第5日目 初めての休日 —前編―
『おはようございます。ゲーム開始5日目が始まりました。本日は初めての休暇日となります。休暇日は自由に外出する事が可能になります。学園内の散策や町へ出掛ける事も出来ます。詳しくはメニュー画面をご覧下さい。それでは良い休日を。』
「・・・・。」
私はベッドに寝ながらたった今表示された液晶画面を黙って見つめていた。
・・・やっぱり今日は休暇日なんだ・・・。メイドの仕事をしなくてもいいんだ・・・。
「フ・フ・フ・・・。」
ベッドの上に起き上がると私は含み笑いをし・・・・。
「やったーっ!今日は1日自由だっ!自由に過ごせるーっ!」
天井を向いて高笑いするのだった・・・・。
「う~ん・・・。しかし、本当に今のエリスの服って、ろくな服が無いんだな・・・。」
私はワードローブにかかっている服を見ながら呟いた。
ゲーム上のエリスは貴族令嬢らしく、沢山の衣装を持っていた。特にフリルやレースをふんだんにあしらった高級そうなドレスを自慢げに着ていたっけ・・・。だけど、今ここにぶら下がっているのはシンプルな濃紺のエプロンドレスと水色のAラインのワンピース、そして薄緑色のプリンセスラインのワンピースのみだった。
「まあ普段はメイド服を着る訳だし・・・そんなに沢山服があっても意味無いしね。うん、この薄緑のワンピース・・・エリスに似合いそう。」
試しに当てて見て、鏡に映してみると・・・。
うん。我ながら可愛い!
元々厚化粧のキャラで毒々しいイメージを持っていた悪役令嬢のエリスは本来は化粧を落とすと、愛らしい顔立ちをした女性なのだ。一度だけ、白銀の騎士の誰かにエリスが『お前は化粧をしない方がずっとマシだ』とゲーム中で言われた事があったっけ・・・。あの台詞を言ったのはどのキャラだったかなあ・・?
「よし、この服を着よう。」
そしてその後、エリスの長い金の髪を両サイドを三つ編みにして後ろで1つに止めたヘアスタイルにして鏡の前に立つ。
「おお~っ!これは・・・ブロンドヘアの美女の完成だわ!」
まじまじと鏡に映る自分を見つめる。それにしても変な感じだ。まさかバーチャルゲームの中で私が実際に『エリス』を演じるなんて・・・。
「さてと・・・。それじゃ着替えもした事だし・・・まずはメニュー画面を確認してみようかな?」
私は腕時計のメニュー画面をタッチしてみた。
「え~と何々・・・休日の過ごし方・・・。外に出かけると攻略対象に出会えるチャンス。そこで挨拶をすると好感度が少しだけ上がります・・。なるほどね。後は・・・・へ~町で買物をする事も出来るんだ。あ、でも・・エリスってお金持ってるのかな?」
その時、メニュー画面の下に『所持金』と書かれた文字を発見。
さて、幾らあるのだろう・・・。私は『所持金』をタップした。
『所持金残高 500000コイン』
「え・・・えっ?!う、嘘・・・。何でこんなに持ってるの・・・?」
このゲームの世界のお金の単位はコインで表され、円と同じ貨幣価値になっている。
エリス・・・爵位を剥奪された後は私物から、全財産まで全部没収されたはずだけど・・・?まさか毎日のメイドの仕事の賃金が自然に溜まっていったのかな・・?
でもいずれにしろ、今のエリスはお金が潤っている。と言う事は・・・。
「そうだ!町へ行って買い物をしてこよう!」
私は早速町へと出掛ける事にした・・・。
軽く薄化粧をして、外をチラリと見る。太陽がさんさんと照って外は眩しい位に光って見えた。
このゲームの世界では女性達は休暇日の天気の良い日には大抵日傘をさして外出をしている。エリスも沢山日傘を持っていたっけな・・・。だけどエリスの私物の中には日傘は無かった。
「う~ん・・・。こんな天気の良い日に日傘をさしていなければ、周りから目立ってしまう・・・。ん?」
その時、ふと私の目に丸い箱が見えた。見ると上にラベルが貼られてあり、何か書いてある。
「え・・?プレゼントアイテム?!」
どうやらこれは私へのプレゼントだったようだ。なんだ、だったら教えてくれたっていいのにさ。
蓋を開けてみるとそこには真っ白でつばの広い帽子が入っていた。その帽子は薔薇の刺繍が施され、さらリボンに包まれた薔薇のコサージュが付いてる。
「うわあ・・・こんな素敵な帽子・・・初めて見る。現代日本ではちょっと被るのが恥ずかしい帽子だけど・・・このゲームの世界ではすごくマッチした帽子だわ!」
試しに帽子を被って鏡を見てみると・・・・うん。凄く良く似合っている。この帽子は今エリスが所持している私服なら・・どれでも似合いそうだ。
さらに帽子の下からは小ぶりな淡いピンク色のショルダーバックと、赤いパンプスが入っていた。
「おお~ゲーム制作会社も中々素敵なプレゼントを用意してくれてるじゃない・・。
それとも・・・今日は初めての休暇で何も持っていないエリスの為に初めから用意されていたものかな?」
ブツブツ独り言を言いつつも、早速パンプスを履いてみる。
「おお!ピッタリ!」
・・・でも当然か。エリスの為の靴なのだから・・・。
「よし!さあ出掛けてみようかな。」
飾りのついた帽子に薄緑色のワンピース、赤いパンプスを履き、ショルダーバックを下げたエリスの姿は・・・中々様になっている。
私は帽子を目深にかぶり、顔を隠す様に自室を出た—。
「それにしても・・・カップル同士が目立つな~。」
学園内を歩いていると、多くの学生達が思い思いに過ごしている。公園のベンチで座ってお喋りをする学生・・・噴水を眺めている学生・・テラスでティータイムをしている学生等々・・・しかし、その大半が殆どカップルだった。
その時・・・
グウ~・・・・。
私のお腹が鳴った。そう言えば・・・朝ご飯まだ食べていなかったっけなあ・・・。
空を仰ぎ見ながら考える。
「よし!まずは町へ行って朝食を食べに行こう!」
そして私は元気よく正門を目指して歩いていると・・・ふと見知った顔の男性が1人で歩いているのが見えた。その男性は牢屋の門番をしていたあの赤毛の男性だ。
・・・彼なら特に害は無いだろう。それに確か知り合いに会ったら挨拶するようにと書かれていたしな・・・。でも・・・彼は何て名前なんだろう?まあ、いいか。
すれ違う時に私は頭を下げて挨拶をした。
「おはようございます。」
不意に声を掛けられた赤毛男は驚いた様に私を見る。
「あ・・・ああ、お早う。・・ところで・・誰です?」
困惑したかのような表情を浮かべる赤毛男。ああ・・帽子を目深にかぶっているから私だと分からなかったのかな?そこで私は帽子を上に上げて笑顔で答えた。
「私です、エリスですよ。」
「え・・・えええっ?!お、お前・・・本当にあの・・・エリス・・なのか?」
赤毛男は余程驚いたのか指さしながら私を見る。
「はい、エリスです。それでは失礼します。」
一礼して踵を返そうとして・・・。
「ちょっと待てーい!」
突然変な声の調子で引き留められる。やれやれ・・・まだ何か用事があるのだろうか?いや、でもこのゲームの世界では・・・私は悪役令嬢のエリスなのだ。少しでも愛想よくして自分の株を上げなくては・・・!
「はい、何でしょうか?」
思い切り愛想笑いをして振り向く。すると何故か赤毛男は一瞬顔を赤らめ・・・?
私に言った。
「お、お前・・・少しはメイドの仕事に慣れたようだな・・・。あのエリスのくせに中々手際が良いと・・・皆が話していたぞ。」
赤毛男の話に私は耳を疑った。え?本当なの・・・?それじゃ・・・メイドの仕事を頑張る事で・・・少しずつエリスの悪いイメージが払拭されていくのなら・・。
うん!もっともっとメイドの仕事を頑張れる!そして全員の好感度をマックスにして、さっさとこのバーチャルゲームの世界から抜け出すんだ。
「ありがとうございます!」
俄然やる気が湧いた私は挨拶をすると、再び赤毛男に背を向け・・・。
「おい、エリス。」
・・・再び呼び止められた。
「・・・はい、何でしょうか?」
笑みを浮かべたまま答える。こちらはお腹が空いているのに・・・でも・・う~ん。ここは我慢だ・・・・。
「お前、今から何処かへ出掛けるつもりだったのか?」
この恰好、見れば分かるでしょう・・・。
「はい、町へ行くつもりです。」
「・・・1人でか?」
「はい、私には・・・特に親しい友人はおりませんので。それでは・・・。」
今度こそ立ち去ろうとすると、急に右腕を掴まれた。え?何で?
振り向くと、そこにはあの赤毛男がじっと私を見下ろしている。
「あの・・・まだ何か・・・?」
そこで私は気が付いた。何とあの赤毛男の頭上に・・ぼんやりと好感度を示すハートのゲージが表示されていくのを・・・!
え・・・う、嘘でしょう・・・?それじゃこの赤毛男も・・攻略対象の1人になってしまった訳?!
私があまりに赤毛男を注視しているのが気になったのか、視線を逸らせながら言う。
「な、何だよ・・・。そんなに俺の事・・ジロジロ見るな。」
「あ、申し訳ありません。所で・・・手を離して頂けないでしょうか・・・?出掛けたいので・・・。」
攻略対象になってしまったならますます下出に出ないとまずいな・・・。
「あ、悪い。つい、掴んでしまって。」
赤毛男は私からパッと手を離すと、コホンと咳払いすると言った。
「一緒に・・・町へ行っても・・いいか?」
はい?今・・・何て言った?聞き間違いじゃない・・よね?
私は何気なく赤毛男の好感度ゲージを見て驚いた。え?う、嘘・・?マイナスじゃない・・・。
何とこの男性の好感度ゲージはマイナススタートでは無かったのだ。しかも・・徐々に好感度のゲージが上がってゆき・・・今は10を示している。い・・・一体何故・・・?
そこへピロンと音が鳴り、液晶画面が表示された。
『攻略対象が1人追加されました。町へ行くのに誘われました。』
1 断る
2 誘いに乗る
3 ご自由にどうぞと言う
ひええ・・本当は断りたい、1人で気ままに町を散策したい・・・。けれども相手は攻略対象。かと言って誘いに乗るのも嫌だ。ならば・・・ええい、やけくそだ!
「今日は色々買い物があるので・・・それでも良ければご自由にどうぞ。」
こんな言い方・・・嫌がられるかもしれないが、それでも仕方ない。だって色々生活必需品が欲しいんだもの・・・。
「ああ、俺はそれでもちっとも構わない。丁度・・約束が無くなって暇になってしまったんだ。お前が相手でも少しは暇つぶしになるかなって思っただけの事だから俺の事は気にせず自由に行動してくれ。」
え・・・?単なる自分の暇つぶし・・・?それなら放っておいて欲しいのだけど・・・。しかし相手は一応攻略対象。無碍な態度を取ってはならない。
「助かります。ではそのようにお願いしますね。」
無難な返事をして置いた—。
「そう言えば・・まだ貴方のお名前を伺っていな方のですが・・・。」
前方を歩く男に声を掛けた。
「あれ?そうだっけ・・・?名乗っていなかったか・・。俺の名前は『オリバー』だ。
『オリバー・ヒューストン』だ。」
「分かりました、ヒューストン様、ですね。よろしくお願いします。」
「何だよ・・その『ヒューストン様』ってのは・・・。」
「え・・?それでは何とお呼びすれば・・・?」
「俺の事はオリバーと呼べばいい。」
「オリバー様ですね。承知致しました。」
「・・・・。」
しかしオリバーは何故か面白くなさそうに私を見る。・・・何か気に障る事をしただろうか?
「あの・・・何か?」
「いや、何でも無い。所でこれから何処へ行くつもりだったんだ?」
「はい、お腹が空いているので朝ご飯を食べに行くところです。」
だから早く町に行きたかったのに・・・。
「え?何だ?行ってなかったのか?それなら何故学園併設のレストランかカフェに行かなかったんだ?」
そう、この学園には学生や職員の為のレストランと複数のカフェが併設されている。
土日は私達も仕事が休みなので、通常は学園内の敷地で食事をするらしいが・・。
私はため息をつくと言った。
「私は・・・あの『嫌われ者エリス』ですよ?学園内で食事なんて肩身が狭いですから・・・それならいっそ、町で1人で食事した方が・・ましなんですよ・・・。」
すると・・何故か神妙な面持ちで私の話を聞いているオリバー。
「あ・・その、何か悪かったな。・・・嫌な事聞いて・・・・。」
「別にいいですよ。本当の事ですから、気にしていても始まりません。」
「そうか・・・分かった!ならき今日は俺がお前の食べたいのを何でも奢ってやる!そうと決まれば・・・早く町に行かないとな・・・。それじゃ行くぞ!」
すると何故かオリバーは私の左手を掴むと、町へ向けて大股で歩き始めた—。
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