第十六魂

新しい仕事仲間


「ごめん、結局あたし、あのバケモンのこと全部任せちゃったよ……」

「いいよいいよ。それより、ひかりが無事そうでよかった!」


次の日。晄は死にかけたことが嘘のように、ピンピンとした様子で学校に行っていた。昨日、眠った状態でエレッタの背中に乗せられて戻って来た彼女を見ていた木葉このはは、あまりの今日の元気さに度肝を抜かれたわけだが、それより、彼女に死なれなくてよかった、という安心感が上回っていた。今は放課後であり、教室には二人以外誰もいないことをいいことに、バケモンだの戦士だのといった、あまり人に聞かれて欲しくないような話題の会話を繰り広げていたのであった。


「それより……木葉達、ニュースに出てたの……?」

「ああ……映り込んでたみたいだね……」


彼らが教室に入った時、クラスで盛り上がっていた話題と言えば、昨日、マリーゴールドが花咲いて以降、そのマリーゴールドを実況中継していた番組に映り込んでいた者達の正体について、である。その正体というのは勿論、木葉達であるのだが、それを悟られぬように振る舞わねばならなかったため、二人は大変苦労したようだった。さらに、情報通の鈴木すずきが、ニュースを何度も見返し、映り込んでいた人物のうち、緑の髪を持つ者がいることをハッキリと覚えていたらしく、クラスで唯一その髪色を持つ木葉が激しく質問攻めにされたものだから、その時の二人がとてもヒヤヒヤとした気持ちだった事がよくわかる。


「そりゃ、龍が映ってたらしばらく話題にするよね……」

「……凄く目立ってたからなぁ……あの時。」


ただ、話題に上がる理由として大きかったのは、架空の生き物であるはずの龍が映り込んでいたということであろう。木葉も、移動時のことを思い返しながらふとそう口にした。しかし、まだその正体を知ることはないだろう。何せ、その龍の正体は、地元で少し人気のあるイタリア料理店の店長という、かなり気づかれにくいものだからである。それに、木葉達の方も、ハッキリと表情が分からないほど、顔にピントがあっていなかったのだから。ただ、安心はできないだろう。今後はなるべく、周りの目を気にしながら生活した方がいいだろう、と、そう思う二人だった。





と思った傍から、人前で平然とバケモンと戦うあたり、晄は救いようのないバカである。


「なんでこんな時に限って!!」


カタツムリとクワガタムシの、二体のバケモンを相手に、晄は両剣を構えた。今は土曜日の朝。通勤ラッシュと呼ばれる時間帯である。平日程ではないにしろ、土曜日に出勤や登校をする者は、やはり多い。そんな時に、駅前に二体ものバケモンが出現するとは、なんて最悪のタイミングなのだろう。


「ああクッソ!!ムシャクシャする!!」

「ヒッ!うぅ怖いよお!!」


苛立ちから生まれたクワガタムシのバケモンの叫び声に、恐怖から生まれたカタツムリのバケモンは怖がり、クワガタムシから距離を置く。そのせいで、バケモンによる被害の範囲が広がり、さらに、逃げていくカタツムリのバケモンが歩いた跡には、有毒な粘液が付着していく。そのため、カタツムリのバケモンが歩いた跡は、皆コンクリートが溶けてきている上、クワガタムシはクワガタムシで、手当り次第にものを破壊していく。一体どちらから倒すべきだろうか。晄は、ただそれに頭を悩ませていた。と、その時だった。


「うわああああ!!」

「まずい!倒れてくるぞ!!」


駅前にあった、皆がエリンギと呼び親しんできたオブジェが、クワガタムシのバケモンによって切断され、その一部が、駅から出てきた男性に向かって倒れてきたのである。このままでは、この男性はエリンギオブジェの下敷きになってしまう。晄は走り出し、彼の元に向かうが、間に合うかは正直分からない。一か八か。晄はこう唱えた。


「『フルミネ!!』」


すると、驚くべきことが起こった。なんと、彼女の体が消え、その代わりに、あの男性に向かって走る、一筋の雷が現れたのである。そして、光のごとき速さで進んだそれは、男性とエリンギオブジェの前で止まると、晄の姿に変わったのである。元に戻った晄は、かなり驚いた顔をしながらも、今の状況を思い出し、倒れてきたエリンギオブジェを男性から庇うように手で抑えた。


「早く逃げて!」

「……ありがとう、助かりました。」


その男性は、青い髪に翡翠のような目を持ち、この国には珍しく、鼻が高く背丈の高い人物だった。そんな外見とは打って変わって、発音までしっかりとした日本語を話す彼は、一度驚いたように目を見開くと、ああ言って晄に軽く会釈をすると、他の人々が逃げたのと同じ方向に向かって走り出した。それを確認すると、エリンギオブジェを押し返し、また他のものを破壊しようとするクワガタムシに向かって走り出したのだった。




「た、ただいま……」


店の裏口から、疲れ切ったような声と共に晄が入ってくるのが見えた。改めて言うが、今日は土曜日である。つまり、晄が店を手伝わなければならない日なのだった。しかも今日は、エレッタが新たに雇った二人(内一人はバイトだが)と初めて対面することになっていた。今後も、毎週土曜日と日曜日は、店を手伝わなければならないことを考えると、ここで顔合わせを済ませておくのが正解だろう。それにもかかわらず、バケモンが現れてしまい、クワガタムシとカタツムリの、それぞれのバケモンを倒し終え、店に帰ってきた時には、既に開店までの時間が、残りわずかにまで迫っていた。ただ、既に店の制服に着替えていたため、そこまでの支障は無さそうだが。


「ああ、お帰り。もっと早く帰ってきて欲しかったけどな。」


苦笑いを浮かべながら裏口までやって来たのは、よそ行きの口調で話すエレッタだった。彼も既に制服を着ており、今すぐに開店しても問題ないような様子である。今は、新たに雇った二人に素が知られないようにと、あんな口調で話しているが、普段のエレッタであったならば、間違いなく怒りながら現れたであろう。


「ご、ごめん……」

「……あれ、貴方は……」


エレッタの声につられ、奥から二人、エレッタ同様に制服を着た人物がやってきた。そのうち、青緑のスカーフを首に巻いた女性は、スカーフと同じ色の短髪を耳にかけながら、少し離れた場所から桜色の目で晄を見ていた。しかし、群青色のスカーフを首に巻いた男性の方は、ゆっくりと晄に近づいていく。それに気づき、晄は顔を上げた。


「やはり、さっきの人だ……!」


なんと晄の目の前にいたのは、先程エリンギオブジェから救い出したあの男性であった。晄は目を疑い、一度目を擦ってから彼をもう一度見たが、やはり変わらず、彼は彼であった。


「リナルドくん、店長の姪さんに会ったことあるの?」


少し離れた場所にいた女性は、ゆっくりと歩き出して、あの男性に向かってそう声をかけた。どうやら、彼の名はリナルドと言うらしい。リナルドは、声をかけてきた彼女の方を振り返ってこう言った。


「はい。さっきモンスターから助けてくれたので。」

「え、も、モンスター……?店長の姪さんが?」

「はい。」

「……」

「……」


晄とエレッタは、ただただ黙っていた。



男性の名はリナルド・ジョーカー、女性の名を小森桜子こもりさくらこというらしい。このうちリナルドは、名門校として有名な月乃宮つきのみや大学付属の高校に留学生として通っており、彼の方がアルバイトなのだという。桜子の方は調理師の資格を持っており、基本的にキッチンに立つようだった。そんな二人に、もうすぐ開店時間だから、と言って、晄とバケモンの関係性についての話題を無理やり避けたのはいいが、どの道、今日のうちにそれを話さなければならない時が来てしまうだろう。出会って初日でこうなる事など、誰が予想しただろうか……あまりの出来事に、晄は思わずため息をついた。


「晄、大丈夫か?」

「え、はい!大丈夫!」


午後三時前から、客足は減り始める。ホール担当の晄とリナルドは、今誰もいない現在、暇を持て余していた。実際個人経営の飲食店なので、チェーン店ほど客が来ることは無く、正午のあたりは怒涛のように客が来るが、午後三時から五時のあたりはあまり客は来ないのである。そのせいで、晄のため息がすぐリナルドの元に届いたのだが。


「そうか。しかし、晄があんなに力持ちだったとは……」

「う、うぅん!!」


戦士となると、元の人間よりも力が増幅され、どんなか弱い少女や、赤ん坊であろうと、瓦礫や岩を持ち上げられる位の力が生まれる。流石に、それを破壊したり投げ飛ばしたりすることが出来るのは、ほんの少数だが。ただ、それを知らないリナルドは、今もあれくらいの力を持っていると思い込んでいるようだ。晄は都合の悪さから、わざとらしい咳払いをした。


「ごめんなさい、仕事中だった。やはり日本人は真面目だな。向こうのテーブルを拭いてくる。」

「え、あ、どうも。」


その咳払いの意味を、仕事中の私語を叱るためだと思ったらしいリナルドは、少し奥の方のテーブルを拭くために歩き出した。

(違う、そうじゃない!ごめんリナルドさん!)

先輩面する年下の娘という、大変好かれないような人物が、彼の中で出来上がってしまったようである。晄は、離れていくリナルドの背中をぼうっと見つめていた。と、その時、少し遠くから声が聞こえてきた。


「晄、ちょっと。」

「え、はい。」


今度はエレッタだった。晄は、一体なんだろうと思い、完成した料理を受け取る窓口のような所までやって来て、そこから顔を覗かせた。エレッタは、奥で皿洗いをしている桜子に気づかれぬように、小さめの声で言った。


「おい、どうするんだ。」

「あたし達のこと?」

「それ以外あるか。とにかく、リナルドが晄に助けられたという事実は変わらない上、彼はしばらくはそれを忘れないだろう。」

「なんで“いちごにちえ”じゃないんだろ。」

「……“一期一会”の事か?」

「……うん。」


戦士やバケモンの事を話すか否か。晄達はその決断を迫られていた。話すなら、もっと信頼出来るようになってからにするべきだろう、とは思うが、晄が何故リナルドを助けられたのかを伝えないままでは、こちらの信頼が損なわれそうである。


「全く……他人の空似だと誤魔化せばよかっただろ……」

「いや、だってなんか、服装も同じだったし、言い逃れできないでしょ?」

「……そうだったな。」


しばらく黙って互いに考え込んでいたが、ずっと考えていられる時間などないのである。こうしている間に、店の扉から客が入ってきてしまった。晄は、エレッタの元から離れ、その客の対応に向かった。一方のエレッタも、皿洗いを終えた桜子に呼ばれ、奥の方に戻って行った。




土曜日と日曜日は、午前九時から午後七時までの間開店する。平日はそれに加え、エレッタが個人的に行っているバーが、午後九時から午前二時ほどまで開かれるのだが、今日は土曜日であるため、午後七時を過ぎた現在は店を閉めている。そんな今、エレッタは、よそ行きの口調で、リナルドと桜子に、晄とバケモンの関係性、戦士の事を話していた。


「……え、あの……え?」

「マホーショージョですか?」

「……いや、そういうわけでは無いんだ。」


ただ、晄が戦っているところを目撃していない桜子は、その話をまるで信じておらず、目撃したリナルドはリナルドで、戦士の事をあまり正確に理解していない様子だった。


「エレッタ、やっぱり話さない方が良かったんじゃ……いだっ!」


エレッタは晄を強めに殴った。よそ行きの口調からは、エレッタがそんな事をするとは予想していなかったようで、リナルドと桜子は目を丸くした。


「ご、ごめん叔父さん。」

「……人前でその名を呼ぶな。みっともないだろ。」


晄にだけ聞こえるような声で、エレッタは言った。

エレッタは、“戸籍上”晄の叔父である。戸籍が無ければ働けないため、これまで、雷電家の一員という体で生きてきたのである。今のエレッタが死んだことになれば、次は、晄かその兄の息子、もしくは孫という体で生きていくことになるだろう。


「……あ、あの、もしかして……一昨日のニュースであの大きなマリーゴールドを消しちゃった人達と、晄ちゃんも関係してるんですか?」


微妙な雰囲気を察してか、桜子は言った。


「はい。みんなあたしの仲間です!」

「……そうだったんですか。」


桜子は、納得のいったようでいっていない、という半端な気持ちだった。それはそうである。彼女は、戦士の都市伝説の事は知らない一般人である。普通であれば、戦士の存在など、目撃もしていないのに信じられないだろう。ただ、マリーゴールドが消えた原因も、“戦士達が浄化したから”という話を聞けば、納得がいく。彼女は、この二つの気持ちに板挟みにされていた。


「晄は戦士だから、モンスター達と戦うことが出来る。あの変わった武器を使うことも出来る。」

「まあ、そんな感じだよ。」


一方のリナルドは、晄が戦っているところを目にしているからか、納得したような様子だった。エレッタも、自分が龍であり、何百年と生きている事は言っていないからか、よそ行きの口調で返事をした。


「……悪いんだけど、この話は人にはしないでもらえないかな。俺が言うのもなんだけど、この話って、あまり信憑性が無いし、まず、あまり人に聞かれたくないような事だから。」


エレッタが申し訳なさそうに言うのを聞いて、リナルドも桜子も、頭を縦に振った。


「わかりました。わざわざ秘密を話してくださって、ありがとうございます。」

「私は晄に助けられた。だから、恩返しとしてちゃんと約束は守ります。」

「二人とも、本当にありがとう。」

「いえ。では、また明日、よろしくお願いします。」

「失礼します。」


そう言って、リナルドと桜子は店を後にした。すると、先程までのよそ行きの笑顔はどこえやら、エレッタはいつものムスッとした顔になり、晄の方に振り返った。


「うわっ、びっくりした。急に睨まなくても……」

「貴様の部屋に行くぞ。」

「え?いだだだだだだ!引っ張らなくたって!!」


突然表情を変えたかと思うと、エレッタは晄の結ばれた髪を引っ張りながら彼女の方には目も向けず歩き出した。晄は想定外に訪れた痛みを訴えたが、それが聞き入れられたのは、彼が目的地にたどり着いてからであった。

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