第三十魂

白色の戦士


「……あれ……わたし……潰したいんですけど……」


一体、誰がこんな言葉を予想出来ただろう……人を恐れている上に、過去にバケモンに襲われたことがある少女が今、自らバケモンに手を上げたいと名乗り出ているのだ。口を開けたまま唖然とするひかり木葉このはのこの反応は、なんらおかしくは無いはずである。


「えっ……えっ?」

「……わたし、ここの自販機のジュース、好きで……たまに寄るんです。そしたら、あの虫がうるさかったので……ちょうどいいかと。」

「な、奈波ななみちゃん、怖くないの……?」

「あ……はい、あのクラゲみたいに……人の姿にならないから。」


木葉の質問に、ああ答えた奈波の解答を聞いて、二人は目を見合わせた。


「……そ、そうなのか……」

「えっと……ゴキブリ倒すのって……なんか、ダサい格好してボコボコにする……あれ、ですよね?」


直後、奈波は立て続けにああ告げた。『ダサい格好してボコボコにするあれ』とは、どう考えても戦士のことを指しているのだろう。単色のマントとスカーフなど、確かに一般的に見ればダサい格好に他ならないかもしれない。その傍で、何故か落ち込んだ様子の晄だったが、戦士のことを戦士以外の人間に言れ、木葉は明らかに狼狽えていた。


「だ、ダサッ……!?ゴホッゴホッ!!」

「落ち着いて晄!!それより、奈波ちゃんはなんで知ってるの!?」

「……えっ、わたしの目の前で平然と戦ってたくせに何驚いてるんですか……あっ……そ、それに……篤志あつしくんも、似たことしてましたよね?なんか……その、でっかい花が咲いてた時に……」

「……そう言えばあの時……」


奈波の発言は、晄達のクラスメイトである時和ときわ未来みらいの悲しみから生まれた巨大なマリーゴールドと戦った、第十四魂の時の出来事を言っているのだろう。戦士の木葉と篤志、そして龍の姿のエレッタが、テレビ中継中のカメラに思いきり映り込んでしまったあの一件は、奈波の記憶にハッキリと残っていたらしい。木葉はその出来事を思い返し、考察した。

例え初めは、テレビに映りこんだ橙色の戦士を篤志だと思っていなかったとしても、そのそばにいた緑色の戦士が木葉であるというのを知ってしまえば、彼と知り合いである篤志が橙色の戦士の正体と疑うのは納得がいく。そもそも、奈波は篤志とは幼馴染みであり、いくら小さくても、彼の映りこんだその姿を見れば、自ずと疑いを掛けてしまっても仕方が無いと言えよう。それも、その疑いは正解であるのだから。


「でも、戦士になるってことは、あの、ご、ゴキブリ、以外とも戦わなきゃいけなくなっちゃうんだよ?」

「……篤志くんができるなら、わたしも出来ます。」

「えっ……」

「篤志先輩の言ってたのと同じ……」


なんとあっさりとした展開だろうか……華恋かれんの一件のせいで大変心配な思いを抱えていた晄は、自分がとても馬鹿らしく思えた。


「……あの……もしかして間違えてましたか……?確か、わたしが戦士になる人だって、言ってませんでした……?」

「えっ!?ちょ、どっから聞いてたの!?」

「昼休み……」

「えっ!えぇっ!?ゴホッゴフッ!!」

「晄!!」


どうやら奈波は、昼休み中の晄と篤志の話を盗み聞きしていたらしかった。人気がない方がおかしい廊下では、晄はそれに気づけなかったらしい。驚きのあまり、彼女の口から勢いよく咳が飛び出してきた。マスク越しに口を抑える晄の背を摩っている木葉の姿が、まるで老人を介護をする介護士にしか見えなかった奈波は、更に二人にこう続けた。


「あの……教えて貰ったら……わたし一人でやりますよ?」

「え゙っ!い、いやあたじも゙っ……!ゲフッグフッ!」

「病人は寝ててください。足でま…じゃ……その……危ないので……」

「ゔぅ……なんか、エレッタぐらい酷い……」


晄は、本格的に調子が悪くなり始めてしまったらしい。木に両手をついてなんとか立っていたが、その息はいつもより荒く、心做しか目も虚ろだった。やはり、病み上がりどころかまだ治っていない状態での登校は、流石に無理があったらしい。奈波の発言も、なかなかに否定できないところである。

ただ、奈波はこれまで戦闘経験など当然ない。それに、今回の頼みの綱であるはずの木葉は、バケモンの姿に恐れをなして敵前逃亡を実行しようとしているような状況である。これでは、もはやどうしようも無い。残り三人の戦士は部活動中であるとなれば、晄達に任せて部活動に集中してしまっているだろう……

そう考えた晄が、何とか戦おうとその手を木から離し、後ろを振り返った時、その目に映った光景に、晄は目を丸くした。


「あ、篤志先輩!?」

「えっ!?」


晄のその声を聞いて、木葉と奈波も揃って振り返ると、二人の目にも、彼のその赤い髪と、青と緑のユニフォームがハッキリと映った。


「先輩、部活なんじゃ……!」


驚きと喜びの混ざったような声色で木葉がそう尋ねると、篤志は頬を軽く掻きながら、そっぽを向いて答えた。


「ああ……いや、バケモンが出たら水晶が光んだろ?あれって、バケモン倒されるまで光るんだよな。でも普段ならお前らに任せて無視すんだけど、なんか……いつまで経っても消えねぇし。それに、今日の晄が死にそうだったからもしかしたら負けてんじゃねぇかと……」

「でも、そうしたら部活は……」

「んなもん抜けてきたに決まってんじゃねぇか!流石に、人の命には変えられねぇよ。」


今度は、頭をポリポリと掻きながらそう告げる。彼はもう、戦士の姿になっているようで、彼の持つ拳銃が二丁、太陽の光を反射して輝いていた。


「それで……まさか、あいつがバケモン……?」


ただそんな彼も、公園を動き回る黒光りの何某を目前にして、冷や汗をかいた。あれを指さして彼がそう問いかけると、木葉は、大層答えづらそうな表情でこくりと頷いた。


「……はい。」

「なるほどな……」


あのバケモンを相手にしては、なかなか立ち向かえないだろう……そう思うと、彼は、まだバケモンと戦っていないという状況に納得がいったようだった。しかしそんな彼も、ここには本来ならば場違いであるような奈波がいることには、疑問を覚えているようだった。


「つーか、なんで奈波が……」

「実は、僕達が躊躇して隠れていた時に、奈波ちゃんが、あのバケモンを倒すって……」

「躊躇してたのは先輩だけじゃないですか…晄先輩巻き込まないでくたさい……」

「うっ……」

「奈波ちゃんが、急に現れゲフッ!」

「わ、わかった。まず、奈波に戦士のことはもう伝わってんだな?まあ、会話の雰囲気的にそんな気はしたんだが……」


ゴキブリのバケモンを前にして悲鳴を上げる人々を横目に、篤志は頭を抱えた。晄は体調不良で戦闘不能、木葉は精神的ダメージで戦力外となれば、今まともにあのバケモンと戦うことが出来るのは篤志くらいである。しかし彼は、遠距離攻撃が主であり、素早い動きをするあのバケモンと戦うには少し分が悪い。となると、他の戦力も必要になるというのは明らかである。そうした時、彼の視線は必然的に奈波の方に向けられた。


「……奈波。」

「なに?」

「お前、戦士になるっつってたよな。」

「うん。」

「あー、その……戦士ってのは、お前が嫌いな“人前で目立つ”ことを避けられないものなんだ。確かに、俺らはあまり目立たないようにしようとはしてるが、それにも多少限界はある……それでも、お前は大丈夫か?」


そう問いかける篤志の声色は、優しげでもあり不安げであった。現在あのバケモンに有利に立ち回るには、奈波の存在は必要不可欠ではあるものの、いざ彼女が戦士となって戦場に立ったとしても、その最中に、バケモンやそれ以外の要因でパニックをおこしでもしたら、ますます危険になることは明らかであった。

それ以上に、今ここで簡単に戦士になると決めてしまうのは、今後一生、バケモンと対立する存在として生きなければならなくなる可能性がある、ということも意味している。長年奈波と接して来た篤志には、彼女が戦士として戦っていけるのかが、未だに大きな引っ掛かりだった。


「……わたし、自分に自信が無いから、人と話すのが苦手なんだよ。」

「……ん?」

「だから……戦士になって人を助ければ、人と話す時に『わたしがいなきゃ生きてないかもしれないんだから感謝しろ』って思えて、いいと思うの。」


想定外の返答に、三人は硬直した。


「……は?なんだって?」

「人が怖いそもそもの原因が無くなればいいんだから、わたし戦士になるよ。」


想像の斜め上を行く彼女の言葉には、通常では考えつかないからこその説得力があるようだった。彼女の表情も、けして嘘をついているとは思えないほど真っ直ぐであり、それを軽はずみな発言ととった者は、三人のうち一人もいなかった。


「なら…これ……」


晄は、制服のポケットから白色の水晶を取り出すと、奈波にそっと手渡した。奈波はそれを受け取ると、不思議そうにそれを天にかざした。


「えっと、これは……」

「ん゙んっ!……これ水晶。戦士になる時に必要なやつ。それ持って……えっと……」


晄は制服のポケットから、今度は、戦士の呪文などを綺麗に書き写されたメモ紙を取り出して広げた。そばにいた木葉も、それを覗き込んでいた。


「『毒せ、我が魂』って書いてる?」

「うん…ゲフッオフッ!……それ言って……」

「毒せ?……わかりました。」


奈波は一つ深呼吸してから、晄に言われたように、こう唱えた。


「……『毒せ、我が魂!』…ぎゃっ!」


直後、奈波の持つ水晶からは激しい光が放たれ、それが止んだと思うと、白のマントとスカーフを身にまとい、その手には、モーニングスターが握られた奈波が現れた。


「……お、驚いた……」

「え、な、奈波ちゃんの武器、ちょっと大きくない……?というか重そう……」


奈波が手にしているモーニングスターという武器は、金属の棒の先に沢山のトゲがついた鉄球のようなものが付属しているものだ。打撃を与えることで攻撃を行う武器であるため、結果的に鉄球部分に重さが集中しており、木葉の言う通り、奈波のような華奢な少女が持つには少々負担が大きい武器とも言えるだろう。

木葉は不安そうに奈波を見ていたが、それを察したのだろうか、奈波は彼の方をちらりと見た後、さも当たり前かのように、片手で軽々とその武器を持ち上げたのだった。


「…別に重くない……」

「うわっ!」

「な、奈波……一体いつそんな怪力を……」

「それ、多分戦士になったから……」

「あ、そうか……でも、まずはあのゴキブリ倒してからだな。

奈波。いきなりで悪いが、お前一人であのゴキブリを相手にしてくれ。」

「え、か弱い子を一人放置するの?」

「ちげぇよ!!お前は、あれの気を引くだけでいい。あとは俺が隙を狙ってあのゴキに弾を打ち込む。わかったか?」

「……わかった。いってくる。」


奈波はそう言い残すと、三人を残してゴキブリのバケモンの方に向かって走り出した。バケモンの方は、相変わらずカサカサと音をたてながら辺りを動き回るばかりで、一言も言葉を発する気配もない。それは、奈波がすぐ側まで来ても変わることはなく、ひたすらに右往左往するばかりであった。

奈波はそのすぐ側まで来ると、助走をつけて勢いよくバケモンに飛び乗った。

木の影の方から、木葉のものらしき悲鳴が聞こえてきたが、奈波はそれを気に止めることも無く、バケモンの羽の部分に力一杯モーニングスターを振り下ろした。バケモンは、声は発さないものの、ブンブンというエンジン音にも似た騒音を鳴らして、背中の羽を力一杯動かした。片方の羽は、通常通りに羽ばたいていたが、もう片方はその羽を動かす度に、ボロボロと細かい部分が崩れ落ち、形も歪みきっていた。これでは、このバケモンは空を飛ぶことなど出来ないだろう。そんなバケモンに追い打ちをかけるように、奈波はさらにもう一つの羽も攻撃した。今度の攻撃に、バケモンは先程以上にダメージを受けてしまっていたらしい。あたりを右往左往していたあの速度が、僅かながら低下した。


「な、奈波ちゃん強……ゴホッゴホッ!」

「ホントに怖くないんだ、あれ……」

「今だ!」


バケモンは突然移動するのを止めると、こちらを攻撃した奈波を振り払おうと暴れ始めた。奈波はそれに多少うろたえながらも、その触角を握って、振り下ろされないように堪えていた。感覚器を握られ、急に状況が掴めなくなったのだろうか。バケモンは突然、その細くギザギザとした前足で、強く地面を蹴った。バケモンは、その体の裏側がよく見えるほどまで起き上がり、その反動で、奈波の体は宙に浮いた。と、その時であった。バンッ!という銃声が、公園内に響き渡ったのである。


「あ、当たった!!」


あの銃声の正体は、篤志の拳銃である。奈波がいる以上、篤志は弾が彼女に当たらないように配慮しなければならなかったのだが、彼女はなんと、バケモンの上に飛び乗るという、篤志にとってやりずらくなる行動をとってしまったため、すぐ行動せず確実なタイミングを見計らっていたのだ。そうして待ち構えていた時、バケモンの行動がきっかけとなり奈波が宙に浮き、誤って銃弾を当ててしまう事は無いだろうタイミングが訪れたのを見計らった篤志は、やっとその拳銃の引き金を引いたのだった。

銃弾を受け、バケモンはしばらく動けずにいた。これでやっとあのバケモンを行動停止にしたのだと、木の影で待機していた三人は確信したが、バケモンはその期待とは違っていた。バケモンには、まだ動く力が残っていたのである。多少動きが遅くなったとしても、体の大きさに差があることもあるのだろう。バケモンの方が、人間よりも早足である。次の攻撃対象を、遠くから攻撃してきた篤志に定めたらしい。篤志達がいる木の影に向かって、バケモンは高速で移動してきた。


「こ、こっちに来てる!!」

「ゔぅ!!ごのは、おぢづいで……」

「……クソっ!なんで効かねんだよ!」


篤志が何度もバケモンに銃弾を打ち込むが、バケモンは速度を落とすことも、体を止めることも無く、一心不乱にこちらに近づいてきていた。木葉も、その恐怖から目に涙をため、すぐ隣にいた晄の首元にしがみついている。もうダメだと三人が身構えた時、突然、バケモンの頭に何かが跳んできたのが見えた。


「な、なんだあれ……」

「……!これっ、奈波ちゃんの武器じゃないですか!?」

「は!?ん?あ!!マジだ!」


その正体は、奈波の武器であるモーニングスターだった。モーニングスターは勢いよくバケモンに向かって落ちていき、ついに、その頭に激突した。頭に鈍器が当たって、流石に上手く行動できなくなったのだろう。バケモンは、今度こそ動かなくなった。動かなくなったバケモンを見つめていると、奈波がこちらに向かってきているのが見えた。


「……あの、これってどう処理するんです?」


奈波は、そう口にしながらこちらに近づいてきた。三つ編みの大人しそうな外見のこの少女が、バケモンに武器を投げつけたことを疑いながら、木葉は質問に答えた。


「あぁ……バケモンは、浄化しなきゃいけないんだよ。えっと、奈波ちゃんの場合は……」

「『ベノムレイン』だね。」

「……わかりました。」


奈波は、なんとも淡々とした表情でバケモンに向かい、こう唱えた。


「『ベノムレイン!』」


突然、どこからかバケモンの上に雨雲が現れると、そこから真っ白な雨を降らせた。その雨に当たると、バケモンの体は透け始め、最終的にはその姿を消してしまったのだった。




「奈波ちゃん、強かったね……」


帰り道。別れ道で奈波と別れたあと、木葉は晄を介護しながら帰路に着いていた。


「ゴフッ……でも、木葉の力も強かったよ。」

「え?」

「ほら、バケモンがこっちに来た時に、木葉あたしの首締めたじゃん。」

「……え?」

「殺されるかと思ったよ……」

「ご、ごめんなさい……」


大変頼もしい六人目の仲間を迎え、残った水晶はわずか四つとなった。残り四つの水晶は、一体どんな人物を戦士にするのだろうか?

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