第4日目 今日からお部屋のお掃除始めます
『おはようございます、4日目がスタート致しました・・・。』
はあ・・・・またメイドとしての1日がスタートするのか。今朝も目覚めと同時に眼前に浮かんできた液晶画面の最初の1行だけ読むと、残りはタップしてすっ飛ばしてやった。全文読むと苛立ちが募ってくるからだ。
明日は5日目になるけれども・・日本の会社だと週休二日制度だから、単純に考えれば連続勤務しているのだから明日、明後日はのんびり過ごさせて貰ってもいいはずなのだが・・・・。
「明日も明後日も仕事だったらどうしよう。」
思わず愚痴がポロリと出てしまう。
取りあえず起きなくちゃな・・・・。ベッドから起き上がると、ピロンと音が鳴って液晶画面にメッセージが表示された。え・・?今度は何?
『 本日、お仕事メニューの中に アベル・ジョナサン様のお部屋の掃除の仕事が加わりました。こちらのお仕事は作業出来る時間帯が決められておりますので制限時間内に業務を終わらせて下さい。掃除のできる時間帯は午後2時から午後4時の間の2時間になります。この時間を過ぎると掃除メニューから削除されますのでご注意願います。』
「げ・・・。アベルの部屋の掃除が追加・・・・?」
そう言えば昨夜の花火大会終了後、メッセージが流れたっけな・・・。確かアベル・ジョナサンが通常モードから恋愛モードへと移行しますと表示されたっけ・・・。
「と言う事は、ようやくマイナスだった好感度がゼロになったって事かな?それならジョナサンの攻略は後回しにして、他のキャラの好感度をマイナスからゼロに上げていったほうがいいかな・・・?いや、それともこのお掃除メニューは今日だけのイベントかもしれないし・・。」
等とブツブツ言いながらふと壁に掛けてある時計を見て驚いた。
「大変だッ!もう30分も経過してるっ!」
慌てて着替えを済ませて、そのまま隣の部屋のアンを起こしに行く・・・。ほぼ日課になりつつあるなあ・・・。
そしてまた私の忙しい1日が始まった―。
今、私は校舎内の庭掃除をしている。
午前中、めいっぱい働いた私のスキルは2000もたまっていた。凄いじゃん!私!
午前中だけでこんなに稼げるようになってるなんて!それに仕事を始めて気が付いたのだけどもメイドの仕事が意外に楽しいって事。OLとして働いていた時は1日中デスクワークで目は疲れるし、肩は凝るしで大変だったけど、メイドの仕事は身体を動かす事がメイン。色々な仕事をこなすから同じ姿勢で肩凝り何て事も無いし、目が疲れる事も無い。このゲームをクリアしたら今の仕事をやめて家政婦の仕事に就こうかなと思わず本気で考えてしまった。
その時・・・・。
「エリスーッ!」
アンが手を振りながら掛けて来た。
「こんな所にいたんだ~探しちゃったよ。」
ハアハア息を切らしながらアンが言う。
「何?そんなに息切らして・・・。何か私に用事でもあったの?」
ほうきで掃く手を止めてアンに尋ねると彼女は言った。
「うん、用事って程じゃないけどね、今日は効率よく仕事が進んでいるから、今から皆で休憩を取ろうかって話になったのよ。実はね、ガルシアが皆の為にパウンドケーキを焼いてくれたの。それでみんなでお茶にしようって事になって・・・。ね、行くでしょう、エリス。」
アンが私の手を握り締めキラキラした目で言う。ガルシアの作ったケーキか・・。彼はシェフだからきっとケーキも本格的に凄いのかもしれない。これは、もうあれでしょ。
「うん、勿論食べに行く・・・。」
その時、ピロンと音が鳴り、液晶画面が表示された。
『アベル・ジョナサン様が自室に戻られます。今から午後4時まで掃除をする事が出来ます。作業に行きますか?」
そして続いて、選択肢が現れる。
今回は2択で『はい』か『いいえ』の2つのみ。
こ、このタイミングでこれが現れると言う事は・・・・・。
私は涙を呑んで『はい』を選択した—。
「ごめんね~行きたいのはやまやまなんだけど・・・実はジョナサン様のお部屋の掃除をしに行かなくちゃならなくて・・・。」
ほうきを握りしめながら苦笑いする。
「え・・・、そうなんだ・・・。でも・・命令なら仕方がないもんね・・・。」
アンががっくりした様子で言う。うん?命令?別に命令って訳じゃないんだけどな・・・。
「ほんとにごめんね。ケーキ、私の分も食べちゃっていいからさ。」
「ええ?ほんとに私が貰っちゃっていいの?!」
「うん、いいよ。それじゃ私ジョナサン様の部屋へ行って来るからね。」
アンの後姿を見送ると私は早速嵌めている腕時計に触れた。するとメニュー画面が表示される。
「え~と・・学園のマップメニューはどれかな・・・」
指で画面を送っていくと学園マップが表示された。よしよし、これだな・・・。
指でタップすると、途端に学園マップ画面に切り替わり、建物内の地図と共に各キャラクターのデフォルメされたアイコンが映し出されている。
「アベルの部屋は・・・あ、あった!これか!え~と・・・部屋は南棟の205号室か・・・。それじゃ行ってみるか。あ、何か持って行くものあるのかな?」
ふと画面を見ると、お部屋の掃除メニューと小さく表示されている文章を見つけたので、何気なく触れてみると掃除をしに行く場合の持ち物が記載されていた。
「へえ~便利じゃない。」
どれどれ、持ち物は・・・。
南棟205号室—
アベル・ジョナサンの部屋の前に着いた。アベルは部屋にいるのだろうか・・・?
ス~ッと深呼吸すると部屋のドアをノックしてみた。
コンコン
「ジョナサン様。エリスですが・・・お部屋のお掃除に参りました。」
し~ん・・・。
しかし1分待っても何も返事が無い。いないのかな・・・?いないのに勝手に部屋に入る訳にはいかないし・・・。よし、もう一度部屋のドアをノックしてみよう。
コンコン
・・・やはり留守だ。
まだ部屋に戻っていないのかもしれないな・・・。私は持ってきたバケツとモップを掴み、ため息をついてその場を立ち去ろうと背を向けて歩き始めた時・・・。
「おい、何処へ行くつもりだ?エリス。」
背後から声を掛けられた。え・・・?今の声は・・・?振り向くとやはりそこに立っていたのはアベルだった。しかも一緒にいるのはジェフリー・ホワイト。このゲームの世界で最初に出会った攻略対象キャラだ。この2人って・・・・仲が良かったっけ?何気なく彼等の頭の上に浮かんでいる好感度を示すハートのゲージを見てみると・・おおっ!確かにアベルの好感度はゼロになっている。ではジェフリーの方は・・・マイナス80の数値のまま。確かにこちらから何かアクションでも起こさない限り・・・数値が動くはず無いか。
「何だ?俺の顔をジロジロ見やがって・・・。感じ悪い女だな?」
ジェフリーが言う。
その時、ピロンと液晶画面が表示された。え?こんな時に何故?
『 彼の機嫌を損ねない挨拶をしてみましょう。次の選択肢から選んで下さい。』
1 いえ、別にみておりません。自意識過剰では無いですか?
2 あまりに美しいお顔なので見惚れておりました
3 何か顔についていますよ?
はあ?何?最後の選択肢は・・・。え?でもこれって・・・。
私はジェフリーの顔をじっと見つめ・・・3を選択した。
「あの・・・。ジェフリー様。何かお顔についておりますよ?」
私は彼に一歩近付くと言った。
「おい、エリス・・・!」
背後でアベルが私に声をかける。はて・・・何で今私に声を掛けたんだ?まあいいか。今はジェフリーが先だ。
「何?何が付いていると言うんだ?」
ジェフリーが言う。が・・・選択肢が表示されない。これって・・・私の判断で行動しろって事だよね。ポケットからハンカチを取り出すとジェフリーのすぐ側まで近付き、左の顎下についていた黒いススのような汚れを拭きとった。
「「な・・・っ!」」
何故か二人同時に声を上げる。
「お・・おい!何をするんだ!この・・・エリスのくせに!か・・勝手に俺に触るなっ!」
あ・・・まずい・・。怒らせてしまった・・・。好感値のゲージを見るのが怖くなり、急いで頭を下げた。
「も・・申し訳ございません!左側の顎の下に黒い汚れを見つけましたので・・そのままにしておきますと襟元が汚れると思い、拭かせて頂きました。勝手に近付き、触れてしまった事お詫び申し上げます。どうかお許しくださいッ!」
思い切り低姿勢な態度を見せた。ゲームの神様・・・どうか好感値が下がりませんように・・・・。
すると・・・。
「う・・・ま、まあいい。今回は勝手に俺に触れた事・・・許してやる。俺は心が広い男だからな。」
コホンと咳払いしながらジェフリーが言う。え・・・・?私はその言葉に思わず頭を上げ・・彼の好感値のゲージを確認すると・・・マイナス75に減っているでは無いか!おお~っ!やった!好感値が少し上がった。
するとそこへアベルが声を掛けて来た。
「おい!お前ら、いい加減にしろっ!大体エリス、お前は俺の部屋の掃除に来たんだろう?ほら、いつまでも油打っていないで、俺の部屋へ行くぞ!」
「はい、申し訳ございません。」
素直に謝り、ジェフリーに向き直ると言った。
「それでは失礼致します。ジェフリー様。」
頭を下げてアベルと共に彼の部屋へ行こうとしたところ・・・不意にジェフリーに呼び止められた。
「おい、エリス。」
「はい、何でしょうか?」
振り向き、返事をする。
「お前・・・明日はどうするんだ?」
「え?明日ですか・・・?」
「ああ。明日、明後日は・・・お前達も仕事が休みだろう?どうやって休暇を過ごすつもりだ・・って聞いてるのか?」
う・・嘘・・・本当に・・明日はお休み取れるんだ・・・。見る見るうちに私は頬が緩んでしまい・・・思わず笑顔になってしまった。
「「!」」
それを見て、何故か息を飲むジェフリーとアベル。
「はい!明日は1日のんびり過ごしたいと思いますっ!」
ついつい満面の笑顔になってしまう。ああ・・・休暇・・・何て素敵な単語なのだろう!やっと・・・やっと身体を休める事が出来るっ!
「そ、そうか・・・。と、特に誰かと出掛ける用事とかが・・ある訳では無いんだな?」
私から視線を逸らす様にジェフリーが言った。
すると再び選択肢が表示される。
『1 それなら一緒に休暇を過ごしますか?
2 毎日働き通しで疲れているんです。1日寝て過ごすつもりです。
3 私みたいなのと出掛ける物好きはおりません。 』
う~ん・・・・1番は絶対に選択したくないし、2を選ぶと本来はぐうたらな人間なのでは無いか疑われそう・・・。よし、ここは無難に3番だな。
「ええ。私は何と言ってもあの『エリス』ですよ。私みたいなのと出掛ける物好きはおりませんから。」
「お、おう。そうだなっ!何と言ってもお前はあの極悪令嬢『エリス』だものなッ!」
ジェフリーが笑いながら言い・・・。
「おいっ!」
突然それまで静かだったアベルが声を荒げた。
「いつまで油打ってるんだ?!早く掃除をしに来い!」
そして私が持っていた掃除用具を手に取ると・・足早に自分の部屋へ向かうので私は慌ててジェフリーに頭を下げるとアベルの後を追った—。
「お前・・・悔しくないのか?ジェフリーに・・・あいつにあんな言われ方をして・・・。」
アベルの部屋の掃除をしていると、突然背後から声を掛けられた。
するとそこへ再び液晶画面が表示される。え?またなの?
『これよりフリーモードトークに入ります。会話を続けて相手の好感値を上げてきましょう。尚、この間は相手の好感度ゲージは非表示になりますので、慎重に言葉を選んで会話をしましょう。』
え~アドバイスも無しに会話しろって言うの・・・?でも・・キャラの性格は把握しているから・・相手の好みそうな内容の会話をすればいいかな・・?
「おい、どうした。黙っていないで答えろよ。それとも・・・あいつにいわれた事がそれほどショックだったか?」
「いえ、別にショックは受けておりませんよ。だって本当の事ですから。」
窓ふきをしながら答える。
「え・・?悔しくは無いのか・・・?」
意外そうな顔をするアベル。
「ええ、悔しくはありません。いえ、むしろ今までの自分を深く反省しております。なので心を入れ替える覚悟でメイドのお仕事を頑張って努めていくつもりです。それにジェフリー様は行き場を無くしてしまった私にメイドの仕事を与えて下さり、住む場所も与えて下さったお方ですから。感謝しております。」
床のはき掃除をして、モップがけをしながら私は言った。よし、床もピカピカになったぞ!
「いかがでしょうか?ジョナサン様。他にお部屋のお掃除をする場所はございますか?」
振り向き、アベルに問いかけた。
「あ・・そ、それじゃ・・・お・・お茶を淹れて・・・くれ・・。」
何故か消え入りそうな声で視線を逸らすアベル。・・どうしたのだろう?
「お茶ですね?コーヒーですか?それとも紅茶にされますか?」
「あ。ああ・・・・。それじゃ・・紅茶を淹れてくれ・・・。」
「はい、承知致しました。」
ニッコリ笑みを浮かべて簡易キッチンへ向かった。え~と・・確かゲームの公式設定ではアベルは紅茶が好きだった。それもレモンを搾った・・・。レモンなんかあるのかな?
辺りをキョロキョロ見渡してみると、カゴの中にレモンが数個入っているのが見えた。よし、これを使おう
「ジョナサン様。」
机の上ので本を開いていたアベルに私は簡易キッチンから呼びかけた。
「うん、何だ?」
顔を上げて私を見るアベル。う~ん・・・やっぱりイケメンだね!
「あの、こちらのレモン・・・使ってもよろしいでしょうか?」
「ああ・・別に構わないが・・・?何故だ?」
アベルは不思議そうに首をひねって私を見た。
「はい、ジョナサン様はレモンティーがお好きでしたよね?なのでレモンを使用させて頂こうかと思いまして。」
「!お前・・・知ってるのか?俺の好みを?」
意外そうな顔で私を見つめて来る。ええ、そりゃ勿論!このゲームを最速でクリアした女ですからねっ!
「はい。そうです。それで・・淹れてもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ・・・。頼む。」
え・・ええっ?!い・・・今、何と言った?あのアベルが・・・エリスにお礼を?!
「何だ?その鳩が豆鉄砲を食ったような顔は・・・?」
ムッとした顔でこちらを見つめるアベル。
「い、いえ・・・。まさかジョナサン様からお礼を言われるとは思わなかったので・・・。」
「何だ?俺がお前に礼を言ったらおかしいか?」
「いいえ、ちっともおかしくありません。・・・ありがとうございます。」
思わず笑顔がこぼれた。
まさか・・エリスを毛嫌いしていあのゲームキャラがお礼を言って来るなんて・・・。嬉しいなあ・・・感動だ。
「エリス・・・?」
一方のアベルは私を見て呆然としているようだったが・・・一瞬フッと口元に笑みを浮かべると言った。
「美味い紅茶を淹れてくれ。」
「はい!かしこまりました!」
「いかがですか?お味は・・?」
私はトレーを持って立ったまま、アベルが紅茶を飲む様子をうかがっていた。
「うん・・・。美味い・・・。」
「ありがとうございます!」
頭をビシッと下げる。これはOL仕込みの挨拶だ。
「・・・お前の分は無いのか?」
へ・・・?今アベルは何と言った?
「え?私の・・・紅茶・・・ですか?」
「ああ。お前だ。」
「な、なにを仰ってるんですか!貴方はこの学園の『白銀の騎士』様ではありませんか!私は今は只のメイドです。そんな恐れ多い事・・・出来ません!」
ブンブン首を振って断る。冗談じゃない、一緒にお茶を飲んでいるのをこの学園の生徒に見られたら・・・・ただでさえ学園中の嫌われ者のエリス。益々風当たりが強くなってしまう。
「ふ~ん・・・そうか。」
アベルはつまらなそうにフイと視線を逸らすと、再び本に落とした。
・・・もう私に用事は無いだろう。
「ジョナサン様、お部屋のお掃除が終わりましたし・・・それでは私はこの辺で失礼致します。」
ペコリと一礼して部屋を立ち去ろうとした時・・・。
「待て!エリスッ!」
突然アベルが怖い顔をして私の左腕を掴んできた。え?何?私・・・何か怒らすような事・・した?
思わずアベルを見上げると、彼は真剣な目で私を見つめている。。
「・・・何故、ジェフリーの事はファーストネームで呼ぶ?」
真剣な目で私を見下ろすアベル。え・・?何かおかしいだろうか・・・?
「え・・・ええと・・ファーストネームでお呼びしても・・特に何も言われなかったから・・・ですが・・・?」
「なら・・・俺は何でだ?何故ファーストネームで呼ばない。」
「え・・・?。」
そうだ、言われてみれば確か私は出会った時からアベルの事はジョナサンと呼んでいたっけ・・・。
「ファーストネームでお呼びするのは失礼かと・・・思いまして・・。」
どうでもいいけど・・早く腕を放して貰えないかな・・・。次の仕事もあるのに・・・。
「お前・・・気が付いていたか?昨日からお前の事を俺が『エリス』と呼んでいたことに・・・。」
あ・・言われてみれば確かに・・・。
「俺の事はセカンドネームで呼び、あいつはファーストネームで呼ぶのか・・・。」
何故か気落ちしたような表情を見せるアベル。
「あの・・・それでは私が・・今後『アベル様』とお呼びしても宜しいのでしょうか・・・?」
遠慮がちに尋ねてみた。
「ああ!是非そうしてくれ!」
何故か嬉しそうに微笑むアベル。
その時・・・・ピロ~ンと音が鳴り響き、目の前にウィンドウが表示された。
そこに書かれていた文字は・・ EXCELLENT!
これって・・・フリートークが成功したって事・・・かな・・?
その後・・・掃除用具を持ち、頭を下げてアベルの部屋を出ようとした時・・・
私は見た。
アベルの頭の上に浮かぶ好感度が30になっているのを・・・。
そしてこの日の一日の終わり、私のメイド力のレベルが8に上がった―
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