第49話〜俺は、僕は、ボクは…私は?

…………。

…………。

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地獄のような毎日が何日も続いたある日。


私の歪な日常は終わりを告げる。


「『馬車に乗りなさい』」


「はい、お父様」


子供特有の高い声で、お淑やかに、返事をする。


つま先の細い靴に注意して、大股にならないよう、粛々と馬車に乗り込んだ


その際もふわりと広がるスカートを¨左手で¨抑え、右手で使用人の手を取ることは忘れない。


座る際もスカートにシワがつかないように、膝が開かないように、髪が乱れないように。


花を象ったブローチの位置は何度も鏡を見て調整したから問題ないはず。


私は向かい側に座った¨お父様¨に微笑みかけ、そっと伏し目がちに視線を逸らした。


左手を無意識に撫でて、そっとカーテンの外の街並みを眺めることにする。


…………。

…………。


馬車が外壁の門をくぐり抜ける。


¨お父様¨はこの街でも有数の大商人、ほとんど馬車が止まっている時間はなかった。


外に出る分にはチェックもそこまで厳しくはない。


もっとも、お金の使い方、ばら撒き方を知ってる¨お父様¨が、こんな所で時間を無駄にすることなどないことは分かりきっていること、だけれど。


馬車は走る。


外壁を背に。


隣の街まで。


商談をしに。


¨お父様¨は機嫌よく¨娘¨に今回の商談について、今後の商会の発展について、そして自身の偉大さを語る。


…………。


¨愛娘¨に街に着いたら新しいドレスを買うことを楽しげに語った男が、話題を変えた。


「ところで¨左手¨の調子はどうだね?」


「はい、お父様から頂いたこの¨魔導具¨のおかげで、今では痛みもありません。まだ少し、カップを持つのに不安があるくらいです」


「そうかそうか!他の傷跡はポーションと治療のお陰で綺麗になったが、さすがに部位欠損は並みのポーションでは治らんからな。霊薬も王都の闇オークションでもなければ簡単には手に入らん。だが、心配はいらんぞ?必ず手に入れてやるからな」


「お父様、ありがとうございます。カタリーナは幸せ者です」


儚げな微笑みに、男は面白いように相合を崩す。


そこに商人として海千山千を渡り歩いた、裏にも通じる腹黒さはなかった。


愛娘を溺愛する、ただの太った商人がいた。


…………。


数日ほど何事もなく馬車は進んだ。


隣街とはいえ、交通手段は徒歩か馬車が一般的なこの世界では数日、へたしたら数週間かかることもある。


「そろそろ喉が渇いたんじゃないか?持って来させよう。おい、『飲み物を取ってこい』」


「………。」


無言で頭を下げ、首輪をつけた少年が馬車に向かっていった。


その首には私のものと同じ、首輪がついている。


もっとも私の首輪はレースのついた布飾りが巻かれているので、一貫して奴隷とは分からないでしょうけど。


奴隷の少年が用意した紅茶を飲む。


茶葉はいいけど、技術がないせいで風味が損なわれている。


屋敷には専属の使用人がいるけれど、今回は連れて来ていない。


必要最低限の人員だけの旅路。


お父様は本当に娘に甘い。


だから本当だったらあり得ないようなミスをする。


いつも雇う護衛の数を娘に言われるがままに減らしてしまったり、なんてね。


「大変です!野盗に囲まれています!」

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