第11日目 今日は臨時のお休みです 前編
『おはようございます。本日はメイドのお仕事はお休み、特別休暇日となっております。今回のようにある一定の条件を満たしますと、メイドのお仕事がお休みとなり特別休暇が発生する場合があります。この日は攻略キャラと親交を深めるチャンスです。それでは本日も頑張って下さい。』
「フフフフ・・・。」
目の前に表示された液晶画面の文字を見ながら私はほくそ笑んだ。
いつもなら忌々しい気持ちでこの画面を眺めるのだが、今日は特別だ。
だって・・・・。
「ウフフ・・・だって、今日はお休みなんだもーんっ!」
私はあまりの嬉しさにベッドから飛び降りると、くるくると回った。
「さてと・・・。今日は1日何しようかな・・・。あ、今日は平日で学生達も学校だから・・どこか遊びに行っても誰かに遭遇する事が無いって事だよね?!よし!そうと決まれば・・・。」
私はこの間町へ出掛けた時に買って来た洋服をクローゼットから出した。
「これこれ・・・着てみたいと思っていたんだよね~。」
それはまるで『赤毛のアン』の世界に出てくるようなワンピースドレス。
赤いチェックの丈の長いワンピースドレスにフリルたっぷりのベージュのエプロンドレス・・・。若干メイドの衣装と重なる感じも無きにしもあらずだが・・・。
折角憧れのブロンドヘアにブルーの瞳の素敵な美少女の姿になっているのだから・・・一度くらいはこんな衣装を着てみたいというものでしょうっ!
そして真っ白なフリルたっぷりのボンネットを被れば・・・正に赤毛・・・もとい、金髪のエリス?の出来上がりっ!
私は姿見でまじまじと自分の姿を確認する。
「う~ん・・・やっぱりエリスはこういう可愛らしいドレスが似合うよね?背も小さいし・・・こういう衣装は背が小さい女性が似合うねっ。」
そして鏡を見ながらニッコリ笑う。
うん、やっぱりキュートだっ!
「ゲームの中のエリスはきついメイクに露出の激しいドレスばかり着ていたから・・・誰も今の私を見れば、きっとあのエリスだって事に気が付かないよね・・・。よし、それじゃ駅に向かって出発!」
そして私は元気よくドアを開けると外出したのである・・が・・・。
外に出たその矢先にいきなり呼び止められる。
「エリス!」
ギクッ!
「ああ、その愛らしい後ろ姿は・・・やっぱり我が愛しのエリスだね?」
あの声は・・・。
ゾワワワッ!私の事を・・・そんな風に呼ぶの・・今のところこの世界では1人きりしかいない。
私は作り笑いを浮かべて振り返る。
「こ、こんにちは・・・トビーさん・・・。」
引きつりそうな笑顔を張りつかせ、私は彼に挨拶する。
そう、相手は昨日攻略対象になったばかりのトビーなのである。オリビアと共通の攻略キャラを取り合いたくない私は・・・取りあえず色々なキャラを攻略相手にする為にも・・・・ここで冷たい態度を取ってはいけない!
「エ・・エリス・・・。」
するとトビーは振り返った私を呆然とした目で見ている。
「トビーさん?」
「か・・・」
「か?」
また・・・恰好いいとでも言うつもりだろうか?
「可愛すぎるッ!!」
「え?」
「何て事だっ!昨日はエリスのダンゴムシと華麗に戦い、腰を抜かして立てなくなった俺に手を差し伸べるその恰好いい雄姿に見惚れてしまったが・・・今日のその可愛さは・・・犯罪だっ!いや、反則だっ!エリス!どうやら僕は・・・君に恋してしまったようだっ!」
一人称「俺」から「僕」に変化したトビーは突然ガシイッと私の両手を握りしめてくる。
え~と・・・・。
取りあえず私はトビーの頭上に浮かぶ好感度を示すハートの数値を見て絶句した。
え・・?な。、何もしていないのに・・・好感度がまさかの120を指していた。
嘘でしょうっ?!ただ・・・朝の挨拶をしただけなのに?!
「あ、あの・・・トビーさん・・・。」
「エリス、どうか俺の事はトビーと呼んでくれ。」
熱い視線でじ~っと私を見つめてくるトビー。ええっ!まさかの呼び捨て?!
するとそこへ液晶画面が表示される。
『攻略対象から名前の呼び方を求められました。何と呼びますか?』
1 トビーさん
2 トビー
3 黙って立ち去る
う~ん・・・。これはもう選択肢を出すまでも無いでしょう・・。
「で、ではトビー・・・。」
「うん、何だい?エリス。」
「・・・お仕事に戻らなくて大丈夫なのですか?確か・・・もうすぐ朝礼の時間でしたよね?」
「あ・・・そ、そうだった・・・。すまない!エリスッ!君の為に・・・今日は時間を作る事が出来ないなんて・・・!だ、だが・・・今度の休暇は2人で一緒に何処かへ出掛けようっ!」
そして脱兎の如く走り去って行った・・・。今度の休暇かあ・・・。うん、よし、聞こえなかった事にして・・さっさとその日は外出してしまおう!
そして正門を目指して歩き始めるも・・・。
「それにしても従業員の建物って・・・どうして学園の一番奥の敷地にあるんだろう。遠すぎて疲れるわ・・。」
そこで私は言い考えが閃いた。
「そうだ、確か中庭を通り抜ければ、正門迄近かったよねえ?」
幸い、今は学生達は授業中・・・。誰かに見とがめられる事も無い。
「よし、それじゃ中庭を抜けて正門を抜けようっ!」
そして私は勇み足で中庭へ向かった・・・。
「え・・・、う・嘘でしょう・・・?」
中庭へ向かうと何故かそこには大勢の学生の姿が目に飛び込んできた。
何故?どうして?まだ授業中のはずなのに・・・・こんなに大勢の学生達が・・授業をサボっているのだろう?
その時、私の耳に学生達の会話が飛び込んできた。
「あ~あ・・・。1限目の試験・・世界地理・・・全然出来なかったよ・・・」
「ああ、俺もだ・・。まさかあんな問題が出て来るとはな・・・。」
「ただでさえ世界地理は範囲が広くて大変だってのに・・くそっ!単位落したらどうしてくれるんだよっ!」
あ・・ま、まさか今は・・・中間考査の真っただ中だったのかっ!
通常授業は90分。そして試験時間は確か・・・・70分そして間に30分の休憩が入るから・・・今は休み時間の真っ最中。た、大変だ・・・誰かに見とがめられる前にさっさとここを通り抜けなければ・・・っ!
そして俯きながら大股に歩いていると・・・
ドシンッ!!
前方から歩いて来た誰かにぶつかってしまった。
「キャアアッ!」
派手に尻もちをつく私。
「おい、大丈夫か?」
男性の声が上から降ってきて、手が伸びて来た。
「ほら、掴まれ。」
「あ、ありがとうございます・・・。」
ボンネットを目深に被り、顔が見られないように立ちあがる。
「うん?お前は・・・ひょっとしてベネットか?」
ギクウッ!ま、まさか・・・その声は・・・。
「あ・・・、こ・こんにちは・・・。マクレガー様・・。」
ああ、まさかこんな所でエディ・マクレガーに会ってしまうとは・・・。
「どうしたんだ?今日はそんな恰好をして・・・メイドの仕事はどうしたんだ?」
眼鏡をクイッと上げながらエディが言う。
うう・・・何て答えよう?
その時、タイミングよくピロンと液晶画面が表示される。おおっ!天の助けっ!
『攻略対象が現れました。何と答えますか?』
1 似合いますか?と言ってクルリと回る
2 へへへ・・・サボっちゃいました
3 いちいち答える必要ありますか?
な・・何よ、これ・・・。まともな回答がないじゃないのっ!このゲーム会社の意図的嫌がらせを感じてしまう。
しかし、一番無難なのは・・・。
「ど、どうですか?似合いますか?」
何とか作り笑いをして、ボンネットに手を当ててクルリ回転してみる私。ううう・・・は、恥ずかしい・・・。きっとエディの事だ。凍り付きそうな目で私を見て来るに違いない・・・。ところが・・・。
「・・・・。」
何故か頬を赤らめて私をじ~っと見つめているエディの姿がそこにあった。
「あ、あの・・・・?」
すると声を掛けられて我に返ったのか、エディが慌てたように眼鏡に触れると言った。
「あ、ああ・・・。な・中々良く似合っている・・・と私は思う。」
そしてコホンと咳払いする。
チラリと好感度ゲージを確認すると・・・おおっ!数値はマイナス60になっていた。やった!
「そ、それでベネット。今日は・・そ、その何故そんな恰好をしている?仕事は休みなのか?」
再びエディが尋ねて来るも、今回は選択肢が表示される気配が無いので自分の言葉で話す事にした。
「はい、昨日は花壇の手入れの仕事を頑張ったと言う事で、リーダーから特別休暇を頂いたんです。」
「な、何・・・っ?!ベネット・・お前・・・魔法もろくに使いこなせず、剣だって扱えないのに・・・そんな危険な仕事をしたのかっ?!よく無事だったな・・・。」
エディは珍しく感情を露わにした。
「はい、そうですけ・・・と言うか、どんな仕事だったのかご存知だったのですか?」
「ああ、勿論だ。実は花壇に咲く花は品種改良して作った魔法薬を抽出できる特殊な花々を栽培していて、私が管理しているんだ。しかし・・・何故かそこに潜む害虫にまで花々が放出する魔力にあてられ・・巨大化してしまったんだ。それで・・・定期的に害虫駆除を依頼していたんだ。」
な・・何ですと・・・・?!
それを聞いてあきれてしまった。
全く・・・!今、私の目の前にいるこの男が全ての元凶だったとは・・・!
私が害虫駆除のスキルを手に入れてなけらば間違いなくゲームオーバーになっていただろう。
今、私の目の前にいるこのエディこそ、駆除してやりたい・・・・・。
つい恨みがましい目で見てしまった。そんな私を見て狼狽えたようにエディが言う。
「お、おい?ベネット。何か・・私を睨んでいないか?」
「いいえ?気のせいではありませんか?マクレガー様。それにしてもあのように素晴らしい花壇を作られたとは・・・流石『白銀のナイト』様ですね。ただ・・・出来れば害虫駆除対策も今後検討して頂ければ・・・より一層功績が学園側から認められ・・・研究費用として学園側から寄付金を増やして頂けるかもしれませんよ?」
凍り付いた笑顔を顔面に貼り付けながら私は言った。
実は、エディ・マクレガーはこの学園の学生兼、学術研究員も掛け持ちていたのである。ゲーム中では学園側が予算を渋って中々出してくれないとぼやくシーンがあったのである。
「あ・・ああっ!そうか・・・成程・・・。そうだな、学園側に掛け合ってみるか・・。ありがとう、ベネット!感謝する!それでは良い休暇を送ってくれっ!」
エディは笑みを浮かべて去って行った。
そして彼の好感度の数値はマイナス50になっていた。
全く・・くだらない事で貴重な時間を費やしてしまった。
思わずため息をついてしまう。
いやいや。折角の特別休暇なのだ!町に出たら思い切り楽しもうっ!
そして私は足早に正門を目指した―。
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