轟け、二筋の雷よ
螺良
第一魂
田舎の町からきたんです。
平穏というものは、存外簡単に脅かされてしまうようなものである。それは、人々が気づいた頃には既に蔓延っているような事も十分に有り得るのだ。
そんな世界は、今一人の少女によって変えられることとなる……と思う。
「えっ、どうやってドア開けるの?ボタン無いんだけど。」
そんな、現時点で唯一の頼みの綱である少女は、自分の地元を走るローカル線にはあるはずの、電車の扉を開けるのに必要なボタンが無いことに戸惑っていた。
彼女の暮らしていた町は、町とは言えど、村と比較しても大差ないほど栄えていなかった。信号もなければ歩道橋も無くコンビニ一つない、いわゆる糞田舎である。そんな彼女にとっては、都会にあるもの全てが別世界の存在に見えて仕方がないのであった。
しばらくして、電車が駅に着いた。すると、電車の扉が開き、外から人が入ってきた。平日の昼間であるため、さほど人は入らなかったが、こんな時間にここまでの人が入ってくるのかと、少女……
しばらくして、目的の駅に着いたようで、晄は電車を降りる。人の波に任せて改札にたどり着き、電子マネーの素晴らしさに感動しながら改札を潜った……と、そこまでは良かったのだ。ただ、問題はここからだった。
「……どこが出口…?」
彼女が降りた駅はとても広く、あちらもこちらもそちらも、見渡す限りが道である。晄がよく利用していた駅なんぞ、珍しく食堂はあったが、それを除けば、入口と出口しかないようなもので、一番線やら二番線やらといった概念さえなかった。
そんな僻地から来た晄は、誰かに道を聞こうかなと思ったが、正直、聞いたところで、どこそこ線だの東口だのという専門用語が飛び、どうせ理解できるわけがないだろうと思い、断念した。
(西口から出ればいいんだし、西にまっすぐ進めば、いずれ出られるよね……)
そう考えた晄が無事に西口から外に出られるのは、かれこれ二時間後である。
「この信号、いつ青になるのさ。」
押しボタン式の信号が晄の前に立ちふさがった。そもそも、彼女の地元には信号などなく、一時間ほどかけてスーパーに行く時に幾度か見かけた程度である。見かけたとしても、せいぜい押しボタンは必要としない一般的な信号だけだった。
そんな僻地から来た晄にとって、押しボタン式なんぞ未知の領域である。晄がこれに気がつくのは、人通りの少ないこの道に、三十分後人が訪れてからである。
さて、そんな田舎から晄は何をしに来たのだろうか。それは、一番はじめに述べた、そのバケモンと戦いに来たのだ。晄は、バケモンを倒す手段を持っている少女である。それは、彼女の首から下げられた、黄色の水晶の首飾りであった。
「よし、あと少しだ…!」
元々晄が暮らしていた田舎町も、そのバケモンに襲われていたのだが、それを救ったのは、紛うことなきこの少女だ。もう、晄の暮らしていた田舎には、バケモンはいない。そのため、この都会まで、バケモンを倒しに来たというわけなのである。
「えっと……あ!ここだ!」
しかしながら、晄の前からこの都会でバケモンと戦っていた人物は存在する。晄が探していたのは、その人物の経営しているイタリア料理店だった。彼女が今日から暮らすことになるのも、店と兼用である彼の家である。
大きなレンガ造りの外観が目に飛び込んでくる。控えめな主張の看板には、『
「……貴様か。雷電晄。」
「お久しぶりです!」
「全く。二時間半も遅れてきたというのに、貴様は随分と呑気だな。」
大きな体躯の男は、晄の名を呼ぶと、横に流した前髪をかきあげながら溜め息をつく。この。尊大な口調で話すその男性こそ、この都会でバケモンを倒していた人物である。
彼の名をエレッタと言う。未だ幼い晄の保護者としての役割を名乗り出た人物だった。今は人間の姿をしているが、本来の姿は龍である。彼は、龍の姿と人間の姿、そして小さい龍の姿の三つを持っていた。
にこにこと笑みを浮かべる晄に対し、エレッタは切れ長の目を不機嫌そうに歪めている。約束では十二時に店に来ることになっていた晄だったが、現在はその時間を大幅に過ぎた十四時半。エレッタがそれに対しての謝罪が一切ないことに半ば呆れて指摘すれば、晄はその笑みをギョッと目を見開いて崩した。
「えっ、そんなに遅れてた……!?ごめん、エレッタ……!ここがあまりにも異次元すぎてさっぱりで!駅は迷路だし、信号はボタン押さないと青にならないし。」
「……まあ良い。貴様の暮らしていた町がいかに田舎なのかなど、もう知っている。未だに自動改札が存在しないのだろう?」
「うん。人の手。」
「やはりな。」
口調に対してエレッタは寛大である。その、争うことそのものをあまり好まない性分もあって、指摘されてからようやく謝ってきた晄を責めるでもなく受け入れた。晄も、彼から許しを得たと解釈したのかまた笑顔に戻り、背負っていたリュックの紐を握りしめた。と、その時、ぐぅっと腹の虫が鳴く声がした。
「あぁ、ごめん。あたしだ。」
「だろうな。我は腹など空かん。」
「さすがに、何時間も食べてなかったしなぁ……」
「……何、まだ昼食を摂っていないのか!?」
まさかと思い、エレッタが問いかければ、晄は恥ずかしそうにはにかみながら、ただ笑って答えた。
元から、イタリア料理店であるエレッタの家で昼食を摂る予定だった。予定時刻の十二時半は、昼食を摂るのにちょうど良かったからだ。しかし、現在はそれよりずっと遅い時刻。迷子になった時、幾度かどこかの店に立ち寄って空腹を紛らわそうと思った晄だったが、寄り道などしたら余計に迷うであろうと心配し、ひたすらに空腹を我慢していたのだ。
「えっへへ。」
「仕方が無い。パスタでも作ってやろう。その辺で適当に座って待っていろ。」
「ありがとうエレッタ!」
いかにもサービス業なぞできそうには無い、ムスッとしたしかめっ面の彼は、この辺りでは人気のあるイタリア料理店の店長である。しかし、店員は彼以外いない。日曜日になると人手が足りずに困っていたのもあって、晄を引き取ることにしたようだった。ただ、一番の理由は、彼自身はあくまでも、バケモンと戦える戦士では無いことにあった。
「晄、できたぞ。」
「わー!待ってました!」
そうこうしているうちに、エレッタは料理を完成させたようだ。海老や貝や、トマトを使った特製のソースが使われている。その色、姿、匂い全てを刺激して、食欲を掻き立てていく。あまりにも腹を減らしすぎていた晄は、その食欲のままにエチケットのエの字もないような食べ方をしてしまった。
「めっちゃおいしい!」
口に入れれば、魚介の旨みとトマトの酸味や甘味が口いっぱいに広がる。頬が蕩けそうなほどの感覚を、晄は目をつぶって堪能した。飲み込めば、空腹故のいらいらが幾分か取れて、頭もすっきりと醒めていく。何口か食べ進めたところで、眉間に深く皺を刻むエレッタと目が合った。
「これ、啜らずに食わんか。行儀が悪い。」
「あ、ごめん。」
正気に戻った晄は、彼に軽くぺこりと頭を下げると、後はちゃんとしたマナーのある食べ方でパスタを見事に平らげた。晄は、あまりの美味しさに、お代わりでも要請しようかなどと考えていたが、その瞬間、首から下がった黄色の水晶が、きらりと光った。先程までお代わりのことを考えていた晄だったが、それが視界の端に入ると途端に顔色を変えた。
「お仕事だ。」
「貴様の持ち物は部屋に運んでおいてやる。行ってこい。」
「うん。」
晄は、エレッタの言葉に促されるまま早足に店を飛び出した。
先程光ったあれは一体何なのか。簡単に言えば、近くにバケモンが現れたということを知らせるものである。あの水晶は、ただの水晶ではない。あれは、バケモンと戦う戦士の証である。あの水晶には、バケモンの居場所を知らせる力以外にも様々な力を持っていた。
店を飛び出した晄は、水晶の光を頼りにバケモンを探して走り続けていた。しかし、例の歩道者信号を超えた後にある、噴水のある広場にたどり着くと、晄は足を止めた。
「いやだぁああ!」
「うわぁぁぁあ!!こっちに来るなぁああ!!」
そこには、人間ほどの背丈をしたカマキリが暴れているのが見えた。あれこそ、バケモンである。バケモンは、街路樹から飛び降りると、その場にいる人々に襲いかかっていた。
至急バケモンを倒さねばならない状況なのは明らかだった。しかし、彼女は自分が戦士であることを、あまり公にはしたがらなかった。何とかして他の人たちを逃がしつつ、誰にも見られないようにバケモンと戦えるような空間を作り出さなければ……。
(いや、めんどくさい。当たって砕けろだ!)
晄は考えた。ほんの、数秒だけ。しかし晄は、昔から考えるのが嫌いだ。色々と難しく考えてはみたが、結局名案も思いつかず、時間の無駄だと判断して止めてしまった。
「やーい!そこの、なんかカマキリみたいな奴!!そんなところにいないで、こっちに来たら!?」
「あぁん?」
晄が大声でバケモンに話しかければ、その首をくるりと動かして言った。バケモンというのは、人の姿こそしていないものの会話ができるものがほとんどだ。彼らは、誰かの強い感情を元にして生まれる。その元の感情が人間のものであれば、会話は可能なのである。
カマキリの姿をしたバケモンは短気だったようである。晄の安い挑発にまんまと乗ってしまった。
「あたしなら、お前なんかけちょんけちょんだぞ!!」
「うるせぇぞクソガキ!!」
「ほら、こっちだよーだ!!」
晄の一言に、バケモンの苛立ちは更に上昇した。彼女が誘導するまま、バケモンは彼女を追いかけていく。人々は、バケモンが晄に気を取られて遠のいて行く隙に、これ幸いと逃げていった。気づけば、人の姿はほとんど無くなっていることに気づいた晄は、街路樹の並ぶ隙間に身を潜めると、高らかにこう叫んだ。
「『轟け!我が魂!!』」
その一言を皮切りに、晄の首から下がった水晶から、強力な光が放たれた。その光が止んだと思えば、晄の首には水晶のかわりに黄色のスカーフと、そこから垂れるように黄色のマントが身につけられていた。その手には、雷のように輝く両剣を握っている。真っ直ぐに背を伸ばして立つ、そんな彼女の姿を見ると、バケモンはぎろりとした目を、真っ直ぐ晄に向けて、固まった。
「なんだ、お前……!?」
「よし、これでちゃんと、けちょんけちょんにしてやるからね!」
少し晄を見失った隙に武器を持ち出したことに、バケモンは酷く動揺したようだった。バケモンといえど、元は人間の感情の一つ。人間として生きてきた中で、武器を向けられることなどまずなかった彼は、一瞬怯んだ様子だったが、晄が両剣を握ってこちらに向かってくると、また調子を取り戻したように激高しはじめた。
「ったくイラつくなぁ!!」
バケモンは晄に向かって、鎌のような腕を振りかざした。晄は、その脇の下をくぐって敵の後に回ると、両剣を大きく振り上げた。
「それっ!」
掛け声と共に両剣を振り下ろして敵の背中を思い切り切りつければ、その切り口から黄緑色の体液が飛び散った。晄はそれも走って避けると、さらにバケモンの肩を、両剣の持ち手の辺りで殴りつけた。
「ぐっ……」
「カマキリってことは……本当にイライラから生まれたのかな?」
しゃがみこんで動きを止めたバケモンを見下ろして、晄はそう呟いた。バケモンは様々な感情から生まれるが、その感情はバケモンの姿や能力にも反映される。例えば、苛立ちから生まれたのならば昆虫、怒りから生まれたのなら狼や馬、嫉妬から生まれたのならば蛇などの爬虫類になる。この場合はカマキリ……つまり、苛立ちから生まれる昆虫である。久しぶりにバケモンと対峙した晄は、振り返りを兼ねて少し思い返していた。
「なんでいつもいつも俺なんだ……」
「えっ?」
突然に、バケモンは苦しげな表情で呟いた。それは、晄に聞かせると言うよりは、その胸の内を抑えきれずにこぼしているのに等しかった。
「お前らの方が立場が上なのはわかるけどよ、俺ばっかりに押し付けすぎなんだよ。くっそ……」
(サラリーマンかな。もしかしてバイトさんかも。)
晄は、バケモンの独白を聞いて、感情の持ち主の正体を探った。あれでもないこれでもないと考えていた時、突然、動く気配の無かったバケモンが起き上がった。
「ああ!思い出したらイライラしてきた!」
「うわっ!」
起き上がるや否や、感情に任せて声高に叫び出した。晄は驚いたものの、そちらが何か行動に移す前に、両剣を使って相手の胸部を思い切り切りつけた。
「グオぁあ!」
不意を付かれたバケモンは、悲鳴をあげると共にまた崩れ落ちた。先程の威勢が嘘のように動かなくなったバケモンを、晄は静かに見下ろした。
「色々大変かもしれないけど、お仕事頑張ってくださいね。」
バケモンに向かってそう声をかけるが、彼はそれに言い返すことも、動きで答えることもなかった。ただ、時折頭を上げようとして、途中で力尽きるだけで、もう戦うことは出来そうになかった。
それを確認すると、晄は、両剣を上に掲げてこう唱えた。
「『サンダーフォルテシモ!!』」
「ぐっ!うわぁぁぁあ!!」
彼女がそう唱えるや否や、どこからか黄色に輝く雷が現れ、バケモンの体を貫いた。雷が姿を消した時、バケモンはどこかへと消えてしまった。
晄は戦いの後、またも街中を彷徨うことになった。人に道を訪ねて歩くこと数十分、ようやく店に戻ってきたのだった。
「た、ただいま……」
「随分と遅かったが……無事のようだな。道に迷ったか?」
「ご、ご名答。……そういえば、あたしの荷物って……」
「お前の部屋に運んである。」
「あたしの部屋……!もしかして一人部屋!?」
「ああ。とりあえず付いてこい。」
晄は、これまではなかった一人部屋に心を躍らせると、歩き回ったり戦ったりで疲れた体が起き上がる感覚になった。そんな彼女を一瞥すると、エレッタはああ言って歩き出した。晄は、少し駆け足気味でその後について行くと、今後のこの街……木霊市での生活を空想してみせるのだった。
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