ミッション 1 ゲーム開始!牢屋を脱出せよ

 え?ゲームの世界から抜け出せなくなる?これって嘘だよね?あ・・でも今夜見たニュースでやっていたっけ。バーチャルゲームの世界から抜け出せなくなってしまった人々がいるって・・。

ひょっとすると、これの事なの?ゲームをクリア出来なくなってしまい、閉じ込められてしまう人々って・・・。

「そ、そんな~っ!!」

私は思わず頭を抱えて絶叫してしまった。何て酷い話だ、騙されてしまった!

電話で話した時はそんな話は一度も出てこなかった。これではまるで私は実験体にされたも同然。許せない!訴えてやる!けれど・・・訴えるにはまずこのゲームの世界をクリアして抜け出さない事には始まらない。

私は俄然闘志が燃えて来た。


「見てなさいよ・・・・私をモニターにした事を後悔させてやるんだから。絶対にクリアしてこのバーチャル世界から抜け出して見せるんだからねっ!」

そうと決まればこんな所でグズグズしている暇は無い。

私の目の前に表示されたウィンドウには次への文字が点滅している。迷うことなく、文字をタップすると、画面は次の説明へと移った。



『このゲームは攻略対象が現れると、頭の上にハートのマークが表示されます。ハートマークはゲージで色が表示されています。ハートのゲージが上がるように好感度をあげていきましょう。

また会話をする場面では幾つかの選択肢が表示されます。この選択肢のどれか一つを選ぶと、会話をする内容が目の前に表示されるので、その内容をお読みください。尚、選択肢を一つも選ばずに、自分の意思で会話をする事も可能ですが、ゲーム序盤につきましては、初めに選択肢から選ばれる事を推奨致します。』


「ふ~ん・・・。基本的に会話は選択肢で選べば良いわけね。でもこの言い回しだと、ひょっとするとゲーム後半では自分の意思で会話をした方が良いのかもしれない・・と。」

フンフンと頷きながら、私はマニュアルを読み進めてく。

「良し、大体分かった。それじゃ、次!」

私は次への文字をタップした。


『ゲームに出て来るキャラクターは主要キャラと脇役キャラ、そしてモブキャラの3種類に分かれています。物語の進み具合では脇役キャラやモブキャラが主要キャラになりうる可能性もあります。

出来るだけ、多くのキャラクター達の好感度を上げてハートのゲージを満タンにするように頑張って下さい。

 各攻略キャラの好感度が規定値に達するとイベントが発生します。このイベント時においてはハートのゲージが非表示となりますので、くれぐれも会話の内容に気を付けて好感度を下げないよう、行動には注意を払って下さい。』


「中々やってくれるじゃないの。このゲーム・・・。と言う事は例え脇役キャラだろうとモブキャラだろうといい加減な接し方をしては後々、困る事になるかもしれないって事ね。」

ゲームのセーブデータは1つのみ。

記録は自動で上書きされていくのでやり直しは不可。

主要キャラ以外に2種類のキャラが出て来るが、攻略対象になる可能性あり。

イベント時はハートのゲージが非表示になるので好感度を確認出来ない。

私は重要事項を頭の中で繰り返した。よし、必要な事は頭に入った。

なので私は次への文字をタップする。



『ゲームを開始しますか?』


『はい』『いいえ』


 勿論私は迷うことなく・・・「はい」をタップした。すると頭の中でブチンッ!と何かスイッチの入るような音が聞こえた。そして私は再度気を失ってしまった—。



「おい、起きろっ!いつまで寝ているんだ?そこの女っ!」


 誰かの罵声が飛んでくる・・・。床が冷たい・・・。私は徐々に意識がはっきりしてくるのを感じた。

「う・・・。」

首を振って起き上がると、目の前には腰に剣を差したそばかすのある赤毛の若い青年が立っていた。

青年は忌々しそうに私を睨んで腕組みをしている。

私はまだぼんやりした頭の状態で赤毛の男性を見上げた。あれ?さっきはこんな男性いなかったのに・・。ひょとしたらゲームが開始されたのでキャラがそれぞれ規定位置に配置されたのかな?おや?この青年・・・何故か着ている服があちこち破けている。何故ろう・・?

私は未だに自分身に起こった出来事なのに、どこか他人事のように感じていた。


 青年は怒りに燃えたような目で尚も私を睨んでいる。彼の頭上にはハートのマークは浮かんでいない。と言う事は脇役かモブだと言う事かな?


「おい?俺の話を聞いているのか?それともお前、とうとう頭がいかれてしまったか?さっきまであれ程自分をここから出せと喚いて暴れていたくせに、突然ネジが切れたように動かなくなって倒れたしな・・・。その時頭でも強く打ったか?」


青年は人を馬鹿にしたかのようなニヤニヤした笑みを浮かべて床に座り込んでいる私を見下ろしている。多分、本来のキャラ「エリス」なら強気な態度で出て、より一層相手の神経を逆なでするのだろうけど・・・。

でも何て答えたらいいのかな?ウィンドウが表示されないから、ここは自分の言葉で伝えればいいって事だよね?


「いえ、大丈夫です。少々頭がボンヤリするだけなので。心配して下さったのですか?どうもありがとうございます。」

私は正座をして床に手をつき、頭を下げたが相手からは何の返事が無い。

「・・・?」

訝しんで頭を上げると、赤毛の青年は小刻みに震えながら私を見下ろしている。

「あの・・?」


「うわあっ?!」

赤毛の青年は大袈裟なほどに大声を出して一歩後ずさり、言った。

「お、おい・・。お前、一体どうしたんだよ・・・?さっきまであれ程担架を切って暴れていたくせに・・。俺の持っていた武器まで奪って暴れていたよな?それが突然何だって言うんだよ。俺を油断させる為に演技してるのか?」


青年はそれまでのエリスの様子を勝手にペラペラと喋ってくれた。

それを聞いて私は顔面蒼白になる。武器を奪って牢屋で暴れた?!

エリスという女はここまで恐ろしい女だったのか・・・。

そういう事なら今までこんな態度を取り続けていれば周囲から嫌われても仕方が無い。と言うか、この様子だと主要キャラ達の好感度の初期設定値だって最悪の場合一桁かもしれない・・・。

私は溜息をつくとピロ~ンと音が鳴り、突然目の前にウィンドウが出現した。

「キャアッ?!」

驚いて今度の私は思わず腰を抜かしそうになった。

本当に不意打ちは止めて欲しい。こちらはまだこの世界にやってきたばかりなのだから。


「お、おい?!い、いきなり大声を出すなよ?!」


何やら赤毛男が喚いているが、こちらはそれどころではない。突然出現したウィンドウに心臓がまだバクバクしている。え~と・・何か書いてあるなあ・・。どれどれ・・・。


『ミッション1 牢屋を脱出せよ』


はあ?ちょっと待って。これは恋愛ゲームだったよね?何故突然脱出ゲームのような路線に入っている訳?!

大体、脱出と言ったって・・・。私は当たりをキョロキョロと見渡した。

閉じ込められている部屋は何も置いていない。唯一見える窓は高さ数メートルはあるかと思われる高い壁にある。


「おい?お前、何をしているんだ?さっきからキョロキョロして・・・。」


赤毛の青年が不審な目で私を見ている。まずいっ!挙動不審だと思われる!

「いえ、何でもありません。もう騒ぎは起こしません。大人しくしていますね。」


「お、おう・・・。」

赤毛の青年は疑わしそうな目を私に向けていたが、言葉通りに私が大人しく牢屋の壁の隅っこに座ると、ようやく私の言葉を信じたのか、牢屋の出入り口付近に置いてある椅子に座り、何やら本を読み始めた。

あらら・・・いい気なものだ。囚人を見張っていないで読書をしているなんて。

最もここに入れられているのはどうやら私ししかいない様だった。


 青年が読書に耽っている隙に私は閉じ込められている牢屋の細部を隅から隅まで見渡した。

何処か、壁の一部に違和感は無いか、床は?

その時私は自分に背を向けるように椅子に座って本を読んでいる赤毛の青年が腰に鍵の束を括り付けている事に気が付いた。

あ・・あれはひょっとすると、この牢屋の鍵では無いだろうか?あの鍵の束さえ手に入れる事が出来たなら・・・。


「ハハ・・でもそんなの無理に決まっているよね・・・。」

小声で呟き、床に再度座りなおして改めて牢屋の内部をじっくり眺める。


「ん・・・?あれは?」


石で作られた壁の一部分だけ前方に飛び出している事に気が付いた。

「何だろう?これは・・・。」

私は試しにその場所へ近づいてみると、やはり明らかに数㎝程全面に石が飛び出している。

この石・・・何だか外せそうな気がする。牢屋番をしている青年は相変わらず読書に夢中だし、今がチャンスかもしれない。


石を掴み、回すように引っ張っていくと案の定、音もたてずに石は外れた。

しかし、石壁の向こうはやはり隣の牢屋へと繋がっているのみ。

はあ~・・・これじゃ何の意味も無いなあ・・・。

そう思いかけ時・・。

チュッチュッと小さな小動物のような鳴き声が聞こえて来た。


「え?な、何?今の鳴き声・・・?」


すると突然1匹のネズミが飛び出してきた。


「キャ~ッ!!ネ、ネズミ~ッ!!」

何を隠そう、私はネズミが大嫌いなのだっ!


「お、おいっ!どうしたんだっ?!」


私の叫び声を聞いて赤毛の青年が駆けつけて来た。


「い、いやっ!ネズミッ!ネズミがっ!」

怖いっ!怖いっ!

パニックを起こして逃げまどっていると、ネズミが今度は鉄格子をすり抜けて青年の身体をよじ登っていく。


「ギョエエエエエっ!!お、俺の身体にネズミがッ!く、くそっ!離れろっ!」


 赤毛男は腰にさしてある小刀を抜くと滅茶苦茶に振り回した。すると腰に結び付けてあった鍵の束がブチッと切れて、偶然私のいる牢屋の鉄格子の隙間から飛び込んで私の足元に落ちて来たのだ。


 思わず息を飲む私。か、鍵が・・・っ!

私は赤毛男の様子を伺うが、彼は鍵の束を落したことには全く気が付いていない。

よし、何とか今のうちに鍵を隠さなくては・・・!ど、どこか隠せる場所は・・・?!あ、あそこがいいっ!

 足元の床が一部剥がれ落ちて穴が空いている箇所があったのだ。

慌てて、そこの穴の中に鍵の束をしまうと、さり気なく隠して、青年の様子を伺う。


結局ネズミは一暴れした後、走り去って行った。


「ハアーッハアーッ・・・全くえらい目に遭った・・って、もう交代の時間だっ!」


青年は牢屋の壁にかけてある振り子時計を見ると、慌てたように言った。


「おい、女っ!俺は今から別の奴と交代で一度ここを離れるが・・・おかしな真似をするなよ?最も鍵が無ければどうしようも出来ないだろうけどな?」


そう言い残すと、赤毛男は立ち去って行った。


私が1人になると、再び液晶画面が目の前に現れた。

「わっ!」

相変わらず突然で心臓に悪い・・・・。


画面には次の言葉が表示されていた。


『牢屋の鍵を手に入れました。脱出しますか?』


『はい』 『いいえ』 『もう少し様子を見る』


え?『はい』は分かるけど、『いいえ』や『もう少し様子を見る』とはどういう意味なのだろう?でもここは無難なところで・・・


私は『もう少し様子を見る』を選択した—。



 少し待っていると、何やらこちらに向かって数人の男性達の声が聞こえて来た。


「おい、鍵の束を無くすとはどういう事だっ!!」

「うう・・すみません・・。ネズミが出て暴れていたので・・。」

「何だ、ネズミ位で。情けない男だな・・・。」

「それよりエリスはちゃんと牢屋に入っているのだろうな?」


あ!戻って来た。私は隠して置いた鍵の束を穴から取り出し・・・鉄格子からそっと手を伸ばして、鍵の束を置いた。

よし、イチかバチかだ—。


 私は牢屋の中で正座して待っていると、4人の男達が姿を現した。

その内の一人は頭の上にハートのマークが浮いている。

あ!あれは・・・攻略対象の一人だっ!


赤毛の男は私の入れられている牢屋の傍に鍵の束が置かれているのを見て声を上げた。


「あ・・・あああっ!あれだ!俺の落した鍵束はっ!」


「はい、落ちていたので拾っておきました。」

私は涼しい顔で答える。


「ほう・・・拾っておいただと?お前の事だ。大方逃げようとでもしたのではないか?」


頭の上にハートが浮かんでいる男が私を見下ろした。

思った通り・・・・この男はこのゲームのヒーローの内の一人、ジェフリーだった。


「いいえ、そんな事は致しません。」

私はじっとジェフリーの顔を見ながら言った。


「ほう?何故だ?」


「それは・・・私が逃げれば、鍵束を無くしてしまった男性が罪に問われてしまうのではないかと思ったからです。」


「お、お前・・・。」


赤毛の男性は信じられないとでも言わんばかりの顔で私を見つめる。


それを聞いたジェフリーはニヤリと笑みを浮かべた。


「・・・中々面白い答えだな・・・。少し場所を移して話を聞こうか?」


言うと、ジェフリーは鍵を開けた。


やった!牢屋から出られるっ!


その途端、またいきなりウィンドウが表示された。


『おめでとうございます。牢屋を脱出する事が出来ました。ミッションクリアです。次回もこの調子で頑張ってください。』


何がミッションクリアよ・・・。そう思いながら、私は何気なくジェフリーの頭の上のハートに目をやり・・・衝撃を受けた。


ハートの上にはこう書かれていた。

『好感度マイナス100』

と―。





























  











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