第三十八魂

未来の願い


「それもそうだけど……鳥沢とりさわ先生から、ボクのこと守ってくれたのは、木葉このはくんとひかりちゃんでしょ?」


ああ言われた時、木葉の中に駆け巡った感情は大きく二つだった。一つは、彼が鳥沢のことについて言及した事や、自分達が戦士であると知っている可能性のある発言への衝撃。もう一つは、彼が一体どこまで知っているのか、という疑問であった。


「……え。」

「あれ……?ごめん、ボク間違えてた?でも、クラゲになってたボクを助けたのは木葉くんだったし……」

「……え、ちょっと待って!未来くんどこまで知ってるの……!?」


トリス……つまり未来みらいにとっての担当医鳥沢は、彼の感情をバケモンにした犯人であった。鳥沢は、事故で両親と右目を失った未来の悲しみを、巨大なマリーゴールドのバケモンに変えた。更に、体から一つの感情が抜けきった彼からまたもう一体のバケモンを生み出そうとした結果、彼の魂は、一時的に体外から抜け出し、クラゲのバケモンにさせられてしまったのだった。未来が『ボクのことを守ってくれた』と言ったのは、恐らくこの事件に起因するのだろう。

しかし、そんな彼の魂を浄化し元の体に返したのは、紛れもない木葉であり、マリーゴールドのバケモンを浄化した時も、木葉はその場に居合わせ、バケモンを弱体化させるための戦いに加わっていた。ただ、事件当初、未来はクラゲのバケモンの件に関しては、“夢の中の出来事”と処理していたはずであるし、マリーゴールドのバケモンとの戦いに関しては、自分の感情が生み出したバケモンとは知らないはずである。晄と木葉……特に前者は、自分達が戦士であることを人に知られたくないのである。そのため、今の木葉には、未来が一体、当時のことをどこまで知っているのか、知る必要があった。

木葉がああ問いかけてしばらくは、二人の間に沈黙が走っていた。しかし、その沈黙を破ったのは未来であった。


「……退院する前の日、鳥沢先生が言ってたんだ。なんか、バケモン?とか戦士とか。正直、怖くてあまり話を聞けてなかったんだけど……でも、鳥沢先生がボクに、何か酷いことをしようとしてたのはわかった。それと、玉虫色の水晶玉。あれは見ちゃいけないってことも。

突然、鳥沢先生はボクの方に、その水晶玉を持って襲って来たんだ。でも、ボクは足を折ってたから、逃げようにも逃げられなくて……そんな時、晄ちゃんがやって来て、ボクのことを庇ってくれたんだ。」


(そっか、あの時晄が未来くんの所に行ったのは……)

木葉は、相槌は打てども、未来の話をただ黙って聞いていた。自分達が黙っていても、戦士の存在やバケモンのことは、トリスも知っていた。そんな彼が未来にそれを伝えたが故に、未来はその事を知っていたのだ。それに加え、晄が事件当時、マリーゴールドのバケモンを置いて、彼の病室に向かった理由も、今になって木葉はやっと理解した。


「あの後、鳥沢先生が言ってたことが気になって、その時、思い出した噂話があったんだよ。

最近、ニュースでも見るようになった怪物……多分、これがバケモンなんだよね。それが現れた時、どこからか現れて、火や雷、植物とかで攻撃する、神出鬼没の存在がいるって。それが戦士だっていうのは、すぐに分かったよ。」


そう告げると、未来は木葉の方に体を向け、ふっと軽く笑んだ。一方の木葉は、ただ呆気に取られて、一心に彼を見つめ続ける他なかった。


「……そんな話が出回ってたんだ……それで、僕達のことを知ってたの?」

「えっと……木葉くんが戦士だっていうのは、マリーゴールドのバケモンと一緒にニュースに映りこんだ緑髪の人の話を、鈴木くんから聞いて分かったんだ。ボクがクラゲになった時のこともあって、木葉くんが戦士だっていうのは、すぐに確信したよ。ボクがクラゲになった時、木葉くんが助けてくれたけど、きっとその時のボクこそがバケモンだったんだと思う。それに、病室に戻る直前に見た、沢山の木の葉が舞う姿……あれが、火や雷、植物で攻撃する、っていう話にピッタリ合ってたから。

晄ちゃんの方は、退院する前の日に助けてくれたことと、木葉くんとよく一緒にいるのを見るからって理由での憶測でしかないけど……さっき、どこまで知ってるのって聞いてきたってことは、きっとこれも合ってたんだね。」


未来は、大変利発な人物である。それは、テストで学年一位を取るなど、学校内での成績でも明らかであり、それ以外の面でも等しく現れている。その一例として、先程彼が木葉に告げた話の内容も、全て彼が僅かな情報から憶測したことである。確かに、彼は戦士やバケモンなどの事件に大きく関わった人間ではあったものの、戦士が誰なのかという具体的なことまでを考え出すのは、あまり簡単なことではないだろう。

ただ木葉は、そんな彼の考察にただ感心しているだけという訳にはいかなかった。というのも、彼には……と言うより晄にとって、戦士の正体というものをあまり周囲には知られたくない、という願望があったのだ。未来は、情報通の鈴木すずきとは違いけして口が軽い人物とは言えないため、確率としてはあまり高くは無いものの、誰かにこの戦士についての考察を口にしてしてしまう可能性は否定できない。それを理解すると、木葉は彼の方を真っ直ぐに見つめ、その口を開いた。


「未来くんの言ったことは、みんな合ってるよ。でも……それを人には言わないでくれないかな……あまり、沢山の人に戦士のことを知って欲しくはないんだ。だから……」


自信なさげに、木葉はそう口にする。ただ、木葉のそんな不安は、未来のふわりとした笑みで吹き飛ばされた。


「あはは、言われなくったってそのつもりだったよ。だって、二人がいつもこそこそなにかしてるのって、今考えたら戦士関連なんだろうなって思うもん。」

「……僕達、もしかして悪目立ちしてた?」

「いや、そんなことはないと思うよ……?ボクだって、戦士とかの存在を知るまでは全く気づかなかったし。」

「そ、そっか……」


木葉は、自分の中に立ち上がった不安が杞憂であったことを理解すると、安心したようにほっと一息ついた。確かに、以前よりも戦士というものの存在は広がりつつあるものの、やはり、核心にたどり着くには、実際に関わりを持っていない限りは難しいのだろう。さらに、未来ほどまで的確に答えを出せる人物というのは、そう多くないはずだ。

木葉がそうして安心の中に浸っていた時、そのすぐ目の前から、控えめに、けれどはっきりと声が聞こえてきた。


「……木葉くん、ボクにも、何か手伝えることってない?」

「え……?」


ああ問いかける未来は、幼いながらも凛としていた。その目は、はっきりと木葉を捉えて離さない。けれど、木葉は突然されたその問いに、ただわけも分からず、答えることが出来なかった。


「……今になって考えると、ボクは、バケモンになってた……?いや、生み出してた、が正しいのかな……。とにかく、まだ入院してた時のボクは、自分でも気味が悪いくらいに、自分の親の死と右目のことを軽んじていたと思う。あの時鳥沢先生が、気分が楽になるからって言ってボクに玉虫色の水晶玉を見せてきてたし、あの時のおかしいボクは、バケモンに関わることが原因だったんだと思う。

ボクは、木葉くん達にバケモンを倒してもらえるまで、あの時の自分がおかしくなっていたことを自覚することも出来なかった。今ではニュースでもよく見るようになったバケモンって、目に見えないだけで、知らないところで誰かを壊してるんだよね……

……ボクは、木葉くんや晄ちゃんみたいに、実際にバケモンと戦ったりは出来ないけど、だからって、全く何も出来ないわけじゃないと思うんだ。だから、ボクにも何か、手伝えることはない……?」


未来は、そう言って瞳を揺らした。実際にその感情をバケモンにされた過去があるからこそ言える彼の言葉には、かなりの説得力がり、木葉はただ、それに聞き入っていた。けれど、木葉には、その問いに対して、彼の期待しているであろう答えを見つけることが出来ずにいた。木葉自身、戦士だとは言っても、せいぜいまだ二ヶ月程度の経験しかない。そんな彼には、まだあの問に答えられるほど、バケモンというものの知識には乏しかったのだ。それに加え、彼は少し真剣な会話の中での受け答えが苦手な節がある。普段の会話ならばさほど支障はないものの、そういった会話になると、よく言葉をつまらせたり、返答に遅れたりということがあった。それでも木葉は、彼なりに未来からの問に答えようと、少しづつ言葉を紡いだ。


「……ありがとう。でも、僕自身まだ、そこまで戦士とかバケモンとか、そういった話には詳しくないから、なんとも言えないよ。でも、もし何かあったらお願いしてしまうかもしれない。例えば……作戦を考える時とか。」

「そっか……なら、作戦会議の時にボクのこと頼って!そういうのなら、多少ボクでも役に立てると思うからさ!」


未来がにっこりと笑ってああ話すのを見て、期待通りではなかったとしても、多少なりとも彼の求めていたような答えには近づけたのだろうと、木葉は安心したようにほっと一息ついた。そんな木葉を他所に、未来は少し後ろに視線を向けて、何かを眺めていた。しばらくしても、それが変わらない未来を不審に思うと、木葉は、彼の視線の先にさっと目をやった。


「……っ!?あっ……!!」


視線の先には、図書室の中央に広がる、沢山のテーブル席が見えた。さらに目をこらすと、一人の人間が微動だにもせず、まるでマネキンのようにその形を保ったまま動かない姿が見えた。その少し手前で、形を保つ彼女の目の前で手を振ってみせる、入口前の受付で見覚えのある少年の姿から、しばらくそのポーズが続いているのではないかと考えさせられた。そしてこの時、木葉は自分の過ちに気がついた。


「……木葉くん、行ってあげて。」

「晄……!」


罪悪感に駆られ、木葉は、もともと自分が座っていた席に一目散に駆けて行ったのだった。





晄が帰宅したのは、あれからかれこれ一時間ほど後であった。勉強中に木葉に助けを求めようと顔を上げた途端、彼がいなくなっていたことに気がついた晄の、悲哀に満ちた表情といったらとても見ていられなかった、と、当時その場に居合わせた図書委員の佐原さはらは話していた。それを聞いた木葉が、晄にお詫びとして奢ったりんごジュースの入った缶ボトルを片手に持って、現在晄はリビングでゲームに勤しんでいた。


「ぎゃっ!右側取られた……!!」


どうやら格闘ゲームのようである。自分の得意なポジションを敵に奪われ、若干押され始めているようである。晄はそれを何とか奪い返そうとしたものの、そうすることで隙が生まれてしまったらしい。その隙を見た相手が、晄の操るキャラクターをコンボに巻き込む様は、もはや一つの芸術だった。みるみるうちに体力は削られていき、半分もあった体力は見事に無くなってしまったのだった。


「つ、つよい……やっぱ、レベル違うなぁ……」


リザルト画面を眺めながら、晄は、相手と自分のレート……すなわち、強さを表す数値を見て、ただただ感心していた。各レート帯で、大まかに五つ、さらに細かく三つほどに別れているのだが、対戦相手は、大まかにわけた五つの部類の中でも最上のレート帯におり、一方の晄は、大まかにわけた五つのうちの三つ目にいた。つまり、マッチングミスとさえ言えるほどの格差の中戦っていたわけである。

滅多に起こりえないこの状況下で、晄は、自分の未熟さと、上位レート帯にいるプレイヤーの強さへの感動を、同時に感じていた。晄は、一度ゲームのネット対戦モードをやめると、トレーニングモードに行き、先程の敵がやっていたコンボを、見よう見まねでやってみようと、コントローラーを動かし始めた。

と、その時、廊下の方から足音が聞こえてきた。まさかと思いふと時計を見てみると、その短針が七付近を指していたのが見えた。晄は軽い焦りに近い感情を覚え、咄嗟にゲームを終わらせると、それらを片付けて、リビングのテーブルの下に逃げ込んだ。


「帰ったぞ。」


魔王が来た。晄は今、世界を脅かす魔王に偶然遭遇した、大した情報すらくれない村人の一人に過ぎなかった。なすすべなく、ただ立ち去る時を待つこと以外に、何も出来ないのである。一方の魔王……もとい、エレッタは、晄が居ないことに違和感を覚えたらしい。さらに、不自然にソファー前のテーブルに置かれたりんごジュースを見て、その違和感は増すばかりである。奥の様子も見るために、彼は一歩踏み出す。その足音を、今現在の晄は、大怪獣の起こす地響きと伴って聞こえてきていた。


「…………ん?」


大怪獣は、何か違和感を覚えたらしい。晄は、それが見当違いの違和感であることを祈りながら、ただただ、テーブルの下で手を組んでいた。しかし、そんな晄の祈りなど無関係に、その足音は、徐々にこちらに近づいていることを理解した。そしてそれは自分のいるテーブルの傍でピタリと止まる。晄は恐る恐る音がした方を見ると、よく見なれた鋭い目と視線がかち合った。


「うわっ、うっ!!」


晄は、想定外の事に体が飛び上がってしまうと、ガツンと、テーブルの天井に頭をうちつけた。


「つぅ……」

「……なんだ、帰宅早々物の怪扱いされるとは新鮮だな。」


そう言うと、エレッタは床に座り、晄と目線を合わせた。しかし、晄はそんなエレッタの姿を見ると、床をコロリと転がってテーブルから抜け出し、逃亡を謀った。ただ、そんな動きなど、エレッタには想定範囲内のものであったらしい。通り抜けようとする晄の腹部に腕をやると、がっしりと晄を捕らえたのだった。


「お、お慈悲を!」

「慈悲などという言葉を覚えたか。これは、多少の成績は見込めるだろうな。」

「ぎゃああああ!!」


晄は、エレッタに持ち上げられ、足が床を離れてしまった。ぷらぷらと浮いた脚をジタバタと動かして抵抗を試みるも、所詮は無駄な足掻きであった。エレッタは、晄を脇に抱えたままリビングを見回し、目的の物がないと分かると、変わらず晄を抱えたまま、廊下に出て、階段を上り始めた。


「夏休みは平日も働くから!」

「宿題を貯めるつもりか?」

「せ、洗濯するし……」

「夏場の洗濯を素人には任せられん。」

「そ、掃除……」

「いらんことをされる未来が見えるな。」

「じゃあどうすれば……」

「大人しく通知表を見せろ。」

「だっだめ!絶対だめ!!」


晄は、階段の上であろうとものともせず、エレッタの腕から抜け出そうと暴れだした。エレッタは、突然のその行動に驚いたものの、空いていた方の手も使って完全に彼女を抑え込むと、また階段を上り始めた。


「何でもするから!通知表見せる以外何でもするから!」

「……晄、もしや、部屋の電気をつけたままあの場にいたのか?」

「え?電気?」


踊り場までたどり着いた時、エレッタは妙に二階の廊下が明るい事に気がついた。不思議に思って晄にそう聞いてみたものの、どうやら彼女にその心当たりはなさそうである。その光の色を見て、彼女がただ忘れているだけではないかとは考えなかった。エレッタは、そのまま階段を上りきると、さらにその妙な光の存在を察知した。やはり、その光は晄の部屋から漏れているようであった。彼女も、出来の悪い通知表を見られることよりも、その奇妙な光に気を取られ、抵抗するのをやめていた。二人は目を見合わせると、晄の部屋の前に向かい、その扉を開けた。


「うわっ!」

「……やはりか。」


部屋の中の勉強机の上に置かれた、蓋を外された箱……その中からは、紫色の光が溢れ出ていたのだった。

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