第二十三魂
放課後の一幕
「へぇ……じゃあ、あの人も戦士になったんだね。つまり今は……五人?」
「えっと……あたし、
とある放課後。
「そっか……あれ?晄、あの人のこと
「ああ、なんか、仲間になったからなのかな。名前でもあだ名でもなんでもいいって!だから、名前で呼ぼうかと。」
「そうだったんだ……あの、ところで、茨野さんってどんな人なの?」
「え?うーんと……どんな人か……」
晄の語彙力というのは、お世辞にも豊富とは言えない。そんな中、晄なりに、茨野華恋という人間がどんなものなのか、木葉に伝わるようにと考えてみた結果、一つの結論が出た。
「そうだなぁ……凄く強い。」
「……えっと?」
「あの人多分、戦士の才能あるんだろうなって感じかな?一昨日に初めて戦った時、凄かったもん!もう、あたしとリナルドさんいなくても良かったんじゃないかってくらい凄かった!使いこなしてたよ!」
「そ、そうなんだ……」
(まさか、乱暴な性格の人だったのかな……?)
晄は間違ったことを言っている訳では無いはずなのだが、木葉には、何か勘違いを起こさせてしまったらしい。彼の脳裏には、筋肉隆々な赤髪の女性が、その手に巨大な武器を持って巨大トカゲと戦っている姿が映し出されていた。しかし、華恋の能力が木葉達とは違う、魔法に近いものであることを知っていない彼には、仕方のない間違いなのかもしれない。
「それより、今日の宿題はいつもより少ないよね。」
木葉が話題を変えるように、そう口にした。
実は本日、全学年とも五時間目で終了することになっていたのである。理由は、ほとんどの教師が、偶然にも同じ会議に参加する用事が入ってしまったから、らしい。それに加えて、やらなければならない宿題の数も少ない日でもあったようだ。
「あ、そう言えばそうだったね!だって、数学の章末問題だけだもんね!」
「え、文節のプリントもだよ。」
「……えっ。な、なに?」
何それ知らない。晄は、初めて聞いたそのプリントの存在を聞いて不安になり、カバンの中身を確認した。クリアファイルをはじめに確認し、次に、教科書やノートの間、さらに次に、ページとページの間、最終的には、サブバッグの中身まで、目を皿にして確認したが、全く見当たらない。晄は顔を青ざめると、木葉の方をゆっくりと見上げ、申し訳なさそうに口にした。
「……こ、木葉さん……あたし、ちょっと学校に戻りますね……」
「ああ、僕も探すの手伝うよ。見つからなかったんだね。」
木葉は、ここまでの一連の流れからして、プリントが見つからなかったのであろうことを察し、苦笑いを浮かべてああ言った。それを耳にして、地獄を見たような晄の表情は、みるみるうちに明るくなった。
「え!いいの!?」
「うん。一人で帰るのも寂しいし。」
「ありがとう木葉!本当、木葉は女神様だよ!」
「そんな大袈裟……ん?め、女神なんだね……」
晄は、木葉に大袈裟な褒め言葉と共に感謝をした。一方の木葉は、嬉しいながらも、『僕は晄にどう思われているんだろうか。』という気持ちが湧き出てくるのであった。
「あれ、部活はみんな休みじゃないの?」
学校に到着した晄と木葉は、校門に入ってすぐ目に入るグラウンドに、陸上部だと思われる人影を見つけた。晄は、今日は担当教師がいない部活が多いから基本部活は無い、と、クラス担任の教師が言っていたことを思い出していた。
「ああ……基本的には無いはずだけど……練習したい人が自主的にやってるんじゃないかな?」
木葉はそう言った。しかし、彼が言ったようにあくまで基本的には、である。現に、晄が転校生としてやってくるまで彼が最も深く関わっていた、情報通の
「そっか……そう言えば
「え?なんて?」
「あぁ、ごめん独り言。あたし、兄さんがいるんだけど、それ思い出しただけだよ。」
「へぇ、晄お兄さんいたんだ?」
「うん。まあ、双子のだけどね。」
「えっ!双子なの!?」
過去にも話したかもしれないが、晄は、双子の兄妹の妹である。彼女の兄の名前は洸である。『ヒカリ』と『ヒカル』……双子だからと、似たような名前をつけるのはよくある話である。
そんな彼は、小学生の頃から陸上部に所属しており、今も尚所属している。そんな彼は、全県大会には毎回出場している。といっても、晄が元々暮らしていた、例の田舎町では、部活強制によっていやいや所属している人物もそこそこ存在しているため、他県と比べるとそこまで難しいことではないのかもしれないが……
「でも、二卵性だからそこまで似てないけどね。」
「いや、それはわかってるよ。男女なのに一卵性だったらちょっと怖いよ……」
「そ、そっか。一卵性だと同じ性別だよね。」
「いや、でもびっくりしたよ。双子なのに一人だけで来たん……いや、ちょっと待って……」
木葉は考えた。自分が今から言おうとしていることは、とても不味いことなのかもしれない、と。その考えとはこうである。
晄が一人だけで引越してきたことは、家族全員が生きているとすると色々と不自然である。しかし、これが、晄以外の家族全員(晄の父親、母親、洸の三人、そして、その祖父母など全て)が、事故などで亡くなってしまったとすればどうだろう。彼女の家族はもうこの世にいないからこの都会にはやって来ていない。そして、彼女の祖父母もこの世にいないから、血の繋がりのないエレッタの元に預けられた。
わずかの間にそんな考えをしてしまった木葉は、口走ってしまった言葉を取り消したい気持ちでいっぱいになった。
「……ごめん。晄。」
「え?なんで謝るの?」
「いや、もしかしたら地雷踏むようなことを言ったんじゃないかなって……」
「え?なんでさ?」
「えっと……他に家族や兄弟が居るのに、一人だけ転校してくるなんて不自然だから……まさか、もう居ないとか、そんなんじゃないのかなって……」
木葉は、晄に対して、自分の考えた、先程の事を伝えた。しかし晄は、木葉の、予想だにしなかった発言に、驚いてしまったようであった。
「違う違う!あたしの家族、みんな元気に生きてるよ!」
「そ、そうなのか……よかった……」
木葉は、自分の予想通りではない、平和な状況に安堵した。しかし、しばらくして、晄は少し悩んだような表情を浮かべた。
「でも……うぅん……」
「え、その“でも”はどういう……?」
「あ、えっと……父さんは健康かと言われると違うかも……」
「えっ。」
「あ、いや病気とかじゃないんだけどさ!昔……色々あって。」
「……ごめん。」
(平和じゃなかった。)
晄が、珍しく表情を曇らせてしまったのを見て、木葉は、この話題を持ち出したことを激しく後悔した。この後、木葉の手によって、しばらくは平和な話題に切り替わった。
「あ!あった!プリントあったよ!!」
「よかった……配られてなかったわけじゃなかったんだね。」
教室の彼女の机の中に入ったままになっていた文節のプリントは、あっという間に見つかった。彼らが学校に戻ってきた理由は、プリントを取りに来ただけであったので、晄がそれをファイルにしまうや否や、二人はそそくさと教室をあとにした。そんな二人が二階の階段を降りている時、晄がふと窓を覗くと、そこにはよく知った人物の姿があった。
「あ!あれ篤志先輩じゃない?」
「え?……あ、本当だ。」
それは、テニスコートのある裏庭で、一人壁打ちをしている篤志の姿であった。晄は、窓を指さして木葉にそれを教える。木葉は、それを見て少し驚いた。理由は、テニス部の顧問でもある、木葉達のクラス担任の教師は、今日は出張しているはずだからである。ということは、彼は自主的に練習をしている、ということになる。
「会いに行こう!!」
「え!ちょっと!晄!?」
晄は、思い立ったら直ぐに行動する人間である。木葉の返事を聞くまもなく、彼女は裏庭に向かって全速力で走り出した。そのすぐ横で、廊下に貼られた『道路も廊下も、スピード違反は禁止です。』と書かれたポスターが寂しそうにたなびいた。
学校の広い裏庭には、少し赤くなり始めていた陽の光が差している。そこに、いくつもあるテニスコートの方にたどり着くと、晄と木葉は、篤志の元に駆け寄った。
「篤志先輩!こんにちは!」
「うお!?……ああ、晄と木葉か……」
「ごめんなさい。練習中でしたよね?」
「いや、気にすんな!ちょっと一人で練習してただけだからな!」
いきなり声をかけられ、少し驚いたものの、篤志は安心したような、そんな様子で、笑顔でそう言った。
「今日は部活休みですよね?なんで練習してるんですか?」
「自主練だよ、自主練。戦士として戦った時、思ったところに銃を撃てたもんだから、テニスでもそうなれるように壁打ちしてたんだ。」
「そうだったんですか……」
「ああ。でも、それだけじゃない……」
そう口にすると、笑っていた篤志の顔つきは、突然、真剣なものに変わった。晄と木葉が顔を見合わせると、篤志は語りだした。
「俺には、どうしても倒せない男がいるんだ。
……俺が初めて大会に出たのは一年の時なんだが、その男とは大会で会う度に、全く倒せた試しが無い。小学生の時は会ったことがないから、恐らくは中学から始めたんだと思うんだが……それが悔しくてならないんだ。」
篤志はそう話すと、悔しそうに歯を食いしばった。
「……
「水瀬……?」
「水瀬はたまに聞く苗字だが……アイツはどうやら、『水瀬財閥』の長男らしい。」
「……ざ、財閥……?」
この世界では、皆さんの世界同様、財閥を解体させられたはずなのだが、何故かそれらの力は伸びつつあるため、多くの人は、変わらず財閥と呼んでいる。そして、財閥として強い力を持つ一族の一つとして、『水瀬財閥』という名前は大変な知名度を持つ。勿論、水瀬銀行や水瀬不動産といった、金銭的に大きな力を持つものもあれば、名前に水瀬が含まれていなくても、自動車会社やら、テレビ局やらにも、水瀬が権力を握っているものがある。ただ、財閥という言葉を聞いたことが無い晄は、何がなんだか分からず、稀に見るアホズラを披露していた。
「あ、晄財閥知らねぇのか」
「お、お恥ずかしい……」
「財閥ってのは……えっとな……まぁ、要するに金持ちだな。水瀬銀行って聞いたことないか?」
「……あ、エレッタが使ってる。」
「そうだろ?他にも保険とか不動産屋とか色々あるんだが……俺は、その金持ちのお坊ちゃんにギャフンと言わせたいんだ。アイツは、
篤志は、決意固くそう言った。夕日が、彼の橙色の目をさらに深くする。その目には、燃えるようなやる気が満ちていた。
「な、なんかよくわかんないけど、あたし達も応援しますよ!!出来ることがあったらなんでも言ってください!!」
「僕も、先輩を応援してますよ。」
「へへっ、ありがとな。」
「それで、大会って何時なんですか?僕、見に行ってみたいです。先輩のテニス。」
「あっ!あたしも見てみたい!!先輩が勝つとこ!」
二人の言葉に、篤志は嬉しそうに、しかし照れくさそうに頭をかいた。
「じゃあ来てくれるか?会場も、
「はい!絶対行きます!」
「電車使えばすぐじゃないですか!絶対に行きます。」
「……二人が来てくれるんなら、ゼッテェ勝たねぇとな!弱い所なんか見せてらんねぇし!
じゃあ、そろそろ俺練習に戻るわ。二人も、日ぃ暮ねぇうちに帰れよ?てか、もう夕方なのになんでまだ学校にいるんだ?お前ら帰宅部だろ?」
「えっ、あはは……まあいろいろありまして……!」
「晄が、家の近くのところで宿題のプリント忘れてたことに気づいたので、引き返して取りに来たんです。」
「ちょっ!木葉言っちゃうの!?」
「クッハハッ!なるほどなっ!そりゃお疲れさん!」
「ちょっと、笑いすぎですってばっ!」
恥ずかしそうにそう言う晄と、楽しそうに笑う木葉と篤志。そんな三人の長い影が、裏庭で揺れていた。
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