第10日目 初めての害虫駆除 —後編

「ふう~・・・。この魔法の杖?のお陰でダンゴムシ退治も順調だし・・雑草取りも大分はかどったわ。」


私は空を見上げた。

太陽はほぼ私の真上の位置まで登っている。今日の私は1日花壇の手入れなので昼休みも自由に取っていいのだ。


「さて、それじゃランチにしようかな。」


今日のランチはなんとガルシア特製のバゲットランチだ。アンが今朝私が花壇の手入れの仕事に決まった事をガルシアに報告し、激励?の為に彼がわざわざ私の為に栄養をつけろと言ってランチを作ってくれたのだ。

ランチが入ったバスケットを持って木陰に移動すると、レジャーシートを敷いて座った。


「フフフフ・・・楽しみ。労働の後のランチって・・一番楽しい時間って言っても過言じゃ無いよね~。」

鼻歌を歌いながらバスケットをオープンッ!


「おお~っ!す、すごい・・・っ!」


バスケットの中には2種類のバケットが入っていた。

1つは照り焼きチキンとレタスを挟んだバケット。もう一つ卵の具材たっぷりのバケット。そしてカップに綺麗に入ったサラダに、苺、それにクッキーまで入っている。


「な・・・なんて素敵なランチセット・・・こんなの日本で買えば1000円はするかも・・・。」

そしてボトルに入れて来たアイスティーと一緒に私は一時のランチを楽しんだ・・・。



「さてと、そろそろ作業開始するかな・・・。」


たっぷり1時間休憩をして、そろそろ仕事に戻ろうかと思っていた矢先に誰かがこちらへ走って来るのが見えた。おや?あれは・・・?


「エリスッ!無事だったかっ?!」


息せききってこちらへやって来たのは私に何の説明も無しに花壇の手入れの仕事に就かせたリーダーのトビーだった。

一瞬恨めしい気持ちになったが、駆けつけてきたトビーの顔色が悪かったので、恨み言を言うのはやめにしておこう。


「トビーさん。私の様子を見にいらしたんですね。大丈夫です、ちゃんと仕事はしてますから。今お昼休憩が終わった所なのでこれから作業に戻りますね。」


するとトビーは頭をブンブン振ると言った。


「違うっ!お前がちゃんと仕事をしているか様子を見に来た訳じゃないっ!俺はお前が無事かどうか心配で様子を見に来たんだっ!大丈夫だったか?何処か怪我とかしていないか?」


トビーは私の両肩に手を置くと、瞳を覗き込んで真剣に尋ねてくる。あの・・・ちょっと距離が近いのですけど・・・。

でも・・これだけ私の事を心配してくれてるって事は、トビーはそれ程悪い人間ではないのかもしれない。


「大丈夫ですよ。始めはあのダンゴムシを見た時は驚きましたけど・・・慣れればどうって事ありませんでしたから。心配して下さったんですね。どうもありがとうございました。」


にっこり笑ってお礼を言う。うん、人間関係は大事にしないとね。


「そ、そうか・・・。それなら良かった・・・。実はあの後ダンとニコルに偉く責められて・・それに何故かカミラにまで冷たい視線で睨まれるし・・・。だから・・もしかして俺はとんでもない仕事をお前に押し付けてしまったのでは無いかと気が付いて・・・。」


トビーは安堵の溜息をつきながら言った。

うん?ちょっと待って。今のその話の口ぶりでは・・・まるで彼等に言われなければ、そのまま私の身を案じる事も無く、仕事が追われば、はい。お疲れさまでした。で終わろうとしていた訳・・・。さっきまでの感動の気持ちがどんどん冷めていく。

そんな私の気持ちにお構いなしにトビーが話しかけて来る。


「で、どうだった?最初にダンゴムシに遭遇した時の気持ちは・・・。」


「ええ、それは驚きましたよ。まさか私の背丈ほどのダンゴムシが現れるとは思いませんでした。気絶しなかった自分を褒めたいくらいですよ。」


「何?やはりそうだったか・・・。うん、エリス。確かにお前は子供のように背が低いからな・・・。あのダンゴムシもさぞかし脅威に感じただろう。」


うんうん腕組みをしながら頷いているトビーを見て思った。・・・そこまで分かっていたなら何故、止めてくれなかったのだろう・・・。こんな男がリーダーで良いのだろうか?・・どうせ勤続年数が一番長い人物にリーダーをやらせてるに違いないだろうけど。


「それでどうやってダンゴムシを相手に戦ったのだ?噴霧器か?それとも火炎放射器か?」


何故かキラキラ目を輝かせて尋ねて来る。

こ、この男は・・・もしかして私とダンゴムシのバトルの様子を聞きたくて、わざわざここまでやって来たのだろうか?!


「いえ・・・。そんなものは使っていません。この杖を使いました。」

傍らに置いてあった杖をトビーに見せる。


「うん?何だ・・・この杖は?初めて見るぞ?」


トビーは首を捻りながら杖をマジマジと見る。嘘ッ!この杖って・・・この世界に普通に存在する杖では無かったの?!


「ほんとにこんな杖・・・使えるのか?打撃力も弱そうだし・・・。」


「へ?打撃力?」

ま、まさかトビーはこの杖でダンゴムシを私が殴りつけて退治したと思っているのだろうか?


「ち、違いますっ!この杖をダンゴムシに向けると、そこからピカピカッと稲妻攻撃が発射されてダンゴムシを攻撃するんです。」


「ええ?そんな事初耳だぞ?それとも最近の農工具の店には魔法を駆使した便利グッズが売られるようになったのだろうか・・・?」


その時だ。

ズズズズ・・・ッ!

花壇から何か地響きのような音が聞こえた。え?何、あれは・・・?


見ると前方の花壇から今迄見た事が無いくらいの巨大なダンゴムシが立ち上ったのである。


「で・・・出たっ!ジャイアント・ダンゴムシだっ!」


トビーが叫ぶ。


「え?あんな名前があのダンゴムシについているのですか?!」

知らなかった・・・。ひょっとしてあれがボス?なのだろうか?


「いや、今俺が適当に名前を付けただけだ。ではエリス。俺がお前の代わりにその杖であのジャイアント・ダンゴムシを退治してやろうっ!」


杖を握りスクッと立ち上がると、トビーは杖を握りしめジャイアント・ダンゴムシ目掛けて突進して行く。

おおーっ!なんと勇ましい姿だっ!


「くらえっ!ライトニング・アタックッ!!」


何やら訳の分からない単語を叫び、トビーは杖をジャイアント・ダンゴムシに翳すも、うんともすんとも言わない。


「え・・・?」


トビーが呆然とした顔をしている。


「う、嘘・・。ま、まさか・・・弾切れ?」

そんなものがあるかどう変わらないが思わず口を突いて出てしまった。


一瞬動きを止めていたジャイアント・ダンゴムシはトビー目ざして突進していく。


「ウワアアアアアッ?!」


トビーは杖を握りしめたまま、必死で花壇の中を逃げるも、ジャイアント・ダンゴムシは物凄い速さでトビーを追いかける。

嘘ッ!あんなに早くダンゴムシって走れるの?!

しかし、こんな所で彼等の追いかけっこを眺めている場合では無い!


「トビーさんっ!!」


急いで花壇へ向かって私は走った。


「ト、トビーさんっ!つ、杖を私に投げてくださいッ!」

必死で叫ぶと、耳に届いたのか、トビーが私に向かって杖を放り投げる。

それを空中でキャッチする私。おおっ!メイドのスキルが役だったのか?!

空中でキャッチするとそのまま杖をダンゴムシに向ける。

すると途端に杖から稲妻が放出され、ジャイアント・ダンゴムシにヒットッ!!


ジャイアント・ダンゴムシはそのまま空中にかき消えるように姿を消し・・・花壇に平和が戻った。


「大丈夫でしたか?怪我はされませんでしたか?」

私は地面に座り込んでいるトビーを振り返り、助け起こそうと手を伸ばした。するとトビーは何故か呆然とした表情で私を見つめている。


「か・・・。」


「か?」

え?何を言おうとしているのだろうか?


「カッコいい・・・。」


トビーは私をうっとりした目つきで見つめ・・・彼の頭上にはいつの間にか好感度を表すハートが出現していた。しかもその数値はまさかの75。


え・・・?嘘でしょう・・・?

どうやら私は別の意味合いで・・・いつの間にか攻略対象を増やしていたようだ。




 夕方—。


ようやく雑草を全て取り終えた私がスタッフルームに着くと、ダンとニコル、それにアンが心配そうに駆け寄って来た。


「エリス、大丈夫だった?何処か怪我とかしていない?」


アンが私を上から下までジロジロ見つめながら尋ねて来た。


「うん。大丈夫、大丈夫。平気だよ。」

笑いながら答える。


「エリス。すまなかった。様子を見に行く事すら出来なくて・・。」


ダンが申し訳なさそうに言う。


「だけど、本当にお前、良く無事だったよな・・・。でも心配したぜ。」


ニコルの言葉に私は言った。


「ええ、私には心強い『メイドスキル』があるので。」


「「「メイドスキル・・・?」」」


3人が不思議そうに首を傾げる。


「あはは・・・。こっちの話だから今の事は忘れて下さいな。ふ~それより1日中外にいたから喉が渇いたかな・・・。」


すると・・・。


「エリス。君の為に疲れを癒すハーブティーを淹れてきたよ。」


やけに背後から甘ったるい声で私に話しかけて来る人物がいた。その場にいた全員もギョッとした顔で私の背後の人物に注目している。

え・・・一体誰だろう・・・?

振り向くとそこにはトレーにハーブティーの入ったカップを乗せたトビーが立っているでは無いか。

え・・い、今私に話しかけてきたのは・・・トビーだったの?


「どうしたんだ?エリス。今日の君はとても疲れているだろう?この僕が君の為に特別なスペシャル・ブレンドハーブティーをいれてきてあげたよ。さあ、これを飲んで疲れを癒しておくれ?」


そして今まで見せた事の無い笑顔で私に笑いかけて来る。

君・・・?僕・・・?何かの聞き違いでは無いだろうか・・?しかも・・・言葉遣いがおかしい・・・。

呆然としている私に尚も語り掛けて来るトビー。


「おや?どうしたんだい?エリス。それ程疲れているのかな?今日の君は大活躍だったから、明日は特別休暇をあげようじゃ無いか。」


そして再び笑顔で見つめて来る。


「ええええっ!いいなあ~私も休みが欲しいですっ!」


アンが言う。


「煩いっ!お前は明日はエリスの分まで仕事だっ!大体いつもいつも楽してサボる事ばかり考えて・・・少しはエリスを見習えっ!お前達もだっ!」


トビーはダン・ニコル・アンを順番に指さしながら喚く。


「えええっ!何で俺達までっ!」


ニコルは悲鳴を上げる。


「ま、まさか・・・トビー。エリスの事を・・?」


ダンが何か呟いているが聞こえなかった事にしよう。



そして私は急遽明日はメイドの仕事が休みになる事が決定したのだった。


トビー・・。私の分まで頑張って働いて下さい。


明日は言われた通りにきっちり休ませて頂きますっ!




『お疲れさまでした。第10日目無事終了しました。尚、本日手に入れたスキル

「害虫駆除」はいつでも発動する事が出来るようになりましたので是非今後、ご活用下さい。』











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