第50話〜目論見は外れて
…………。
◇商人目線◇
わしは目の前の光景に呆然としていた。
20を越える盗賊と思しき薄汚い男ども。
各々がその手に刃こぼれした剣やナイフ、棍棒などを持っているのが見える。
皮鎧を身にまとっている者もいるようだが、どれもロクに手入れがされていないのか貧相なものだ。
後方には弓を構える者もいるようだ。
わしと盗賊どもとの間には数名、護衛だった者たちの死体があるばかり。
今まさに最後の1人が複数の盗賊に囲まれて殺された。
背後を振り返ると、一目散に逃げていく従者。
わしを突き飛ばし、躊躇いなく逃げ出しおった。
もうわしを守る者はどこにもいない。
大金に化けるはずの積荷も今ではこやつらをおびき寄せるだけの重荷でしかない。
何人かの奴隷はいたが、どれもこれも年端もいかぬ者ばかりで役にはたたん。
いつもなら。
年に数度、わし自らが取引に赴くこの旅路は、¨いつもならば¨高ランクの冒険者を始めとした護衛を数十人、従者にしても戦える者を複数名同行させていた。
こんな野党どもなど半刻と待たずに討伐できるだけの戦力を用意していた。
なのになぜ、今、この場にわしを守る者たちがいない?
意識が過去に飛びそうになるが、なぜか頭がはっきりとしない。
まるで考えることを拒否しているような……?
「…………。」
ああ。
¨そんなことよりも¨。
わしの娘は、どこへ行ったのだ?
どこの誰かも分からぬ、有象無象の盗賊の1人が振りかぶった剣。
それがわしの見た最後の光景だった。
…………。
私は盗賊たちと荷馬車を背に、ひたすら前に前に走っていた。
今はもう息苦しい女物の服は脱ぎ捨て、あらかじめ用意していた服に着替えている。
動きやすさを重視した服装に、荷物の中にあったローブ。
後は何本かのナイフをベルトごと失敬してきた。
全ては私の計画通り。
盗賊と繋がっている男にルートを含めた情報を流すのも、今は亡き娘に未練のある男に取り入るのも。
腑抜けてしまった男の思考を誘導するのは簡単だった。
少々計画違いがあったのは御者をしていた従者が、あの男を突き飛ばして逃げてしまったこと。
盗賊に皆殺しにさせる計画が少しだけ狂ってしまった。
まぁ誤差の範囲かしら。
計算外、ではないけれど、目論見が外れてしまったことも。
あの男が死ぬのをギリギリ視認できる位置で見ていたけど、首輪が外れる様子はない。
どうやら当てが外れたみたい。
あの場に残っていられれば手間がなかったのに。
¨まあいいか¨。
私は随分と伸びてしまった髪を、ナイフで切り落とした。
…………。
僕は自殺することができない。
この首輪はあらゆる勝手を許さない。
自殺や自傷は禁じられている。
男から、危険が迫ったならば逃げろ、という命令がなければあの場で殺されていた。
¨娘¨に対して随分と過保護で執着のある男だった。
死にさえすれば首輪は外れるのに。
命令のせいで自分から戻ることも出来ない。
とんだ欠陥品だ。
僕は森に入ったところで後ろを振り向いた。
ここまでくればもう盗賊たちも、あの馬車も見えない。
追手はいないようだ。
全く、本当に気が利かない盗賊たちだ。
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