第13日目 2回目の休日 前編

『おはようございます。13日目の朝が始まります。本日と明日は休暇日となります。

それでは良い休暇をお過ごし下さい。』


毎度毎度天井に浮かび上がる1日の始まりを告げる画面表示。それにしても・・・本来なら昨日と今日が休暇日だったはず・・・なのに、何故ズレた?もしかして定期考査の日と重なっていたからなのか・・・?いやいや、こんなくだらない事はどうだっていい。

昨夜・・・眠った後に入って来たメッセージに衝撃を受けて、今の私は現実逃避をしようとしているだけなのだ。


そしてガバッ飛び起き、思わず叫んだ。


「ダンジョン探索って何なのよ~っ!!」


そう、私が今現実逃避をしようとしているのは昨夜新たに追加された新しいメイドの仕事についてである。

何故?何故メイドのレベルが20になったら<ダンジョン探索>という仕事の項目が増えているのだ?しかも恐ろしい事に『ダンジョンは危険が一杯ですので命を守る事を最優先に行動して下さい。健闘をお祈り致します―。』

何て書かれた日には、ダンジョンに潜ってモンスター退治をしろと言ってるようなものじゃないのっ!冗談じゃないっ!私はか弱いメイドだ。勇者のように剣で戦う事も出来ないし、魔法使いのように攻撃魔法を使える訳でもない!


「どうしよう・・・これって・・・絶対にやらないといけない仕事なのかな・・?」


そして何気なく壁に掛けてある時計を見て、ハッとなる。

時刻は朝の7時を少し過ぎた所だ。

「そう言えば・・・この間、トビーが言ってたよね・・・?今度の休暇は2人で一緒に何処かへ出掛けようって・・・。」


じょ、冗談じゃないっ!元モブキャラないし、サブキャラが攻略対象の場合・・あっという間に好感度が上がってしまう。

もし、今日仮に二人で出かけたとして・・・トビーのハートを鷲掴み?するような事になった場合・・・ま、間違いなく告白イベントへとなだれ込みそうだ・・・。

そ、それだけは・・・されないように死守しなければっ!


「と、とに角すぐに着替えて・・・何処でもいいから出掛けようっ!この学園から逃げなくちゃっ!」


私はクローゼット開けた。


「フフフフ・・・今日はこの服を着てみよう・・・。」


私はこの間の休暇日に買った洋服に手を伸ばした・・・・。



「うんっ!今日も朝からいい天気だーっ!」


外へ出ると私は大きく伸びをした。

今日の私の服のコンセプトは・・・ずばりウェスタンがテーマだっ!

皮のロングブーツにボリュームのある膝丈の茶色のスカート。そして皮のベストにチェックのシャツ。極めつけはカウガールハットにおさげに結った髪。

実は私には密かな野望があった。それは、毎週末何処かへ出掛ける時は、コスプレ?もどきのスタイルで決めようと!

だって、ブロンドヘアにブルーの瞳・・背も小柄でお人形のように可愛らしいエリスだよ?色んな洋服を着て楽しみたいって思うじゃない、普通・・・。

それに幸いな事に、ここはゲームのファンタジーな世界。ここの人々の着ている服は正に千差万別。故に・・・どんな格好をして町を歩いても・・・何の違和感も感じさせないのであるっ!


「だけど・・・何処に行こうかな・・・。トビーに誘われるのが困るから勢いで出てきちゃっけど・・・。でもその前にお腹空いたから、何処かで朝ご飯食べよう。」


本来なら学園併設のレストランやファストフード店で食事をするのが定番だけども・・・まだまだこの学園は悪役令嬢『エリス』にとっては居心地の悪い場所。

誰かに私だとバレて、見とがめられるのは割に合わない。


「仕方ない・・・・。学園を出てから朝食だな・・。」


こうして私は腹ペコの状態で学園を出発した・・・。


エタニティス学園の駅に着き、とりあえず路線図を確認する。


「う~ん・・・やっぱりとなり町の首都『コルト』に出て、そこで朝ご飯かな・・・。その後の事は食事してから考えよう。」


取りあえず1駅分だけの切符を購入し、駅のホームで電車を待っていると・・・反対側のホームには・・・あ、あれは・・・!そこにいたのはオリビアとアンディの姿がっ!

2人はまるでペアルック?もどきの服を着て、互いに顔をくっつけ合うように楽し気に会話をしている。その姿は完全に仲睦まじい恋人同士だった。


「へえ~・・・この世界のオリビアって・・・ひょっとしたらアンディ一筋なのかな?でも・・エリスが投獄されたって事は・・攻略キャラの男性全員の好感度をマックスにして、女版ハーレム?を作り上げた世界のはずなのに・・。」


大丈夫なのだろうか?1人の男性ばかりに固執して・・・。


ふと、その時・・・私は見た。

私から10m程離れた距離で向かい側のホームにいるオリビアとアンディをベンチに座り、雑誌越しにチラチラと監視?している人物を・・・。

あれは・・・・。

間違いないっ!

攻略対象キャラの1人・・・「アドニス・ブラットリー」だ!

うわあ・・・。ゲーム開始13日目にして始めてあった攻略キャラだ・・・。

それにしても・・・私はアドニスを横目で観察した。

すごい・・・。本当に美人?だ・・・中性的な顔立ちは男か女か迷わせるような魅力がある。

流石はアドニス。名は体を表すとは正にこの事かも。

何せ美少年と言ったらアドニス、アドニスと言えば美少年の代名詞みたいなものだから・・・・。

それにしても・・・さっきから何やってるんだろう・・・。

覗き見している雑誌は上下逆さまだし・・・おまけに何だか涙ぐんでいるようにも見える・・・って言うか泣いてるっ?!

め・・・女々しいっ!女々し過ぎるっ!


やがて、反対側のホームに電車が到着し・・2人は電車の中へと入っていく。

そしてドアは閉まり・・・窓越しにオリビアとアンディの楽し気な二人を乗せて、電車は無情にも去って行った—。

あの2人はこれからどこへ行くのだろう・・・。去り行く電車の後姿を見送っていると・・・。


「ねえ、ちょっと。」


突然背後から誰かに声をかけられた。


「え?」


振り向くと・・・そこに立っていたのはまさかの「アドニス・ブラットリー」。

エリスの攻略対象者だ。


「君だよ、君に話しかけてるの。」


アドニスは先ほど読むふりをしていた雑誌を丸めて小脇に抱え、何故か不機嫌そうに私を指さしている。


え・・・?な、何故・・・彼は私に話しかけているのだろう・・・。

それにしても・・何て美しい容姿をしているのだろう。銀に近い金糸の髪・・・緑色の瞳・・・美人さんだあ・・・。


「あ~嫌だ嫌だ。そうやってまた僕に見惚れる女子がいるよ・・・。」


アドニスは髪をクシャリとかきあげるとため息をつく。

するとそこへまさかの選択画面がっ!


『攻略対象が現れました。何と答えますか?』


1 自意識過剰ですね

2 貴女の瞳に写った自分の姿に見惚れていました

3 いいじゃないですか、減る物じゃないし

4 無言を通す



ひええええっ!な、な、な・・・なにこれっ!まともな選択肢が一つもないっ!

アドニスは眉間にしわを寄せて私を見下ろしているし、好感度は当然の如くマイナス100。

迷い過ぎて、まさかのタイムオーバーで選ばれてしまったのは4番だった。


しかし・・・。


「うん・・?あれ、何だか何処かで見た事がある顔だなあ・・・。」


そしてアドニスは私に顔を近付けてジロジロと不躾に見つめて来る。そして・・・。


「ねえ・・・君、まさか・・エリス・ベネット・・・?」


「は・・・はい・・。そのまさかのエリス・ベネットです。」


するとアドニスが大袈裟な程驚いた。


「へえええ!これは驚いた・・・。随分と上手に化けたねえ。一瞬誰か分からなかったよ。それで・・・ベネットもアンディを見張っていたんだね?」


そして・・・今の答えの何処が気にいったのだろう?好感度が-90に変化していた。


しかし・・・アンディを見張っていた?そんなわけないでしょう。

いきなり何を言い出すのだろう?

「いいえ、違いますけど?でも・・・ブラットリー様。・・彼等を覗き見しているの・・バレバレでしたよ。それに・・・何故反対側のホームにいたのですか?あれでは・・・あの2人の後を付ける事も不可能ですよ?」


「ち、違うっ!僕は・・・あの2人を覗き見していた訳じゃないっ!た、たまたまあの2人をこのホームで見かけただけだっ!」


「でも・・・雑誌が反対向きでしたよ。」


「え?」


「それに・・・涙ぐんでいましたよねえ?」


「うぐっ!」


そこへ・・・ホームに電車が入って来た。


「それでは失礼しますね。ブラットリー様。」


頭を下げて電車に乗り込むと、アドニスも当然の如く乗り込んでくる。


「・・・?」

アドニスも・・・何処かへ出掛けるのだろうか?


やがて電車は首都である『コルト』の駅へ到着した。


「それでは失礼致します。」


頭を下げると、何故かアドニスも一緒に降りて来た。


「ブラットリー様もこちらで降りるのですね?」


「うん、まあね。」


そして私が歩き出すと、何故か後ろをついてくる。・・?

まあ、気のせいだろう。アドニスが・・・エリスに用事などあるはずがないしね。

そこで私はアドニスの存在を完全に消し去る事にした。

ブラブラと町を歩き・・・可愛らしいカフェを発見した。

私は小走りになってそのカフェへ向かうと、何故かアドニスもついてくる。


壁に掛けてある黒板には可愛らしいイラスト付きの手書きメニューが描かれている。


「あ、これなんか・・おいしそう。」

それはパンケーキのセットメニュー。コーヒーにサラダもセットで価格もお手頃だった。

よし、ここに入ろう。

そしてドアに手を掛けようとした時・・・。突然それまで黙って私の後をついて来ていたアドニスがグイッと私の肩を掴んで引き留めた。


「あ、あの・・・何か・・?」


真上を見ながらアドニスに尋ねると彼は言った。


「ここよりも・・・もう1つ先のカフェの方がお勧めだよ。」


「はあ・・。」


「何がはあだよ。ほら、行くよ。」


そう言うと、今度はアドニスが先頭に立って私を連れて歩き出す。

一体・・何なのだろう?



そして今私の向かい側には美味しそうにコーヒーを飲むアドニスがいる。


「どうしたの?・・・食べないの?」


アドニスは私の目の前に置かれたパンケーキのモーニングセットをチラリと見ながら言った。


「あ、い、いえ。頂きます。」


私はパンケーキ一口パクリと口に入れ・・・。


「う~ん!お・・・美味しいっ!」


思わず笑顔がこぼれる。そんな私をアドニスが呆気にとられた顔で見ている。

そして、何だ。そんな顔も出来るんだ。と呟く言葉が耳に入って来た。


そして何の予告も無しに突然現れる液晶画面。


『攻略対象は何か貴女とお話をしたがっています。うまく誘導して彼の相談に乗ってあげましょう。』


ええええっ!何、それ・・・!私・・・私は・・ゆっくり食事を楽しみたいのにっ!

ううう・・・。恨んでやる、このゲーム会社を・・・。

しかし、ゲームシステムには逆らえない。仕方が無い・・・。


「こちらのお店・・良く来られるんですか?」

愛想笑いしながら私はアドニスに話しかけた。


「前はね・・・良く来ていた。」


ぶっっ帳面で答えるアドニス。


「前は・・・?」


「ああ、そうだよ。オリビアとよく来ていたんだ。」


ま・まずい・・・。墓穴を掘ってしまった・・・!何か・・・何か話さなくては好感度が・・・っ!


「そうでしたか。オリビア様と・・・。何だか・・・すみません。私の様な者を・・・そんな大切なお店に連れてきて頂いて・・・。」

言いながらチラリと好感度ゲージを見ても変化なし。


「別に、そんなんじゃない。僕はこの店が気に入っていた。だけどオリビアは最近僕が誘っても全然誘いに応じてくれなくて・・1人じゃカフェなんて僕は入れないし・・・。だからたまたま見かけた君を連れて来ただけだから。だから・・、妙な勘違いとか・・・絶対にするなよっ?!」


最期の方はほぼ睨み付けるよう言って来た。ああ・・・成程、そういう訳か・・。


「はい、大丈夫です。勘違いなど致しませんのでご安心下さい。でもありがとうございます。ブラットリー様のお陰で美味しい朝食を頂く事が出来ました。この店・・素敵ですよね。また・・来てみようかと思いました。」

思い切り笑顔で答える。


「あ、そ。好きにしたら?」


そんな私につまらなそうに答えるアドニス。


「はい、好きにします。」


「・・・強いよな、君は。」


突如アドニスがボソリと言った。おや?これは・・・ひょっとして・・?


「私が・・ですか?」


「そう。君の事だよ。」


「今までは・・・大抵オリビアは僕が誘えば・・・乗ってくれていたのに、もうずっとまともに会う事も出来ていないんだ。正直言えば・・・僕は自分で言うのもなんだけど、ひねた性格しているし、友人も多くない・・・。オリビアに出会うまでは寂しい休日を過ごしていたけど・・彼女と出会ってから世界が変わって・・。なのに・・・僕たちが『白銀のナイト』として・・彼女と力を合わせて荒れた大地を復活させた途端・・・・アンディ意外とは誰とも付き合わなくなって・・・。」


アドニスは何やらブツブツと愚痴を言い始めた。


「それで・・・僕も1人で休暇を過ごさざるを得なくなったんだけど・・・1人で出かけても・・・寂しいだけで、ちっとも楽しくないし・・・」


未だにアドニスの愚痴は続く。もういい加減解放してよ~・・。

彼は・・・こんなに愚痴っぽい男だったのか?!


「だから・・・ベネットが羨ましく思えたんだ。一人でも何だか楽しそうに振るまって・・・。」


もうそろそろ・・・愚痴を聞くのも限界だ・・・!


「私も・・・別に1人は楽しくないですよ?」


「え・・だって、さっきの店で楽しそうにメニューを選んでいたし・・今だって楽しそうに食事してるじゃ無いか・・・。」


「それはきっとブラットリー様がいたからですよ。」


「え・・・?でも別に一緒に出掛けてるわけじゃないのに?」


「はい、そうです。それは・・安心感があるからですよ。隣に誰かいるだけで、私は安心感を得る事が出来ます。だから・・・今日は一緒に行動して下さって、ありがとうございます。」


そして微笑む。


その瞬間・・・アドニスの好感度はマイナス50になっていた—。





















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る