第31日目 雨の都『インベル』 ②

『アルハール』の駅に着いた時、私はタリク王子に尋ねた。


「タリク王子、傘は持って行かないんですか?」


これから私達は1年中雨が降り続いているという『インベル』の国へ行くにも関わらず、傘を持っていないのだ。


「ああ。傘は必要無い。・・どのみち邪魔になるだけだ。先程の説明で言い忘れた事があるが・・・『インベル』へ着いても必ず危険という訳では無いからな?光苔やキノコが自生している地域へ行かなければ・・・何の心配もいらない。恐らく只の観光客だと歓迎してくれるのではないか?」


タリク王子は最も重要な事をサラッと言ってのけた。


「はい・・・?今何と仰られましたか?タリク王子・・・。」


私は顔面に冷たい笑みを張りつかせながらタリク王子を見た。


「お、おい・・・?どうしたんだ?エリス・・。何だか笑っているのに・・・物凄く怒って見えるような気がするのだが・・・・っ?!」


タリク王子は狼狽えながら私を見降ろす。


「タリク王子・・・宿屋で話をした時は・・・『インベル』では余所者全員を排除するような言い方をされていましたが・・・?光苔やキノコの自生する地域へ足を踏み入れない限り安全だと言う事ですか?」


「あ・ああ・・・・。そうだ。」


タリク王子は引きつった笑いをしている。


「そうですか。ならタリク王子。『インベル』には御一緒して頂かなくて結構ですよ。」


私は地面に置いておいたボストンバックを手に持つと、くるりと背を向けた。



「お、おい?どうしたんだ?エリスッ!何処へ行く?!」


慌てたタリク王子が私の後を追い縋って来た。


「要は光苔やキノコが生えてる場所へ近寄らない限りは安全なんですよね?それなら『インベル』へ行くのは私1人で十分ですよ。タリク王子、どうも色々お世話になりました。お元気で。」


そして頭を下げ、タリク王子に背を向け歩き始めた時・・・。


「待ていっ!エリスッ!お前を1人で『インベル』へ等行かせないぞっ!俺は地の果てまでもお前を追いかけて行くからなっ?!」


そう言いながら羽交い絞めにしてきた。


イヤアアアッ!な、何するのよっ!この馬鹿王子めっ!!


「は、離してくださいっ!タリク王子っ!」


「いーや!絶対に離さない!何故なら手を離せばお前は俺の前から消え去るつもりに決まっているかなっ?!」


いや、消え去らないでしょう?!だってこれから私は『インベル』へ行くわけだし、タリク王子、貴方だってそれを知ってるじゃないのっ!


「う・・タ、タリク王子・・・。は、離してください・・よ・・・。」


まるで背後から仕掛けられるプロレス技「ベアハッグ」の如く、ギリギリと締め上げて来るタリク王子は自分がどれだけ馬鹿力を持っているのか全く気付いていもいないのか、一向に締め上げる力を緩めない。

周りにいる人達は眉を潜めてヒソヒソと囁いているが、相手がタリク王子だと言う事が分かっているのか、誰一人止めに入る者はいない。

こ・このままでは私はこの間抜け王子に絞殺される・・・。か、かくなる上は・・・。


「害虫駆除っ!」


私は必死に力を振り絞り、天に向けて叫んだ。

すると私の身体から眩しい光のシャワーが溢れ出してくる・・・・。


おおっ!スライムを体内に取り入れた為か?光の粒子の眩しさがパワーアップしている気がする!


「ううっ!ま、眩しいっ!」


タリク王子が目をつぶり、腕の力を弱めた。よしっ!今がチャンスッ!!


私は身を捩って必死にタリク王子の腕から抜け出すと、荷物を持って一目散にその場をダッシュした。


人気の無い路地裏に身を隠し、無駄かもしれないが私はアイテム『魔法の絨毯』を取り出した。

そして飛び乗ると、試しに命じてみる。


「MJよっ!私を『インベル』の国まで連れて行きなさいっ!」


果たして結果は・・・。

その直後、私の耳元で風を切るような音が聞こえ・・・気付けば私の眼前には

薄暗い雲に覆われ、シトシトと雨が降りそそぐ町が目の前に広がっていた。


「え・・?ひょっとすると・・ここが・・・『インベル』?それにしても・・・ハ・ハ・・・ハクションッ!!」


派手なくしゃみが飛び出す。

何、ここ・・・。うう、さ・寒い・・寒くてたまらない。ついさっきまで暑い砂漠の国へいたから今は寒くてたまらない。

しかもタリク王子の魔の手?から逃れる為に余計な魔女っ娘メイドの姿になったものだから其の寒さは尚更身に染みて堪える。

震える手で液晶パネルをタップして、変身解除を操作する。

途端に先程と同じアルハールの民族衣装の姿に戻る私。ふう・・・この姿の方がまださっきまでの服装よりは寒さをしのげるからね。


それにしても・・・私は辺りを見渡した。

何だか人の気配がまるでしないのだけど・・・だって時間はまだ朝の10時だよ?それなのに、何故人っ子一人見当たらない訳?!

おまけに空どす黒い雲に覆われ、まるでこの国は夜のようにも見える。


「もしかしてコンピューターウィルスのせいなのかな・・・?こんなにどす黒い雲にこその寒さは・・・?」


取りあえず今は偶然にも屋根のある場所に瞬間移動して来たらしく、雨に濡れる心配は無いのだが・・・。


「困ったなあ・・・・。タリク王子は傘など必要無いって言ってたけど、これじゃ濡れてしまうじゃないの。」


と、その時背後で突然しわがれた声を掛けられた。


「おや・・・お嬢さん。そんな恰好でどうしたんだね?あ・・・もしかして観光客かい?どう見てもこの国の人間じゃないねえ・・・・。」


ひっ!

突然背後からしわがれた声で話しかけられて思わず私は悲鳴を上げそうになった。

恐怖を押し殺して恐る恐る振り向くと、そこにはビニール合羽のようなマントを羽織り、背中に大きなリュックを背負ったお婆さんが立っていたのである。


「あ、あの・・・私はこの国に観光で1人で来たのですが・・傘を持っていなくて・・。雨宿りしていたんです。」



でっち上げの話をしたが、このお婆さんは信じてくれるだろうか?


「おや・・・そうだったんですか・・・。それはまずいタイミングで来てしまいましたね・・・。」


お婆さんは残念そうに言う。


「ま・・・まずいタイミング・・と言いますと・・?」


「ええ・・・お嬢さんはこの国に来るのは初めてですか?」


「はい、初めてです。」


だってこんな国知りもしなかったし。


「実は・・この国はちょっと前まではこんな世界では無かったんですよ。確かにt1年中雨は降っていましたけどね、空はこんな紫色をしていなかったし、これ程寒くも無かった。そして・・・・こんなに酷く雨は降っていない場所だったんですよ。」


「はあ・・・」


そこまで言いかけて、私はまたあまりの寒さにくしゃみを連発する。


「まあ、大変だわ。お嬢さん。実はね、私はすぐそこで宿屋のおかみをしているんですよ。良かったら来ますか?」


「ええ?!宿屋をされてるんですか?!是非!是非宿泊させて下さいっ!」


おお~・・・私は何てラッキーなのだろう。偶然降りった地で、すぐに知り合った相手が宿屋のおかみさんなんて・・・。


そしておかみさんは私の服装を足のつま先から頭のてっぺんまで見ると言った。


「う~ん・・・。そんな服では濡れてしまうので・・・。」


言いながらお婆さんは背中に背負っていたリュックから何かを手渡してきた。


「お嬢さんには特別サービス。ただで上げるよ。それを着てごらん?」


お婆さんに言われて、手渡されたものを広げてみるとそこは大きなマントであった。しかも素材はビニール製。これなら雨に濡れずとも外を歩けるっ!


「あ、ありがとうございますっ!」


私は急いでレインマントを身に着けるとお婆さんが言った。


「それではお嬢さん、宿屋に案内しますよ。」


「はい、お願いします。」


こうして私は雨の降る町を宿屋のお婆さんに連れられ、歩きだした—。


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