第三十一魂

銀色の風に誘われて


保護者の言いつけを守らないのは、場合によってはいいこともあるかもしれないが、おおよそ悪の行いである。少なからず、例の雷バカ娘は、今悪の行いをしている。


「……よし。」


無事に玄関を出たひかりは、なるべく物音を立てないように家の鍵を閉めると、エレッタのいる店の方からは見えない裏道を進み、家の敷地から出た。

何故、晄はこんなにもこそこそと移動しているかと言われれば簡単である。エレッタに、今日明日は外出しないようにと言われていたからである。奈波ななみが仲間になって三日が経過した。木曜日にまた熱を出して学校を休み、金曜日には熱が下がったものの、水曜日……奈波が仲間になった日の二の舞にならぬようにと、その日も学校を休んでいた。そうして、もう咳も無くなり、晄の風邪はほぼ完治したと見られている。しかしながらエレッタは、水曜日、木葉このはに介護されるかのようにして帰ってきた晄を見て、もう彼に迷惑はかけまいと、今週末の晄の仕事を休ませることにしたのである。

休養のために仕事を休ませる、ということは、すなわち外出など以ての外である。にもかかわらず、晄は今、半袖にハーフパンツという、明らかに涼し気な格好で家を出たのだ。万が一のことを考えないあたり、やはり晄はバカである。



「えっと……こっち?」


晄の家の最寄り駅から電車で約三駅ほど進んだところには、御魂みたま駅という場所がある。彼女は現在そこで、これから向かおうとしている、大型中古ゲームショップへの道を探しているところであった。といっても、まだ駅からも出ていないのであるが……

いや、そもそも彼女にとっては、駅から出るという段階が難しいのかもしれない。御魂駅は、いわゆる駅ビルである。それも、木霊こだま市の中でもかなり大規模なものであり、初めてやってきた者……さらに田舎出身とならば尚更、迷子になるのもうなずける話であった。

駅にたどり着いてから何十分も経っているのだが、このままでは、初めて晄が木霊市にやってきた第一魂の時と同じことになるとこを、晄は察していた。こうなれば、誰かに道を聞く他ないだろう。そう思うと、晄はたまたま目の前を通りがかった、黒いつば広の帽子を被った人物に声をかけた。


「すみません!ちょっといいですか?」


声をかけられた彼は、晄の方をゆっくりと振り返った。


「ん?」

「……え。」

「……あれ。」


しかしその瞬間、晄も、声をかけられた彼も、驚いたように固まってしまった。声をかけられた彼は、黒いつば広の帽子のせいでよく分からなかったものの、よく目立つ、銀髪に赤い目という外見をしていた。ガーネットのように赤い瞳を大きく開いて見つめてくる彼の顔を、晄は知っていた。


「も、もしかして君、銀色の……!」

「そ、そっちこそ黄色だよね……!?」


晄はついに、普段の姿である銀色の戦士と出会ったのであった。

こうなっては、もはや中古ゲームショップどころではない。晄には、全ての戦士と知り合いになっておきたいという願望があった。情報の共有や助け合いというものは、過去田舎町で戦っていた時にはけしてすることもできなかった。過去たった一人で戦っていた晄にとって、一人だけで戦うことの不便さはよくわかっている上、複数人で戦っている現在の良さもよくわかっている。

金色の戦士とも知り合っているらしい銀色の戦士は、そんな晄の願望を叶える上では、深く知り合っておくべき人物である。晄は彼を逃がすまいと、咄嗟にその腕を掴んでいた。


「ちょっと、今時間ある?」

「あー……無いこともない、かな。」

「じゃあ、どこかで話できる?」

「……そこの喫茶店で、ちょっとお茶しようか。」




まだ昼食を食べるにも早ければ、朝食にしては遅すぎる。そんな時間帯の喫茶店には、ほとんど客がいなかった。四人がけのテーブルに座りそれぞれ注文を終えると、二人は落ち着かない表情で向かい合っていた。


「……」

「……まあ、そう緊張しないでさ。ひとまずは、ちょっとした軽い雑談でも?」

「そ、そうだね……あ、あたし、君に名前言ってたっけ?」

「いいや?」

「そうだよね!あ、あたしは……」

「待って。オレが名乗るよ。先にお嬢さんに名乗らせるのは、紳士じゃないだろ?」


銀色の戦士はそう口にすると、被っていた帽子を外して晄に笑いかけながら、ゆっくりと口を開けた。


「……オレはヴァノ。ヴァノ・エース。ヴァノって呼んで。」

「ヴァノ……?ハーフなの?」

「違う違う!うちの親が日本好きだからここに住んでるだけで、元々はロシアとかイギリスとか、その辺うろちょろしてたよ。で。キミは?」


不思議と、彼……ヴァノは微笑んでいるにも関わらず、心臓を貫かれているような鋭い目線を彼から感じ、晄はドキリとした。それでも、晄はなるべくいつも通りになるように心がけて、自らの名を名乗った。


「あたしは雷電らいでん晄。よろしく、ヴァノ。」

「あぁ、よろしく。晄。」


ヴァノに片手を差し出され、晄はそれに答えるように手を差し出した。そうして互いに握手を交わすと、ヴァノは頬杖をつき、晄は背負っていたリュックを自分のすぐ隣に置いた。


「……あの、まず雑談するって言ってたよね。」

「ははっ!切り出し方はおかしいけどね、そうだよ。こうして会ったのも何かの運命かもしれないしさ。仲良くなってから話そうってことで。」

「そ、そうだね。」


晄は、落ち着きない様子で少し彼から目を逸らすと、隣に置いていたリュックを膝の上に乗せ、抱き抱えた。


「……ヴァノ。」

「なーに?」

「えっと……」


(金色の戦士のこと、まだ聞くの早いかな……?)

晄は、いざ声をかけたものの、自分が知りたいことをいきなり聞くのはいかがなものなのかと頭をひねらせていた。この妙な緊張感の中で聞いてしまったら、仲が良くなるどころか険悪にでもなってしまうのではないか。そんな気がして、晄は咄嗟に質問を変えた。


「い、いつから、戦士になったの?」

「……十一歳くらい?まぁ、二年くらいは戦士やってると思って。」

「そうなんだ。強かったもんね……あ!そうだ!この前は助けてくれてありがとう!」

「ああ、いや気にしないで。でもオレはそれよりも、オレを乾燥機扱いしたことを気にして欲しいけどね。」

「あ、あぁ……反省しております。あれで風邪ひいちゃったから、もう二度と言わないよ。」


そう言うと、晄は恥ずかしそうに頭をかいた。軽率な行動で自分がえらい目にあったことを、晄は身をもって理解したらしい。ヴァノもそれを何となく察したようだった。


「そうして。オレあんまかっこ悪いことしたくないんだよ。

ところで晄。」

「ん?なに?」

「……そろそろ本題に入っていいかな?」


彼の鋭い視線が、晄の目を逃がすかとばかりに捕らえる。晄はまたドキリとしたが、逃げることなくその目を見つめ返した。


「晄がオレと話をしたがったのは、オレ達と仲良くしたいからなんでしょ?」

「……ば、バレてたのか……」

「ははっ!バレたもなにも、前にそんな事言ってたじゃん!」

「あ、そうだったっけ?」

「ああ。それでさ、オレ、あの時断ったろ?でも、ちょっと都合が変わったんだよね……」


ニヤリと笑って、彼はそう告げた。まさか、自分から仲間になると言い出してくるとは思わなかった晄は、その目に喜びを映しながら笑った。


「ホント!?」

「ああ。……でも、タダではないよ。条件付きで。」

「え、条件?」


そう言うと、彼はカバンからスマートフォンを取り出して、テーブルの上に置いた。その画面には、どこかの通りの人混みの中にいる長い紫の髪の男が映っていた。


「えっと……ん?この人どっかで見たような……ああ!!」

「お、気づいた?」

「これってあのクラゲ!?」


皆さんは覚えているだろうか。まだ奈波が戦士になる前に、彼女を襲っていたバケモンのクラゲのことを。ヴァノのスマートフォンに映っていた男の正体は、そのクラゲそのものであった。晄がそれに気づきヴァノに聞き返すと、彼はひとつ頷いて、スマートフォンを暗くした。


「そう。名前は『ランコレ』。なりすましている人間の明確な名前は分からない。もしかしたら無いんじゃないかってオレは考えてる。」

「……もしかして条件って、このランコレを倒すこと?」

「そう。オレと協力してね。」

「君と!?いいの!?」

「一人で倒せなんて無茶、言うわけないじゃん!アイツじゃないんだから!」

「あ、アイツ?」

「……あぁごめん、こっちの話。」


ヴァノは都合が悪いように一瞬そっぽを向いたが、また晄の方に向き直った。晄は、そんな彼を少し不思議そうに思いながらも、彼の出した条件について考えていた。

(確か、この人って風を起こして戦うんだったよね……遠距離と近距離なら、バランスいい感じがするよね……)

晄は、両剣という武器を使う、近距離戦闘向きの戦士である。一方のヴァノは、二つの扇子を使って風を起こすことによる、遠距離攻撃向きの戦士である。つまり、連携をとって戦うには、彼はかなりいいだろう。これまで、晄は彼と二度ほど戦ったが、そのどちらでも、彼は不利になることは無かった。そう思うと、晄の出した結論は一つだった。


「それで、引き受けてくれるの?」

「うん。絶対あいつを土に還す!!」


そう高々と宣言した晄を見て、ヴァノは満足そうに笑うと、先程までの獲物をねらうような目は一変、ただの少年の目に変わった。


「晄ならそう言ってくれると思ったよ!あ、ところでキミ、MINEマインやってる?」

「……え?あ、うん。」

「じゃあ交換しようか!オレと、仲良くなりたいんでしょ……?」

「……そ、そうだね。」


(き、急になんか変わった……なんか変な人だな……)

晄はこっそりとそう思ったが、それは決して口には出さないようにして、リュックからスマートフォンを取り出した。


「いやぁ、キミみたいなあまりベタベタしてない女の子、久しぶりに会ったかもね。」

「ベタベタ?あたし多分汗かいてるけど……?」

「いや、そういうことじゃないって……あー、まあいいか。ほら、スマホ貸して。」

「あ、うん。」


晄は、目的のアプリを立ち上げた状態のスマートフォンをヴァノに手渡すと、彼の手元にある自分と彼のそれぞれのスマートフォンを覗き込んだ。それぞれの知っている連絡先と、そのアイコンが沢山並べられている画面が映っており、晄はそのうち、特にヴァノのスマートフォンの画面を面白そうに覗き込んでいた。


「……ヴァノ、なんかそれ女の子ばっかりなんだね。」

「ああ、オレの連絡先欲しがる女の子いっぱいいるからね。」

「ん?あれこの人……」

「……あっ。」


そんなヴァノの持つ連絡先のアイコンのひとつに、晄の見覚えのある顔が見えた。名前の部分をよく見ていなかったせいで確実にその人物であるとは言いきれないものの、あの金色の髪とその顔立ちは、間違いなく彼女であった。


「ヴァノって、シエルさんの知り合いだったんだね!」

「いやこれは……え、し、シエル……?」

「あれ……?違うの?」

「……あぁ、違う違う。こいつはシエルなんて名前じゃないから。人違いじゃない?」

「そっか、人違いか……」


晄がこの街に来てから何度か会った、ひとつ上の女性、シエル。まだ彼女と連絡する手段がなく、学校も同じわけではない。晄にとって、そんな彼女と連絡する手段が手に入るのではないかと、ほんの僅かに期待したのであったが、それは失敗に終わってしまったようだった。


「フッ……そんな似てるんなら、兄弟なんじゃない?確かこいつ、姉がいるって言ってたし……ククッ。」

「え?そうなのかな?」

「そうそう!!」


ヴァノは、何故か笑いながらそう口にしていた。晄はそれを不思議に思ったが、彼は時折、不思議に思う行動をとっていたので、晄はあまり気にしないようにした。


「あ、スマホ返すよ。」

「あ!ありがとう!……てか、ヴァノのアイコンわかりやすいね……これが噂の自撮り……」

「ん?なんならオレと自撮りする?」

「え?それはいいや。」

「あぁ、そう。」

「お待たせしました!ホットサンドでお待ちのお客様!」

「あ、オレです。」


この後、二人は食事をしながら、互いに戦士であることを一切感じさせないような、鳥の羽よりも軽い雑談を繰り広げたのであった。

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