忘却から始まる異世界迷宮

砂上楼閣

第1話〜目覚め

思い出せない。


自分は誰なのか。


ここは何処なのか。


なぜ何も覚えていないのか。


その全てを思い出すことができなかった。


…………。


光源はないのに不思議と物を見るのに不自由はない、そんな部屋で目が覚めた。


床に直接横になっているらしい。


身じろぎすると体の節々が痛む。


寝起きだが、なぜか頭の中はクリアだった。


…………。


よし、クールにいこう。


そんな言葉が頭に浮かんだ。


どうやら自分はあまり物事に応じないたちらしい。


まずは情報収集、それからだ。


そんな言葉も浮かんだ。


これはどこかで聞いた言葉だろうか。


「…………。」


とりあえず硬い床から起き上がろう。


床には汚れや埃などは落ちていなかった。


壁や天井と同じ灰色の、触ると滑らかではないが冷たさの感じない無機質な、自然なような不思議な感触だ。


…………。


だめだ、少しは動揺してるのか?


クールにいこう。


床、壁、天井は全て灰色で、おそらく同じ材質。


継ぎ目はなく、凹凸もない。


触った感じ冷たくはない。


光源がないのに視界は良好。


統一感があって不純物がない、それが自然に感じられるが、その整然とし過ぎている所が不自然だ。


明らかに人工物でありながら人間臭さがない。


自然だが不自然に感じてしまうこの感性は、同じ空間にいなければ共有できまい。


今自分がいるこの空間はだいたい3メートル四方の部屋で、天井までの高さは約2メートルほどか。


軽く閉塞感を感じる。


跳べば簡単に天井を触ることができた。


空気穴、ダクトのようなものはないが今の所呼吸が苦しくなったりすることもないし、特に匂いも無い。


病院や学校、何かしらの施設などにある建物特有の匂いがない、というのは不自然だ。


正面には単色のこの空間において絵画のように存在感を発している扉が一つ。


金具の取り付け方からして内側に開くようだ。


他には特にこれと言ったものは見当たらない。


…………。


後は自分自身のことか。


性別は男。


鏡はないのでどんな顔をしてるのかは不明。


手や腕、身体を見てみた感じ中肉中背で太っているわけでも筋肉質なわけでもない。


身長は天井までの高さと比較して170センチ強といったところか。


一応肌は白いが黄色人種で、髪の色は黒。


目立つ傷痕などはなく、血色は普通で爪などの手入れはされているところを見ると長時間監禁されているわけでもないのだろうか?


着ている服は黒のデニムに白いシャツ、上着に紺色のパーカー、靴はランニングシューズで時計やアクセサリーなどはなし。


パーカーなどは厚手のものではない。


夏場は暑そうだが、初夏でも秋でも違和感のない服装。


服や靴は体に馴染んでいるようだが、それほど使い古されているものではなさそうだ。


…………。


ポケットには小さな鍵とメモ帳、四色ボールペン。


頑丈そうな黒いリュックには水筒と栄養価の高そうな保存食が入っていた。


あとは簡易救急品。


水と食料と救急品、まるで災害セットだ。


…………。


さて、この部屋で分かることはもう無さそうだ。


無機質な扉には鍵穴がある。


ちょうどポケットに入っていた鍵が入りそうだ。


…………。


ここで待って居ても何も無さそうだ。


鍵穴に鍵を入れると抵抗なくすんなり入る。


捻ると簡単に鍵が開いた。


ゆっくりと扉を開ける。

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