第二十二魂
赤色の戦士
三人がたどり着いた場所は、店から少し離れた駅前だった。目の前では、蜂の姿のバケモンがあちらこちらに飛び回っているのが見える。そのバケモンから逃げ惑う人々のすぐ傍……元々エリンギのようなオブジェのあった場所のそばの物陰に隠れながら、三人は、中に突入するタイミングを見計らっていた。
「ねぇ、アタシ、今からあれと戦うの……?」
「うん。でも大丈夫だよ!たしか、
「どっ、どっちみち怖いわよ!」
いざ、戦士になると口にはしたものの、やはり実際に敵を目の前にすると怖くなってしまうものらしい。
「……うん、やっぱり。」
「晄、華恋はどんな武器を使うんだ?」
「えっと……たしか、武器とかじゃなかったはず。魔法、みたいな感じ?」
「……魔法?」
これまでは、両剣、剣、銃、ブーメランと、全て物理攻撃をする武器しか現れなかった。それを知っているリナルドは、これまでの例とは異なるそれを、信じていない様子である。華恋も同じようで、晄の持つメモを覗き込んだ。
「……全然読めないんだけど……」
「あはは、でも、どんな魔法かとかは書いてないんだ……そろそろ人減ってきたし、呪文教えるよ。」
晄は、物陰から周囲を覗き見てからそう告げた。彼女の言う通り、大半の人は逃げ出したか、駅の中に隠れたかしたようで、人から見られるような心配は無さそうだった。
「呪文……?」
「うん。こんな感じにね!『轟け!我が魂!!』」
晄が高らかにそう叫ぶと、彼女の体を一瞬光が包んだ。それが消えると、彼女の姿は、黄色いスカーフと黄色のマントを身に纏い、その手には、雷を纏った両剣が握られた姿に変わっていた。初めて目にしたその現象に、華恋は目を疑った。
「えっ!?な、何が起こったの……!?」
「今のあたしの状態が戦士なんだ。でも、みんな同じ呪文ってわけじゃないんだよ。例えば、リナルドさんは……」
「『澄み切れ!我が魂!!』」
リナルドが高らかにそう叫ぶと、晄同様に、青いスカーフと青いマントを身に纏い、その手には、海のように青く透き通ったブーメランが握られた姿に変わっていた。
「ちょ、ちょっと、どうなってるの……!?」
「驚かせてしまったな……」
「あはは……それでね、茨野さんにも、茨野さんだけの呪文があるんだ。えーっと、なんだったかな……あっ!これこれ!」
晄がメモ紙に目を凝らして、目的のものを見つけると、それを指差し、華恋に見せた。しかし、その文字が少し潰れていたうえ、泥を浴びたのか滲んでしまっていたため、書いた本人以外の人間には解読困難となっていた。
「……だめ、読めないわ。」
「あちゃ。えっとね、『咲き誇れ、我が魂』だって!」
「さ、咲き誇れ?」
「そう!ほら、あたし達の真似してやってみて!」
「……わ、わかったわ。」
華恋は、少し恥ずかしそうに周りを確かめながら、晄達より控えめな声で、こう唱えた。
「『咲き誇れ、我が魂!』」
と、その時だった。華恋の体を光が覆うと、赤いスカーフと赤のマントを見に纏い、その手には、一輪の花を模したような杖が握られた姿に変わっていた。
「う、うそ……!本当に変わった……!?」
やはり、華恋は現在の状況を信じきれていない様子である。突然現れたスカーフやマントを手に持ってみるなどして、様子を伺っているようだ。それはそうである。急に、非現実的な“戦士”という存在に触れてしまっているのだから。それも、その一員となることによって……
「よし、全員武器持ったし!早速とつにゅ……」
「待って!」
「う……わかった……そういえば、魔法ってどんなのかわかるの?あたしも、どうやって出すとか聞いてないから、探り探りやってもらう感じになるけど……」
「……頭の中に、なんか流れ込んできてる……多分これだわ。」
華恋を見ると、驚いた表情をして頭を抱えているのが見えた。晄とリナルドは、そんな彼女を心配そうに見ていたが、華恋は、十秒と経たず元に戻った。
「ごめんなさい。もう大丈夫。行きましょう。」
「そ、そっか、わかった。じゃあ、あとはそれぞれバラバラで行こう!多分何とかなる!」
「わかった。」
「えっ!……そんなので大丈夫なのかしら……」
そう言って、ニコリと笑う晄に対し、華恋は不安そうであった。しかし、直ぐに走り出してしまった晄と、それに続くリナルドを見て、自分も同じように、バケモンの方に近づいた。
「はあっ!」
バケモンの方向に向かって、風を斬る音が響き渡る。バケモンが、何事かと振り返ると、そこにあったのはリナルドのブーメランであった。バケモンは、急な出来事に驚きながら、それを左に避けた。
「急になんですか!ビックリするじゃないですか!」
見かけの厳つさとは釣り合わないような、穏やかな口調でバケモンが言う。戻ってきたブーメランを掴むリナルドは、そんなバケモンと向かい合った。互いに、どう出るのか睨み合っている様子である。しかし突然、二人の間に赤い鳳仙花が現れたのである。本来のものより背が高く、人一人分は軽く超えているように思える。よく見ると、僅かに透き通っていて、かつ光を発しているようであった。
「な、なんだ?」
その正体が分からず、バケモンはそんな言葉を漏らす。しかし、いつまで経っても変化が無いため、リナルドはまた戦おうと、バケモンに向かってブーメランを投げた。と、その瞬間、彼のブーメランは、あの
「うわあああっ!」
一瞬の出来事だった。鳳仙花は、急にその花が落ち、花のあった場所に、黒い実を付け始めたかと思うと、バケモンに向かって、勢い良く種を飛ばしたのである。バケモンは、それをすぐそばから諸にくらい、怯んでしまっている様子だった。
バケモンは、その種を避けようと、自らの羽根を使い飛びたったものの、それに追い打ちをかけるように、また新たな花が現れたのである。今度の花は、真っ赤な
「ひぃっ!なんなんだこれ!」
バケモンのその声は、少し恐れているようにも思えた。しかし、それをそばで見ていたリナルドや晄も、その光景に息を飲んだ。
「り、リナルドさん、これってもしかしなくても……」
「……ああ。私達は必要ないかもしれない。」
「ちょっと二人とも!今のうちに攻撃して下さい!抑えるのちょっと大変なんですから!」
「あ、あぁ……すまない。」
「力が、想像より…上で、驚いてただけだから!ちょ、ちょっと待ってて!」
よく見ると、華恋は杖を強く握りしめながら、僅かに苦しそうな表情を浮かべているのが見えた。どうやら、あの二輪の花達は、全て華恋が生み出した魔法の花のようである。それも、操るのにはかなり力が必要なようだった。それに気がついた晄達は、朝顔に捕まったバケモンに向かって、攻撃を開始することにした。
「はあっ!」
晄は、バケモンの傍に向かって走り、高く飛び上がると、バケモンの持つ透明な羽根を、その手の両剣で切り落としてしまった。
「うぐっぁ……!」
バケモンが呻き声を上げる。その瞬間、彼を縛り付けていた朝顔は消滅してしまった。空中に取り残され、しかも羽根を失ってしまっていたその体は、宙に投げ出され、地面に強く叩きつけられてしまったのだった。
「うぐっ……くそぅ……僕の羽根を返せぇえ!!」
「えっ!うわっ!」
しかし、まだ彼には、戦おうという強い意志が残っていたようであった。彼は、自分の羽根を切り落とした晄に向かって飛びかかってきた。晄は咄嗟に避けようと後ろに飛び退くが、バケモンは、晄の三倍ほどの身長を持っていたせいで、ただ走るだけでは避け切れそうにはなかった。このままではまずいと直感し、地面の上で左方向に転がって避けたその瞬間だった。
「グァアアッ!!」
晄の右耳に、劈くような悲鳴が響き渡った。晄の手元には、山吹色の液体が、ベチャリと音を立てて落ち、水溜まりのようなものを生み出していた。驚いて、音のした方を向くと、晄のすぐ右側……つまり、バケモンのすぐそばに、僅かに透き通り光る、赤色の
「危なかったじゃない!気をつけなさいよね!」
「えっ!あ、ありがと!」
少し遠くから、華恋が晄に声をかけてきた。やはり、あの莇は華恋が生み出したものらしい。どうやら、バケモンに襲われそうだった晄を助けようとしたためにやったことらしかった。
(できれば、あたしにも当たるリスクがない場所が良かったかな……)
しかし、あの莇を生み出すタイミングがもし少し遅れていたら、晄も怪我をしていた可能性がある。晄は、こっそりとああ思ったが、気を取り直し、バケモンの方を向いた。
「はあっ!」
晄の向こう側の方から風を切る音が聞こえてきた。リナルドのブーメランである。それは、バケモンの腹部に、深く突き刺さった。
「あ゙ぁっ!!」
バケモンは、苦しそうに呻き声を上げている。どうやら、相当体力がなくなってきた様子だった。それを察し、晄はバケモンの元を離れ、華恋の傍まで走って向かった。
「えっ、どうしたのよ急に……よくわかんないけど、まだ完全には倒してないんじゃないの?」
「うん。バケモンっていうのは、浄化しないとダメなんだよ。それも呪文がなきゃダメだから、それを教えに来たんだ。」
晄はそう言うと、例のメモ紙を取り出して、華恋に見せる。しかし、先程と同様に、文字は潰れている上に、泥で滲んでしまったので、華恋には、なんと書かれているのかわからない様子だった。
「漢字、よね?……後で全部、綺麗に書き写した方がいいわよ。これじゃ読めないわ。」
「あはは、ごめんね……えっとこれは……『
「て、転生?」
「とにかく、今はバケモンが動いてないから大丈夫なはずだよ!やってみて!!」
「……分かったわ。」
晄はそう告げると、またバケモンの方に走り出した。どうやら、バケモンがまだ動き出そうとしているのを察したらしい。バケモンのそばに立って、その体に容赦なく両剣を突き刺す姿が見えた。華恋は、それから少し目をそらすと、深く深呼吸をし、高らかに唱えた。
「……『転生!彼岸花!!』」
その時だった。突然バケモンの体の下から、僅かに透き通り、他の花よりも美しく光り輝いた、一輪の、大きな赤い彼岸花が現れたのである。それは、バケモンの体を持ち上げながら、すくすくと伸び続けた。バケモンのすぐそばにいた晄とリナルドは、驚いてその傍から距離を置く。そして、彼岸花が彼らの何倍もの高さにまで伸びると、その瞬間、その花はゆっくりと閉じ始め、バケモンを飲み込んだ。すると彼岸花は、光の粒子を撒き散らしながら、バケモンもろとも、その場から姿を消してしまったのだった。
「これからはアタシ一人の時も、あんな感じでバケモンと戦わないといけないわけ……?」
「うん……やっぱり嫌?」
戦いが終わった後、三人はエレッタの店への道すがら、人通りの少ない道を歩いていた。そんな時、華恋がこぼしたその言葉は、晄の不安を煽った。
「……今更とやかく言うつもりなんてないわ。そもそも、戦士になるって決めたのはアタシの意志だから。」
しかし、華恋はそう返すと、首からかけていた赤色の水晶を、軽く握りしめた。
「……華恋。」
リナルドは、そう口にして足を止め、華恋を見た。二人は、それに合わせて足を止める。華恋は、不思議そうな表情を浮かべていた。
「えっと、なんですか……?」
「華恋がバケモンと戦う時、私がそばにいてはいけないだろうか?」
「……え?」
華恋とリナルドの間に立っていた晄は、ここで何かを察し、一歩下がった。すると、リナルドはさらに華恋に近づいた。
「一人が不安なら、私がそばにいれば解決するだろう。……どうだろうか?」
「え、えっと……」
華恋は、その髪の毛と同じぐらいにまで顔を赤く染めた。彼女は一度顔をリナルドから背け、深呼吸をすると、また彼の方を向き、口にした。
「そ、そばにいてくださいっ!」
勇気を振り絞り、彼女は告げる。直後、華恋は、恥ずかしさを感じたのか、顔を背けたまま動かなくなってしまった。しかし、リナルドはそれでも満足そうであった。
「良かった。華恋は大事な後輩だからな。何か不安があれば言ってくれ。」
(大切な、後輩……後輩……)
華恋は、冷水を浴びせられたような感覚になった。当たり前である。元をただせば、これまでの二人の関係は、ただの英語部の先輩と後輩。今やっと、“戦士”という、類を見ない仲間の枠に入る者同士となったものの、深い関係は無く、華恋が片想いであることは、不動の事実なのである。
「……あ、ありがとう、ございます……」
「リナルドさんカッコイイ!!あっ!茨野さん!あたしも、不安なことあったら聞くよ?じゃんじゃん聞いて!!戦士歴長いから!!」
「……もう華恋でいいわよ……」
「えっ!?いいの!?」
「別にいいわ。呼び捨てでも、あだ名でも……」
今の華恋は、なんとも言えない虚無感に襲われていた。華恋の戦いは、これからも続いていくのだった。
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