第十九魂
少しの不安と少しの期待
「ハッハッハ!!くたばっちまえ!!」
ゼリー状のバケモンはああ高らかに笑い声をあげると、
(うそ、化け物!?そんなの、本当にいるなんて……!)
彼女は動けずにいるが、その原因であるバケモンはすぐ目の前にいる。正直、いつこちらに来るかはわからない上、こちらに襲いかかられたら生き残れるのか、どうなるのかさえわからない。恐ろしくなった華恋は、バケモンとは反対側に走り出した。
「うわっ!!」
しばらく走っていると、ドカッと、華恋の横の方から音が聞こえてきた。見ると、小学校一、二年生くらいの少女が、正面から派手に転んでいた。彼女も、恐らく学校帰りにバケモンに遭遇したのだろう。その背中には、重そうなランドセルが背負われていた。彼女は、痛みからか恐怖からか、目に涙をいっぱいためて、今にも泣きそうだった。
「大丈夫?」
そんな幼い彼女を放っておけない。そう思うと華恋は、彼女に手を差し伸べ、不安がられないように笑みを作って言った。目の前の少女は、彼女を見てゆっくりと体を起こした。その体を見ると、足や腕などに擦り傷が沢山出来ており、その膝からは、少し血も滲み出ていた。
「う、うぅ……」
「な、泣かないで!」
慌ててそういう華恋は、制服のポケットから、小さな包に包まれたチョコレートを取り出すと、少女にそっと手渡した。
「……くれるの?」
「うん。だから、ちょっと痛くても我慢出来る?」
「……うん、がんばる!」
そう言って笑った少女を見て、華恋は安堵した。しかし、後ろにいるバケモンがこちらに来てしまうことを考えると、まだ安心は出来なかった。
(足怪我してるのに走らせるのは……でも、この子を抱えて走るのも、アタシには……)
葛藤する華恋を、少女が見つめてきた。彼女は、華恋をしばらく見つめた後、片手を出して言った。
「おねえちゃん、いっしょにげよ?」
「え、でも足は……」
「そんくらい、がまんできるもん!!」
幼いながらも、凛とした表情で言われ、華恋は、少女が差し出してくれた手を取った。その瞬間、少女は走り出した。
「ったく、どいつもこいつも泳ぎが下手だな……」
バケモンが、吐き捨てるように口にする。その周りには、水浸しになって、足りない酸素を補給しようと息を吸う人々が、地面に倒れふしていた。ゼリー状のバケモンは、その体の中に人を閉じこめて、溺れさせることが出来てしまう。この惨劇を生み出したのは、このバケモンなのである。一分経つか経たないかという所で、ここまでの被害を生み出してしまったそのバケモンは、目の前に襲う相手が見つからず、後ろを振り返った。
「ハッハッハ!!いいエサがいんじゃねぇか!!」
バケモンの目に入ってきたのは、バケモンから逃げようと走る華恋と少女の姿だった。バケモンは、彼女達を襲おうと、飛び跳ねながら彼女達の後を追った。二人が走り始めてからしばらく経っていたため、バケモンとの距離は決して近いものではなかったはずである。しかし、このバケモンは、ゼリーのようななりをして、かなり移動速度が速かった。気がつくと、彼女達のほんのすぐ後ろまで、バケモンが迫ってきていた。
「危ない!」
「逃げてぇぇ!!」
すぐ近くの建物から、人々が逃げる二人にそう口々に言ってくる。その声を聞いて、走りながらも華恋は恐る恐る後ろを振り返った。
「ひっ!」
バケモンがいつこちらに何かしてきてもおかしくはない。そう思うと、華恋は小さく悲鳴をあげ、顔を強ばらせた。恐れていた事が起こってしまった。彼女は、より一層少女の手を強く握ると、少しスピードを上げた。
「ごめん、ちょっと急がせて。」
そう断りを入れるが、少女は、足の痛みからか、それとも疲れからか、少し前からと同じ、顔をゆがめたままだった。そんな二人に追い打ちをかけるように、バケモンとの距離が縮まっていく。どんどんと、後ろからの影が大きくなっていき、二人は恐怖した。
「うわっ!!」
「きゃっ!!」
焦りからか、少女は足をもつれさせてしまった。急に動きが止まった彼女に引っ張られ、華恋もその場に倒れ込んだ。周りからは、彼女達への悲鳴が聞こえてくる。二人の上からは、あのバケモンの姿が見えた。華恋は、少女を庇うように、彼女の上に覆い被さると、覚悟を決めたように目を閉じた。
「はあっ!!」
唐突に、風を切る音が聞こえてきた。その音が、二人の真上に来ると、その後二人の周りから、ベチャリと、水が落ちたような音がした。驚いて、華恋が音のした方を向くと、そこには、先程のゼリー状のバケモンの一部が転がっていた。しばらくすると、それは形を変え、元のバケモンを小さくしたような姿に変わった。
「何しやがる!!」
彼女達の周りから、そんな声がステレオのように聞こえて来た。その声を発しているのは、全て小さなバケモンである。彼らの視線は全て、華恋達の後ろに集まっていた。華恋は身を起こすと、バケモンの見る方向に視線を動かした。
「えっ、リナルド先輩!?」
青いスカーフに青いマント、ブーメランを片手に持つ彼は、バケモン達を睨んで見下ろしていた。先程、華恋達を襲おうとしたバケモンは、水晶を頼りにやってきた彼のブーメランによって、木っ端微塵にされたのであった。いつまで経っても何も言おうとしないリナルドに痺れを切らしたバケモンは、合体して元の姿に戻ると、今度はリナルドに向かって襲いかかった。
「『フルミネ!!』」
しかし、今度はどこからか走ってきた電撃をくらい、バケモンはリナルドに届かないような位置にぼたりと落ちてしまった。電撃がやってきた方向を見ると、戦士の姿になった
「ごめん、学校からだったから遅れた……」
「気にするな。」
そのうち、晄がリナルドの側まで走ってくると、リナルドにそう軽く謝った。しかし、駆けつけた木葉に手を貸され、立ち上がる華恋と小学生の少女を見てから、リナルドはそう答えた。
「クソっ!!邪魔すんじゃねぇよ!!」
「うるさい!!向こうの倒れてる人達もお前がやったんだな!!」
電撃のせいか、少し焦げてしまったバケモンに、晄はああいった後、手に持っていた両剣をかかげ、こう唱えた。
「『サンダーフォルテシモ!!』」
バケモンは、驚きに目を見開いたまま、空から降ってきた雷に撃たれ、消えてしまった。
バケモンを浄化させてから、晄達戦士三人は一目散にその場を立ち去って行った。動画でも撮られて、ネット上に晒されでもしたら、面倒なことになるのは明らかである。正直、そこで急ぎ足で帰ろうとも、動画を撮られていたとしたら戦闘中である可能性が高いため、意味があるかどうかと言われると微妙である。
「はぁ……妙に疲れた……というか、顔見知りの人助けちゃった……いや!あたしと木葉はいいけど、リナルドさん大丈夫かな……」
店が営業中であるため、今晄の家には晄しかいない。そのため、リビングのソファーで横になりながら、晄は大きな独り言を言っていたのである。
「あの人、リナルドさんの名前思いっきり呼んでたし、覚えてるよね……どうしよ……あの人の口が軽くありませんように……」
手を合わせながら、晄はそう祈った。そんなことで効果が現れるわけはないが、気持ち安心、程度にはなったのかもしれない。しかし、祈るのも飽きたらしい晄は、スマートフォンを手に持つと、それでとあるSNSサイトを開いた。そのサイト内では、先程の戦闘の映像を上げている者は運良くいなかった。恐らくは、相手のバケモンがこれまでの倍の被害を与えたことで、『動画なんて撮ってる暇はない!』と思わせたのだろう。感謝すべきなのだろうか。晄は複雑な心境であった。安心した晄は、スマートフォンをポケットにしまうと、鞄を持って、自室に向かう階段をゆっくりと登った。
「そういえば、あの人達大丈夫かな……」
ふと、バケモンの被害者達のことを思い出し、足を止めた。晄は、またスマートフォンをポケットから取り出すと、ネットのニュースを開いた。その記事の上位に、『未確認生物、また人々を襲う』というものがあった。それを見て、その場にいた人々は恐らく、病院に搬送されたのだろうと思い、彼女は安堵のため息をついた。それに、大抵のニュースには、戦士の存在を隠すように、晄達の活躍には一切触れない。今回もそうなのだろうと、そう思いながらも、一応内容を確認しようと、その記事をタップした。
その記事の内容とは、以下のものであった。
『今日午後四時三十分、
「……ん?ちょっ!ええぇぇぇぇえ!!!!不味い不味い不味い!!」
『マントを羽織った三人の若者が、未確認生物を消滅させてしまったとも供述している。』という文に、目が釘付けになった。晄は、そのニュースの画面のスクリーンショットを撮り、MAIN《マイン》というSNSアプリを開いた。MAINは、インターネットを介したメールのやり取りや、無料通話が可能なSNSアプリである。それを開くと、その中から、観葉植物のアイコンのアカウントとの会話ページを選択した。そのページの上には、大森木葉と書かれている。晄はそのページに、先程撮ったスクリーンショットを送った。
『どうしよう!』
そう一言送ると、直ぐに既読がついた。木葉がメールに気がついたようだ。晄は、既読という文字をじっと見つめ、木葉の返事を待った。一分間見つめ続けた後、既読という文字が上に上がった。
『写真とかは無かった?』
『それは無かった』
『なら、まだそんなに慌てなくてもいいと思うよ』
「そっかぁ……そうだよね!あたしだってバレてないし。」
木葉のフォローに、晄は心から安心したらしい。階段を椅子がわりにして座ると、ゲームのキャラクターが、安心した表情を浮かべるスタンプを選択し、彼に送った。
木葉とのやり取りを終えた晄は、その後、テレビのニュースを確認し、戦った当時の映像が流れていないかを調べたが、幸運なことに、バケモンが現れた直後の映像と、晄達が立ち去ったあとの映像だけしか、ニュースには流れなかった。しかしながら、とあるテレビ局のニュースの中では、“マントを羽織った三人の若者”についての話題が上げられていた。これまでのニュースでは、戦士の存在を隠すように、全て警察の手柄であると説明されていたのだが、何故急にこんなことになったのだろうか。晄は不思議だった。
「ここのテレビ局って、あっちじゃ見れないやつだったよね……えっと……」
CBSと呼ばれるテレビ局のニュースだった。晄が生まれ育ったクソ田舎では放送していないテレビ局だが、それ以外の場所では大抵見ることが出来る、大手のテレビ局である。
「CBS……え!ちょっと待って!!」
何かに気づいたらしい。晄は、スマートフォンの写真フォルダを開き、先程晄が見つけたニュースのスクリーンショットを開いた。
「……こ、これって……」
その画面の下の方に、“CBS通信”と大きく書かれていた。バカの晄でも気づくような、大きく目立つ文字である。その、CBSというテレビ局が、戦士達の存在を知らせようとしているのだ。そんな事をして、彼らの何になるというのだろうか……晄からしたら、そのテレビ局はかなり得体の知れないものであったため、思わずゾッとした。
「怖い怖い!!」
晄は、怖いと感じたり、不安になった直後は、モコモコしたものに包まれようとする傾向がある。そのモコモコしたものというのは、例として、現在晄の部屋のベットの上にある毛布などが挙げられる。晄は、階段を駆け登り、勢いよく自室の扉を開けた。
「えっ!なにごと!?」
しかし、恐怖から脱却するためにやって来た自室で、奇妙な光景が広がっていたため、晄は口を開けたまま固まった。晄の勉強机の上に置かれた水晶が入った箱から、赤い光が漏れ出していた。部屋の電気もついていない上、カーテンも閉まっているのに、部屋が明るくなっているほどに、強い光だった。しばらく固まっていたが、意識を取り戻したらしい。晄は、恐る恐るその箱に近づき、蓋を開けた。するとそこには、先日の青い水晶のように、強く輝く赤い水晶があった。
「……ど、どうしたの?」
晄は、赤い水晶に話しかけてみたが、水晶は相変わらず光り続けている。
(まだリナルドさんが仲間になってから三日くらいしか経ってないのに……まさか、そんなわけないよね?)
まさか、赤い水晶が誰か新たに戦士になる人物を選んだのだろうか?水晶がたった一つだけ光るとしたら、それくらいしか考えられない。しかし、立て続けに戦士が生まれることなどあるのだろうか?もしそうだとしたら、それが誰なのか、一から探し出さなければならないだろう……晄は、そんなことを考えながら、その水晶を手に持った。
「誰か、いい人見つけちゃった?……うわっ!」
晄の言葉に、まさにそれだ!と言わんばかりに、赤い水晶はより光り輝いた。急な光に思わず目を閉じた彼女は、やっぱりそういうことなのか、と、どこか諦めた様子で、その水晶を軽く握った。
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