第二十六魂

白い少女と怖い黒


「ったく、お前はいつもどうして迷子になるんだよ……親と来るとか、涼香すずか誘うとかすればいいだろ?まず、ひかりに礼言え。」

「……あっあ、ありがとう……」

「ううん、大丈夫だよ。……でも篤志あつし先輩、そこまできつく言わなくても……」

「いや、昔からやってっから、そろそろ辞めてもらわねぇと困るんだよ。お前にも迷惑かけただろ?」

「う、うーん……」


あの少女を送り届けた途端、始まったのは説教だった。篤志としては、もう中学生の彼女がいつまでも迷子になることを繰り返すのは、良くないことだと思ったのだろう。彼なりにその対抗策として、彼女の親と来ることや、篤志の妹であり、彼女の同級生である涼香と来ることを提案している。しかし、実はこれはいつも言っていることであり、効果があるようには思えなかった。


「いいか奈波ななみ、次誰かに迷惑かけるようだったらただじゃ置かねぇからな。いいか?」

「何…………………くせに……」

「……あ?」

「何するか考えてないくせに。」

「……え?は?」


篤志は、急にハッキリとした声で話し始めたその少女……奈波に対し、戸惑った様子を見せた。それはそうだろう。普段、見知らぬ人のいる場所では、滅多に口を割らない幼馴染みが、晄達、初対面の人間がいる場で、突然ハッキリと話し始めたのだから。これまでにないその出来事に、篤志は硬直した。


「篤志くんいつも言ってるじゃん。次誰かに迷惑かけるようだったらただじゃ置かないって。だけどわたし、いつもただで置かれてるんだけど。やっぱり篤志くんって何も考えず、とりあえず怒ってるだけなんでしょ?いつも。」

「…………あのなぁ……!!」


突然の反撃に、篤志だけではなく、彼女を大人しい人物だと思っていた晄と木葉このはも驚いた。しかし篤志は、その言葉に驚きよりも怒りを覚えたらしい。手を強く握りしめた彼の額には、血管が浮き出ていた。


「いつも迷子になること分かってやって来て、人に迷惑しかかけらんねぇお前に、なんでそんなこと言われなきゃなんねんだよ!お前はもう中学生だぞ!?もう小学生じゃなければ、保育園児でもねぇんだ!他人に迷惑かけねぇように配慮とか出来ねぇのか!?あぁ!?」

「そんなの無理に決まってるじゃん。」

「開き直んな!!」

「親スポーツ嫌いだし、涼香ちゃんは篤志くんのこと嫌いだし、一緒に来てくれるはずないもん。もっと篤志くんがいい提案考えてよ。篤志くんは来年高校生だから、きっとやってくれるよね?」

「ああもう!!なんなんだくっそ殴りてぇ!!」

「ところで、篤志くんのリストバンドは相変わらず獣臭かっ……」

「うっせぇ黙ってろ!!」


だんだん状況が悪化してきているようである。あの二人の、一見漫才かのようなやり取りに、晄も木葉も、苦笑いをして見ている他なかった。


「……じゃあ、俺の親と観ればいいだろ?」

「本当はそのつもりだったんだけど、探してる途中話しかけられたから逃げた。」

「えっ!ご、ごめん……」

「晄は気にすんな。全部こいつが悪い。どうせ言い訳だから。」

「ちぇっ、バレたか……」

「ほれみろ。」

「……えぇ……」


晄は、キョトンとした表情で二人を眺めた。そうしている間にも、二人の言い合いは続く。なんだかんだ仲が良さそうなのはわかったものの、おかげで、晄と木葉が解放されたのは、随分と後になってしまうのだった。





「庭球のことはよく知らないが、随分と遅かったな。」

「あはは……色々あって……で、エレッタ、晩御飯は?」


晄が帰宅した時には、午後七時を過ぎていた。つまり、エレッタの店が閉まっているような時間帯での帰宅である。晄が空腹を訴えるように、腹をさすって見せると、エレッタは、少し不思議そうな顔をした。


「ん?それはなんだ。」

「え?何って、お腹すいてますサインだけど。」

「いや、それではない……貴様、手首に神経が通ってないのか?」

「なにそれ酷……えっ、手首?……ああっ!!」


晄が、エレッタに言われて、自分の右手首を見てみると、篤志から借りたリストバンドが、そのまま身につけられてしまっていた。

晄が奈波を送り届けた途端、直ぐに説教が始まってしまったせいで、完全に返すタイミングを損ねてしまったのであろう。それにしても、帰る途中、電車で揺られている間にも全く気づかないとは、これはバカの範疇なのだろうか……不思議でならない。


「か、返すの忘れてた……」

「ところで、それは一体何だ?」

「いや、えっと……これ篤志先輩のなんだけどさ、人探しする時に借りて、そのまま返すの忘れてて……どうしよう……」

「何故人探しにそやつのリストバンドが必要なのだ……しかし、連絡先も住所も知らなければ、返しようがあるまい……一先ず洗濯して月曜日にでも返せ。クラスはわかるか?」

「……AからGの、どっかにいるはず!」

「……はぁ。貴様が洗え。洗濯機はもう回してしまったからな。」

「えぇ!?明日のやつに入れたらいいじゃん!」

「完全に乾くと思うか?それで。」

「ちぇっ!けちんぼ!……いだっ!」

「なんとでも言え……夕食はオムライスだ。」

「え!?ホント!?トロットロのやつ!?」

「いいから家に上がれ。」

「はーい!!」


晄は、今日の夕食が好物であると分かるや否や、急に元気を取り戻したらしい。リビングに戻っていくエレッタを追って、彼女も靴を脱ぎ、リストバンドもそのままにリビングに向かった。





月曜日の昼休み。晄は、三年生の教室が並ぶ一階の廊下の前で、右往左往していた。

(ど、どの教室から行けばいいんだろ……)

とりあえず、一番手前の教室から向かうことにしたらしい。晄は、『3-A』と書かれた看板を目にし、その教室に向かった。


「失礼します!火焰かえん篤志先輩の教室はどこか教えて貰えませんか!?」

「ここだぞ。」

「うわっ!」


晄がそう言って教室に入ると、直後、後ろから声をかけられた。晄が驚いて振り返ると、そこには、目的の人物である篤志が立っていた。晄は、想定外のことに、目を丸くした。


「よう!よく分かったな!」

「篤志先輩!」

「まさか一発目か?」

「はい!先輩A組だったんですね!びっくりしました!」

「ハハハッ!マジかすげぇなお前!ところで、俺になんか用か?」

「はい!あの、これ返し忘れちゃったので……」


晄は、そう言いながら、少し申し訳なさそうに、手に持っていたリストバンドを篤志に手渡した。篤志は、それを目にしてどういうことか理解したらしい。納得した様子でそれを受け取った。


「ああ、悪いな、完全に忘れてた……ん?まさか、洗濯してくれたのか?」

「はい!もみ洗いです!」


何故か、誇らしげな表情でそう告げた晄。それに、篤志は嬉しそうな表情で返した。


「マジか!サンキュー!……そういや、何ヶ月も洗ってなかったような……」

「……え?」

「いや!何でもねぇよ、ハハハハハ……」


今、彼の口からとんでもない不潔な発言が聞こえてきたような気がしたが、晄は、それを聞こえなかったふりをして誤魔化した。


「ところで、ついでに聞いてもらいたいことがあるんだが、時間大丈夫か?」

「はい、次は教室移動もないですし大丈夫ですよ!」

「そうか……あの、奈波の事なんだが……」


篤志は、少し重たそうに口を開いた。彼の目付きが、急に真剣なものに変わる。晄は、僅かにその緊張が移ったらしい。体を強ばらせた。


「アイツさ、髪の色とか、ちょっと変わってるだろ?そのせいで、昔、いじめって程じゃねぇんだけど、からかわれたりしてたんだよな……アイツの対人恐怖も元を辿ればそれだと思うし、俺に懐いてるのも、俺がそういうヤツらに多少反撃してやったからだと思うんだ。

ただ、それのせいで、アイツ相当な捻くれ者になっちまったみたいでさ、普段はなんも喋んねぇくせに、蓋開けたらとんでもないワガママ娘で、毒舌だし……けどそれって、アイツ的には悪気がないらしいんだ。なんつーか……ああやって、あいつなりに付き合う人間を振るいにかけてんだよ。やり方は間違ってるんだがな……」

「……」

「あぁっと……この前、お前と木葉がいる時に、俺とアイツで喧嘩したろ?あれって、普通はしないんだ。アイツ変なところで警戒心あるから、初めて会った奴に、自分の素に近い部分を見せるって、滅多な事じゃありえないんだよ。

それで、頼みたいことなんだが……はっきり言うと、アイツ、友達いないんだよ。だから、アイツと、友達ってほどじゃないにしろ、気軽に話せるような仲になってくれねぇかなぁって……」


そう告げた篤志の表情は、大変不安に満ちていた。晄は、想定外に重たく感じられたその内容に、なんと返せばいいのか、悩みこんでしまった。

(……篤志先輩は、本気であの子のことが心配なんだろうなぁ……)

晄はそう思うと同時に、そうだからこそ、引き受けておいて失敗してしまった場合、どうしようかと考え込んでしまったのである……しかし、挑戦してみないで諦めるなど、彼女にはありえない選択肢である。そう思い、晄は、笑って答えた。


「奈波ちゃんと仲良くなればいいんですよね?あたし、この前華恋かれんちゃんとも仲良くなれるか不安だったけど、大丈夫だったし行けると思います!任してくださいよ!!」

「本当か……!?ありがとな。友達ができれば、あいつの対人恐怖もマシになると思うんだよ。晄なら大丈夫そうだと思って頼んでよかった……

……ところで、さっき言ってた華恋って誰だ?」

「あれ?話してませんでしたっけ?赤色の戦士のこと……」

「は!?増えたのか!?いつ!?あ、じゃあそれは後で聞かせてもらうわ!じゃあ、一旦解散な?頼んだぜ奈波のこと。」

「はい!じゃあ、失礼します!」


晄は、篤志にそう告げると、自分の教室のある階段の方まで走り去っていった。




放課後。自分と木葉しかいない、学校の廊下を歩いていた晄は、篤志にああ言ったものの、実際どうすればいいのか困っていた。まず、奈波が同じ学校なのかも怪しければ、そうだったとしてどこのクラスなのか、さらに言えば、話のきっかけをどうするべきなのか……晄の弱い頭では、それを考えつくのは難しいようだった。


「……うーん……」

「晄、どうかしたの?」

「ああ、えっと、奈波ちゃんと仲良くなるにはどうしたらいいんだろうって。」

「奈波ちゃん……?あ、一昨日の子?」

「うん……でも、あの子について知ってることって言ったら名前くらいしかないからさ、難しいと思うんだよね……」

「そうだね……うわっ!」


すると、突然、二人の首に下がった水晶が、同時に光り輝いたのである。二人は頷き合うと、学校の外に向かうため、全力で走り出した。




「はぁ……」


ところ変わって、木霊中こだまちゅうの校舎からしばらく歩いた先にある、川沿いの道。彼女は、そこにある石を蹴りながら、ゆっくりと歩いていた。彼女の周りには誰もおらず、たった一人、鞄を背負い歩くその姿からは、どことなく哀愁が漂っていた。彼女は、色とりどりの髪色が存在するこの世界でも珍しい、真っ白な髪を持っている……そう、彼女は、篤志の幼馴染みである白雪しらゆき奈波であった。彼女は、入部率の高い木霊中のなかでも珍しい帰宅部でもあった。それ故に、彼女が一人で歩いているのは、何ら不思議ではないように思えたものの、例え、帰宅部が珍しくなかったとしても、彼女は一人だっただろう。


「友達いる人なんて、みんな死んじゃえばいいのに……」


何が彼女にそこまで思わせてしまうのだろうか……?それは簡単だ。休み時間の時や給食の時、グループ活動の時すらも、彼女はいつも孤独であった。例え、複数人のグループに入れてもらえたとして、彼女は、そのグループの中でただ一人、誰とも仲良くなれない人物として存在している。それは、ただの孤独より、何倍も辛いものだ。しかし、彼女はそれを毎日のように繰り返している。

そもそも、彼女が唯一まともに話せる相手である篤志や、その妹の涼香は、彼女と家が近いだけで、登校する時間も、下校する時間も、部活に所属している彼らとは異なっているのである……充実した生活を送る者への嫉妬、友のいない生活の寂しさや悲しさ、現実から逃げようとする気持ち……彼女は、いつ爆発してもおかしくは無いほど、心に闇を抱えていた。


「あっ……」


力加減を間違えた。彼女は、蹴り飛ばしていた石を、川の方に落としてしまった。ポチャン、と、大した水しぶきすら上げることも無く、その石は、濁った川の中に消えてしまった。こうなってしまえばもう、その石はどこにあるのかすら分からない……

(もしかしたら、わたしが死ぬ時ってああなのかな……)

誰にも気づかれぬうちに、静かに消えて、誰にも消えたことに気づかれず、周りの時間だけが過ぎていく……一度そう思えば、そうとしか思えなくなってきた。彼女は、その考えを消し去ろうと、ぶんぶんと頭を振った。


「あらら、もう見えなくなっちゃったねぇ……」

「ひっ。」


奈波は、突然耳元で響いたその声に驚いて、小さく悲鳴をあげた。恐る恐る、彼女が振り向いた先にいたのは、彼女がかつて一度も会ったことの無い、背の高い男だった。紫色の長髪が、男の怪しさをさらに引き立てる。

奈波は、その恐ろしさに、彼から逃げようと走り出した。しかし、男はそれにあっという間に追いついて、そして、彼女を逃がさんとばかりに、強く腕を掴んだ。


「逃げようとしないでよもう!僕は、君を楽にさせようと思って近づいたのに……」


気味の悪い笑みを浮かべながら、男は告げる。奈波は、それが恐ろしくて、掴まれた腕を振り払おうともがこうとしたものの、恐怖からなのか、体が上手く言うことを聞いてはくれなかった。奈波は、現実から目を背けるように、固く目を閉じた。


「あれ、なんで目ェ閉じてるの?困るなぁ……目ェ開けてくれないと、こっちとしては迷惑なんだよなぁ……」


男の声が、徐々に耳に近づいてくる。奈波は、あまりの恐怖に体が竦んで動かなくなってしまった。外の世界からの、全てをシャットアウトしようと、彼女は必死だった。しかし次の瞬間……


「早く目ェ開けろっつってんだろ!!!殺すぞ!!!」


耳元に、大音量で響いてきたその声。恐怖に耐えられず、彼女は思わず一瞬、目を開けてしまった。するとそこには、目の前にいたはずだった男の姿は無く、何故か、一体の、紫色の大きなクラゲが、そこに浮かんでいた。


「やっと目ェ開けた……君は、いい素材沢山持ってるみたいだし、沢山絞り出させてもらうよ……?ハハハハハッ!」


一体どこから出ているのか分からないが、あのクラゲから反響して、あの男の声が聞こえてくる。奈波は、非現実的なその展開についていけず、混乱した。他に周りには誰もいない……助けなど来るわけがないだろう。奈波は、そんな絶望感からか、目に涙が溜まり始めた……


「『フルミネ!!』」


しかし、彼女の意識は、突然その恐怖から、別のものに一気に移し替えられた。それは、どこからか現れた、黄色に光る、一筋の雷だった。

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