第三魂
隣の席の少年
「上履きあるし、体育着もある。教科書もあるし……うん、問題無いね。」
今日は月曜日だ。セーラー服を身につけた晄は、わすれものがないか、鞄をあさりながら確かめていた。そして、忘れ物がないことを確認すると、晄は、鞄を持ってリビングに向かった。
「エレッタ、これで問題ないよね!?」
「……あ、あぁ……そんな事より、そろそろ家を出るべきではないか?保護者として我もついて行くが……」
エレッタにそう言われた晄は、時計を見る。7時50分だ。
「……おっけー……そろそろ行こうか…」
晄の一言で、二人は家を出た。不思議と、緊張しているような雰囲気が、二人から漂っていた。
「おい!今日転校生来るらしいぜ!」
「なんだって!?」
「さすが情報通!!」
これは、
「もっと情報ないの!?男か女かとか!!」
「男の子だったら、イケメンがいいなぁ…」
「……はぁ…これだから女子は。だが残念だったな!!転校生は女だよ!!」
「え!?じゃあ、イケメンは来ないの……!?」
「えー……なんだー……」
転校生が男では無いと知ると、女子は興味が失せたかのように騒ぎを止めた。期待した人が来ることはないのだと知った途端、そこまで変わってしまうものなのだろうか……?木葉はそう思うと同時に、このクラスの女子の大半は面食いなのかもしれないなと、少し恐ろしく感じた。と、その直後、話題の中心にいた、情報通の鈴木が木葉のもとに歩き出した。
「木葉、なんでお前が転校生の隣という特等席を手にしてるんだ!!……俺、来る時顔みたけど、結構俺好みだったんだよ。いいなぁ……その子、どうやら田舎から来たらしくてさあ!頼む!代わってくれよ!」
「あははは……でも、そんなこと言われてもなぁ……」
情報通の彼に色々言われたが、全て無茶な話である。木葉は、それを苦笑いで聞いている他はなかった。
「みんな、朝の会始めるよー!」
そこへ、担任の教師がニコニコと笑顔を見せなが現れた。彼はまだ二十代の、若い教師である。そのため、クラスメイトからは舐められやすいようだ。そんな彼の一言でも、普段は何人か座らずに残っているものだが、今日に限っては、転校生見たさに全員すぐに着席した。
「先生!!転校生早く早く!!」
クラス一のプレイボーイである花田は、先生にそうせがむ。それに習って、何人かも同じように先生にせがんだ。先生は、その発言に驚きつつも、それに応えるように口を開いた。
「一体どこでそれ聞いたんだろ……また鈴木くん?まいっか!じゃあ、先に転校生紹介するね。
教師がそう告げた次の瞬間、ガラッと教室の扉が開いた。皆様お察しの通り、そこから現れたのは雷電晄だ。右手と右足が同時に出ていないだけ、平常心は保てているようである。
「じゃあ、黒板に名前書いたら自己紹介ね。俺からも軽く説明しとくけど。」
「は、はい!」
晄は、言われたとおりに黒板に名前を書き始める。それを確認すると、担任の教師、
「雷電さんは、田舎の方の中学校から来た子だから、いろいろ知らないことがあると思うんだ。何か困ってたりしたら教えてあげてね。」
「はい!」
「意外と変わったところから来るもんだな……」
「田舎ってことは訛るのかな……!」
口々にクラスメイトがコメントをするのをみて、木葉は、晄に同情の目を向けた。
(自分だったらこんな環境耐えられるだろうか……いや、無理だ。)
木葉は、親が仕事の都合上今後も転校しないで済むように祈るばかりであった。
「じゃあ、雷電さん!頼んだよ!」
「は、はい。
皆さんはじめまして。雷電晄です。前の学校では部活強制だったので、とりあえず陸上部に入っていました。さっき誰かが、訛るのかなって言ってましたが、そんな訛れません。よろしくお願いします。」
そう言って晄は礼をする。起き上がる頃には、少しほっとした表情を見せていた。
「じゃあ、雷電さんの席は、大森くんの隣ね。あの緑緑した子の隣。」
「は、はい。分かりました。」
「緑緑……フフッ」
木葉は、変な呼ばれ方をされて、さらにそれをクラスメイトに笑われたことで、少し不機嫌になった。そんな呼ばれ方をしたのは、おそらく、彼の髪の色が緑であり、目の色も黄緑であるからだと思われる。しかしながら、この世界の住民の髪色は、どれも鮮やかであるため、他に緑緑している者も多数いることだろう。ただし、C組には木葉しかいないが。晄が隣の席に座ると、木葉はとりあえず自分の名を名乗った。
「僕は大森木葉。よろしく、晄さん。」
「こちらこそよろしく、木葉くん。あたし変なこと言ってなかったよね?」
「あ、うん。大丈夫だったと思うよ?」
木葉の言葉にほっとしたように一息つく晄。そんな彼女を見て、転校生にはなりたくないものだと、木葉はまた改めてそう感じた。
「今日はあと時間割通りだし、みんな、真面目に授業を受けて頑張ってね。」
「はーい!」
先生がいなくなったのを確認すると、生徒達は一斉に晄に群がった。晄の戸惑う姿を見て、木葉は、またもや彼女に同情するのだった。
一日中、生徒や先生からターゲットにされた晄は、とても疲れた様子であった。しかし、なんとか一日目を終えることが出来た。どうやら、晄が前いた学校より、この学校の進度の方が遅かったようで、その辺もこれといって苦労はしなくても済むだろう。晄は、とりあえず無事に一日を終えることが出来たことに安心感を覚えた。
「はぁ……波乱万丈の一日だった。」
「あはは……晄さんお疲れ様。」
晄が背伸びをしながらそう呟いた。それを耳に入れた木葉は、晄にそう笑いかけて言った。
「ごめんね、隣の席だからなかなか邪魔くさかったでしょ。」
「いや、大丈夫だったよ。」
ニコリと笑って木葉が言うと、晄も安心したように笑った。意外と都会も怖くない。晄はそう思うと安心した。
「そういえば、晄さんって家の方向ってどっち?」
「えっとね……」
木葉は、もし家の方向が一緒なのであれば、家まで送ってあげようと考えた。彼は帰宅部である。彼の友人はみな、何かしらの部活に所属しているため、ともに帰るような仲間もいない。この学校の生徒の九割は部活に所属しているため、それも仕方ないとも言える。
「……」
(あれ、どうしたんだろ……?)
自分の問に対して、あまりにも返事が遅い晄。それに違和感を覚えると同時に、ひとつの予測が生まれた。
「晄さん、まさか……わからない?」
「……ご、ご名答……あははは……複雑すぎて何が何だか分からなくってさ!」
晄は、これはまずいなと思いつつも、苦笑いでそう答えた。木葉は、同情すべきか呆れるべきかわからないといった心理状況であったが、とりあえず、助け舟を出すことにした。
「じゃあ、僕、君の家探すの手伝ってあげようか?そこまで力にはなれないかもしれないけどさ……」
さっきまで、これからどうしようかと途方に暮れていた晄だったが、その一言で、晄の表情が一気に晴れた。
「え!?いいの!?地獄に仏だ!!ありがとう木葉様!」
「お、大袈裟だよ……ところで、近くにある建物とかわかる?ある程度目星がつくから。」
「えっとね……」
また黙り込んだ。そんな晄の姿に、木葉はまた嫌な予感がした。しかし、今度の嫌な予感は無事に的中せずに済むことになる。
「あ!そうだ!Il Gusto Delle Scosse Elettriche!」
「え?い、いるぐーすと……何それ。」
「イタリア料理のお店!」
晄が唱えたのは、エレッタの店の名前だ。呪文にも聞こえるかもしれない。『イル グースト デッレ スコッセ エレットリーチェ』がおそらく正しい発音だと思われる。『電気ショックの味』という意味らしい。近くにある建物を尋ねられて、自分の家の名前を答えるとは、なかなか普通とは言い難い。しかしながら、それくらいしか思いつかなかったのだから仕方ないだろう。
「えぇっと……まあ、探してみようか。」
二人は、とりあえず教室からは出ようと、荷物を持って校門に向かった。
「この先の角を右って言われたよね?」
「うん。そういえば、木葉くんの家って、こっち側なの?面倒かけさせてない?違うならあとはあたしが一人で行くよ?」
「いや、大丈夫。家からはそう遠くないし、次の曲がり角までは同じだからね。」
運良く、エレッタの店に行くまでの道を知ることが出来た晄達は、ひたすらに道を真っ直ぐ進んでいた。その先の曲がり角で右に曲がり、しばらく進むと到着する。そう言われた二人は、その指示通りに道を進む。たどり着いた先には、確かに、エレッタの店があった。
「木葉くん、ありがとう!ここだよ!」
「……」
「あ、あれ、木葉くん?」
家にたどり着いたはいいものの、木葉からの返事がない。不安になり、木葉に声をかける晄だが、木葉は、ただただ、店の二階の方……晄の部屋がある方を向いたまま黙っていた。
「……あ、ごめん。ぼーっとしてた。」
「大丈夫?……あ、そうだ!うち寄って来なよ!なにか奢るよ!」
「え?」
「大丈夫!お金なんか請求しないから!」
そう言うと、晄は木葉の腕を引っ張って、少し無理矢理にだが、自分の店でもあるエレッタの店の正面から中に入った。
「ただいま!」
「……全く、騒が……ん?同級生かい?」
偶然誰もいなかったこともあってか、晄の声を聞き、エレッタは『全く、騒がしい奴だな、貴様は。』と、罵ろうとした所だったが、木葉の姿に気がついた途端、それをやめ、よそ行きの口調で話し始めた。
「こんにちは。急にすみません。」
木葉も、急に現れたことを申し訳なく思ったようである。彼がそう告げる。エレッタは、それを見て、晄が連れて来た少年にしては、ちゃんとした少年だな、と心の中で呟いた。しかし、それと同時に、ある違和感を感じた。それが何なのかはよく分からなかったが、どうやら、あまり悪いものではないようである。
(なんだ……晄と似たような何かを感じる……)
それが何なのかは分かりそうもない。そう思ったエレッタは、とりあえず今は放っておくことにした。
「隣の席の木葉くんだよ。帰り道を一緒に探してくれたんだ!」
「晄…………。」
晄の言葉に、エレッタは晄に対する呆れと苛立ちでいっぱいになったが、木葉の前である事を思い出すと、それをやめた。
「それで、あたしちょっと迷惑かけちゃったのもあるんだけど……木葉くん、疲れちゃったみたいだから、連れて来ちゃった。そこでエレッタさん!木葉くんに何か作ってあげて!」
晄は、店内に入る前の木葉の行動を思い出した。一点を見続けるなんて、よほど疲れていたのだろう。これは、そうおもった晄の心遣いである。しかし、実際に行動するのはエレッタなのだが。エレッタも、晄が世話になったのもあり、それに対して乗り気だった。
「え、僕なら大丈夫だよ。」
「……いや、お礼はしないといけないだろう。遠慮しないで食べていきなさい。」
「じゃ、じゃあ……お言葉に、甘えさせていただきます。」
午後四時。それなりにお腹が空く頃である。小腹がすいていた彼には、食べて損することはこれといって思いつかなかったようだ。それに、木葉にとっては、何故かここにいなければいけないような気がしてしまったのである。
晄に促されて適当な席に座ると、晄は、その向かい側の席に座った。木葉が選んだのは、壁際の席だ。外からの光が届きそうで届かないそこに、二人は座る。彼は無難にミートソースのスパゲッティを頼んだ。それから、二人はしばらく会話していた。そんな中、木葉は急に、こんな事を言った。
「あのさ、晄さん。」
「ん?何?」
「……この…店?家?の二階に何かあるの?」
「……え?」
木葉にそう言われ、晄は何かあったか考えてみた。そもそも、“何か”という曖昧な言葉で指されたものが具体的には何なのかもよく分からない。ただ、彼女の心当たりを全て当たってみても、まるでそれらしきものは浮かばなかった。
「……いや……え、どんなの?」
晄は、彼が一体なんのことを言っているのか確かめたくなった。晄はとりあえず、彼にヒントを求めてみた。しかし、その答えはなかなか木葉には思い浮かばないようで、しばらく黙り込んでいた。ただ、絞り出して絞り出して、彼は、ある一つのことに気がついた。
「……そうだ……!その、ネックレス。晄さんがつけてるネックレスみたいな感じの。それがあるような気がして、どうも気になるんだ。」
彼は、晄の首元を指さしてそう告げた。途端、ああそうだったのかと、晄は一つ思い出した。彼が口にしていた二階……晄の部屋には、戦士の証である水晶があることを。
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