第24日目 史上最悪のピンチ ③
朝8時—
スタッフルームで毎朝恒例の朝礼の時間がやってきた。
壇上に立つのは勤続年数だけで選ばれたリーダーのトビー。
いつもなら偉そうな態度で私達の前で本日の行事日程を説明するのだが・・・。
何だ?今朝のトビーは・・・?
顔色は青ざめているし、髪もボサボサだ。そして時折私を悲し気な目で見つめている気がする・・。
壇上に立ったトビーは口を閉ざしたまま話をする気配が無い。まるでお通夜状態だ。
「ちょとお~っ!トビー!いい加減にしてくれない?朝は仕事が山積みで一分一秒だって惜しいんだからねっ?!」
例の如く、ジャネットがイライラした様子でトビーに文句を言う。
「ああ、そうだ。俺は今日は牧場へ行かないとならないんだ!早く終わらせてくれよ!」
ダンの言葉に私と・・・何故かトビーがピクリと反応する。そして・・・突然トビーがダンの方へとズカズカと歩いてくると、いきなりダンの襟首をつかんだ。
「ダンッ!いいか・・・・お前・・・。今日は何としてもエリスを・・守り抜くんだぞ・・・?!」
えっ?!い、今・・・トビーは何と言った?!私を守り抜けだって!そうか・・と言う事は・・・。
「お、おい・・・!く・苦しい・・!離せっ!だ、大体・・・何故エリスを・・・守り抜けと・・言うんだ・・・?!
ダンが襟首を掴まれながら必死で声を振り絞る。
「いいかっ?!良く聞けっ!今朝突然学園の牧場から連絡が来たんだっ!突然牛共が凶暴化して暴れているからその牛を・・・大人しくさせる為に・・上の方からの命令で・・・エリスを連れて来いって言われたんだよぅっ!!」
トビーは涙目になりながらダンの襟首をつかんだまま離さない。
い、言われたんだよぅって・・・何と言う物言いなのだろう?
最早他の従業員達は半べそをかいてダンを締め上げているトビーを呆れたように白い目で見る者しかいない。・・・恐らくこの分だと後半年で彼は・・・リーダー職を降ろされるに違いないかな?
1人でうんうん言いながら納得していると、突然トビーに名前を呼ばれた。
「エリスッ!!」
「キャアアッ!」
見ると眼前にトビーがいつの間にやら立っていた。
「エリス・・・。」
突然トビーが私の右手を両手で包み込んできた。ゾワッ!全身に鳥肌が立つ。
「おいっ!なにやってるんだよっ!」
それを見て真っ先に声を上げたのは他でも無いジョージである。
「うるさい!黙れ、俺はこれからエリスに大事な話があるんだっ!」
言いながらトビーは私の手を離さない。
「きさま・・・っ!」
ダンが歯ぎしりをして文句を言いそうになるのを私は止めた。
「何でもいいですから早く話を進めて下さいッ!」
するとトビーは今度は私の左手まで握りしめると言った。
「僕の愛しいエリス・・・。何故君はいつもいつも上層部から指名されて危険な仕事ばかりを押し付けられてしまうのだろうか・・・?やはりこれは全て君から爵位を剥奪した『白銀のナイト』達の陰謀なんじゃ無いかと僕は最近思うようになっているんだよ。だから、今回の仕事を終えたら君はもうメイドの仕事をやめてくれないか?君を守るには、最早それしか方法が無いんだよ。」
「は?」
あまりの突拍子もないトビーの台詞に固まる私。
「ねえ、トビー。エリスの事に口を挟みすぎじゃないの?メイドをやめたらエリスの行き場が無くなるじゃないの。」
アンが至極当然の事を言う。うん、正にその通り。メイドをやめたら路頭に迷ってしまいます。
「あの、トビー。私はメイドの仕事をやめる訳にはいかないので、やれと言われた仕事は最後まで引き受けますよ?」
さり気なくトビーの手を振りほどきながら私は言った。
「そうだ、エリスの人生に口を挟むな。」
ダンも頷く。
「そうだ!トビー!幾らリーダーだからってエリスにかまい過ぎだ。エリスにはエリスの生き方があるんだから口を挟むなよっ!」
ニコルまで口を挟んできた!あまり人の事は言えない気がするのだけど・・。
ううう・・・。これでは話がちっとも先に進まないっ!
「いい加減にして下さい!」
ついに我慢が出来ず、私は立ち上がった!
「いいですか?命令とあれば、どんなに危険な任務にだって私は赴きますよ!メイドになった時からその覚悟は出来ていますっ!」
そして私は不敵に?ニヤリと笑った―。
ダンと2人、馬車に揺られながら私達は牧場を目指していた。
「それにしても・・・何故いつもいつもエリスにばかり危険な仕事が回って来るんだろうな・・?」
ダンは不思議そうに手綱を握りながら言う。
「ハハハ・・さて、何故でしょうね~。」
それは私はこのバーチャルゲームの世界に送り込まれたリアルな人間だからだよと本当の事を言えず、取り合えず笑って胡麻化す。
「ところでダン。牧場の牛って何頭位いるんですか?」
「うん?何だって急にそんな事を聞いてくるんだ?」
「いえ、その牧場の牛がどの位いるのかが分かれば、暴れ牛の数もおのずと見当がつくかな~と思いまして。」
「ああ、成程な。うん、言われてみればその通りだ。だいじょうぶだ、安心しろ。それ程数は多くない。」
言いながらダンは指を1本立ててきた。
「あ、そうなんですね?それじゃ・・10頭位ですか?」
その位の牛の数なら『害虫駆除』のスキルで一発でウィルスを駆除する事が出来そうだな。
「いや、10頭じゃない。大体・・100頭位かな?」
ダンの言葉に思わず耳を疑ってしまった。
「ひゃ・・100頭ですか?!」
そ、そんなっ!桁が違い過ぎるっ!
「どうした?エリス?ガタガタ震えているようだが・・・大丈夫か?」
ダンが心配そうに尋ねて来た。
「い、いえ・・・大丈夫です。何ともありませんよ?」
「だ、だが・・ブルブル震えているじゃないか?」
ダンが私の顔を覗き込んでくる。
「な、何の・・・た・単なる武者震いですよ・・・。」
そして武者震い?が止まらない私を乗せて、馬車は牧場へと入ってゆく・・・。
モオオオオオオオーッ!!
牧場内に入ると、およそのどかな風景には程遠い光景が繰り広げられていた。
怖ろしい咆哮?を上げながら牛が牧場内で魔法の力によって無理やり地面に押さえつけられている。
牛たちを押さえつけているのは、他でも無い、魔法攻撃を得意としている『白銀のナイト』のエリオット、そしてアンディ、ジェフリーだった。
彼等は両手をかざし、100頭全ての牛を押さえつけている。
「エ、エリスッ!何故ここに来たんだっ?!」
アンディは私の姿を見ると、焦ったように声を掛けてきた。
「くっそ・・・・!またエリスをこんな危険な任務につかせやがって・・・!」
ジェフリーが悔しそうに叫ぶ。
「エリスッ!危ないからお前は下がっているんだっ!この程度のことなら俺達に任せろ!お前は安全な場所に隠れているんだっ!!」
杖を暴れ牛に翳しながら、何とも男前な台詞を言うエリオット。しかし、暴れているのは牛ではあるが、彼等の中に取りついているのは他でも無い。オリビアが放った刺客?のコンピューターウィルスなのだから。
だから・・今こそ、この私エリス・ベネットの出番なのだっ!
「いいえ、皆さんっ!私は引きませんっ!もう少しだけ・・・そのまま牛を押さえていてくださいね・・・!!」
そして暴れ牛共の前に走り出ると右手を高く掲げた。
「ウィルス駆除ッ!!」
すると私の右手にいつもの杖・・よりパワーアップした杖・・・ではなくまるで魔法使いのアニメに出てくるような?魔法のステッキが現れる。しかも柄の先はハートの形をしているではないか。
げげっ!何、これ!は・・・恥ずかしいっ!!
しかし、背に腹は代えられない。
「神の裁きっ!!」
すると・・・私達の頭上20m程上空に黒い雲が現れ、徐々にその雲はおおきくなっていく。その雲からは時折稲光が走っているのが伺えた。
やがて雲は見る見るうちに大きく育ち、ついには直径100m程の巨大雲へとなっていた。
「え・・?う、嘘でしょう・・・?!」
思わず雲を見上げて、その余りの大きさに頭の中が真っ白になってしまった。
じょ・・・冗談じゃないっ!!あんな大きさの雷・・・巻き添えを食うに決まってる!!
だけど・・・多分あの雷雲のターゲットは・・・・牛のはず!!
「み・・・皆さんッ!!危険なので逃げて下さいっ!!」
私の叫び声と共に、全員が一斉にその場を離れて逃げ出す。
すると、突然アンディが目の前に現れた。
「エリスッ!!一緒に逃げるぞっ!!」
アンディに手を引かれ、走り出した途端、黒雲からまるで雨のように雷が次から次へと降ってくる。
ドカーンッ!!
バリバリバリッ!!
雷は強烈な音と共に、暴れ牛目がけて降り注ぐ。そのたびに牛はモーモー鳴いて逃げ回り、雷がヒットするたびに一頭、また一頭と倒れていく。いやいや、その凄まじさはまるで地獄絵図のようであった。
やがて、黒雲は徐々に消え去り、青空が見える頃にはコテンと地面に倒れて眠りについている牛の群れが残されていましたとさ。
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