第十四魂
悲しみのマリーゴールド
その日。放課後まではいつも通りに過ぎていった。本当にこのまま何も起こらないのでは、と、そんなことを思わず頭にうかべる程には、平穏な時間だった。しかし
あの、巨大なマリーゴールドが開花した事を知らせるため、水晶が光り輝いたのは、案の定、
「わっ……これは、咲いたってことだよね?」
「そうだね……」
もし、
「あたし、未来のとこに寄ってから行くから、先にエレッタに送ってもらって!」
そして、結論がこれである。そもそも、未来の所に
「えっ!ちょっと!!」
木葉は、あっけに取られた様子で晄の後ろ姿を見ていた。しかし、自分よりも戦士歴の長い彼女は、木葉では気づかないような何かに気づいたのだろう。そう解釈すると、彼はエレッタの店の方に足を進めた。
「なるほどな。晄は感情の持ち主の所に行ったか……」
「はい。先に行くように言われました。」
「感情の持ち主って、あの植物のか?」
「あくまでも憶測だがな。」
木葉がエレッタの店に着いた頃には、既にエレッタと篤志が揃っていた。今日、木曜日はエレッタの店の定休日であり、店はあいていないため、三人を除く人物は誰一人いなかった。店の中の同じ机をはさみ、三人は座っていた。木葉は、晄が未来の所に行ったことを伝えると、エレッタは、この前のように、鳥沢に襲われる可能性を考え、また自ら危険なことに首を突っ込みに行ったな、と、苛立ちを覚えた。しかし、今はそれよりも、あのマリーゴールドである。植物のバケモンは基本的に、大人しいようでいて狂暴である。花が咲いた途端、急に意志を持ち、暴れ始める。今はまだ大して何かしている様子は見られないため、今のうちに何とかしなければならなかった。
「晄は置いていく。さっさと行くぞ。」
エレッタはそう言って立ち上がり、二人についてくるように目で言うと、家の中庭の方に向かって歩きだした。木葉と篤志も、それに後ろからついて行った。
和室の縁側と接する中庭は、まさに平安時代にでもタイムスリップしたかのようであった。池には、ご丁寧に中島もあり、中島と中島の間に橋までかかっていて、庭は広範囲に及んでいる。見れば見るほど、土地代が恐ろしい程であったことが伺える。エレッタは、縁側から足を下ろし、靴を履くと中庭の中央に立った。
「少し待っていろ。」
エレッタは、そう言うと目を瞑った。数秒後、木葉と篤志は、思わず目を疑った。
「ほ、本当にエレッタさんって……」
「か、かっけぇ……」
一瞬であった。目の前にいた、見慣れたエレッタの姿はなく、三メートル半ほどの、大きな東洋の龍の姿がそこにはあった。その龍こそ、エレッタの真の姿である。
「武器を持ったら背中に乗れ。」
エレッタがそう言うと、二人は頷き、それぞれ高らかにこう叫んだ。
「『萌えろ!我が魂!』」
「『燃え上がれ!我が魂!』」
戦士の姿になった二人がエレッタの背中に跨ると、エレッタはゆっくりと上昇した。
「うわっ!」
「どうやって飛んでんだこれ……!!」
「しっかり掴まっていろ。落ちたら怪我じゃ済まないからな。」
そう言うと、エレッタは速度を上げて空を飛んだ。向かう先は、あの巨大なマリーゴールドである。ここからはそこそこ離れた所にあるのだが、エレッタの速度ではさほど時間はかからないだろう。
「すげぇ景色だな……」
しばらくして、あまりの景色に、篤志が思わずそう零した。空から見た街の景色は、とても美しいものであった。ただ、その向こうにある巨大なマリーゴールドはなかなか目立つが。篤志のその言葉を聞いて、木葉も下を見た。しかし、木葉は篤志とは違う方に目を向けた。
「……もしかして、今の僕らってかなり目立ってるんじゃ……」
木葉の目に飛び込んできたのは、こちらにスマートフォンを構える人の姿であった。冷静になって考えてみると、そうなるのは当たり前である。空に、飛行機でもなく飛行船でもなく、龍が飛んでいたら、思わず写真に撮るだろう。
「しかし、バケモンまでの道が絶たれている現在、こうする他道はなかろう?」
「そうですよね……」
「目立つのはあまり気に食わないがな……」
エレッタは不機嫌そうにああ言うと、先程より少し上昇し、スピードも上げた。
マリーゴールドは、通行止め地点から誰も立ち入っていなかったこともあり、まだ何も行動を起こしてはいないようであった。しかし、街の中の大きなスクリーンには、花の様子が生中継されており、花の真上を飛んでいる、カメラのついたヘリコプターに向けて、沢山ある花弁のうち、一つを飛ばしていた。その様子を映す街のスクリーンを見ていた人々の中には、それを見て軽く悲鳴を上げる者もいた。と、その時、画面内に大きな黄緑の龍が映りこんだ。
「な、なんだあれは……!?」
「まさか、またへんな化け物かしら……」
「いや、よく見ろ!!人が乗ってるぞ!!」
黄緑の龍……エレッタは、二人の人間……木葉と篤志を乗せたまま、マリーゴールドの周りを飛び回っている。人々は、スクリーンに映るその様子を、奇妙なものを見るように見ていた。マリーゴールドの様子を中継する番組のアナウンサーすらも、その様子に口を挟んでいた。
「ねえねえ、あれが緑と橙?」
「オレは黄色にしか会ってないから知らない。」
「あ、そうだ。黄色いないじゃん!なんで?」
「えぇ…?オレに聞かないでくんない……?別にオレはgoogol先生じゃないんだから。」
スクリーンを見る人々の中に、金の髪をなびかせ、その連れらしき銀の髪の少年と会話する人物がいた。その会話内容は、ほかの人物達のものと比べかなり違っていた。
「ボク、探すのには慣れてないんだよねぇ……」
「オレには、どうやってそんなことやってんのかすら、わかんないんだけど?」
「ま!金色の特権だからね?それよりさ、なんか今日のキミはいつもよりウザさに磨きかかってるよね。」
「え?マジか照れるじゃん。」
「照れないで気味悪い。」
「は?」
「ん?」
銀髪の少年と軽い言い合いをしながらも、金髪のその人は、首から下がった何かを握りしめていた。あんな言い合いをしていたにも関わらず、その人の意識は、ある方向に飛んでいたのである。
「あ、いたいた!」
「え!?どこどこ!?」
「画面内探すな。違うから。」
探していたそれは見つかったらしい。その人は、軽いボケをかます銀髪の少年に一発デコピンを食らわせると、また続けた。
「いってて……じゃあどこなんだよ。」
「あの、いかにもな雰囲気の廃工場。」
「へぇ……ん?どゆこと?」
「あっちはあっちでお取り込み中みたい。ボク、面白そうだからそっちの方見に行こうかな?せっかくだし、キミは植物の世話しに行ってよ。」
「はあ!?」
「なに、やなの?」
「どうやって行けって!?龍のバケモンが味方にいるわけでもないのに!?」
「扇子で風おこして跳べないの?」
「あ、なるほど!!じゃあそうするわ!」
二人は、スクリーンの前から離れると、それぞれ、真逆の方向に走り出した。
「はあっ!そりゃ!」
こちらに飛んできた花弁を剣で弾き返すと、花弁は、マリーゴールドの、不自然な程に膨張した茎に突き刺さった。また飛んできた花弁を弾き返し、その次も弾き返し……この作業をたんたんと繰り返す木葉の後ろで、篤志は、蔦のようにこちらの方に伸びてくる茎に向かって銃を打ち込み、返り討ちにしていた。数分前からこの作業の繰り返しである。エレッタは、人目を気にしてか、龍の姿のまま、その爪で傷を付けたり、上空を飛ぶヘリコプターに向かっていく攻撃を跳ね返したりを繰り返していた。
「おい!これじゃ埒が明かねぇんじゃねぇか!?」
「でも、手を止めたらっ!」
「クソっ!植物硬すぎだろ!?」
長い間同じ作業を繰り返して、集中力が切れた篤志は思わずそう口にした。しかし、これを中断すると、確実に不利になるだろう。初めて植物が現れた時、篤志がマリーゴールドに一発打ち込んだことが原因で、篤志の攻撃は、大した攻撃にはならなかったこともあり、篤志はかなり参っていたようだった。せめて銃がもう一丁あれば、と、そう思った。
「うおっ!?」
「大丈夫ですか!?」
「おお。マジか。」
と、その時である。篤志の先程まで何も持っていなかった左手には、右手のものより赤々と煌めく拳銃が握られていた。先程まで篤志が使っていた拳銃とは、多少形状も異なっているように見える。それを見た篤志は、ニヤリと笑うと、マリーゴールドに向けてその引き金を引いた。すると、その銃口からは、炎を纏った弾が飛び出したのである。それを食らったマリーゴールドは、食らった所を中心に燃え始めた。
「え、あれ?食らってる!?」
「こりゃすげぇ……!」
先程まで、篤志の攻撃をまるで受けつけなかったマリーゴールドは、その攻撃を上回る力を持つ拳銃で撃たれたことにより、その攻撃を受け付けてしまったらしい。さらに、植物である自分とは相性の最も悪い炎の攻撃である。マリーゴールドは、相手を攻撃などする余裕もなくなったようで、先程まで行っていた攻撃を全てやめ、回復に努めようとしていた。その様子を見て、エレッタは二人の元に近づいた。
「今のうちに浄化しろ。」
「よし、俺がやるわ。」
「はい。お願いします。」
篤志は、いつもと同じ拳銃を構え、そしてこう唱え……
「喰らえ!
「『ダウンバースト!!』」
……ようとした。しかし、それは、強い風に遮られた。篤志に被せて唱えられた呪文の影響だろうか。マリーゴールドの真上から、風が降りてきて、その風は、そこから四方八方に強風を巻き起こした。しかし、その風が止むと、先程までそこにあったマリーゴールドは、跡形もなく無くなっていたのである。つまり、これは浄化された、という事である。その場にいた三人はあっけに取られた。篤志は、先程声がした方を勢いよく振り返った。
「やるねぇ……あ、いい所取りしたからって怒らないでよ?」
「……貴様、何者だ……?」
振り返った先にいたのは、銀髪に赤い目、髪に劣らぬほどの白い肌を持った少年であった。その首には銀色のスカーフが巻かれ、そこから銀色のマントが垂れている。そして、その手には武器である扇子が握られていた。その姿を捉えたエレッタは、彼を怪しみながらああ問いかけた。
「オレ?オレは銀色の戦士。キミ達の味方だよ。」
そう言って、彼はニヤリと笑うと、三人の方に向かって歩きだした。
「銀色の戦士……そう言えば、晄が前にあったことがあるって……」
木葉は、ふと思い出したようにそう口にした。これは、第八魂での出来事である。ゼリー状の姿をしたバケモンを相手に、晄と銀色の戦士が共闘した事があった。エレッタも、木葉の一言を聞いて、その事を思い出した。ただし、一人だけこの話を聞いていない篤志だけは、ポカンとしていた。
「あ、とりあえずどっか行こうよ。ヘリコプターからキミ達の姿が全国放送されてるし、このままだとマスコミに取り囲まれたりするんじゃない?」
銀色の戦士が、上空を飛ぶヘリコプターを指さしてそう言うと、エレッタは、面倒なことを思い出したような、嫌そうな顔をした(龍の姿では分かりずらいが)。
「乗れ。一旦離れるぞ。」
エレッタがそう言うと、木葉と篤志は、来た時と同じようにエレッタに跨った。
「何をしている。貴様も乗れ。」
「え?いいの?」
「早くしろ!」
「おお!こっわ!」
銀色の戦士は、半笑いでエレッタの背中に跨った。エレッタは、それを確認すると、来た時同様に上昇し、空を飛んだ。
「こんな快適な空の旅初めてだったよ!」
「……それは良かったな。」
笑いながらああ言った銀色の戦士に、エレッタは少しイラついた表情で返した。木葉はそれを苦笑いで見届けていた。四人は、エレッタの家の、あの豪華な中庭に帰ってきていた。エレッタを除く三人は、エレッタから降りると、その傍を離れた。その後、エレッタは龍の姿からいつもの姿に戻ると、銀色の戦士の方を向いた。
「晄が言っていた通り、奇抜な男だな。」
「いやあ、それほどでも!」
「褒めているつもりは無い。」
「あれぇ?」
銀色の戦士は、エレッタの嫌いなタイプの人間らしい。エレッタはかなりイラついているようだった。木葉はそれを察してか、銀色の戦士に話しかけた。
「あの、貴方もあのバケモンを倒すためにここに来たんですか?」
「ま、そんな感じだよね。本当は金色の方も一緒にいたんだけど、そっちは黄色の方に行っちゃったからね。」
「黄色の方……もしかして、晄の所!?」
「なんか、結構ヤバそうなところに連れてかれてるみたいだよ?せっかくだし行ってあげたら?」
銀色の戦士は、サラリとそう言った。しかし、それを聞いた三人は、聞き捨てならない、と言った様子で彼を見た。
「は!?何だよヤバそうなところってのは!?」
「工業地帯あるじゃん?あそこのいかにもな雰囲気の廃工場。人気のない場所のわかりやすい例って感じだし、もしかしたら、ヤツら、黄色のことぶっこ……」
「案内しろ。ついでに家にでも送ってやる。」
「お、マジ?じゃあ案内するよ。」
銀色の戦士の言葉を遮って、間髪入れずエレッタはそう言うと、また龍の姿になり、銀色の戦士を背中に乗せ、上昇した。
「おい、晄は大丈夫なんだよな……?」
「……エレッタさん、焦ってましたね……」
「……俺らも、ここで待ってようぜ?」
「そうですね……」
戦士の姿を解いた二人は、縁側に腰掛けた。中庭の風景は、夕陽に照らされ、なんとも赴き深さを感じる。小さくなっていく龍の影を、二人は見守っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます