第9日目 私はゲームの趣旨を理解した

 今朝、いつものように目覚めと同時に私の前に表示された液晶画面を眺めて、一気に目が覚めてしまった。


え・・・?う、嘘でしょう・・・?目を擦り、再び私は液晶画面を食い入るように眺める。


『おはようございます。第9日目の朝がスタート致しました。そして新たなゲーム開始の幕開けも始まります。昨日、とうとう1人の攻略キャラの好感度が基準値に達し、本格的な恋愛モードに入ります。

 1人の攻略キャラの好感度の最大数値は200になります。この200の数値をヒロインと奪い合い、相手よりも高い好感度を攻略キャラから受け取って下さい。尚、最終的に全ての好感度の数値がヒロインよりも低い場合はゲームオーバーとなってしまいます。

ヒロインの持つ好感度の数値を200以上上回ればグッドエンド、半数以上上回った場合はハッピーエンドを迎え、更にある特典を貰えます。』


ふむふむ・・・。ここまでは理解出来た。いや・・・問題なのはここから先だ。

私はさらにテキストを読み進める。


『攻略キャラは全員マイナス100からのスタートとなっており、ヒロインに全ての持ち点が入っております。しかし、これではあまりに不利な状況なので、救済システムとしてゲーム中に登場する全てのキャラが『攻略対象』になりえるように設定されております。なのでどうしても好感度を得られないキャラがいる場合は、攻略対象を増やし、彼からか好感度を受け取り、ヒロインより高得点を取り、ゲームクリアを目指して下さい。それでは本日も張り切ってメイドのお仕事を頑張って下さい。』



・・・何が、本日も張り切ってメイドのお仕事を頑張って下さい、よ・・・。

これは・・・とんでもないゲームの世界だ!冗談では無い!ヒロインは女版ハーレムの世界を作り上げてしまう程の強者だ。と言う事は・・・男に対する執着心が異常に強いと言う事・・・。

そんな彼女から攻略対象の好感度を奪うなんて・・・。お、恐ろしすぎる・・・っ!

大体ゲームが始まって気が付いたのだが、ヒロインのオリビアは男性からの人気は高いものの、女性からの評判は決して良くはない。まあ・・・婚約者がいる男性すら平気で奪ってしまうのだから、評判が悪いのは当然なのかもしれない。

自分の意中の男性を手に入れる為なら、他の誰かを踏み台にしても構わない、と言うか、自分なら何をしても許されるだろうと思い込んでいる節がどうも見て取れるのだ。これでは同性から嫌われても無理は無いだろう。

と言うか・・・・本来ならゲームのヒロインと言うのは男女を問わず好かれるべき存在でいなくてはならないはずっ!だから、このゲームのヒロインは人気投票で圏外にランクインしてしまったのだ。実際エリスの方が人気が高かったのはきっとゲーム制作会社も驚いた事だろう。

 とにかく、オリビアは一筋縄ではいかない曲者だ。自分たちの恋人が・・・憎き相手エリス(私の事だが)に取られるのはきっと屈辱以外の何者でもないはずだ。

そうなると・・・私の取るべき道は1つ。


「なるべく、オリビアの恋人(白銀のナイト)達にはこれ以上不要な接触はしないで・・・少しでも他の男性キャラ達と仲良くなるっ!」

よし!目標変更だっ!

元々白銀の騎士達には虫けらの如く嫌われているエリスなのだ。私的には白い目で睨まれるのが嫌だったので、攻略対象にも関わらず、不要な接触を避け続けていたのである。でも他のサブキャラを攻略対象にする事が出来れば・・・。オリビアに嫌われる事も、白銀のナイト達に追い払われる事も無くなる。

「となると・・やはり攻略対象は同じ仕事仲間の彼等かな・・・。」


ガルシアは・・・アンの恋人だから駄目だ。でも他の従業員男性は?

彼女は・・・好きな相手とかはいるのだろうか?でもまずは・・・。


「相手から好感を持って貰えるようにするには・・・やっぱり真面目に働いている姿を見せる事だよね?よし!今日から今迄以上にメイドの仕事を頑張って、少しでも好感を持ってもらえる様にすることね!ついでにメイドのスキルも上がる、これぞ一石二鳥よ!」


そして朝っぱらから私は朝日に向かって腰に手を当て、高笑いするのだった—。




「どうした、エリス。今朝はいつにもまして張り切って仕事してるな?」


厨房でゆで卵の殻割をしている所へガルシアが声を掛けて来た。


「はい、私はメイドの仕事に命を懸ける事にしたんです。」

いや、実際に私の命が懸ってるんだけどね。


「そう言えば、昨日はすまなかったな。苺をもがせに行くなんて重労働な仕事を頼んでしまって・・。ダンに怒られてしまったよ。か弱いエリスに重労働なんかさせるなって。何かある時は俺に声を掛けろってね。」


言いながらガルシアがジャムの入った瓶を目の前に差し出してきた。


「あの、これは・・・?」


「ああ、実はお前達が頑張って苺を持って来てくれたからな。わりとあまったんだよ。それで少しだけ傷みがかっていた苺をジャムにしたんだ。昨日のお詫びだ、受け取ってくれ。」


「え・・ええっ?!いいんですかっ?!」

思わず笑顔になってしまう。


「ああ、この料理長ガルシア様直々に作った特製ジャムだ。美味いぜ。」


得意げにそれだけ告げるとガルシアは去って行った。私は改めて今受け取ったばかりのジャムを眺める。

何て綺麗な色なんだろう・・・。そうだ、今日のランチはパンにして、このジャムを塗って食べてみよう。フフ・・・今から楽しみだなあ。


 そんな私を物陰からじっと見つめていた人物がいた事に、この時の私はまだ気が付いていなかった・・・。


 学食の食器洗いは昨日カミラがくれた固形洗剤のお陰で、いつもの半分の時間で片付ける事が出来た。おお~っ!凄い時短だっ!アンの助けが無くても終わっちゃったよ!いや・・・これは固形洗剤のお陰だけでは無いかもしれない。

仕事の効率が上がったので、今の私のメイドスキルのレベルは15にまで上がっていたのだ。もっと頑張れば、他にも便利な家事アイテムが貰えるかもしれない・・・。

ウフフ・・。早くレベル上がらないかな・・。思わずニヤニヤ顔で食器洗いをしていると不意に背後から声をかけられた。


「エリス。」


振り返るとそこに立っていたのは・・・え~と確か・・・ニコル・・だったかな?


「おはようございます、ニコルさん。」


「お早う・・・。」


ぶっきらぼうに返事を返すニコル。え・・?そんな仏頂面ならどうして私に話しかけてくるのよ。

すると何を思ったのかニコルが数歩私に近付き、ジロジロと見つめて来る。

・・・確かにニコルは小柄だ。でも・・・こうしてみるとアベルよりは背が高いようだ。これならアベルが身長を気にするのも無理は無いかな・・。


「ふん・・・やっぱりお前、チビだな。チビのメイド・・・使えねえなあ・・・。」


な・・・いきなり何て口をきいてくれるのだ?この男は。小柄で少年の様なニコルは可愛らしい顔立ちをしているので、一瞬少女に見間違えてしまうかのような容姿をしているのに・・・口から付いて出て来るのは毒だ!


「あ、あのですね・・・。」

何か一言言ってやろうともって口を開きかけた時、突如としてニコルが謝罪して来た。


「悪かったな。」


「え?何の事です?」


「いや・・・。この間のワックス当番だ。俺・・・相手がお前だと知って・・・逃げたんだよ。お前じゃあの牛乳を運べないと思ったから・・・。俺、背も低いから力が弱くて・・・いつも俺より背が高いメイド達とだけ組んでワックスの仕事してたんだ。なのに・・・その相手が今回はお前だと聞かされて・・・逃げて来た。お前が困るのは分かっていたけど・・・俺も嫌だったんだよ。男のくせにこんな事も出来ないのかって思われるのが・・。だけど、ダンが代わりに手伝ったと聞かされたら安心したよ。」


ポツリポツリと語るニコルの横顔は・・・何処か寂しげだった。


「ニコルさんは・・・何歳でしたっけ?」


「俺?お前と同じ18歳だぞ?あ、もしかして・・・これからまだ背が伸びるとか言うつもりじゃないだろな?そんな話は信用しないからな。」


私はネット社会で培ってきたうんちくを疲労する事にした。

「昔から寝る子は育つって言いますよね。あれって本当の事なんですよ。20歳を超えたって、睡眠を良くとれば身長だって伸びる可能性があるんです。後は食べ物ですよね。チーズや牛乳、ヨーグルトは積極的に摂取して下さいね。あ、あまり筋トレをして筋肉は付けないようにして下さい。筋肉が身長を伸ばす妨げになりやすいので・・・。」

ペラペラとせつめいすると、ニコルが徐々に尊敬の目で私を見つめて来た。


「エリス・・・お前って・・・すごいのな・・・。」


「いえいえ、そんな事無いですよ。まあ・・・私もそれを実践すれば背が伸びるのでしょうけど・・・。」


するとニコルが言った。


「・・・お前はやらなくていい。」


「え?」


「お、俺より・・・背が高くなられると・・・い、嫌だから・・・。」


何故か顔を赤く染めるニコル。


「は・・・はあ。」


そしてニコルは私が貰ったイチゴジャムを見ると言った。


「それ・・・ガルシアから貰ったんだろう?」


「はい、イチゴを摘んできたお礼にと。」


「実は、俺・・・美味いパン屋を知ってるんだ。実はそこで食パンを買ってきていて・・・良かったら今日一緒に昼飯食べないか?そのパン・・・分けてやるよ。その代わり・・・。」


「ジャムを分けてくれって言うんでよね?」


私は後に続いた。


「え・・??」


何故分かったと言わんばかりの顔で私を見るニコル。


「ええ、いいですよ。一緒にこのジャムを塗ってパンをお昼に頂きましょう。」



そして私達が待ち合わせを決める頃には、ニコルの頭の上に好感度を表すハートが表示されていた。

そして数値は30を指していた―。



 昼休み—。


何処で聞きつけて来たのか、学園のベンチには私とニコル、そしてダンが座っている。


「おい、ダン。お前・・・何でここにいるんだ?」


ジロリと睨みながらニコルが言う。


「何だよ、俺がいたらまずいのか?大体苺を運んだのはこの俺だ。よって俺もガルシアの作ったジャムを食べる権利はある。」


うん、確かにガルシアの言う事は一理ある。


「言われて見れば確かにそうですね。ではダン。このパンをどうぞ。」

私はニコルがくれたパンにジャムを塗るとダンに渡した。


「お、おう!悪いなッ!」


嬉しそうに言うダンを見て、ニコルは益々不機嫌になっていく。いやだなあ・・・幸い好感度のゲージは動いていないが・・・用心に越したことはない。


「ほ、ほら。ニコルさんもどうぞ。」

素早くジャムを塗って、愛想笑いしながらニコルにパンを渡す。


「ん。」


照れたように返事をしてパンを受け取るニコル。


そして3人で食事をしていると・・・不意に声をかけられた。


「あら、エリス様じゃないですか。・・・こんな所でランチですか?・・・でも今の貴女の立場では、ピッタリな場所・・・お似合いの男性達ですね。」


その声は・・・嫌な予感がして顔を上げると、そこにはアンディを伴ったオリビアがいた。

何だか妙に棘のある言い方が気に障ったが、取り合えず挨拶する事にした。


「こんにちは、オリビア様、スチュアート様。」


「あ、ああ。」


一言だけ短く返事をうするアンディ。そんなアンディを身をすくませて見つめるダンとニコル。うん。委縮してしまう気持ちは良く分かるな。


オリビアは勝手にペラペラと話し始めた。


「それにしてもエリス様。ようやく目が覚められたようで安心しました。やはり伯爵令嬢という肩書を剥奪されてから人間的に成長されたようですね。やはり人には分不相応な相手と言うのが存在するものです。でも、今回の貴女はそれをきちんとわきまる事が出来たようですね。」


そしてニッコリ笑う。

うわっ!ひくわ・・・。これがヒロインが言っていい言葉なのだろうか?

当然ニコルとダンは険しいい顔でオリビアを見るし、アンディだって何処か軽蔑した目でオリビアを見ている気がする。

う・・・。流石にもう黙っていられない。


「そうですね。オリビア様。彼等は本当に素晴らしい職場の仲間です、彼等と引き合わせて下さった皆様に感謝を申し上げたい位です。本当にありがとうございます。」


「「え・・・。」」


ニコルとダンの声が重なる。


「う・・。」


オリビアは苦し気な顔で私を見ると、アンディが口を挟んできた。


「オリビア、今の台詞は言い過ぎだ。・・・もういいだろう、行くぞ。」


 その後、オリビアはアンディに手を引かれて去っていき・・・・ダンとニコルの好感度が50に上がった。


 2人が去った後・・・何となく3人の団結力が強まった気がしたのは私だけだろうか・・・?


 この日も残りの時間、めいっぱいメイドの仕事をこなし・・・メイドのレベルは18に上がった。


『第9日目終了、お疲れさまでした。攻略対象が1人増えました。ヒロインが貴女をライバルと認めました。ヒロインに負けないように頑張って下さい』










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