第二十四魂

弟子入り希望の少年


『今日は知人のために店を貸切にするから、貴様はどこかで遊んでいろ。』と言われたのは、今日の朝のことだった。そんなことを言われ、いつも通り、格闘ゲームでネット対戦でもしようと、ゲーム機を起動しようとした晄だったが、そんな時、ふと思いついたのだ。


「そうだ!ゲーセンいってみよう!」




そして現在、二駅先にある巨大なゲームセンターにやってきたひかりは、家でプレイしようとしていた有名な格闘ゲーム『ストリートグラップラー』シリーズの最新作の、アーケード版をプレイしている真っ最中である。彼女が愛用する、素早い動きが特徴の忍者のキャラクターが、画面の中で激しく動き回っている。対戦相手である、飛び道具を駆使して戦う軍人のキャラクターは、忍者のキャラクターから距離をおこうと後ずさっている。晄のすぐ前の機体からは、ガチャガチャとコントローラーを動かす音が聞こえてくる。しかし、それ以上に、晄が扱うゲーム機の機体の方が、激しい音を出していた。


「うわっ!」


目の前から、そんな少年の声が聞こえたと思うと、晄の目の前の画面には、忍者のキャラクターが勝利のポーズを決める姿と、『K.O.』の文字が写っていた。この対戦は、どうやら晄の勝利のようである。


「よし!」


実は、晄はかれこれ一時間はそのゲームを続けていた。だと言うのに、十分おきぐらいに変わる対戦相手に、彼女は全く負ける様子を見せていなかった。数学の公式はまるで覚えられないのに、格闘ゲームのコマンドは簡単に覚えられてしまうのは些かどうかと思うかもしれないが、彼女らしいといえばそうであろう。しかし、流石に一時間もやり続ければ、いくらなんでも飽きてくるものである。それに、所持金も足りなくなってきている。晄は、やっとの事で、ずっと座り続けていた椅子から立ち上がった。


「あっ!ちょっと待って!!」


晄が立ち上がったのと少し遅れて、そんな声が聞こえてきた。すると、その直後、目の前にあったゲームの機体から、一人の少年が顔を出した。晄と同じぐらいの背丈の彼は、晄を見つけると、彼女の手首を掴んだ。


「さっきの対戦相手の方ですよね!?」


他のゲームの音に負けないような、大きな声で彼が言う。どうやら彼は、先程格闘ゲームで対戦相手だった人物らしい。


「そうです!」


晄も、あの少年に負けないような声でそう返事をした。すると、少年は一度彼女の手首を離し、急に晄に向かって、深く頭を下げた。


「あの……!お、おれを弟子にして下さい!!」


そう、大声を出して言った彼に、周りのゲーマー達の視線が集まった。言われた本人である晄は、急すぎる展開に、目が点になっていた。





ゲームセンターの出入口付近にある、自動販売機とベンチが並ぶエリアで、二人は、長いベンチに隣合って座っている。ゲームセンターの中では、他のゲームの音のせいで、ろくに会話も出来ないものである。そのため、会話をするために、場所を移動したのだった。


「えっと、ごめんなさい急に……」

「急でびっくりしたけど、気にしないで!」


少年に頭を下げられ、晄は戸惑いながらも、そう言ってフォローした。その言葉に安心したのか、少年はゆっくりと顔を上げた。


「えっと、おれ、松原まつばら日向ひなたって言います。このゲーセンに来るために、ちょっと遠いところから、今日初めて来たんです。」

「そうなんだ……!あ、あたしは雷電らいでん晄。あたしもここに来るの初めてなんだ。ずっと田舎で暮してたから、ゲーセンに来たのもこれが初めてで……」

「え!初めて!?あんな強いのに!?」


晄の言葉に、少年……日向は驚いた様子で聞き返した。晄は、それに照れくさそうに笑って返した。


「まあ、家ではいっぱいやってたから!」

「初めてであれってヤバすぎる!全然歯が立たなかった!凄いよ師匠!」

「えっ、師匠!?晄でいいよ!」

「じゃあ晄師匠!」

「……な、なんだ日向よ!」


彼は、何がなんでも晄を師匠扱いするらしい。晄もつい開き直って、“彼女なりの師匠”を演じることにしたらしい。それを見て、弟子入りを認められたと認識した日向は、嬉しそうに笑っていた。


「また、お手合わせ願えますでしょうか!!」

「よかろう!ついてきたまえ!!」


これまでゲーム仲間がいなかったからなのか、晄は、嬉しそうな足取りで、ゲームセンターの入口に入っていったのだった。




それから彼らがゲームセンターから出てきたのは、かれこれ二時間後であった。その間、格闘ゲームだけではなく、リズムゲームやシューティングゲーム、パズルゲームやレースゲームなど、たくさんの種類のゲームをプレイしていた。人には得意不得意というものがあるようで、格闘ゲームでは大差をつけられて負けていた日向も、シューティングゲームではいい勝負を繰り広げていたし、レースゲームに関しては、晄が圧倒的大差をつけられて負けていたりした。パズルゲームに関しては、互いに腕が悪すぎて、まともに見れるものではなかったりしたのだが……その過程で、二人の仲は一気に縮まったらしく、互いに馴れ馴れしく話せるような仲になっていた。


「へぇ!日向って、木霊南こだまみなみの人なんだ!結構遠くから来たね!」

「晄だって中央から来てるんでしょ?」

「でも、二駅差だよ!そっちは結構遠くない?」

「あっはは!まあ!ゲームのためなら苦じゃないね!」


木霊南というのは、このゲームセンターがある木霊北こだまきたからはそこそこ遠くにある。それでも、わざわざこのゲームセンターに来たのは、このゲームセンターにはかなりの強者が集まることを知っていたからかもしれない。もっと強い者に会いにいこうとする熱意が感じられた。


「日向ってスマブロやってる?」

「もちろん!あ!フレンドになって、後でネット対戦しようよ!」

「いいねいいね!そうだ!MAINまいん交換したら、無料通話で会話しながらゲーム出来るよね!」

「いいね!フレンドコード送りあえるし、そうしよう!」


二人は似たもの同士らしい。会話が凄まじい勢いで進んでいる。趣味の話になると、テンションが上がってしまうものだが、ゲームセンターの前のベンチで、そこまではしゃいでいるものも珍しいだろう。二人は、互いにスマートフォンを取り出して、左右にフルフルと振り始めた。恐らく、MAINの交換、とやらをしているのだろう。


「あれ、初期設定アイコンじゃん!なんで!?」

「アイコンの設定の仕方わかんなくてさ!ま、影武者っぽくていいかなって!」


影武者っぽくてかっこいいかはともかくとして、初期設定のアイコンのままにしている人物を初めて見たらしい。日向は驚いた様子で晄を見た。これまで、誰に教えられても、何故か上手くいかなかった過去を持つ晄は、もはや開き直っていたようである。


「ヒビキとかにしたらいいんじゃない?これじゃ誰かわかりづらいよ!」

「そっかぁ……じゃあ、画像の保存の仕方から教えてください師匠。」

「よかろう。では、インターネットブラウザーをひらきたまえ。」

「はい師匠!」


この後、アカウントのアイコンを、晄が格闘ゲームで愛用する忍者のキャラクターにするために、少々悪戦苦闘することになるのだが、日向は、まだそれを知らなかった。




無事に、連絡先の交換と、アイコンの変更を終えた二人は、少し遠くにある駅まで向かうために、同じバスに乗っていた。画像の保存の仕方を覚えた晄が、様々な画像を保存しているのを、日向は苦笑いで見ていた。


「ずっとスマホ見てたら、車酔いするよ?」

「あ、そうだね、やめとこ。」


日向に言われ、ボディバッグにスマートフォンをしまった晄は、隣のつり革を持つ日向の方に顔を向けた。駅までは、あと少しでたどり着く。今いるのは、その二つほど手前のバス停だった。人通りのある大通りには、たくさんの人が行き交っているのが見える。バスからも、何人かの人が降りていた。しかし、逆に乗り込んでくる人はいなかった。座席はどこもうまっていて、人が降りたとはいえ、かなりの人数が乗車していた。そんな時だった。


「うわっ!」


急に、晄の首から下げていた水晶が、激しく光り輝いたのだ。晄は、その光が広がらないように、咄嗟に水晶を握りしめた。しかし、目の前にいた日向は、その光をハッキリと見てしまったようであった。


「え!それ光るの!?」

「えっと、まあ!うん!」


水晶が激しく光った、ということは、考えられる可能性はただ一つである。

(この近くにバケモンがいる。)

晄は、今すぐにでもバスから降りようと、走り出したバスの壁にある、青いボタンを押そうと、その手を伸ばした。しかし、そんな時だった。目の前に、人の二倍ほどの大きさのクリオネの姿が、運転席の前の窓から見えたのだ。


「屈んで!!!」

「えっ?」


咄嗟にそう叫ぶ晄の声に、日向も周りも、皆驚いた。しかしその次の瞬間、ガラスの割れるような、ガシャンッという音が、バス中に響き渡った。辺りには、ガラスの破片が飛び散り、まともに前など見られないような状況だった。運転席の方からは、運転手のものらしい悲鳴が響いてくる。晄は、後ろにいた日向にガラスが当たらないように背中で庇うと、騒音の中に紛れるほどの、控え目な声で、こう唱えた。


「『轟け、我が魂!』」


晄がそう唱えると、晄は、黄色のスカーフと黄色のマントに身を包み、その手には、雷を纏った両剣が握られていた。晄は、そのマントで顔を覆いながら、砕かれてしまったガラス窓からその身を乗り出し、窓の向こう側の、バッカルコーンを広げ運転手におそいかかろうとしているクリオネのバケモンの方に向かった。


「はぁあ!!」


両剣を振り上げ、バケモンに切りかかると、バケモンは黄緑色の体液を流して、コンクリートの方に倒れ込んだ。


「酷い!何でそんなことするの!」

「酷いのはそっちだ!!」


起き上がりながらああ叫んだクリオネに、晄はバスから飛び降りながらそう返した。バケモンの体液のせいで、晄のシャツに個性的な模様が着いてしまっている。晄は、服を雑巾のように絞ってから、クリオネにさらに追い打ちをかけた。


「おらぁ!!」

「きゃぁっ!!」


まだ起き上がり切っていなかったそのバケモンは、晄の攻撃をもろに受けた。さらに、まだしまわれていなかったバッカルコーンに向かって両剣を振り下ろすと、それは簡単に切り落とされてしまった。


「なんで!なんでなの!」

「街の真ん中で暴れられたらみんな迷惑しちゃうんだよ!!だから、大人しく持ち主のところに帰って!」


晄は両剣を上に掲げると、まだ起き上がろうとするバケモンに向かってこう唱えた。


「『サンダーフォルテシモ!!』」

「いやあああああああああぁぁぁ!!」


とたん、どこからか降ってきた雷が、クリオネに直撃した。するとクリオネは、いつの間にか姿を消してしまったのだった。


「ふぅ……」


晄はひとつ深呼吸をすると、戦士の姿を解いてから、焦った様子で、駅の方に走り出した。その周りには、晄とバケモンの戦いの様子を撮影していたらしい人々の姿がチラホラと見える。もはや無意味かもしれないが、カメラに映らないようにと必死だった。



ボディバッグの中のスマートフォンが、ブルっとバイブレーションしたのを感じた。画面を見ると、そこには『MAINから一件のメール』という文字が表示されている。駅の個室トイレの流しで、必死にシャツを洗っていた晄は、誰からのメールかを確認するために、スリープモードを解除した。


『今どこにいる?』


トーク画面には、その一言だけがあった。過去の会話は存在しない。それが、このトーク画面の初めての会話だった。


「日向……そっか、置いてきちゃったもんな……」


自分の身元を知られるのを防ぐため、必死に逃げてきたせいで忘れていたが、今日は彼女一人で行動していた訳では無い。それを思い出し、晄は、申し訳ない気持ちになった。


『置いてきちゃってごめん、今駅にいる』


そう送信したあと、ゲームのキャラクターが謝っているスタンプを送信した。それから二分ほど経ってから、トーク画面に、日向から返信が来た。


『いやいや!あんなことしてたら仕方ないよ!それより、さっき助けてくれてありがとう!まさか、噂のヒーローってヒカリだったとは思わなかったけど。おれだったら絶対無理だもん。凄いよヒカリ!』


(噂のヒーロー?)

日向は晄に対して怒っても、嫌ってもいないようで、むしろ機嫌は良さそうに見えた。ただそんなことより、彼の発した『噂のヒーロー』という言葉が気になってしまった。


『噂ってどんなの?』

『変なモンスターが現れたらどこからかやってきて、火とか雷とか葉っぱとかでモンスターを倒す、神出鬼没の存在っていうやつ。昔から、陰陽師の正体はそのヒーローなんじゃないかとか、いろんな都市伝説があるんだよね!』


まあ、あれだけ人前で戦っておいて、存在を隠せるわけが無いのである。晄達の存在は、彼のような一部の人間には知れ渡ってしまっていたらしい。しかし、晄にしてみれば、これは一大事であった。


『もしかして、他にも知ってる人いるの!?』

『ネットではそこそこ見るよ。クラスメイトの何人かも、会ったことあるって言ってたし』


「……まずい。」


晄は、戦士の正体が自分だとは知られたくない。どちらかと言うと、戦士の存在も知られたくはなかった。ただ、少なくとも後者はもう無理だろう。ただ、前者だけでも何とかしたい。晄は、返信する内容を打ち込み始めた。


『お願い!さっきのことはあまり言わないで!』

『なんで?ヒカリの頑張りを伝えなくていいの?』

『もし周りに戦士だってバレたら、どんなに恐ろしいか!だから、あまり言わないでください。』


そう返信すると、可愛らしいクマのキャラクターが土下座しているスタンプを送った。晄は一度、スマートフォンをスリープモードにし、洗っていたシャツの濡らしたところを絞った。うっすらと黄緑の色が混ざった水が、服から絞り出される。元々の服の色が黄色系統だったため、汚れはあまり目立たなくなってきていた。とりあえずこれでいいだろうと、晄は、またそのシャツを着た。濡れた服が肌に張り付く気持ち悪さを感じながら、晄は荷物を全て持って、個室のトイレを出た。


「あっ!晄!!」


すると、そんな晄の元に、誰かが走りよってきた。その顔を見ると、なんと、先程までMINEで会話をしていた日向だった。彼の登場に驚きながらも、晄は彼の傍に近寄った。


「駅にいるはずなのにいないと思ったら、トイレだったか!」

「え、まさか探してくれてたの!?」

「だって、なんか心配だったから!ガラス突き破って行くなんて、ホントかっこよかったけど危ないから!」


どうやら、日向に心配をかけてしまっていたらしい。晄は、少し申し訳ない気持ちになったが、同時に、心配されたことが嬉しくもあった。


「なんかありがとう!」

「えへへ。それより早く電車に乗ろう?家帰るの遅くなっちゃうかもよ?」

「そうだね、じゃあ、あたしあっちの路線だから……」

「そっか!またね!」

「バイバイ!」


二人は、それぞれの改札をくぐるため、互いに手を振りながら歩き出した。

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