第三十三魂
その背を追う道すがら
『実はその時の人、ワタシ……見つけちゃったかもしれなくて……』
「……え!?」
想定外の発言に、
「見つけたって、一体どこで!?」
『さっきまで
「繁華街の大通りですか……ありがとうございます!」
『でも、途中で見失っちゃったから、今もそこにいるか分からないけど……』
「いなかったらその時ですから!探してみます!じゃあ、切りますね!」
『うん、無理しないでね……』
心配そうにそう告る
「ねぇ、今の電話……」
「ランコレ、見つかったかも。」
「やっぱりか……てかマジで探してたんだ……」
少し呆れた様子で、しかしそれ以上に驚いた様子でそう口にするヴァノだっだが、晄はそれを気にする余裕もないらしい。桜子が言っていた繁華街の大通りの方を向くと、その方向へ勢いよく足を動かした。と、その時、その手が何かに掴まれた感覚がした。驚いて彼女が振り返ると、ヴァノがその手を掴んで、ニヤリとこちらに笑いかけているのが目に映った。
「え、どしたの。」
「ランコレ探すんだろ?オレも手伝ってやろうか?」
「え!いいの!?女の子と遊んでたのに!?」
「いや、それはもう終わったんだって……色んな意味で。」
バツが悪そうな様子で一度目を逸らした彼だが、また直ぐに、晄の目を見つめ直した。しかし、あの電話の前まではランコレを探し出すことに否定的な様子だった彼が、何故突然協力的になったのだろうか?
「色んな意味って?」
「……。あ、そうだ。せっかく手伝ってあげるんだからさ、後でさっきの電話の相手、紹介してくんない?」
「無視!?てかそれより、桜子さんは巻き込みたくない!」
「へぇ、桜子って言うんだ……?」
「あっ……」
「ほら、ぼーっとしてないでさっさと行こうぜ?今だってアイツは移動してるかもしれないんだからさ。」
「……あ!ごめん、今行く!」
気づけばヴァノの姿はかなり小さくなって見えた。焦った晄は、彼に遅れまいとしてその足を賑やかな方へ動かした。
あれから一体どれほどの時が流れたのだろうか。実際に測ってみれば大したものでは無いのかもしれないが、少なからず晄にとっては、何時間と経ったように思えた。
「ひえぇ……」
繁華街に着いてすぐ、その人の多さ故に、二手に別れてランコレを探そうということになった。晄は、その南側の、比較的まだ人が少ない場所を担当することになったのだが、それにしても、目の前を通り過ぎていく人々は、その数も多ければ速度もかなりのものだ。その中でたった一人の人物を探し出すことはただでさえ難しいというのに、まだ都会に馴染みきれていない晄には、より苦戦を強いられるものであった。ついその口から軽い悲鳴が上がってしまったが、わざわざ桜子が時間を割いて知らせてくれた情報を無下にするわけにもいかず、彼女は目の前の、酔いそうなほどの人混みにまた目をやった。
「……わっ!」
しかし突然、その背から微かな振動を感じ、晄はつい声を上げた。晄は、サッと人混みから離れると、背負っていたボディバッグの中からスマートフォンを取り出し、覗き込んだ。
『北川』
「……ん?」
どうやら、振動の正体はヴァノからのメッセージを知らせる通知だったらしい。スマートフォンの画面には、その内容が表示されていた。しかし、その内容の不可解さに、晄は頭を抱えた。
(北川……?この辺にそんな川あったっけ……?あ!これ違う!北側か!じゃあ、そっちに行けばいいってこと……?)
ただ、そのメッセージが伝えたいのであろうことは、どうやら彼女にも伝わったらしい。晄は、彼に『わかった』とだけ送ると、繁華街のさらに奥に向かって走り出した。
「『吹き荒れろ、我が魂!』」
繁華街にいたはずであったが、気がつけばかなり遠い場所まで歩かされていたらしい。周りを見れば、店などたいして見当たらない、さらにそこまで人もいないような場所にいた。流石に疲労が溜まってきたらしいことを感じ取ったヴァノは首から下がっていた銀色の水晶を強く握り、控えめにそう唱えた。途端、彼の首には銀色のスカーフが、さらにそこから垂れ、その背を覆うような銀色のマントが現れた。さらに水晶を握っていたはずの手には、水晶の代わりに二つの扇子が握られていた。
(クソ、来ないな……何してんだ……)
銀色のマントが光を反射しないよう、街灯を避けて進む。多少分かりずらいものであったにしろ、晄にランコレの居場所を知らせたというのに、彼女は何時までも現れない。しかし、不満そうな顔で彼がふと後ろを睨んだ時、小さく見覚えのあるシルエットが目に入った。ため息をつきそうになるのを堪えながら、彼はそちらに足を向けた。
「やっと来た……」
「ご、こめん……!急いだんだけど……!」
「はぁ……」
走って来たのか、少し息が切れている晄だったが、ヴァノはそれに気を使うでもなく、堪えきれなかったため息を吐くと、ただ道の先の方を睨みつけた。
「早く変身して。追うから。」
「え?……!ラン……」
「バカ静かにしろっ……!!」
ヴァノが睨むその先に、晄は探していた人物と同じ後ろ姿を見た。つい大声を出しかけた晄に、ヴァノは焦ってその口を手で押さえつけた。目的の人物……ランコレの方を見ても、運良く彼はこちらに気づかなかったのだろう。こちらを見ることはなく、ただどこかも分からない目的地に向かって歩き続けていた。
「ランコレにバレたらどうするつもりだったのさ……!」
「ご、ごめん、驚いちゃって……」
「ほら、いいから早く変身して……あいつ、いつまで経っても歩き続けてるから、多分そのままじゃ身が持たないよ。」
「そういう事か……」
「水晶はちゃんと握って隠せよ?光が漏れたら厄介だから。」
「あ、うん。『轟け、我が魂!』」
晄はヴァノに指示されたように、首から下がった水晶を握りしめ、そう唱えた。すると、彼女もヴァノと同様に、水晶と同じ黄色のスカーフとマントを身につけ、その手に両剣を握った姿に変わった。
「……でも、目立たない?これ……」
「仕方ないだろ。正直、今戦い吹っかけられてもおかしくはないんだから。」
「まあそうだけど……」
「それより、アイツはどこに行くつもりなんだって方が問題じゃない?」
別れ道を右に進んでいくランコレを追って、二人は同じように右に足を進める。進んだ先の道は、また、前より人通りが減っているようだった。
「……なんか、どんどん人がいないところに行ってるよね……」
「まあ、まだオレ達に気づいてないフリして、自分に都合のいい場所に連れてこうとしてるって方が可能性高いと思うんだけどさ。」
「えぇ……やだなそれ。」
「……案外余裕そうだね。」
「まあ、二人だったらそこまで死にかけないと思うから。」
「……そうだといいけど。」
一度晄から目を逸らし、ヴァノはランコレをちらりと見た。相変わらず真っ直ぐ道なりに進んでおり、たまに、身につけているベストのポケットから手を出して頭をポリポリとかいている。人間のようなその動きを見て、これをバケモンであるという事実を一瞬見失いそうになったヴァノだったが、直後、晄に話しかけられたことで、現実に引き戻された。
「ちょっと聞いていい?」
「あ……あぁ、何?」
「ずっと気になってたんだけど……今、トリスってどうなってるの?」
トリスとは、少々懐かしい名である。過去に晄のクラスメイトである
「え?」
「いや、その……あたし、アイツと戦ってる途中から記憶が曖昧っていうか……多分気絶?したんだと思うんだけど、あの間何があったかわかんないし、そもそもどうやって家にたどり着いかとかわかんなくて……エレッタに聞いても、なんか濁されるって言うか……」
「濁される、ねぇ……」
晄の問に対し、ヴァノは困ったように笑うと、前方を見ながら考え込んだ。ああでもないこうでもない、と、何か呟くような声は聞こえるものの、その具体的な内容までは聞き取ることも出来ず、晄はただ、彼がはっきりとした答えを出すのを待ち続けた。
「……まあ、結論を言えば、一応トリスは土に還ったっぽいかな?最近、アイツの目撃情報聞かないし。」
「えっ、でもそれって誰が……」
「……?どうかした?」
その時だった。晄は突然、頭の中で何かが呼び起こされるような感覚が走った……身体中に刺さる沢山の茨が全身の皮膚を抉る痛みと、息が出来ない苦しさの中、彼女は確かに、その意識を失う直前何か煌めく物を見た。それと同時に、何か、はっきりとは思い出せないものの、耳に覚えのある声が聞こえてきた事も。
「金色の戦士って、一体どんな人なの?」
「えっ……き、急だね。なんで?」
「トリスを土に還したのって、多分金色の戦士だよね?あたしじゃないし、君でもないし、
「……ああ、そうだよ。」
「あたし、なんか……金色の戦士っぽい人のこと、ちょっとだけ今思い出して……なんか、何となくだけど……あたし、その人のこと、知ってる気がして。」
相変わらず、ランコレは道を曲がる気配はない。ただその行先はどんどんと人通りが減っていることだけはわかった。ヴァノはそれを頭の中で浮かべ、彼女の発した、個人的に認めたくない言葉から逃避した。
「……ヴァノ?」
「オレ、あいつに色々口止めされてんの。だから、あまり詳しいことは言わないし、言ったら色々面倒なことになるんだろうことは分かってるから、流石に賄賂出されても口割る気はないよ。でもまあ、全部黙ってたらオレ意地悪してるみたいだから、ちょっとだけ教えてあげる。」
そう言うと、ヴァノは晄に少しだけ距離を詰め、顔をその耳元に近づけた。一瞬ランコレの方を見て、こちらに視線などが向いていないことを確認すると、彼は小さな声で話し始めた。
「あいつの個人情報、ちょっとだけ教えてやるよ。まず、あいつはオレやキミと同じ歳。でも、戦士歴だけは馬鹿みたいにある。だから、目覚める力にも目覚めてる。
二つ目、あいつは正直オレよりモテる時があったぐらい、相当な美人だよ。ま、今は全然モテないけど。
三つ目、キミの予想通り、キミとは会ったことあるはずだよ。ま、会ったって言っても、キミがやってる店にちょっと来ただけかもしれないし、誰か別のやつに変装してるだけかもしれない。これは宛になんないかもね。」
「……えっ、ちょっと待って……!同い歳で美人さんで、あたしと知り合いなの?」
「オレ、あまり言うと最低でも百二十円は飛ぶからもう何も言わないよ。」
「え、でも、お店のお客さんなだけかもしんないんだっけ……?えぇ……余計にわかんなくなっちゃった……」
晄は、これまで出会った、かつヴァノの告げた条件に合う人物を考えたものの、エレッタの店にやってきただけかもしれない、という可能性があるため、結局結論が出そうにはなかった。クラスメイトから探し出そうにも、実際に金色の戦士と会った僅かな記憶と照らし合わせると、納得のできる人物など決していなかった。
こうして眉を顰める晄の様子を見て、ヴァノは安堵の溜息を零した。ふと目の前を見ると、ランコレが次の角を曲がっていくところが見えた。
「今何してるか、忘れないでよ?」
「……?あ、ごめん!」
彼の言うとおり、今晄がするべきは、金色の戦士の正体を探るのではなく、ランコレの行く先を探ることである。我に返った晄は、ただランコレの進んだ道に従って、足を動かし続けたのだった。
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