第十四魂

悲しみのマリーゴールド


その日。放課後まではいつも通りに過ぎていった。本当にこのまま何も起こらないのでは、と、そんなことを思わず頭にうかべる程には、平穏な時間だった。しかしひかりにとっては、それが逆に、嵐の前の静けさのように感じられ、妙な予感が頭の中を支配していた。


あの、巨大なマリーゴールドが開花した事を知らせるため、水晶が光り輝いたのは、案の定、未来みらいへのお使いを頼まれ、病院に向かう途中であった。


「わっ……これは、咲いたってことだよね?」

「そうだね……」


もし、鳥沢とりさわがなにかしでかすとしたら、恐らくは今しかないだろう。晄は、昨日、マリーゴールドに蕾がついた時から思っていた。ただ、二人で未来の方に向かおうにも、植物のバケモンの花が咲く前に、既に一撃与えてしまった篤志あつしにのみ任せるのはいいとは言えない。その日の朝、早く目が覚めた晄は、熱暴走して二度布団から転がり落ちるほど考えた結果、一つの結論にたどり着いた。


「あたし、未来のとこに寄ってから行くから、先にエレッタに送ってもらって!」


そして、結論がこれである。そもそも、未来の所に木葉このはまで連れて行ってしまったら、いざ戦おうという時に、晄だけではなく、木葉も戦士である事を知られてしまう。それは、決していいこととは言えなかった。晄は、ああ言うや否や、木葉の側から離れ、一目散に病院に走り出した。


「えっ!ちょっと!!」


木葉は、あっけに取られた様子で晄の後ろ姿を見ていた。しかし、自分よりも戦士歴の長い彼女は、木葉では気づかないような何かに気づいたのだろう。そう解釈すると、彼はエレッタの店の方に足を進めた。





「なるほどな。晄は感情の持ち主の所に行ったか……」

「はい。先に行くように言われました。」

「感情の持ち主って、あの植物のか?」

「あくまでも憶測だがな。」


木葉がエレッタの店に着いた頃には、既にエレッタと篤志が揃っていた。今日、木曜日はエレッタの店の定休日であり、店はあいていないため、三人を除く人物は誰一人いなかった。店の中の同じ机をはさみ、三人は座っていた。木葉は、晄が未来の所に行ったことを伝えると、エレッタは、この前のように、鳥沢に襲われる可能性を考え、また自ら危険なことに首を突っ込みに行ったな、と、苛立ちを覚えた。しかし、今はそれよりも、あのマリーゴールドである。植物のバケモンは基本的に、大人しいようでいて狂暴である。花が咲いた途端、急に意志を持ち、暴れ始める。今はまだ大して何かしている様子は見られないため、今のうちに何とかしなければならなかった。


「晄は置いていく。さっさと行くぞ。」


エレッタはそう言って立ち上がり、二人についてくるように目で言うと、家の中庭の方に向かって歩きだした。木葉と篤志も、それに後ろからついて行った。


和室の縁側と接する中庭は、まさに平安時代にでもタイムスリップしたかのようであった。池には、ご丁寧に中島もあり、中島と中島の間に橋までかかっていて、庭は広範囲に及んでいる。見れば見るほど、土地代が恐ろしい程であったことが伺える。エレッタは、縁側から足を下ろし、靴を履くと中庭の中央に立った。


「少し待っていろ。」


エレッタは、そう言うと目を瞑った。数秒後、木葉と篤志は、思わず目を疑った。


「ほ、本当にエレッタさんって……」

「か、かっけぇ……」


一瞬であった。目の前にいた、見慣れたエレッタの姿はなく、三メートル半ほどの、大きな東洋の龍の姿がそこにはあった。その龍こそ、エレッタの真の姿である。


「武器を持ったら背中に乗れ。」


エレッタがそう言うと、二人は頷き、それぞれ高らかにこう叫んだ。


「『萌えろ!我が魂!』」

「『燃え上がれ!我が魂!』」


戦士の姿になった二人がエレッタの背中に跨ると、エレッタはゆっくりと上昇した。


「うわっ!」

「どうやって飛んでんだこれ……!!」

「しっかり掴まっていろ。落ちたら怪我じゃ済まないからな。」


そう言うと、エレッタは速度を上げて空を飛んだ。向かう先は、あの巨大なマリーゴールドである。ここからはそこそこ離れた所にあるのだが、エレッタの速度ではさほど時間はかからないだろう。


「すげぇ景色だな……」


しばらくして、あまりの景色に、篤志が思わずそう零した。空から見た街の景色は、とても美しいものであった。ただ、その向こうにある巨大なマリーゴールドはなかなか目立つが。篤志のその言葉を聞いて、木葉も下を見た。しかし、木葉は篤志とは違う方に目を向けた。


「……もしかして、今の僕らってかなり目立ってるんじゃ……」


木葉の目に飛び込んできたのは、こちらにスマートフォンを構える人の姿であった。冷静になって考えてみると、そうなるのは当たり前である。空に、飛行機でもなく飛行船でもなく、龍が飛んでいたら、思わず写真に撮るだろう。


「しかし、バケモンまでの道が絶たれている現在、こうする他道はなかろう?」

「そうですよね……」

「目立つのはあまり気に食わないがな……」


エレッタは不機嫌そうにああ言うと、先程より少し上昇し、スピードも上げた。





マリーゴールドは、通行止め地点から誰も立ち入っていなかったこともあり、まだ何も行動を起こしてはいないようであった。しかし、街の中の大きなスクリーンには、花の様子が生中継されており、花の真上を飛んでいる、カメラのついたヘリコプターに向けて、沢山ある花弁のうち、一つを飛ばしていた。その様子を映す街のスクリーンを見ていた人々の中には、それを見て軽く悲鳴を上げる者もいた。と、その時、画面内に大きな黄緑の龍が映りこんだ。


「な、なんだあれは……!?」

「まさか、またへんな化け物かしら……」

「いや、よく見ろ!!人が乗ってるぞ!!」


黄緑の龍……エレッタは、二人の人間……木葉と篤志を乗せたまま、マリーゴールドの周りを飛び回っている。人々は、スクリーンに映るその様子を、奇妙なものを見るように見ていた。マリーゴールドの様子を中継する番組のアナウンサーすらも、その様子に口を挟んでいた。


「ねえねえ、あれが緑と橙?」

「オレは黄色にしか会ってないから知らない。」

「あ、そうだ。黄色いないじゃん!なんで?」

「えぇ…?オレに聞かないでくんない……?別にオレはgoogol先生じゃないんだから。」


スクリーンを見る人々の中に、金の髪をなびかせ、その連れらしき銀の髪の少年と会話する人物がいた。その会話内容は、ほかの人物達のものと比べかなり違っていた。


「ボク、探すのには慣れてないんだよねぇ……」

「オレには、どうやってそんなことやってんのかすら、わかんないんだけど?」

「ま!金色の特権だからね?それよりさ、なんか今日のキミはいつもよりウザさに磨きかかってるよね。」

「え?マジか照れるじゃん。」

「照れないで気味悪い。」

「は?」

「ん?」


銀髪の少年と軽い言い合いをしながらも、金髪のその人は、首から下がった何かを握りしめていた。あんな言い合いをしていたにも関わらず、その人の意識は、ある方向に飛んでいたのである。


「あ、いたいた!」

「え!?どこどこ!?」

「画面内探すな。違うから。」


探していたそれは見つかったらしい。その人は、軽いボケをかます銀髪の少年に一発デコピンを食らわせると、また続けた。


「いってて……じゃあどこなんだよ。」

「あの、いかにもな雰囲気の廃工場。」

「へぇ……ん?どゆこと?」

「あっちはあっちでお取り込み中みたい。ボク、面白そうだからそっちの方見に行こうかな?せっかくだし、キミは植物の世話しに行ってよ。」

「はあ!?」

「なに、やなの?」

「どうやって行けって!?龍のバケモンが味方にいるわけでもないのに!?」

「扇子で風おこして跳べないの?」

「あ、なるほど!!じゃあそうするわ!」


二人は、スクリーンの前から離れると、それぞれ、真逆の方向に走り出した。





「はあっ!そりゃ!」


こちらに飛んできた花弁を剣で弾き返すと、花弁は、マリーゴールドの、不自然な程に膨張した茎に突き刺さった。また飛んできた花弁を弾き返し、その次も弾き返し……この作業をたんたんと繰り返す木葉の後ろで、篤志は、蔦のようにこちらの方に伸びてくる茎に向かって銃を打ち込み、返り討ちにしていた。数分前からこの作業の繰り返しである。エレッタは、人目を気にしてか、龍の姿のまま、その爪で傷を付けたり、上空を飛ぶヘリコプターに向かっていく攻撃を跳ね返したりを繰り返していた。


「おい!これじゃ埒が明かねぇんじゃねぇか!?」

「でも、手を止めたらっ!」

「クソっ!植物硬すぎだろ!?」


長い間同じ作業を繰り返して、集中力が切れた篤志は思わずそう口にした。しかし、これを中断すると、確実に不利になるだろう。初めて植物が現れた時、篤志がマリーゴールドに一発打ち込んだことが原因で、篤志の攻撃は、大した攻撃にはならなかったこともあり、篤志はかなり参っていたようだった。せめて銃がもう一丁あれば、と、そう思った。


「うおっ!?」

「大丈夫ですか!?」

「おお。マジか。」


と、その時である。篤志の先程まで何も持っていなかった左手には、右手のものより赤々と煌めく拳銃が握られていた。先程まで篤志が使っていた拳銃とは、多少形状も異なっているように見える。それを見た篤志は、ニヤリと笑うと、マリーゴールドに向けてその引き金を引いた。すると、その銃口からは、炎を纏った弾が飛び出したのである。それを食らったマリーゴールドは、食らった所を中心に燃え始めた。


「え、あれ?食らってる!?」

「こりゃすげぇ……!」


先程まで、篤志の攻撃をまるで受けつけなかったマリーゴールドは、その攻撃を上回る力を持つ拳銃で撃たれたことにより、その攻撃を受け付けてしまったらしい。さらに、植物である自分とは相性の最も悪い炎の攻撃である。マリーゴールドは、相手を攻撃などする余裕もなくなったようで、先程まで行っていた攻撃を全てやめ、回復に努めようとしていた。その様子を見て、エレッタは二人の元に近づいた。


「今のうちに浄化しろ。」

「よし、俺がやるわ。」

「はい。お願いします。」


篤志は、いつもと同じ拳銃を構え、そしてこう唱え……


「喰らえ!業火大ごうかだいし……」

「『ダウンバースト!!』」


……ようとした。しかし、それは、強い風に遮られた。篤志に被せて唱えられた呪文の影響だろうか。マリーゴールドの真上から、風が降りてきて、その風は、そこから四方八方に強風を巻き起こした。しかし、その風が止むと、先程までそこにあったマリーゴールドは、跡形もなく無くなっていたのである。つまり、これは浄化された、という事である。その場にいた三人はあっけに取られた。篤志は、先程声がした方を勢いよく振り返った。


「やるねぇ……あ、いい所取りしたからって怒らないでよ?」

「……貴様、何者だ……?」


振り返った先にいたのは、銀髪に赤い目、髪に劣らぬほどの白い肌を持った少年であった。その首には銀色のスカーフが巻かれ、そこから銀色のマントが垂れている。そして、その手には武器である扇子が握られていた。その姿を捉えたエレッタは、彼を怪しみながらああ問いかけた。


「オレ?オレは銀色の戦士。キミ達の味方だよ。」


そう言って、彼はニヤリと笑うと、三人の方に向かって歩きだした。


「銀色の戦士……そう言えば、晄が前にあったことがあるって……」


木葉は、ふと思い出したようにそう口にした。これは、第八魂での出来事である。ゼリー状の姿をしたバケモンを相手に、晄と銀色の戦士が共闘した事があった。エレッタも、木葉の一言を聞いて、その事を思い出した。ただし、一人だけこの話を聞いていない篤志だけは、ポカンとしていた。


「あ、とりあえずどっか行こうよ。ヘリコプターからキミ達の姿が全国放送されてるし、このままだとマスコミに取り囲まれたりするんじゃない?」


銀色の戦士が、上空を飛ぶヘリコプターを指さしてそう言うと、エレッタは、面倒なことを思い出したような、嫌そうな顔をした(龍の姿では分かりずらいが)。


「乗れ。一旦離れるぞ。」


エレッタがそう言うと、木葉と篤志は、来た時と同じようにエレッタに跨った。


「何をしている。貴様も乗れ。」

「え?いいの?」

「早くしろ!」

「おお!こっわ!」


銀色の戦士は、半笑いでエレッタの背中に跨った。エレッタは、それを確認すると、来た時同様に上昇し、空を飛んだ。




「こんな快適な空の旅初めてだったよ!」

「……それは良かったな。」


笑いながらああ言った銀色の戦士に、エレッタは少しイラついた表情で返した。木葉はそれを苦笑いで見届けていた。四人は、エレッタの家の、あの豪華な中庭に帰ってきていた。エレッタを除く三人は、エレッタから降りると、その傍を離れた。その後、エレッタは龍の姿からいつもの姿に戻ると、銀色の戦士の方を向いた。


「晄が言っていた通り、奇抜な男だな。」

「いやあ、それほどでも!」

「褒めているつもりは無い。」

「あれぇ?」


銀色の戦士は、エレッタの嫌いなタイプの人間らしい。エレッタはかなりイラついているようだった。木葉はそれを察してか、銀色の戦士に話しかけた。


「あの、貴方もあのバケモンを倒すためにここに来たんですか?」

「ま、そんな感じだよね。本当は金色の方も一緒にいたんだけど、そっちは黄色の方に行っちゃったからね。」

「黄色の方……もしかして、晄の所!?」

「なんか、結構ヤバそうなところに連れてかれてるみたいだよ?せっかくだし行ってあげたら?」


銀色の戦士は、サラリとそう言った。しかし、それを聞いた三人は、聞き捨てならない、と言った様子で彼を見た。


「は!?何だよヤバそうなところってのは!?」

「工業地帯あるじゃん?あそこのいかにもな雰囲気の廃工場。人気のない場所のわかりやすい例って感じだし、もしかしたら、ヤツら、黄色のことぶっこ……」

「案内しろ。ついでに家にでも送ってやる。」

「お、マジ?じゃあ案内するよ。」


銀色の戦士の言葉を遮って、間髪入れずエレッタはそう言うと、また龍の姿になり、銀色の戦士を背中に乗せ、上昇した。


「おい、晄は大丈夫なんだよな……?」

「……エレッタさん、焦ってましたね……」

「……俺らも、ここで待ってようぜ?」

「そうですね……」


戦士の姿を解いた二人は、縁側に腰掛けた。中庭の風景は、夕陽に照らされ、なんとも赴き深さを感じる。小さくなっていく龍の影を、二人は見守っていた。

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