第十五魂

鳥沢の正体


木葉このは達がマリーゴールドとの戦いに向かっている頃。ひかりは、未来みらいのいる病室に足を進めていた。マリーゴールドが花咲いた今、彼は無事でいてくれているだろうか……?病院の中では走ることが出来ない事が、こんなにももどかしく感じたのは初めてである。朝から感じていた妙な予感が今目前まで迫ってきているのを、晄は感じていた。

ようやくたどり着いた病室の扉を、晄は勢いよく開けた。そこには、病室のベッドで蹲る未来と、あの、玉虫色の水晶玉を持った鳥沢の姿があった。


「未来くん!!」


晄は焦ったように走り出し、未来と鳥沢とりさわの間で両手を広げ、鳥沢から未来を守るようにして立った。突然現れた晄をひと睨みすると、鳥沢は不機嫌そうに一瞬目を逸らし、舌打ちをした。しかし直ぐに彼は何事も無かったかのように、また猫を被りだした。


「あ、晄ちゃん。また来てくれたんだね。」

「お前、一体何してたんだ。」

「晄ちゃん……!?」


晄の存在に気がついた未来は、驚いた様子で顔を上げた。その顔はとても怯えているように見えた。晄は、未来の方に顔を向けると、緩く笑んで、また鳥沢の方を向いた。


「……君、なかなか運がいいよね。あともう少しで始められたのに……」


鳥沢は、晄の陰に隠れた未来に向かってわざとらしくため息をつくと、すぐ、晄の方を向いた。その顔には、気持ちの悪い笑みが張り付いていた。


「まあ、でも……君で遊ぶのも悪くないかな。」

「え?うわっ!!」


鳥沢はそう言うや否や、暴れ回る晄の体を小脇に抱えて、病室の窓から飛び降りた。晄の手から落ちたプリント類の入った封筒が、病室の床に中身をぶちまけている。そこに残された未来は、気が抜けてしまったのか、直ぐにパタリと意識を失っていた。





鳥沢は、随分と昔から使われていない廃工場の中で足を止めると、晄を適当な所に放り投げた。晄は、一瞬驚いたものの、何とか無事に着地すると、鳥沢の方を睨みつけた。


「あとほんの少しだったんだよ?花が咲いた瞬間にやろうと思ってさ……あれでも急いだんだけどなぁ……」


鳥沢は、晄の方にゆっくりと近づいて行った。晄は立ち上がると、鳥沢からゆっくりと距離を置いていく。鳥沢は、未だ気味悪く笑っていた。


「もう、アイツは諦めることにする。」

「本当?」

「ああ。……でもその代わり、君に楽しませてもらおうかな?」


そう言うと、鳥沢は、晄へと近づいていた足を止めた。晄は思わず身構えた。


「ただの人間のお前と戦っても楽しくないんだよね。変身してくんない?」

「……『轟け!我が魂!』」


晄が高らかにああ叫ぶと、その姿は戦士の物となった。彼女のその姿を見て、鳥沢はさらに気味悪い笑みを深くする。鳥沢への視線をさらに鋭くして、晄は言った。


「お前、本当は『鳥沢』なんて名前じゃないだろ。」


晄は、前に暮らしていた田舎町での戦いの中で、ソウルブレーカーの幹部の一人と対峙したことがある。その時、その幹部も日本人の偽名を使い、一般町民になりすましていたのである。その相手は、自らの本名を『ジョイア』であると告白していたことを思い出し、晄は気になっていたそれを口にした。しかし、まさかここに来てそんな質問をされるとは思わなかった鳥沢は、少し驚いた顔をしたが、すぐ、元の表情に戻ると話し出した。


「それじゃあ、冥土の土産に教えてやるよ。

……俺の名前は『トリス』だ。」


そう告げた鳥沢……いや、トリスの姿は、人間の物から、巨大な黒バラに変わった。廃工場の屋内に根を張り、伸びる茎は、鋭い茨にまみれていた。


「さあ!本気でかかってこい!黄色の戦士!!」


トリスはそう言うと、その花弁を晄に向かって次々に飛ばした。植物のバケモンがよくやる手口である。晄が両剣をバトンのようにして振り回してそれをはじき返すと、それらは次々にトリスの体に突き刺さっていく。しかし、トリスは動じることなく、無限に生え続ける花弁を晄に飛ばし続けた。

(これじゃあ埒が明かない……)

もしこのままの状況が続いてしまったとしたら、より激しく動いている晄がトリスよりも早く疲れてしまい、晄が押されて負けてしまうだろう。しかし、手を止めたらもっと不味いことになる。晄は、少し不安な表情を浮かべつつも、両剣を二本の薙刀の形に変形させた。


「『フルミネ!!』」


晄がそう唱えると、彼女の持つ両剣から放たれた複数の電気が、空中を走りながらトリスに向かって行った。その電気は、トリスの茎の左側面を焦がした。同時に、晄に向かっていた花弁の雨が、一度ピタリと止んだ。


「……なるほど……君はもうある程度目覚めてるのか。」


戦士には、その戦士にしか出来ない、特殊な技がある。それは、戦闘時以外でも役立てることが出来る力であり、かつて、戦士達はこれを『目覚める力』と呼んでいた。彼が言った“ある程度目覚めている”とは、これのことであろう。例えば、どんな熱にも耐え抜いたり、仲間を癒したり、仲間の場所や状況を把握したり、といったものがある。こういった力は、各水晶毎に定められており、黄色の水晶の目覚める力は、他の水晶の戦士には使うことが出来ない。それに、戦士になれたからと言って、必ずしも目覚める力を手にすることが出来るわけではなく、余程水晶と相性が良くない限り、目覚めることは出来ないのである。


「ああ!厄介だなあ!」


トリスはケラケラと笑いながら、今度は晄に向かって根を伸ばした。不自然に膨れ上がっていく床。それに気付いた晄は、一度跳び上がると、晄を捕らえようと生えてきた根を切断した。


「うっ……」


トリスは僅かに呻き声を上げた。栄養を吸い取るのに必要不可欠な存在なのだから、仕方が無いのだろう。根を攻撃するのが得策だ。晄は、飛び上がったその近くにあったコンクリートの壁を蹴ると、空中で百八十度回転し、自分が元いた地点より少し前に着地した。彼女が先程まで立っていた場所を見ると、何十本にも及ぶ、おびただしい数のトリスの根が、晄を捕まえんとしてこちらに伸びてきているのがわかった。晄が先程切断した根は、このうちのたった一つである。


「くそっ。」


晄は思わずそう口にすると、トリスの根から距離を置いた。しかし、トリスの根も、晄のことを追うように伸びてくる。あまり広いと言えない廃工場の中、晄は走り出した。


「はぁっ!」


トリスは、複数ある根を動かすことに集中し始めた。まず、晄の行く手を阻むように複数の根を動かし彼女を覆うが、破天荒な彼女は足を止めるでもなく、目の前の根に突っ込んでいき、両剣を使って一気に根を切断し道を切り開いていく。彼女のすぐ近くにある根を伸ばそうにも、彼女は元から運動神経がいいため、根の元から直ぐに離れてしまっていた。


「無駄にちょこまか動きやがって……」


イラついたような口調でトリスが言うと、先程まで地上から姿を表していた根が、全て姿を消した。先程まで追いかけてきていた根の姿を見失い、晄は足を止める。しかし、次の瞬間。


「うわっ!!」


晄の足元のコンクリートが崩れ始め、そこから茨のあるバラの茎が、先程の根と同じように、複数生えてきたのである。足元から生えてきたそれらを避けようと、晄は飛び上がった。


「しまっ……い゙っ!」


しかし、それは一時的な回避の仕方に過ぎないのである。いくら高く飛び上がろうとも、着地地点は変えられない。茎は、飛び上がった晄の右足に強く絡みついた。絡みついたそれは、晄を上へ上へと釣り上げていく。茎を切ろうともがくが、一本、二本と、絡まってくる茎の数が増える一方であり、動けば動くほど、刺さっていた茎の茨が、彼女の肌に傷をつけるのみだ。トリスは、床に張っていた根を、まるで足のように動かしながら、晄に近づく。顔も何もない、黒いバラでしかないのだが、心做しか笑っているように思えて、晄は彼を睨んだ。


「おお、悪いね、せっかくの制服を穴だらけにしちゃって。」

「……」

「まあそう睨むなよ。今ここでお前が死んでしまえば、その制服だって、直さなくてもすむだろ?」


楽しそうに笑ってそう言うと、血が上っているだろう晄の顔の目の前……恐怖心を煽るためにわざとやっているとしか思えないその位置に、新たに茎を生やした。振り子のように、前後に晄の体を動かし、晄の右目に茨がギリギリ刺さらない位置に近づけたり、遠ざけたりとしている。


「うーん……やっぱ、顔は最後かな。両手両足から行った方が無難?なあ、お前はどっちがいい?」


晄は黙っていた……と言うよりは、何も話すことが出来なかった。自分がここで死ぬかもしれない。その事の恐怖と、黄色の水晶そのものが砕かれるかもしれない不安。他にも沢山あるが、何かを話す余裕などないのだろう。目の前の、吸い込まれるような黒を、ただ一心に見つめていた。


「……やっぱり、王道かな。」


トリスがそう言うと、晄の目の前にあった茎は姿を消した。そのかわり、晄の両手両足に、より多くの茎が絡みついてきた。スカートの下に履いていたハーフパンツの裾の中にも入って行き、彼女の四肢は、完全に茎で覆われた。


「ぐっ……うぅ……」


痛みから出た声を堪えながら、歯を食いしばった。そんな晄の表情に笑みを浮かべながら、晄の両手両足に絡まる茎を、その茨が刺さっているのを気にもとめず動かし始めた。


「うわぁぁああああああああ!!」

「クックッ……フハハハハハハ!!!」


ついに耐えきれなくなった晄は、雷のような大声で叫び声を上げた。痛みからか、その目からは大粒の涙が零れ、手足から、数滴の血が、コンクリートを汚していた。そんな様子の晄に、トリスは堪えられなくなったらしい。彼は、首や腹部などにも巻き付ける茎を増やしながら、廃工場中に響くほどの笑い声を上げていた。


「ククッ……でも、うるさいね……」

「ぐっ……!うあっ……」


突然、首を締め付けていた茎に力が籠った。続けられていた呼吸すらもままならなくなり、晄はその表情をさらにゆがめる。彼女は、どんどんと意識が遠ざかっていくのを感じながらも、精一杯、トリスを睨みつけていた。


「随分と最低な趣味だね。」


と、その時、突然辺りに扉が開いた音が響いた。トリスが笑うのをやめて振り返ると、その先に、一人の人間の姿が映った。金色のスカーフに、そこから垂れるようにしてある金色のマント。その右腕には、金色に輝くブレスレットが付けられていた。


「まさか……金色の戦士かい?」

「やあクソバラ。しばらくぶりかな。また会えて嬉しいよ。」


トリスは表情を歪めた。いつの間にか意識の無くなっていた晄の両手両足に絡まっていた茎を外すと、それを地中に戻す。晄に背を向けると、トリスは金色の戦士の方に、根を足のように動かしながら近づいた。空いたままの入口から吹き込む風が、金色の戦士の長い髪とマントを揺らしていた。


「何でお前がここにいるんだ。」

「え、何でって……まあ、金色の特権ってやつ?キミこそ、かなり派手にやったね……これ、中学生の女の子にやることかな?」


トリスの奥にいる晄を覗き込んで、金色の戦士は思わずそう口にした。両手両足には、茨で抉られたような傷が沢山ついており、よく見ると、首にも沢山の傷と、締められたような跡が見えた。


「まあ、彼女を殺しきらなかったこと、後悔させてあげるよ。」

「うるさいぞクソガキ!!」


金色の戦士に邪魔をされたトリスは、その怒りに任せてその花弁を飛ばした。しかし、感情に任せて動かしていたからだろうか、全くねらいは定まっていなかった。金色の戦士はそれをかわすと、その右手の指をパチンと鳴らした。


「うっ!……くそっ!!」


するとどうだろう。トリスの太い茎を目掛けて、一つの流星がどこからか落ちてきたのである。トリスは植物である。その速度が遅いのは一目瞭然であろう。その茎には大きな穴が一つ空いていた。金色の戦士が、さらに指を鳴らすと、同じようにして、トリスの体に次々と穴を開けていった。

それは、先程まで晄に沢山の根を切り落とされていたトリスにとって致命傷だった。


「チッ……」


トリスは舌打ちをすると、晄に絡みついていた茎を全て離し、本体ごと地中に姿を消してしまったのであった。


「……ふぅ、ほんっと悪趣味なやつ……」


ため息と共にそう呟くと、金色の戦士はその長い髪を後ろに払った。そして、その足を前に進めると、晄の目の前で足を止めた。


「まさか、よりによってあのクソバラに捕まってたなんて……ジュース買ってないで、もっと早く来てあげればよかったかも。」


宙吊りになっていた所から放り出された晄は、強く頭を打ったらしい。さらに怪我が増えてしまったわけである。しばらくは目を覚まさないであろう彼女の首に出来た大きな傷をそっと撫でると、今度は頭の傷を撫でてやる。両手両足に出来た、沢山の傷には触れなかった。


「まあ、少なくともこの二つくらいは直せるんじゃない?」


金色の戦士は、パチンと指を鳴らした。すると、金色の戦士の姿は変わらなかったものの、晄の姿が、もとの姿に戻った。


「おお、上出来じゃない。」


晄の姿が元の姿に戻ると同時に、金色の戦士が先程撫でた傷に加え、締め付けられた時に出来た首元の跡や、両手足の一部の深かったものを除いた全ての傷が、その姿を消していた。以前も話したとは思うが、戦士の姿から元の姿に戻る時、多少の傷や怪我は治癒される効果がある。しかし、この効果は、水晶と戦士の相性が関係することもあるのだ。金色の戦士は、自分の予想よりも回復したその姿に、おもわずああ口にしたのであった。


「……あ、でも、頭の方は直してやんなかったの?」


しかしよく見ると、晄の頭には、元に戻る前からあった大きなたんこぶと、その上にあった、コンクリートの破片で傷ついたであろう傷が未だに残っていた。金色の戦士は、黄色の水晶にああ苦笑いを浮かべながら言った。


「ま、いいけど。……よっこいしょっ!と。」


戦士の姿のまま、金色の戦士は晄を抱えると、軽く目を閉じ、晄を起こさないような小さめの声でこう唱えた。


「『ホロスコープ』」


しばらくして、金色の戦士は目を開けると、廃工場を後にして、小走りで駆け出した。





「おい。いい加減起きろ。」


晄が目を覚ましたのは、あれからかれこれ四時間後であった。そこは、あの廃工場ではなく、朝起きた時より心做しか荒れているように感じた自分の部屋だった。戦いで受けた傷も、そのほとんどが無くなっており、まず、戦士の姿でもない。いや、それ以前に、制服から、普段寝巻きにしている、前の学校の体操着に服装そのものが変わっていた。そして、なにより。目の前にいるのはトリスではなくエレッタである。晄は、寝起きの働かない頭を働かせることなく、ぼうっと、エレッタの方を見ていた。


「……全く、心配させおって。」


少し寝ぼけている晄のアホ面を見て、エレッタはそう口にした。そんな中、エレッタの言葉を無視して、晄は一人思い返していた。


「…………ん?」

「どうした、吐き気でもするか?頭が激しく痛むか?」

「……いや、そうじゃなくて……流れ星が……やっぱ気にしないで。」

「気にせずに居られるか!我……いや、我らがどれだけ心配したか分かるか!?木葉と篤志あつしは、貴様が目覚める瞬間に立ち会おうと、八時近くまでいたんだぞ!?死んだかとヒヤヒヤしたこちらの身にも……」


もしかしたら、晄は既に死んでしまったのでは、という不安と長時間戦ったエレッタは、そのありったけの不安をぶつけようと、晄にそんな事を言っていた。しかし晄は、思い出した記憶の一部に妙な違和感を感じて、それをまるで聞いていなかった。

(あの人、どこかで……いや、でもそんなわけ……気のせいかな。)

ただ、晄は考えるのが嫌いである。今はとりあえず、目の前にいるエレッタの言葉をちゃんと聞くために、その体を彼に向けて動かしたのだった。

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