第37日目 偉大な力

「え・・?こ、これは・・・一体どういう事なんだ・・・?」


ガルシアは呆然としながら大鍋に出来上がった料理を見て、お玉ですくって味見をした。どうやらこれはミートソースのようだ。


「!」


途端に固まるガルシア。


「ど、どうしたんですかっ?!ガルシアさんっ!」


「う」


「う?」


「う・・美味いっ!美味すぎるっ!」


言うなり、次の鍋にお玉をバシャアッ!!と突っ込む。


「キャアアッ!あっつ!」


あまりに勢いよくお玉を突っ込むものだから、私もガルシアも、そしてアスピダもあっつい汁をちょっとずつ浴びてしまった。


「おい!お前っ!もっとお玉はそっと入れろっ!汁が飛散るだろうっ?!」


アスピダが妙に人間臭い?説教をするが、ガルシアは全く意にも介さず、お皿によそって味見する。どうやらこれはキノコったっぷりクリームスープのようだ。


「ううっ!」


途端に喉を掻きむしるガルシア。ま、まさか・・・毒が・・っ?!


「ガルシアさんっ!しっかりして下さいっ!」


しかし、またもや予想を覆す答えが・・・・。


「な・な・な・・・・なんって事だああああっ!」


ガルシアは顔面を両手で多い、身体をのけぞらせると叫んだ。


「恐ろしい・・・恐ろし過ぎる。この香り・・・クリーミーで濃厚なこの舌触り・・・。今迄俺は500人分の料理を1人で監修し・・・大体自分で作って来たが、これ程までに完成しつくされた料理を口にするのは初めてだああああっ!」


ガルシアの絶叫?は止まらない。


「駄目だ・・・・この料理を学生達に提供した途端・・・俺の身は破滅だ・・・恐らく学生達はこの料理は俺が作ったものだと認識してしまう。そして明日から再び俺が自分の実力だけではこの味など到底出せんっ!すると学生達から集中砲火で非難が集中し・・・俺はとうとうこの学院を追われてしまうのだ・・・・っ!」


「あの・・・・ガルシアさん・・?」


私は声を掛けるも、全く耳に届かないのか、オウオウと喚きっぱなしのガルシア。仕方が無いので私はアスピダにお願いしてみた。


「ねえ・・・アスピダ。」


「何だ?エリス?」


グルリと図々しく肩に腕を回してくるアスピダに我慢をしながら私は尋ねた。


「どうも・・この料理・・・美味し過ぎるみたい・・悪いけど、もう二段階くらい・・味の質を・・下げられないかしら・・?」


「ああ?別に構わないが・・・何故だ?美味い方が良いに決まっているだろう?」


アスピダの言葉に床にへたり込んでいるガルシアがグハッと叫ぶのを耳にする。

あ〜あ・・・これは・・当分立ち直るのに時間がかかるかもなあ・・。


「いいから、早くやってよっ!」


私が急かすとアスピダは肩をすくめて、パチンと指を鳴らす。すると一瞬料理の鍋がパアアアッと光り輝く。


「ほら。これで少しは味が落ちたはずだぜ?」


アスピダが小皿に取り分けたスープを差し出してきた。


「どれどれ・・・。」


クイッとお皿を空けた私。


「お・・・おいしい・・・・すっごく美味しいっ!」


「え?そうなのか?これでもさっきのよりも5段階程味のレベルを落したんだぜ?」


アスピダが不思議そうに首を捻る。


「えええっ!う、嘘っ!」


するとさらに床の上でガルシアがヌオオオッと奇声を上げる。

駄目だ、これ以上ガルシアの前でアスピダの料理を褒めると・・彼のメンタルが崩壊してしまうかもしれないっ!!


「そ、それじゃガルシアさんっ!料理も出来上がった事ですし・・・私達は洗濯に行ってきますね〜!」


そして急いでアスピダを連れ出した。


「何だ?次は洗濯か?本当にお前達はこき使われいるんだな?」


スタスタと歩く私の後ろを大人しくついて来るアスピダ。


「ええ、そうよ。いつもギリギリか・・足りない人数で回しているのよ。だから今朝みたいな事はほんとやめて。迷惑だから。」


「ああ、分かった。しかし人間と言うものは面倒臭い生き物だな・・・。洗濯だって俺が一回指を鳴らせば・・・ウグッ!」


「本当っ?!本当に指一回で洗濯終わらせられるの?!」


気付けば私はアスピダの首を締め上げ、壁に押し付けていた。


「ああ、そうだ。それ位俺には造作もない事だ。よし、決めた。なら・・・俺が今日はお前の仕事を全部やってやる。その代わり、俺とでえとをしてもらうからな?」


アスピダは腕を組むと大真面目に頷く。


「え?何?でえとって?」


「何いっ!お・お前は・・人間のくせにでえとを知らないのかっ!」


するとどこから雑誌を取り出したのか、アスピダはいつの間にか雑誌を広げ、ページをさして言う。


「ほら見ろっ!これがでえとだっ!」


バンッ!と指さしたのは若者に人気の情報雑誌。最近はやりのファッションや食べ物について書かれており、ページの見開きには「定番デートスポット10選」と書かれている。


「ははあん・・・アスピダ。これはね、でえとではなく、デートと言うのよ。いいわよ、今日の仕事を全てやってくれると言うなら・・・デートしても。」


そうだ、適当に2人で食事して帰ってくればそれで済む事だ。ちょろいちょろい。


「よしっ!約束だからな?!エリスッ!」


そして仕事場の先々でパチンパチンとアスピダは指を鳴らし・・・とうとう午前中だけで1日の仕事を全て終了させてしまったのである。


「どうだ?エリス。見直したか?」


「う・・うんっ!凄いっ!アスピダッ!」


思わず盛大な拍手を送りながら・・ふと私は気が付いた。


「ねえ・・・ところで私の部屋で倒れて知った他の人達は今どうしてるの?」


「ああ、心配には及ばない。もうあいつ等も働いているさ。最も意識は眠ったままかもしれないが・・・。」


え?今・・・アスピダ・・何か気になる事を言ってなかった?


「あ、あの・・・今意識は眠ったままかも・・・って言ったように聞こえたのだけど・・?」


「ああ。確かに言った。」


「えええっ?!眠ったままって・・・一体どういう事よっ!」


「そんなに気になるなら様子を見に行くか?」


そして不意にアスピダに抱き寄せられると、一瞬で目の前の景色が変わった―。




「・・・・。」


「どうだ?満足したか?」


アスピダに連れられて、一通り全従業員の様子を見て来た私は黙ってコクコクと頷いた。それにしても全員が目を閉じたまま仕事をしているのを見た時は度肝を抜いてしまった。アスピダ曰く、今彼等は日常生活に刻み込まれた本能で動いているからあのままにしていても問題はないそうで・・恐らく後30分もすれば、完璧に脳が目覚めるからあのままにしておいても問題は無いとの事で・・。

まあ、つまり放っておこうと言う決意論が出たわけだ。


「よし!それじゃ・・エリス!今からデートに行くぞっ!」


アスピダが肩に手を置くと言った。


「ええっ?!今から?!」


「ああ。そうだ。何か問題でもあるのか?」


アスピダは不思議そうな顔をする。


「いやいや。だって今日は平日だよ?祝日じゃないよ?それに勝手に仕事サボって遊びに行ったら皆に怒られちゃうじゃないの。」


「フーン、なら時間を止めればいいんだな?」


「え・・?」


アスピダがパチンと指を鳴らすと、突然周りがシンと静まり返った。


「な・何何?突然静まり返ったし・・・何だか雰囲気が怪しいんですけどっ!」


思わず恐怖でアスピダの腕にしがみ付くと、ニヤリと笑うアスピダ。


「よし、なら今から面白いものを見に町へ行くかっ!」


すると突然アスピダの背中から羽が生え・・・私を抱きかかえるとフワリと空中に浮かびあがったでは無いか。


「よしっ!しっかり掴まってろよっ!エリスッ!」


そしてアスピダは一気に空高く舞い上がった―。

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