悪役令嬢の逆襲~バッドエンドからのスタート

結城芙由奈

オープニング  バーチャルゲームの世界へようこそ

 ピチョン・ピチョン・ピチョン・・・・。

どこかで雫が垂れる音が聞こえてくる。徐々にその音で私の意識は覚醒し、ゆっくりと目を開けた—。


「え・・・?ここ・・・何処?」

私が目覚めた場所は冷たい石畳の上。壁も天井も石壁で、何より一番衝撃を受けたのは、目の前にある鉄格子。鉄格子には逃げられないようにする為なのか南京錠がかけられている。石壁の高い位置に小さな窓があいており、そこから三日月が見えたので、今は夜だと言う事が分かった。

壁に取り付けられた松明が唯一の灯りらしく、あちこちに取りつけらているのだが、炎が怪しく揺らめき、逆に私には不気味さを醸し出しているように見えた。

間違いない、私は今牢屋に閉じ込められているのだ。


一体、どうしてこんな事になってしまったのだろう—。



 

 西暦20☓☓年―


「え?何?この小包は・・・?」

金曜の夜、仕事から帰宅した私はマンションの郵便受けに小さな小包が投函されているのに気が付いた。

送り主は「株式会社 アースプロダクツエンターテイメント」となっている。

はて・・・?どこかで聞いたことがあるような企業名だ。

宛名を見ると「瀬戸葵様」と書かれている。


 取りあえず私は小包をテーブルの上に置くと、コンビニで買って来たお弁当を温め、朝の残りのお味噌汁と一緒に食べながら、テレビのリモコンを付けた。

放映していたのはニュース番組で、内容は「家庭用バーチャルゲーム」についての話だった。


 眼鏡をかけたアナウンサーの女性が喋っている。

「・・・・と言う訳で、最近の家庭用バーチャルゲームの進歩は目覚ましい一方、若者を問わず、幅広い年齢層の人々がその世界から抜けられなくなってしまうという社会問題が発生し・・・。」


「ふ~ん・・・。バーチャルゲームねえ・・・。ま、私はそんな本格的なゲームなんか興味ないな。ゲームなんかアプリで配信されているものや、ただのソフトゲームだけで十分だと思うけどね。」

独り言を言いながらコンビニ弁当を食べ終えると、私はそれをゴミ袋に入れてシャワーを浴びにバスルームへ向かった。


 シャワーを浴びて部屋へ戻って来ると携帯に着信が入っている。

「誰からだろう・・・?」

ピッと携帯を操作して、画面を表示させると着信相手は見知らぬ電話番号だった。

しかも3回もコールされている。

「やだ、悪戯電話かな?かけなおすのやめとこう。」

携帯をテーブルの上に置くと、冷蔵庫から缶ビールを取り出してプルタブを開けた。

プシュッ!子気味酔い音を立てて蓋が空く。

私はビールを水のように流し込むと、あっという間に一缶開けてしまった。


そしてノートパソコンに向かうと、自分で気合を入れるように言った。

「さて、ではやりますか。」

そしてキーボードをパシパシと叩き始めた。


 私は瀬戸葵。27歳の中小企業のOLとして働いている。

担当部署は経理課。その為日々、数字と睨めっこの生活に追われている。

付き合って3年目の彼氏がいるが、只今遠距離恋愛中で連休が続いた日にしか会う事が出来ない。

その為、週末だと言うのにこうして1人寂しく家で過ごしているという訳だ。


 今私は自分のブログに今迄自分がコンプリートしてきたゲームの攻略やレビューをパソコンに打ち込んでいる最中。


これが中々好評で、多くの読者がついている。特に私が得意としているゲームは女性向け恋愛ゲームと脱出ゲームである。誰よりも早く攻略し、ゲームの進め方などを紹介しているので一部のヘビーユーザーからは「神」扱いされている。

 今書いている攻略は昨夜私がクリアした脱出ゲームである。

これも配信されてまだ間もないゲームで、かなり難易度も高く設定されていたので私は寝る時間も削って攻略に明け暮れていたので、クリアできたときには思わず祝杯を上げてしまった程だった。

 ちなみに私がブログに書くゲームはアプリの場合は一度の配信のみのゲームのみ。

アップグレードは、行わないゲームに限っている。しょっちゅう新しくステージや内容が増えてしまえばその度に攻略方法を書き込まなければならないし、レビューも書けないからだ。


「よし、これで終わりっと。」

パソコンに打ち込む作業を終えて、私は読者からのコメントを読んでいると、ふとあるメッセージに目が止まった。

「うん?あれ・・・これはこの間書込みしたばかりの乙女ゲームの攻略とレビューについてのメッセージかな?」

私はメールを立ちあげて、メッセージに目を通す事にした。



三日月様へ—


 初めてコメントさせて頂きます。この度、女性向け恋愛ゲーム『悠久の大地で君を待つ』の攻略とレビューを書かれたブログを拝見させて頂きました。

実はこのゲームは我々スタッフ一同総力を上げて開発致しました自信作でございます。難易度を上げ、攻略しにくい設定に致しましたがこれ程早くに完全制覇をされる方が現れるとは思いもしませんでした。そして、意表をついたレビュー。

今後のゲーム開発の参考にさせて頂きたいと思います。

 実はこの度、どうしても直接三日月様に連絡を取りたいと思い、誠に申し訳ございませんが、住所を調べさせて頂きました。

さらに本日着で小包を送らせて頂きましたが、お手元に届きましたでしょうか?

是非中身をご覧になり、もし興味がおありでしたら下記の番号までご連絡頂けないでしょうか?

どうぞよろしくお願い致します。

                              開発者一同より


 メッセージを読み終えた私は唖然としてしまった。

え?ちょっとこれは幾ら何でも勝手に人の住所を調べ上げて荷物を送りつけるなんてあまりに非常識なんじゃ無いの?これは・・・警察に訴えても良い事例のような気がする。

そうか、送り主の会社名を見た時にどこかで聞いたことがあると思ったら、この間私がゲームクリアした開発会社だったのか。


 一体この小包の中は何なのだろう?

わたしは思い切って開封する事にした・・・。


「え?一体これは何なの?」

箱の中から出てきたのは手紙と小さなサングラスにギュッと押しつぶしたように畳まれたビニールのような見慣れない物体だった。

「・・・?」

その見慣れない物体に押しボタンが付いているのが目に止まり、試しに押してみた。

すると、途端にその物体は大きく膨れて広がり始め、ついには人が1人横たわれるようなエアーベッドのような物が現れ、私の部屋を占拠した。


「や、やだ・・・何よ、これ。こんなに大きくなるなんて思わないじゃない!こんなんじゃ寝る場所を占拠されてしまうわ。ん・・?何これ?ファスナー?」


私はファスナーのジッパーを下げてみた。すると、中はエアークッションのようなもので覆われていた。この中に横になってみるととても寝心地が良さそうなベッドのように見える。


「え?もしかして・・・最新型のエアーベッドのプレゼントなのかな?」

ワクワクしながら同封されている手紙を読んでみた。



こちらは家庭用最新型バーチャルエアーベッドになります。ご使用方法はファスナーを開け、中に入って頂いた後に再度ファスナーを占めて頂きます。尚、この中に入りゲームが開始されますと、このバーチャルエアーベッドの置かれた部屋全ての時間が完全停止致しますのでゲームクリア後に外の世界の時間が経過してしまうという心配は全くございません。安心してご利用頂けます。


「ええっ?!時間が停止する・・?す、すごい・・・。いつの間にこんなハイテク技術が完成していたの・・・?見た目は只のビニールベッドのようにしか見えないのに。」


 さらに私は同封されたサングラスを見ると、やはりこれもバーチャルゲーム用のサングラスのようだ。こちらにも説明書がついている。


こちらのサングラスを装着して頂くと、自動的にゲームが開始されます。装着されると、ゲームの世界では腕時計に変化しております。この腕時計からゲーム時に迷った時のヒントやマニュアルをボタン一つで目の前に表示させる事が出来ます。

ゲームのキャラクター達にはこの腕時計は見る事が出来ませんのでその点につきましては心配される必要はございません。


「ふ~ん・・・つまり、この会社は私にバーチャルゲームを体験させたいって言う訳ね・・・。あまりこういうゲームに興味は無いけれども、一度くらいは試してみてもいいかな・・?」


そして私はメールに記載された電話番号に電話をかけることにした―。




 冷たい牢屋の床に座り込み、私はそれまでの出来事を思い出していた。左腕には確かに腕時計が装着され、pushと言う文字が液晶画面に表示されて赤く点滅している。

牢屋だというのに見張りの人間は誰もいないのだろうか・・・?

それにしてもあまりにもリアルすぎるこの世界。これが本当にバーチャルゲームの世界だとは信じられない。

身体に触れる固い石畳にひんやりとする空気・・・少しさび付いた鉄の匂い・・。

何もかもが現実のものとしか思えない。

 

 このままここにじっとしていても拉致が空かない。

私は思い切って、腕時計の液晶画面に触れた。

 すると突然、目の前に画面が大きく表示された。

「キャッ!」

思わず驚き、しりもちをつく。

画面は映像を流し始めた。



ようこそ、「悪役令嬢の逆襲~バッドエンドからのスタート」の世界へ。

貴女はバッドエンドを迎えてしまったヒロインになり、ゲームに登場するキャラクター達の好感度を上げ、ゲームクリアを目指していきます―


画面に表示されているのは私が知っているゲームのキャラクター達だった。

え?これって・・・私がこの間クリアしたばかりの恋愛ゲーム

『悠久の大地で君を待つ』のヒロインと攻略キャラクター達だ。

このゲームは荒廃した大地を蘇らせるために選ばれた7人のヒーロー達と、その彼等を補佐する聖女を選出する為に設立された学校で繰り広げられる恋愛ゲームである。

このゲームのヒロインは他の候補者達から勝ち残り、そして7人のメインヒーロー達と好感度を上げ、恋愛関係になっていく・・・と言う内容であった。

 何よりこのゲームで一番印象に残ったのが、まさに悪役令嬢の代名詞にぴったり当てはまる女、「エリス」。

彼女は事ある毎にヒロインに嫌がらせをしてきた。教科書を破り捨てたり、泥をぶつけたり、時にはヒロインの乗る馬の側で爆竹を鳴らして驚かせたり・・・。

 そしてついにヒロインが聖女に選ばれた時にメインヒーローに問われる。

「お前はこの女、エリスを許すか?」と―。

ここで、ヒロインが許すと言えばエリスとの友情エンディングへ、許さないと言えばエリスは牢屋へ入れられ、ヒロインはヒーローとハッピーエンドを迎える事が出来る。

そうなると普通に考えればエリスを牢屋行きにするのが当然だろう。


 私はため息をついた。

「そっか・・・この世界は悪女のエリスになって、ゲームをクリアしろって事ね。」


そうなると私の外見はエリスになっているはずだ。

気の強そうな釣り目、腰まで届く金のストレートな髪・・・。美人ではあるが、性格の悪さで帳消しだった。



 目の前の画像に「次へ」の文字が現れているので、私は文字をタップした。すると画面は切り替わり、ゲームについての説明が開始された。


 このゲームはセーブデータは1つのみで、内容は上書きされていきます。やり直しは出来ませんので、慎重に行動して下さい。またゲームのクリア条件は、ノーマルエンド、グッドエンドの二種類が用意されています。グッドエンドを迎える事が出来た場合はある特典をご用意致しております。


「ふ〜ん、特典が貰えるんだ・・・・何だろう?」

しかし次の瞬間、私は凍りついた。

「え・・・う、嘘でしょう・・・?」


ただし、バッドエンドを迎えてしまった場合は永久にゲームの世界に閉じ込められてしまうので、ご注意下さい―



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