスターが刺さっていた地面の窪みを見つめながら、晄はそう口にする。それを聞いて、奈波は現状を頭の中で整理して、二人に説明することにした。


「……なんかあのバケモン、足速くて全然攻撃当たんないんですよ。」

「あぁ、それでその武器投げてたんだね。色々試してみたんだ。」

「まぁ、全く方法変えずにずっと正面から突っ込むなんて、ちょっとどうかと思ったので。」


三人がふと遠くを眺めると、バケモンはまた、公園の中の木々に手を出していた。ばさりと倒されたそれらが、いくつもその周りに転がり落ちているのが目に付く。下手したら、ログハウスの一つでも建てられるのではないかという程のそれに、未来は苦笑いをうかべた……と同時に、彼の頭の中に、ちょっとした作戦が構築された。


「そうだ!えっと……」

「……?あ、奈波です。」

「じゃあ、奈波ちゃん、どれくらいの広さの場所なら、バケモンを確実に倒せるかな?」

「……え?」

「今みたいに広すぎても駄目だし、だからって狭すぎたらいけないかなって思って。」

「…………?ところで先輩、武器は……?」


未来の唐突な問いかけに、奈波は困惑した。しかし、そんな彼の姿を長らく眺めていて、初めて彼の異端さに気がついた。彼は、これまで見た他の戦士とは明らかに違う点を持っていたのである。なんと、彼の手には、それらしい武器一つ握られていなかったことだった。


「え?」

「いや、あなたみたいな可愛い感じ……の、人が……あのっ、そ、そんな、武器無しの素手で戦うなんて、無理が、ありますし……」

「武器……」


奈波の問に、未来は頭を捻らせた。彼自身、自分がどんな風にして戦うだとか、そういった話は事前に晄に聞かされていた。しかし、確かにそれには、奈波が求めている答えらしき物は見当たらなかった。しかし今戦士となって、彼女が求めているものでは無いだろうが、一つだけ、その心当たりはあった。


「……他の人が見られるものじゃないかもね。ね?晄ちゃん。」

「え、多分……?というか、あたしも言われてメモした時、あんまりよく分かってなかったんだけど……第三の目?って、どういうこと?」

「第三の、目?」


訳が分からず、奈波は未来の目を覗き込んだ。こちらを見つめ返す左目は、困ったように笑っている。そうなると気になるのは、その紫の長い前髪で隠された右目だった。そしてそのまま、なんでもないような表情で未来の方に近づくと、少しばかり背伸びをして、彼の前髪を捲りあげた。


「!?」

「ちょっと!奈波ちゃん!」

「あっ。」


奈波は、未来の抱える事情を晄伝いに聞いていた。約二ヶ月前に、彼が事故にあった事、そしてそれが原因で、両親と右目を失ったことを。奈波は、なにも彼を困らせたくてこんなことをしたのではなかった。単純に、彼らの言う武器の正体を探っていただけである。

もしかしてこれは宛が外れたか?晄の制止の声に、奈波は一度そう判断しかけたが、直後、かち合った右目の瞳孔が動いたのを見ると、奈波は確信した。


「……やっぱり。」

「え、や、やっぱり……?」

「もう、なんだ。バレちゃったか……せっかくなら内緒にしたかったのに……」

「え?どういうこと……?」

「見えなくなったこっちの目が蘇ってるんだよ。」

「……えぇ!?」


晄はその予想を反する事実を前にして、何時かぶりにアホズラを披露していた。

紫色の戦士は、晄や奈波のような武器を用いた戦闘ではなく、どちらかと言えば華恋かれんの、杖を使って花を呼び出して戦う戦法に近かった。紫色の戦士は、“第三の目”を使って、周囲の物を操って戦う、というものだった。つまるところ、サイコキネシスである。

一般的なサイコキネシスと一つ相違点を挙げるならば、彼が操った物体は、操られている間、こちら側が相手に衝撃を与えることが出来ても、相手側からは一切の衝撃をも受け付けなくなる点である。一例を挙げると、もし彼が車を操って、思い切りガードレールにぶつけたとする。本来ならば、どちらもその形を歪めるはずだが、彼に操られた車は、一時的に一切の衝撃も受け付けないために損傷はなく、一方のガードレールは、依然として衝撃を受け付けるため、そちらだけ変形してしまうことになるだろう。

奈波は、疑問が解けてスッキリしたのか、上げていた未来の前髪を元に戻した。そうして一歩下がった彼女に、未来は改めて問いかけた。


「それで……どれくらいの広さならバケモンと戦える?」

「そうですね……せめて、この公園が体育館ぐらい縮まったら可能性上がりますかね。」

「……えぇっと……最小値でお願い出来る?」

「四畳半で。」

「そ、そっか……!ピッタリそれには出来ないかもしれないけど、ちょっとやってみるね。」

「……やってみるって、何をです……?」

「上手くいくかわかんないけど、ちょっと見てて。」


未来はそう告げると、一度奈波達の方から目を逸らした。彼はその長い前髪を自ら捲り上げると、その周辺をキョロキョロと眺めた。それからしばらくが経過した時だった。ちょうど辺りに倒されていた沢山の木々が、ゆっくりと浮き上がったのだ。


「……なっ!」

「凄い……!」


彼の戦法を知らない奈波も、知っていた晄も、その光景に目を奪われた。ふと見れば、遠くにある木々も同様に、ゆっくりとだが浮き上がっていた。そうしてそれらは、公園の中央付近に大きな影を作って、一箇所にまとめられたのだった。


「二人共、お願いなんだけど……」

「え、どうかした?」

「二人で挟み撃ちして、なんとかバケモンを足止めしてくれないかな?」

「おっけー!あ、奈波ちゃんは?」

「……それならやれそうですね。」

「ありがとう!」


浮かび上がる、沢山の木々。未来は、横たわっていたそれらを右目で見つめながら、少しづつ真っ直ぐに伸ばした。それと同時に、中央から僅かに逸れた場所にいるバケモンに向かって、二人はそれぞれ別の方向に走り出した。




「おーい!」

「わ!ひぃ!」

「あっ、ちょっと待って!」


バケモンのすぐ側まで来て、晄はそれに声をかけた。突然耳に入り込んできたそれに、バケモンは驚いて、木にかじりつくのをやめて逃げ出した。しかし、それも長くは続かなかった。


「あなたの肉叩いて食べやすくしてやりましょうか?」

「う、うわぁああ!!」


随分厳ついミートハンマー……ではなく、モーニングスターを持って現れた奈波の姿を前に、数分前まで追いかけ回されていたせいか、バケモンは、晄の時以上の悲鳴をあげた。彼女に恐れをなして反対側に逃げようとしても、そこにはまた、両剣を持った晄がいて、思いとどまる。ならばと、今度は晄も奈波もいない、左側の道に向かって走ろうとしたが、突然、その目の前の道が、何本かの木に覆われて塞がれてしまった。

それを皮切りに、バケモンと二人を取り囲むようにして、沢山の木々がまるで雨のように降り注いできた。信じられない光景に、バケモンは困惑し、あたふたしていたが、その正体を知っていた二人は目を見合わせると、同時にバケモンにさらに距離を詰めた。


「これで、もう逃げられませんよ。」

「や、やめて!なんかきみ凄い怖い!!」


奈波は、バケモンの首元にモーニングスターをあてがうと、その耳元でそう囁く。その声に、バケモンはみるみるうちに顔色を青くした。そんなバケモンにはお構い無しに、ちょうど正面にいた晄は、その体に向かって、思い切り両剣を振り上げた。


「そりゃあっ!」

「うわっ!……ん?痛くはない!?え!?血ぃ出てる!?何!?なんで!?」


ビーバー……つまり齧歯類のバケモンは皆、困惑する感情から生まれる。それも相まって、バケモンは目の前で起こる出来事に酷く困惑しているようであった。先程までの怯えていた姿を思い出し、晄は少し罪悪感を覚えながらも、また両剣を振り上げる。奈波に押さえつけられて抵抗も出来ないまま、バケモンはただその斬撃を受け続けた。一方の奈波も、バケモンをただ押さえつけているだけではなく、首元にモーニングスターをぐりぐりと押し付けていた。

しばらくそんな状態が続いた結果、すっかり体力は尽きてしまったらしい。バケモンはもう、全く動こうともしなくなっていた。それを察してか、辺りを囲んでいた木々が、少しずつ浮き上がり、元の場所に返されていく。そうして、全ての木々が周辺から消え失せると、二人の元に、駆ける足音が近づいてきた。


「もう大丈夫、だよね?」

「うん。ありがとう、助かったよ!」

「え、もう終わりですか……」

「なんで残念に……?あ、そうだ未来くん、変身呪文は覚えてたけど、浄化の呪文は覚えてる?」

「もちろん!」

「なら、せっかくだしやってもらっていいかな。」

「任せて!」


未来は、明るくそう返事をすると、その胸に手を当てて、ひとつ深呼吸をする。そして、右手で前髪を捲り上げて、こう唱えた。


「『テレポーテーション!』」


すると、バケモンの周りを、紫がかったシャボン玉のようなものが取り囲んだ。それは、バケモンを押さえていた奈波を透過してそれを持ち上げると、そのまま上空に向かって、どこかに飛び去ってしまった。




「……やっぱり、バケモンと戦うのは怖い?」

「うーん……」


人に見られないようにと、逃げるようにしてその場を去った三人は、そのままあの公園と離れた道に、縦に並んで歩いていた。先頭の晄が不安そうに、その後ろの未来に問いかける。未来は、しばらくどう答えるか考えあぐねたが、それもほんの僅かで、彼は晴れやかな表情で答えた。


「やる前は怖がってたけど、やってみたら怖くなかったし、結構やってて楽しかったかな!」

「敵をいたぶるのが、ですか?」

「違うよ!作戦考えるのとか!」

「そっか!良かった……って、もしかしてそれも嘘じゃないよね?」

「違う違う!!今度は本当だから!」

「大丈夫!分かってるよ!」


焦ったように弁解する彼に、晄は流れる汗を拭いながら、笑って答えた。

残る水晶は、あと三つ。二人と駄べりながら、まだ見ぬ三人の戦士に、晄は思いを馳せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る