第74話〜ダンジョン深部で影は嗤う
…………。
どこにもいない。
ヒナは動かし続けていた足を止めた。
ダンジョンに入ってからすでに30分近く経過している。
モンスターの姿はほとんど無く、罠も低級なものばかりで魔法的な罠はほとんどなかった。
すでにダフネたちによって一掃されたのだろう。
モンスターはダンジョンによって再び生まれるまでに時間差がある。
この規模のダンジョンならば次にモンスターが生まれるのは1日後だろうか。
だいたい同じ周期で罠も再設置される。
低級な罠なら他のメンバーでも解除は可能だ。
しかし……
「……どこに消えたの」
『宵薔薇の乙女』の斥候役であり、暗殺者という盗賊職の中でも上位の職業につくヒナだ。
ほとんど障害の存在しないダンジョンはほぼ探し尽くしたと言っていい。
にも関わらず見つからない。
匂いを追うことは不可能だ。
ヒナの鼻もこの臭気の中では役に立たない。
暗殺者の勘が隠し通路、もしくはそれに近い何かの存在を感じ取っている。
しかし職業によって研ぎ澄まされた五感が、嗅覚が、ヒナの集中を乱している。
(たぶん、ボス部屋だと思うけど…)
顔を顰めるヒナ。
すでにボスが倒され、無人と化したボス部屋。
探索のセオリーとして、ボス部屋は最後に回されることが多い。
あらかたモンスターが始末され、魔石のみが点々と残されたダンジョンの現状を鑑みるに、ダフネたちはボスに挑み、そしてそこで何かがあったことは確か。
魔石はほぼ手付かずで放置されていたのだから。
ヒナは再びボス部屋に立ち入る。
例えボスでも、再び生まれるまで最低でも1日ほどかかる。
そう、それが、
「……っ!」
ボスではなく階層主でもなければ。
ーーーウバアアァアア!
部屋の奥の壁から湧き出るように、グールが現れ、その後に続くように数体のゾンビも現れた。
(このダンジョンにはまだ先がある!)
ヒナは油断なくナイフを構える。
この程度のモンスターに仲間たちがやられるわけがない。
必ず何かある。
周囲の気配を探りながら、ヒナは近づいて来るゾンビたちにナイフを振るった。
…………。
角を右に曲がる。
見通す限り敵影はない。
深く観察する。
やはりモンスターはいないようだ。
通路の様子は変わり映えしない。
罠もなさそうだ。
本当にそうか?
「…………。」
そんな調子で進む事十数分。
実のところほぼ迷いなく進んで来れた。
行き止まりにも、罠にも遭遇していない。
目の前には明らかに何かありますと言わんばかりの大きな扉。
まるで導かれているように、おそらく最短のルートで、ここまで来た。
ズキンッ
警告を発するように無いはずの腕が痛んだ。
臭いのせいか胸の辺りがむかむかする。
集中も乱れがちなのを自覚する。
深呼吸して切り替え……るのは逆に致命傷か。
そこだけ場違いな重厚な扉に手をかける。
見た目と質感のわりにあっさりと扉は開いた。
注意しながら、一歩を踏み出す…
…………。
ダンジョンの深部。
侵入者の気配を察知して蠢く影があった。
決して広くはない、しかし無駄な物が一切ないがらんとした部屋の中心に浮かぶ、水晶のように透き通る多面体。
そこにボス部屋に偽装された階層主の大部屋に侵入してくる人影が映し出されていた。
「あは、は。どうやら、お目当て、の、人物、みたい、だ」
影は嗤う。
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