第6日目 2日目の休日の過ごし方②—最悪の出会い
「あの、ジェフリー様。出来るだけ食事場所は目立たない所で頂きませんか?」
メインストリートを私とジェフリーは歩いていた。
ジェフリーは先ほどから私に逃げられないようにする為か・・・左手をがっちり掴まえている。
今私は非常に気まずい思いで歩いている。
何せ、あの白銀のナイトがオリビア以外の女性と手を繋いで歩いているというのだから、学院の女子学生達が注目してこちらを見ているので居心地が悪くて堪らない。
帽子で顔を目深に被ってはいるのだが、あちこちから囁き声が聞こえて来る。
「ねえ、みて。ジェフリー様がオリビア以外の女性と歩いているわよ。」
「いい度胸してるわね。よりにもよってジェフリー様に手を出すなんて・・・。」
「でも・・・オリビアが怖く無いのかしら?私だったら・・彼女が怖いから遠慮しておくわ。」
ん・・・?今一番最後に聞こえて来た会話の内容・・・『オリビアが怖く無いのかしら?』と言っていたよね・・・。妙に引っ掛かる事を話していたなあ。
それにエリスだって、オリビアを嫌がらせしただけの罪で白銀のナイト達によって裁かれて、両親からは勘当され、爵位まで失い・・・本当に彼女はここまで落ちぶれてしまう程・・浅はかで性格も最悪な女性だったのだろうか・・・?
よし。エリスの為にも・・・明日からメイドとメインヒーロー達の好感度を上げるだけでなく・・・独自にエリスとオリビアの事も調べてみるかな?
エリスの名誉の為にも・・・。
だって私は・・・ヒロインよりも自分に正直に生きていたエリスの方が余程ゲームのヒロインのように思えたから・・・。
「おい、エリス。どうしたんだ?さっきからブツブツ呟いて・・・。」
突然ジェフリーが歩くのをストップした為、私は彼の背中に鼻をぶつけてしまった。
「ひ、ひひゃい(い、痛い)・・・。」
半分涙目になってしまう。
「ハハハハ・・・お前って意外とドジだったのな?どれ、ちょっと見せて見ろよ。」
言いながらジェフリーが私の帽子のつばを上げて、顎を摘まんで自分の方へ向けさせた。
「・・・・。」
ジェフリーの顔が至近距離にある。彼の青みがかかった黒い瞳には私の顔が映っていた。
「あ・・・・。」
何故か徐々にジェフリーの顔が赤く染まっていく。
「?どうかしましたか?」
私の声にハッとなったのかジェフリーが言った。
「な・・・なんだよっ!エリス。お、大袈裟に痛がるなっ!な・何にもなっていないぞっ!」
・・・・何故か怒られてしまった。って言うか何故そこで怒る?
だが・・私は悪役令嬢の代名詞的存在の『エリス』なのだ。ここは素直に謝って置こう。
「はい。申し訳ございませんでした。」
「うわっ!だから何故そこで謝るんだよ?!」
「・・・怒ってらっしゃった様なので。」
「はあ~・・・お前・・・本当にあのエリスなのか?何か外見も変わってしまったけど、性格はまるで別人だぜ?ったく・・・調子狂うわ。」
溜息をつきながら前髪をクシャリと上げるジェフリー。
うん、流石このゲームのヒーローの1人。イケメンだあ・・・。通り過ぎる女性達が振り返って見ていくよ。
・・・駄目だ、やはりジェフリーと一緒にいては私の存在も目立ってしょうがない。
「所でジェフリー様、何処で食事をするか決まったのですか?」
「あ、いや・・・まだだな。人気のレストランは何処も混雑していたようだし・・・。」
「ではジェフリー様。あそこの屋台で買って、何処か公園のベンチで食べませんか?」
私はランチボックスを売っている屋台をビシイッと指さした。
「え・・・ええええっ?!お、お前・・・・。そ、そんなもので・・いいのか?」
ジェフリーは驚いている。・・・ああ、そうか。この学園にいる学生達は皆子息令嬢ばかりだ。育ちがいいので、当然あんな店で買った食べ物を口にした事はないんだろうなあ。
「ええ、きっと美味しいですよ。さあ、買いに行きましょうよ。」
私は渋るジェフリーを後ろに従えて、屋台へ向かった。
「ほーう。色々売ってるんだなあ。」
ジェフリーは売られているランチボックスを見ながら感心している。
あ・・・これなんか美味しそう
具材の挟まったバゲットにサラダ、フルーツの入ったランチボックスが目に止まった。
「すみません。私はこのBのランチボックスをください。」
売り子さんに言うとジェフリーは驚いた様に言う。
「早いなっ!もう選んだのか?!」
「はい、ジェフリー様も迷ってらっしゃるなら私と同じにしませんか?」
「あ・ああ・・・そうだな。よし、分かった。そうしよう!」
そして私達は同じランチボックスと、私はカフェオレ。ジェフリーはアイスコーヒーを買った。・・・会計は勿論別々で。
2人で近くの木陰のベンチに座り、早速ランチボックスを広げる。
「へえ~おしぼりもついてるのか・・・。中々気の利いた屋台だな。」
「そうですね。外で頂くのにおしぼりは必要ですものね。」
そして・・・
「いただきま~す。」
直ぐに口に運ぶ。
「おおっ!なんだ・・・。これ・・・すごく美味いぞっ!」
ジェフリーは初めて食べるランチボックスに感激しまくっている。うん、良かった。
あの屋台を選んで・・っ!
実は私はあの屋台をゲームプレイしていたから知っていたのだ。・・・知る人ぞ知る、隠れた名店だったのである。よし、ジェフリーも喜んでいる事だし・・・今日は大分好感度の数値が上がったかな・・・?
やがて食事も済んで・・・もういいかな?
私は立ち上がると言った。
「それではジェフリー様。食事も済んだ事ですし、私はこれで失礼致しますね。」
そしてペコリと頭を下げる。
「え・・?ええええっ?!お、お前・・・食事が済んだら、はい。さようならってタイプなのかよっ!」
ジェフリーが大袈裟に驚く。
「いえ。今日は私の為にお時間を半日も費やして頂き、ありがとうございました。この先はジェフリー様の自由時間です。どうぞ残りの時間をご自分の為にお使いください。」
笑顔で言った。ああ・・・これで私も自分の時間を確保できる・・・っ!
「おい、エリス。・・・残りの時間を自分の為に使え・・と言ったな?」
「は、はい。」
何故か機嫌が悪そうなジェフリー。
「そうか・・・なら残りの時間も・・俺はお前と過ごす時間を所望するぞ。」
腕組みをしながら私を見る。
え・・・?
「何だ・・・?その嫌そうな顔は・・・。」
何だかどんどん機嫌が悪くなってくる気がする・・・。こ、これは・・・まずい!
「ほ、本当ですかっ?!ジェフリー様とまだ一緒に居られるなんて夢の様ですっ!」
笑顔で心にも無い事を言ってしまった。
「あ・・・ああ・そうか。何だ・・・エリス。お前・・・照れていただけなのか?」
ジェフリーは何故かほっとしたように言う。うん、そう言う事にして置いてあげよう。
「よし、じゃあ行くか、エリス。」
ジェフリーは立ち上がると、再び私の手を握り締める。
「あの・・・何故手を・・・?」
「お前に逃げられないようにする為だ。」
「まさか!逃げたりしませんよっ!」
「ふ・・ん。どうだかな。と言う訳で、この手は離さないからな。」
ジェフリーの今の台詞を聞いて、あっと思った。
『この手は離さないからな』この台詞って・・・ジェフリーがオリビアに告白する時に言った台詞だ。いいのかなあ・・・・。エリスに今の台詞を言うなんて・・。これでは今の言葉の重みが無くなってしまいそうに感じるのだが・・・。
いや、それよりも問題なのはオリビアだ。こんな場面をもし彼女に見られでもしたら・・・っ!
「ジェ、ジェフリー様っ!やっぱり駄目ですよっ!手・・手を離して下さいッ!」
「何故だ?」
ジェフリーは私の内心の焦りなど気にすることなくメインストリートを歩いていく。
「だ、だって・・・もしオリビア様に見つかったらどうするつもりなんですかっ!」
「オリビア?別に彼女の事は関係無いだろう?第一オリビアは今もアンディと一緒に過ごしているんじゃないのか?」
で、でも・・・もし・・・!ああっ!これはマズイ
私は益々帽子を目深に被り・・・その直後・・・。
「まあ、ジェフリー様ではありませんか。」
そこにいたのは・・ブリュネットのウェーブのある髪・・・ヘーゼルの瞳の持ち主。この世界のヒロイン・・・オリビア・エバンス本人だった。
そして彼女の隣には、知る人ぞ知る。ゲーム中において一番のメイン・ヒーロー。プラチナブロンドにグリーンの瞳の超絶イケメン、アンディ・スチュワート。
つ、ついに・・・一番会いたくなかったヒーローとヒロインに会ってしまった。
ン?待てよ。今・・・隣に・・・い、いたーっ!フレッドが最早2人のお邪魔虫的存在で・・・隣に・・・。しかしこの状態で良く修羅場にならないものだなあと思いつつ、オリビアとアンディ、ジェフリーで会話が進む。
「ジェフリー様。昨日は折角誘って頂いたのに、申し訳ございませんでした。また是非映画・・・誘って下さいね。」
「いや、もう気にしないでくれ。それに俺は昨日映画を観てきたし、この先も一緒に映画を観る約束をした奴がいるから。」
言いながら何故か私の手を強く握りしめて来る。え・・?と言うか。・・・この手を逆に放して欲しいのですけど・・・。
「え・・?」
途端に声のトーンが変わるオリビア。
「そうだな、ジェフリー。俺達全員オリビアに忠誠を誓ったが・・・やはり真の恋人と言うのは1人にするべきだからな。」
私は俯いているが・・・今アンディはどんな顔で話しているのだろうか・・・。
「で、ですが、アンディ様!ジェフリー様も白銀のナイトですよ。やはり私達は何においても一心同体でなくてはならないと思います。」
うん?何だか今のオリビアの台詞・・・まるでジェフリーを手放したくないと言ってる様にも聞こえるが・・?
「所で・・・ジェフリー様。後ろにいる女性は・・どなたですか?」
オリビアの何処か冷めたような声。
き・・・きたーっ!ど、どうしよう。逃げたい逃げたい逃げたい・・・。
「ああ、お前も良く知っているエリス・ベネットだ。」
キャ~ッ!!とうとう・・・言ってしまった!私の名前を・・っ!
「エ・・・エリス様ですって?!」
オリビアの驚く声が聞こえた。
「ま・・まさか、あのベネットかっ!」
アンディの・・・何処か怒気の籠った声が思わずビクリとなってしまう。
「おい。顔を・・・あげろ。」
アンディの冷たい声がする。
「は・・・はい・・・。」
私は恐る恐る顔を上げて帽子を取り、素顔を晒す。
「「!」」
オリビアとアンディの息を飲む気配を感じた。
「あ・・・貴女・・・本当に・・・エリス様・・なの?」
「はい、そうです。」
「信じられん・・・。まるで別人のようだ・・・。」」
アンディも言う。
しかし、昨日私と会っているフレッドは黙ったまま。
「ベネット。・・・よくも我らの前に顔を出せたな。」
冷たい棘のある言葉で私に語りかけて来るアンディ。すると何故かジェフリーがアンディの視界から隠す様に私の前に立ちはだかった。
「やめろ、アンディ。エリスが怖がっている。」
「え?!」
オリビアが目を見開いた。
「ジェフリー様・・・。何を・・・おっしゃっているのですか?私の方からこのような事は言いたくありませんがエリス様は・・。」
オリビアが言いかけた所をジェフリーが言葉を重ねて来た。
「だったら・・・何も言うな。」
「・・・ジェフリー。お前・・・エリスに何か薬でも飲まされたか?」
アンディがあまりにも失礼な事を言って来た。はあ?薬?薬って・・・惚れ薬みたいな事?冗談じゃないっ!私は・・・出来るだけ本当は関わりたくない位なんですけど・・・・。
「アンディ・・・エリスを侮辱するような事を言うな。」
ジェフリーの声に怒気が混ざって来た。一体・・・何故ジェフリーは私を庇っているのだろうか?
「ジェフリー様。昨日の件で・・・怒ってらっしゃるのですか?ああ・・それなら今からはジェフリー様だけの為に時間を作ります。2人だけで何処かへ出掛けませんか?」
オリビアがとんでもないことを言って来た。
ちょ、ちょっと!アンディをそんな扱い方・・・していいの?メイン・ヒーローだよ?!!
「お、おいっ!オリビア!」
流石にこれにはアンディも驚いた様子でオリビアを見る。
「アンディ様。私は聖女です。やはり・・・聖女は皆さんを平等に扱わなくてはなりませんから・・。それではジェフリー様。今から私と一緒に・・・。」
「断る。」
即答するジェフリー。
ヒエエエエッ!ジェフリーが・・・信じられない事を言ったっ!
流石にこれには全員驚いたのか、目を見開らいている。更にジェフリーは私の肩を引き寄せると言った。
「俺は・・・今日1日エリスと過ごすと決めてるんだ。用が無いなら、もう行くからな。」
するとフレッドが声を掛けて来た。
「・・・俺も・・お前達に付いて行ってもいいか?」
それを聞き、さらにギョッとした顔をするオリビアとアンディ。いやいや、私も驚いているけどね。
「・・・勝手にしろ。行くぞ、エリス。」
そして私の手を引いて強引に歩き出す。
「あ、あの・・・失礼致しますっ!」
手を引かれながら、私は2人に頭を下げ、フレッドは無言で私の後ろをついて来た。
ああ・・一体何故こんな目に・・。思わず涙目になる私であった―。
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