第55話〜宵薔薇の乙女

…………。


街から馬車で2日ほど離れた位置にあるダンジョンの入り口から、複数の人影が出てきた。


森の中の遺跡から地下に広がるタイプの迷宮、C級迷宮骨兵の坩堝


その名の通り、多くの骨兵スケルトンソルジャーが徘徊する迷宮である。


比較的人類の生活圏に近いその迷宮の難易度は、C級だけあって多くのベテランの冒険者や探求者たちが訪れる。


出てきたのもそんな冒険者パーティーの一つ。


そのパーティーは種族は違えど、全員女性で構成されていた。


…………。


C級冒険者パーティー『宵薔薇の乙女』たちにとって《骨兵の迷宮》は丁度いいランクだと言える。


よく誤解されがちなのだが、基本的にモンスターや迷宮に付けられたランクというのは、パーティー規模で攻略することが前提として付けられている。


モンスターと人では基本的に性能が違う。


極端な話、ドラゴンの階位レベル1と人の階位1では馬力が異なるのだ。


そのためC級の冒険者がソロでは、せいぜいD級迷宮にしか潜れない。


全ての迷宮に監視が付いているわけでもなく、迷宮に入ることはできる。


だがそもそも階級に見合った実力しかなければ迷宮で生き延びることはできても攻略する余裕などないのだ。


それ以前にただ強いだけでは迷宮では生き残れない。


役職に応じた技能を持った者がパーティーを組むことでようやく安全に攻略することができるようになる。


階位も技能も知識もない素人が迷宮に入り込めば、無事ではすまない。


モンスターを倒す実力があろうと罠が解除できなければ死ぬし、食料や道具が無ければ飢えるか行き詰ってやはり死ぬ。


ソロで潜れる実力があったとしても、食料や水、荷物を潜るのに必要な日数分持っていれば機動力も落ちる。


ダンジョンに潜るならば普通は役職に合ったパーティーを組み、実力と相性に合った環境を選び、荷物に余裕を持たなければならないのだ。


その点彼女たちは実にいいバランスと装備である。


…………。


街へと帰る道すがら、『宵薔薇の乙女』たちは交代で見張りと休憩をしながら、預けていた馬車を走らせていた。


これもパーティーならではの利点である。


御者や見張りといった役割を分担、あるいはローテーションすることができるので人を雇う必要がなく、さらには人数で割れば貸出馬車のコストも安く抑えられる。


支出が低く、リスクも少ない。


何より人間関係がしっかりと築かれていることで効率や実力が数段上になるのがいい。


女性のみで築かれているため、よくある男女間の問題が起こりにくいのもいい。


もっともその点に関して言えば、このパーティー『宵薔薇の乙女』は色々と事情があるので、別の心配もあるのだが。


…………。


パーティーリーダーのダフネは馬車の荷台で得物の手入れをしながら、最近パーティーに加入したばかりの少女に目を向けた。


ボーッと馬車の外を眺める少女は心ここに在らずといった様子で、ダフネが見ていることにも気づかず独り言を言っている。


「……さん、何処にいるんでしょう……。……まだ生きてますよね?なんで……はいつも…………なんでしょう」


「リズベル」


ダフネが名前を呼ぶと、リズベルと呼ばれた少女は振り向いた。


可憐な、と表現していい小柄な少女だった。


パーティーに加入してまだほんの数日ほどだが、支援のための魔法を多種多様に扱い、ソロでダンジョンに潜っていたほどの実力者である。


人を探して各地の迷宮に潜っていたらしいが、ソロの限界を感じていたらしく《宵薔薇の乙女》に加入した。


彼女の魔法は仲間を強化するだけでなく、モンスターを弱体化したりと応用が効き、パーティー全体の底上げにもなる。


それに加えて控えめな性格だが、必要に応じて適切な言動のできる彼女はすでに仲間の輪に溶け込んでいる。


しかし時々こうして心ここに在らずと言った様子を見せるのだ。


…………。


あまり個人のことに踏み込むのはよろしくないが、リーダーとして話くらいは聞いておいた方がいいだろうとダフネが口を開き…


「気を付けて、妙に空気が淀んでるわ」


見張りをしていた少女から警戒の声が上がった。


「瘴気?戦場でもあるまいし、もしかして野盗の犠牲者か?」


御者が上げた声も荷台へと届いた。


すぐ様ダフネを始めとした《宵薔薇の乙女》たち全員が臨戦態勢をとる。


先ほどまでボーッとしていたリズベルも意識を切り替えたのかすでに杖を構えて、支援魔法の準備に入っている。


「アンデットだ!進行方向に複数体!」


「森の中にもいるわ!囲まれてる!」


見張りから上がった声に、ダフネは辺りに散っている気配を探る。


「ちっ、専用装備もなしにこの数のアンデットはきつい。街まで飛ばすよ!ギルドに報告だ!」


「りょーかい!」


「分かりました」


「はい」


返事と同時に進路上にいるアンデットに炎の塊が当たり、複数体を爆風で巻き込んだ。


「道を塞いでるやつ以外には構うな!無駄撃ちしてもアンデット相手じゃキリがないからね」


アンデット系統のモンスターは浄化するか灰になるまで燃やし尽くすかしないと倒せず、さらには瘴気を撒き散らして他のモンスターを凶暴化させてしまう。


そのため全部倒すには相当な時間と労力がかかるのだ。


幸いなことに行動範囲はそこまで広くはないので、討伐に戻るまでは大丈夫だろう。


御者をしていた少女が手綱を操り馬を加速させ、火だるまのアンデットをうまく避けさせて走らせる。


警戒していた少女は前方に障害となるモンスターがいないことを確認すると、念のため杖を構えたまま周囲の警戒に戻る。


馬車が走り去った後には黒焦げの残骸とそれに群がるアンデットたちだけが残された。

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