第二魂

水晶の戦士を探す日々。


「あのさ、エレッタ。」

「ん?なんだ。」

「ずっと一人で暮らしてたんでしょ?その割には家広くない?」


エレッタがひかりのために用意した部屋まで向かう最中、晄は歩けど歩けど一向にその部屋にたどり着かないこと、そして、家の中の空間が妙に広いことに気がついた。妙に思って晄が追求してみれば、エレッタはなんということもなげに答えるだけだった。


「元の姿に戻ろうとも、これならば家も壊れまい?いつまでもこの人間の姿をしていては、気が休まらんしな。」

「ああ……なるほど。」


彼が龍の姿に戻ったならば、人のおおよそ三倍ほどの身の丈である。蛇のような細長い体ではあるが、胴の幅もそこそこのものであるし、その体で楽な体勢をとるのには広い空間が必要になるのも、分からない話ではない。しかしそれにしたって、流石にこれは過剰なのではないかと感じてしまう晄であった。






「いいか?この部屋だ。」

「なかなか、遠かったね……。」


それからまたしばらく歩いたところで、ようやくたどり着いたのは六畳ほどの白壁の部屋だった。中には簡単な机と椅子、洋服箪笥とベッドが配置されている。晄がエレッタに預けていた荷物は、その中で入口に最も近いベッドの上にぽつんと置かれていた。

しかしながら、飲食店を兼ねているとはいえ随分と広い家だ。店として使われている空間も通って来たのもあってか、この部屋にたどり着くまでに随分と時間がかかったように感じられて、晄は思わず本音を漏らした。


「確かに、店のホールからは遠いな。しかし、リビングや家の出入口からは近い部屋だ。中学生には丁度良い。」

「あ、そうなんだ……って、そういえば、制服とかいつ届くって?」

「ああ、それは、明日にはもう届くそうだ。」

「そっか、良かった…」


ふと思い出して晄が彼に問えば、エレッタは少しばかり記憶を辿ってから答えた。その返答に、晄はほっと息をつくと、何となくそのままベッドに腰掛けた。

晄は、まだ中学生二年生である。当然、学校には通わなければならない。そんな彼女がこの家から通える範囲の学校は、二つ存在した。一つは『私立月乃宮大学しりつつきのみやだいがく』という大学の附属の学校、もう一つは『市立木霊中学校しりつこだまちゅうがっこう』という、ここ木霊市こだましが運営する中学校だ。

前者は偏差値が高く、後者は校区内に住む中学生であれば特に問題なく入学や転入が可能である。そんな中で彼女が通うことになったのは、後者の市立木霊中学校であった。何せ、晄はお世辞にも利発と言えるような賢さではなかったのである。


「明日に来るなら明日から?」

「馬鹿を言え。明日の朝に来るわけではないし、それにしても朝から忙しく準備をせねばならなくなるぞ。」

「じゃあ……来週の月曜日から学校か。」


この日は木曜日であり、明日の金曜日に届いたとしても、晄が最短で学校に通えるのは月曜日からだった。ただでさえ勉学に遅れを取っている晄は、できる限り早く学校に通いたい気持ちがあり、エレッタもそれを理解していた。


「そうなるな。」

「そっか……うーん、迷子にならないといいなぁ。」

「……まあ、一人で行かなければならないということもあるまい。近くに、その学校に通う者がいるはずだ。そやつらについて行けばよい。」

「ねぇ、初日くらい車で送ってくれない?」

「店の支度が優先だ。」

「そんなぁ……」


甘えてみせる晄に、エレッタはピシャリとそう切返す。今日散々迷子になって不安が募っている晄は、眉を八の字に下げて嘆いていた。自信のなさに視線が下がって行った時、その視界の端に、しばらく放置された自分の荷物が転がっているのが見えた。


「あ、そうだ!見せなきゃいけないものがあった!」


突然、晄は顔を上げてエレッタを見やると、そう声を上げてから自分のカバンをあさった。ガサゴソと物音を立ててしばらく。彼女が引っ張り出した手には、高価な物でも入っていそうな、和紙で出来た箱が掴まれていた。


「はい、これ!」


そう言って彼女が箱を差し出すと、エレッタは一度首をかしげ、その箱と晄の顔を見比べてから受け取った。窓からの光が反射して、和紙が上品な輝きを放つ。しかし、どれだけ見てもその中身が想像つかず、エレッタは晄に視線を戻すと、彼女に問いかけた。


「なんだ、この無意味に華美な箱は。」

「それ、水晶。」

「……は、何?」


わけも分からず、エレッタは驚いて箱を開けた。すると、その中には、晄の首から下げられたものと同じような水晶が九つ、綺麗に並べられていた。色はそれぞれ全て違っていて、赤、橙、水色、青、緑、桃色、紫、白、黒の九色だった。

晄の首から下げられた水晶というのは、バケモンを倒すことが出来る戦士を生み出せる存在である。この世に二つと同じものはなく、ここまで多くの色を彼女が持っているというのは、そう簡単に有り得るようなことではなかったのだ。それは、彼女も黄色の水晶に選ばれた戦士であることを踏まえても、である。


「何故貴様が持っている。」

「なんか、前住んでたあの町で戦ってた時に、時々落ちてたんだよね。」

「……あの地に、他の戦士達もいた、ということか……?」

「うーん……それはわかんないけど、これ多分本物だよ。」

「確証がある、と?」

「確証っていうか……みんな、ちゃんと本物だよね?」


二人を除いて誰もいないので、エレッタはその問いが自分へのものではないだろうと察したものの、しかしそうでなければ誰へ向けたものなのかまるで分からなかった。と、その時、突然手元から眩いほどの光が溢れかえってきた。目がくらむほどのそれに、エレッタは一度目を閉じるが、それを見て晄は、自慢げな顔をするだけだった。


「ほらね!」

「な、ま、まさか、水晶に聞いたというのか?」

「引っ越す前もおんなじ感じで答えてくれたよ?」

「そんな……いや、しかし信じられん。」


エレッタは、考え難いといった表情で呟いた。水晶にはどうやら意思があるらしいということをエレッタは知っていたし、そんな彼らが晄の問いかけに答えたのであれば、それは確かに本物の水晶なのだろう。そうだとしても、頭では理解できなかった。

戦士というものは、元々は晄と同じ黄色以外の水晶にも存在していた。赤、青、黄色、緑、桃色、水色、紫、橙色、白、黒、金、銀……エレッタが知る範囲でも、その十二色の戦士はいたという。しかしそれも大昔の話だ。バケモンとの戦いの中敗れた戦士もいたことだろうし、今は何人残っているのかすら分からなかった。

今戦力として動けるのは、黄色の戦士、すなわち晄以外には、金と銀のどちらかはいるかもしれないという噂があるくらいのもの。他の色については全く分かっていなかった。そんな中、晄が戦士のない九つの水晶を見つけたことにより、その九色の戦士は今存在していないことがわかった。しかし、水晶が残っているということは、少なからず今後新たに戦士を生み出すことが可能になる、ということである。


「べつに、戦士ってあたしみたいに、昔から代々受け継がれてきた人じゃなくてもなれるんでしょ?だから、父さんにこれみせたら、あっちで戦士を見つけ出せって言われたんだ。」

「……そうだな。戦力は多いに越したことはなかろう。我も異論は無い。」


エレッタはそう言うと、光の治まった水晶達の入った箱に蓋をした。そうしてそれを数歩進んで机の上に置くと、一呼吸置いてから、晄に向き直った。


「晄、貴様は今後、戦士にふさわしいであろう人間に会うことになるだろう。その時、そやつらには正しい呪文を教えなければならない。我が、それぞれの呪文を教えてやる。」

「……ち、ちょっと待って!!」


そう言って直ぐに内容を述べようとしたエレッタに、晄は大慌てでカバンからメモ帳を取り出し、必死になってそれを書き取り始めた。



晄は、メモを取り終えると、ほーん、と呟いて、自分がメモをとった呪文と、水晶を交互に見た。


「とにかく、まずは一人、新たな戦士になる者を見つけ出した方がいいだろう。」

「……え、まさか、あたしがスカウトするの?」

「馬鹿を言え。選別するのは水晶達だ。」

「えっ?」


エレッタの発言に、晄は口をあんぐりと開けて反応した。その間抜けな顔に呆れ顔で返すと、彼は晄の首に下げられた水晶を指さして続けた。


「……忘れたのか?貴様を戦士に選んだのは、貴様の父親でも母親でも我でもなく、その水晶だっただろうが。」

「そういえば……」

「要するに、貴様が探さずとも、水晶に引き付けられて戦士達は自ずと集まってくるであろう、という話だ。」

「……な、なんとなくわかった。」


エレッタの言葉に晄はそう答えたものの、その胸の内には、彼の言葉への疑惑の感情が渦巻くばかりだった。






翌日の朝、前の家までとは違い、ベッドでぐっすりと眠った晄は、大きめな欠伸をひとつこぼし、パジャマ姿でブカブカのスリッパを引きずっていた。昨日寝る前に教えられた洗面所の場所まで行き、顔を洗って、リビングに向かう。そこには、定休日だった昨日には着ていなかった店の制服を身につけて、料理人らしくフライパンを洗っていたエレッタがいた。


「おはよう。」

「飯はできてる。食え。今日は店の手伝いをしてもらう。覚悟しておけ。」

「わかった。……ん?……いや、まって!レジ打ちもあたしがやるの!?」


さっきまで眠そうにしていた晄だったが、彼の言葉からレジ打ちを連想した途端、目が覚めた。晄は、算数や数学が大の苦手だった。そのため、レジ打ちで失敗の一つや二つやってしまうのでは無いかという気がして、肝が冷えたのである。


「大丈夫だ。落ち着いてやれば猿でもできる。」

「猿以下だったら……」

「猿以下ということは、猿と同等かもしれないのだろう?ならばできる。むしろ、出来なければ困る。一応貴様は、現役の学生なのだからな。」

「は、はい……」


モヤモヤとした気持ちのまま、晄は彼が作ったフレンチトーストに齧り付く。途端、ふんわりとしたパンから溢れ出た甘味に目を閉じた。彼女の中で、レジ打ちへの不安よりも甘味への感動が勝るのは、そこからすぐだった。


午前九時、晄はエレッタに渡された店の制服を身につけて、店の中に佇んでいた。首にかけたスカーフを弄りつつ、時計とにらめっこをしている。開店時間はもうきているのだが、まだ人は来ないのだろうか……などと考えていた最中、店の扉が鈴の音と共に開いた。現れたのは、仲の良さそうな壮年の女性三人組だった。


「いらっしゃいませ!お好きな席へどうぞ。」


晄は、元気いっぱいにそう言った。すると、来客の一人は晄を見て少し驚いた顔をすると、店の奥に向かって声をかけた。


「あら、店長さん、バイト雇ったの?」


どうやら、彼女達は店の常連客のようだった。その声を聞くと、エレッタは備え付けの台所から顔を出して答えた。


「いえ、この子は俺の知り合いの子で、事情あって、うちで預かることになったんです。来週からは学校なんですが、今日はまだなので、せっかくだし手伝ってもらおうかなと。」


(……え、なっ、はぁ!?)

晄は耳を疑った。晄は、彼があんなに優しい言葉遣いをしている所を初めて見たのだ。普段ではとても考えられないほどにこやかに笑い、主婦達に話しかけるその姿は、まさに別人。あまりの衝撃に、晄は呆然とした。


「あら!そうなの!」

「あなた、今何年生?」

「中学校二年生で……」

「あら!うちの息子と同い年なのね!働き者で羨ましいわ……!うちの息子なんか、勉強もしないでうちでずっとゲームばっかりやってるのよ…?」


晄の言葉に、食い気味で、これまでだまっていた来客が口を開いた。その後、席についた彼女達は、まだ他に誰も客がいないこともあり、それなりの賑やかさで会話を繰り広げていた。晄は、そこにパンを差し出し、注文も取り、最後にはレジ打ちもちゃんとこなして、三人を送り出した。


「ふぅ……」

「晄、皿も片付けろ。」

「……」


晄は、エレッタに声をかけられ、そちらを向く。彼は、いつも通りの仏頂面で、先程の面影などまるでなかった。


「……エレッタ、さっきの話し方何?」

「ああ……忖度だ。」

「そん……なに?」

「このような言動では、客など寄り付かんだろう?」

「いや、それにしても……」

「そんなことより、手を動かせ。」

「あ、うん。」


やはり、晄は先程のエレッタへの違和感が拭えないらしい。確かに手は動いているが、頭の中は、彼の柔らかい異常な言動のことでいっぱいだった。



お昼時になると、急激に客の数が増す。初めの客の数が嘘のように、テーブルは何処も埋まっていた。何故他に店員を雇わないのだろうかと、晄は心の中でエレッタに不満を垂れながら仕事を続けた。


「三番テーブルにマルゲリータ、五番テーブルにトマトのパスタだ。持っていけ。」

「エレッタ、バイト雇おうよ。」

「五月蝿い、早くしろ!」

「…はーい。」


しかし、エレッタはいつもこの量の仕事を、どうやって一人こなし続けていたのだろうか。二人いてもこの忙しさだというのに、一人では到底回しきれる気がしなかった。

そんなことを考えながら注文の品を届け終え、またエレッタのいるカウンターまで歩き出した。と、その時、黄色の水晶が弱く光出した。どうやら、バケモンが現れたようだ。店の手伝いが最も必要なこのタイミングの悪さを恨みながらも、晄は迷うことなく、エレッタに告げた。


「エレッタ。お仕事行ってくる。」

「嗚呼……全く何故こんな時に……わかった。行ってこい。」

「ごめんね…!」


晄はそう話すと、急ぎ足で店を出た。エレッタはそれを見送る暇もなく、自らが作った料理を運び出すのだった。




水晶の光を頼りにバケモンを探し回ってたどり着いたのは、昨日カマキリのバケモンと戦った公園だった。そこで暴れ回るバケモンの姿は、蛇にコウモリの翼の生えた妙なものだった。


「なんなんだ!こっちに来んじゃねぇよ!!」


公園には、既に逃げたのかほとんど人の姿はなかった……たった一人を除いて。ただ一人残されていた赤い髪の少年をバケモンは執拗に追いかけていた。少年は恐れてああ叫ぶが、それが実を結ぶ気配はまるでありはしなかった。


「待ってください、先輩……!」

「だ、誰が先輩だよ!!」

「あぁ、これは……」


そのやりとりを物陰から覗いていた晄は、これがどんな状況なのか、おおよそ理解したようだった。

蛇の姿のバケモンは、嫉妬の感情から生まれる。そして、そのほとんどには恋愛感情が絡むのが常だった。この手の者は厄介で、一人の人間に焦点を絞って襲う手法をとる。つまり、戦士である晄の顔をバケモンの標的にあたる人間に知られてしまうことはほぼ確実だった。

最悪、正体がバレても、戦えなくなったりはしない。それより、人の救出が優先だ。そう思い至ると、晄は高らかに声を上げ、唱えた。


「『轟け!我が魂!!』」


晄がそう唱えるやいなや、首から下げられた水晶から強力な光が放たれた。わずかの間にそれが止むと、晄の首には黄色のスカーフ、その背には同じ黄色のマント、その右手には、雷のように輝く両剣が握られていた。


篤志あつし先輩以外、先輩はいませんよ!待って先輩!」

「な、なんで俺の名前知ってんだよっ……!俺はお前なんか会った事もねぇのにっ!!」


晄が力を得ているあいだに、被害者である赤髪の少年とバケモンの間の距離は想定以上に縮まってしまった。しかし、被害者である赤髪の少年が学ランを身につけているのを見て、まさか、同じ学校の生徒ではないのかと不安になった。しかし、そんなことを気にして近寄らないのは戦士として間違いだ。晄はそう考え直すと、急ぎ足で彼の元に向かった。


「先輩…つーかまーえた!」

「っ!?まずい。」


バケモンが少年を壁に追いやった。そうして、その尻尾を使って少年を攻撃しようというところで晄はなんとか敵に追いつくと、その尻尾を両剣で叩いた。


「キャッ!!だ、誰よあなた!?」

「通りすがりの戦士ですよーだ!あ、どうぞ逃げて!!」

「え!?あ、た、助かります!!?」


晄の言葉に、あの少年は混乱しつつもさっさと駆け出して、バケモンから逃げた。そんな彼を逃すまいと追いかけるバケモンを、晄は両剣で切りつけた。


「うりゃあっ!」

「きゃぁぁああ!!」


蛇は、腹部を傷つけられもがき出す。しかし、その背に生えた翼で必死で体を持ち上げようとしていた。


「ア、アンタには関係ないでしょ!?」

「うおっ!?」


バケモンは、不意打ちを狙って噛みつきにかかったが、晄はそれをさっと右に避けて受け流した。所詮は、あのバケモンも失恋した一人の少女の感情から生まれただけの存在であることを物語っていた。


「そらっ!!」

「っ!?」


晄は、その頭を脇に抱えるように抑え込むと、背中から生えていた大きな翼の片方を思い切り切り落とした。翼を片方失ったそのバケモンは、声にならない悲鳴をあげ、のたうち回っていた。


「君、ただ失恋したって感じじゃないよね。……根に持ってストーカーでもしてた?」

「う……うるさい…わよ…………だって……あの人は私の…ものに、なるべき人なのよ……」


途切れ途切れの息でバケモンは言った。全くの勘違いのような言葉に晄はため息を零す。しかし、もう彼女は戦う力も残っていないように感じられた晄は、バケモンを浄化……つまり倒すことを優先した。


「『サンダーフォルテシモ!!』」

「!!……」


晄がそう唱えると、バケモンに向かって一筋の黄色い雷が落ちてきた。それが姿を消すと同時にバケモンも姿を消す。彼女が雷に当たった瞬間に晄が見たその表情は、数秒前よりもずっと穏やかで、落ち着いたようだった。

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