第三十九魂
水晶の選んだ人
「支配せよ、我が魂!」
ゲームセンターの入口手前の休憩スペース。その中のベンチの前で立ち、彼は控えめにそう口にしてみた。平日である今日、辺りにはあまり人はおらず、彼の他にいるのは、目の前のベンチに腰掛け、その姿を真っ直ぐに見つめ続ける少女だけだった。辺りには、夏のぬるい風がゆったりと流れている。そのじとじととした湿った空気が二人の間を通り抜ける度、彼……
「……どう?」
彼は、こちらを見つめる彼女に視線を送り返す。その目には、期待の色が揺らめいていた。しかし、真剣な表情を浮かべていた彼女……
「……ごめん、違ったみたい。」
日向は、胸元でぎゅっと握っていた手を開いた。そうして、彼の首にかけられたネックレスの飾り石……いや、紫色の水晶が姿を現すと同時に、一つため息をこぼして、晄の隣に腰掛けた。
「もしかしたらそうかもって思ったんだけどなぁ……ごめんね日向……」
「いいよいいよ、そんな気はしてたから……」
彼はああ言いながらも、明らかに落ち込んでいる様子であった。その視線の先には先程まで握っていた水晶があり、ネックレスを首から外そうという様子も全くない。このきっかけを作ってしまった晄には、あの様子の彼にかけられる言葉など見つからず、ただ黙って彼の動きを眺めるばかりだった。
昨日、紫色の水晶が突然輝いた時、これまでのように心当たりすらない状況に、晄は大層慌てたものだった。これまでであれば、どんな小さいものでも心当たりがあったものだが、今回に関してはそれすら無く、そんな晄のとれる行動といえば、虱潰しに探してみる他なかったのである。
日向は、晄が戦士であると知っている唯一の一般人であり、この話をもちかけるのにはうってつけであった。偶然遊ぶ約束をしていた晄は、その機会を利用して、彼に事情を説明すると、日向は乗り気で水晶を受け取り、戦士になるための呪文を唱えてみたのである。が、しかし、彼は戦士ではなかったようで、その水晶も日向も、姿を変えることはなかったのだった。
「きっと、本当に戦士に選ばれてる人って、すっごい人なんだろうなぁ……」
日向は、しばらく水晶を眺めた後、ああいいながら、首にかけていたネックレスを外して晄に差し出した。それを受け取った晄は、それをボディバッグのポケットの中に突っ込むと、ベンチから立ち上がり、彼の方を向いた。
「なんか悪いし、アイス奢るよ。」
「え!?いいの!?」
「自販機ので良ければだけど……」
「全っ然大丈夫!今日暑いし、助かるよ!」
日向は、晄の提案に先程までの落ち込んだ様子が嘘のようにはしゃいだ様子である。ウキウキとして立ち上がると、晄のすぐ隣に並んだ。その様子に、少しあった罪悪感が薄れてきた晄は、彼に負けぬほどの、スキップでもせんばかりのはしゃぎ様で、ゲームセンター前の自動販売機まで歩き出した。向かう先は、十六種類の味のアイスクリームの絵が描かれた自動販売機。ベンチからわずかしか距離のないそこに辿り着くと、二人はそこで立ち止まり、物色するようにその機体の絵を眺めた。
「本当にご馳走になっていいの!?」
「いいよいいよ!今月はお小遣いまだいっぱいあるから、どれでも遠慮しないで!」
そうして、どこか誇らしげな晄であるが、最高額と最低額の差はせいぜい五十円程度である。しかし、日向はそんなことはどうでもいいのか、数あるフレーバーを次々に目で追った。一方の晄も、大好物を目の前に、目を回さんばかりの勢いで様々なフレーバーの絵を見回していた。
「……まず、コーン付きか棒のタイプかで迷わない?」
「そうだね……でも、おれコーンあった方が好きだから、そっちの方優先して選んじゃうのが多いかも。」
「この自販機のコーン、サクサクしてて美味しいもんね!あと、コーンの方がゴミのやり場に困んないし、棒のよりちょっと多い気がするし。」
「それもそうかも。」
どの味がいいかと頭を捻らせるうち、二人の表情は、うきうきとしたものから真剣なものに変化していた。所詮、アイスクリームの味を選ぶだけなのだが、双方共におかしな所で真面目になってしまう性分なのだろうか。ジリジリと照りつける日差しを受け、それぞれの額に流れる汗は数を増す。そうしているうちに、すぐ側にあるオアシスが恋しくなってきてしまったようだ。晄は、ボディバッグに手をかけ、そこから黄色の財布を取り出すと、その中にある小銭をいくつか販売機の中に押し入れた。
「晄、もう決めたの!?」
「新発売のにする!」
突然のことに驚いた日向をよそに、晄はそっと背伸びをすると、自動販売機の上部にある紫色のフレーバーのボタンに手を伸ばした。ピッ、という音の後、取り出し口の方からゴトリと音を立てて、円錐形の物が落ちてきたのを確認すると、晄はそれに手を伸ばし、紙製の包装をぴりぴりと剥がした。その中から、薄紫と濃い紫のマーブル模様が姿を現している。そこから手に降りかかる冷気を感じながら、彼女はその角を口元に近づけた。
「ど、どう?」
少しばかりそわそわした様子である日向は、晄に向かってああ投げかけた。晄は、そのアイスクリームを齧りとると、口を閉じ、舌の上でそれを転がした。しばらくして、彼女はその瞳を閉じると、その表情はみるみるうちに、幸せそうに綻んでいった。
「ん〜!さっぱりしてて美味しい!」
「わぁ!そんなこと言われたら迷っちゃうじゃん!」
「えっへへ。そう言えば、日向はどれで迷ってるの?」
そう告げて、晄はまたもう一口分口にする。そんな様子の彼女に一度目をやってから、日向は自動販売機の方に体を向け、その絵のいくつかを指さしながら答えた。
「えっと、このチョコのやつと、キャラメルのやつと、チョコバナナ何とかってやつ。」
「なるほど……さっぱりよりこってりな気分なんだね?」
「わはは!そんなラーメンのスープみたいな……!でも、そうだな……おれも新発売のチョコバナナ何とかにしようかな。」
「おっけー!あ、ちょっとこれ持ってて!」
「あ、うん。」
晄は手に持っていたアイスクリームを日向に手渡すと、また財布を取り出し、小声で値段を呟きながら小銭を手に取った。
「……あの、ちょっと気になったんだけどさ。」
「ん?やっぱ他のにする?」
「いやいや、そうじゃなくて……これまでって、どうやって戦士の人を見つけて来たのかなって。」
チョコバナナのフレーバーのボタンに手をかけようとした彼女の手は、彼のその言葉を耳にすると同時に、一度止まった。というのも、彼の問への答えが、すぐに見つからなかったからである。
これまで、戦士を見つけた経緯といえば、以下の通りである。まず、
つまり、これまでの傾向からするに、基本的に晄自身の手によって見つけ出したと言うよりは、その周囲が何らかの形で見つけ出してくれたから、と言った方が正確なのである。今回の紫色の水晶のように、確実に戦士に選ばれた人間を、それらしいヒントもない中で探し出さなければならない状況など、晄にとっては初めてのことであった。
しかし、この経緯一つ一つを説明するのも煩わしく、だからと言って、簡単に一言や二言でまとめる、ということも晄には難しく思えた。それ故に、いつまでも答えを出すことが出来ず、彼女はすっかり黙り込んでしまった。
「……あれ、晄?」
「……」
「あの……ボタン押すね?」
「……あ!うん、ごめん。」
突然ぼうっとして動かなくなった晄を不思議に思いながら、日向は彼女のすぐ隣から、目的のボタンを押した。ピッという音の後、ゴトリと落ちてくる円錐形。晄はそれを目にして、やっと今の状況を理解した。
「なんか、難しいこと聞いちゃってたんだね……あ、はいアイス。」
紫色のアイスクリームを差し出しながら、日向は心配そうに彼女を見た。彼の手からアイスクリームを受け取った彼女は、そんな彼を心配させまいと、そちらに向かってにっと笑ってみせた。
「ありがとう。いや、なんて答えればいいかわかんなくてさ……なんか、これまでって、あたしが見つけたって言うよりは、偶然だったり、他の人に見つけてもらったり、そうじゃなくても、凄い心当たりがあったりとかして直ぐに見つけられてたなって思って。」
「うーん、そうなんだ……」
晄は、手持ち無沙汰だったのか、それともただ癒しを求めただけだったのか、また一口アイスクリームを頬張った。少し前よりも、心做しか舌触りが滑らかになったように思えて、慌てたようにもう一口口にした。
「……そう言えば、その水晶って、昨日の夕方とかに光った……って、言ってたっけ?」
「ああ、うん。それがどうかしたの?」
「それで、今日は朝から一緒にゲームしてたけど、他の戦士の人とかには相談してみたりしたの?」
「え……?」
昨日、水晶の光に気がついた後。確かに、晄はエレッタと相談し、ああでもないこうでもないと頭を捻らせながら、必死で選ばれた人物の正体を探していた。しかし、彼女が相談したのは、あくまでもエレッタただ一人であり、他の戦士には、相談どころか紫色の水晶の出来事すらまともに伝えてすらいなかったのであった。その事実に気づくと、晄は、アイスクリームを持っていない右手で、頭を抱え込んだ。
「……あぁ!!そう言えば全然だ!!」
「やっぱり……晄ってば、味方より先におれに相談しちゃってたんだね……」
取り乱した様子の晄を前に、日向はああ言って苦笑いをうかべた。あわあわと口を動かす晄に、日向はただ、近くのベンチまで手を引いてやることしか出来なかった。
部屋の中には、コツコツとシャーペンを走らせる音だけが響き渡る。それ以外には、時折紙を擦るような音が混ざるのみで、すっかりと静けさで溢れかえっていた。その目線の先にあるのは、モノクロの紙のみで、他のものなど今の彼には、あくまで微かに視界に入る情報の一つでしか無かった。
しかし、勉強机の上に置かれた彼のスマートフォンが突然ブルッと震えたのを耳にすると、彼はその視線を紙から外し、その端末に向けた。
「……晄?」
どうやら、彼女からメッセージが届いた、ということを知らせる通知であるらしかった。突然どうしたのだろうかと疑問に思いながら、彼……木葉は、スマートフォンを起動し、その内容を確認することにした。
『突然でごめん!
昨日、紫色の水晶が相手見つけたみたいだったんだったんけど、心当たりがなくて困ってたんだ。なにか無いかな?』
「晄、慌ててたのかな……?」
一見、ありふれた文のように思えたが、いざ読んでみて、彼は突然送られたその文のおかしさに気がついた。恐らくは、予測変換につられてしまったのか、文の内容を書き足す時に間違えたのかしたのだろう。木葉は少しの同情と和やかな気分で満たされた。そうして画面を眺めていると、ずっと見つめていた文字が、突然一段上にぽんと押し上げられた。
『だったんだけどでした!ごめんね』
間髪入れずにまた送られたメッセージに、思わずくすりとした笑いが込み上げてくる。よほど慌てていたのだろうか?前のメッセージから何十秒とも経たぬうちに送られてきたそれに、木葉は頬を綻ばせた。あのメッセージの送り主の慌てた表情を想像して、木葉はスマートフォンのキーボードに触れた。
『大丈夫だよ、誤字は僕もよくやるから!
それよりも心当たりだっけ?』
木葉は、彼女の誤字にすっかり気を取られかけていたが、本題はそんなことではなく、新しい戦士の存在であった。ただ、なにか心当たりはないかとは言われたものの、木葉には、戦士らしい人物というものがどういったものなのか分からなず、すぐに答えなど出せなかった。
『そう、昨日何かなかった?新しい人でそれっぽい人に会ったとか、前から知り合った人でも、何かいいことしてたとか。』
「それっぽい人って……ん?」
木葉は、あまりにざっくりとした内容のメッセージを前に苦笑いをうかべていたが、少しして、何か引っかかりのようなものを覚えて、その画面から一度顔を上げた。
昨日、何か特別なことが無かったかと言えば嘘になる。しかしながら、彼女の言う“何かいいこと”に、それが該当するのか、木葉には断言は出来なかった。
「……もしかして。」
しかしそれでも、彼はある言葉を思い出した途端、今の自分の考えは正しいのではないのかと思った。自ら、ソウルブレイカーの被害に遭いながら、戦士である木葉に向かって『ボクにも、何か手伝えることってない?』と、そう口にした彼……
間違いない、彼である。そう確信した木葉は、その心当たりを伝えるため、スマートフォンのキーボードに触れて、その内容を出来るだけ事細かに、そして明確に、文字に書き起こしたのだった。
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