第48話〜ココロをコロセ
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奴隷になってから経過した数日のことは正直思い出したくない。
ダンジョンに比べたら、ここはまだ命の危険がそれほどでもない分まだましなのかもしれない。
けれど、自らの意思で足掻くことのできたダンジョンに比べ、ここは自由もなく、尊厳もなく、別の意味で地獄だったと言える。
この首に掛けられた首輪。
これが行動を制限する。
欲望に濁った瞳をした大人たちの『命令』が、首輪を通してボクを蝕む。
人という生き物の醜さを、ここ数日で嫌という程に心と身体に刻み込まれた。
ボルスたちに助けられた時に感じた感謝、それがドロドロとしたものに塗り潰されていく。
ズキン。
今日もまた無くなった『左手』が痛む。
この痛みがボクをまともでいさせてくれる。
ズキン。
これ以上の痛みは与えられないから、だから我慢できる。
だから心の傷からは目を背けよう。
ズキン。
ボクは大丈夫。
声は出せないけれど、出せたなら声をあげて笑えそうだ。
ズキン。
ああ、またあの大人達が来た。
さぁ。
ココロをコロソウ。
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檻の外に出た。
世話役の男に連れていかれたのは、小綺麗だが何もない部屋。
ここには何度も来た。
窓もなく、部屋の中心にはそれだけ違和感を放つ高級な椅子。
そしてその椅子に腰掛ける、というよりかでっぷりとはまった男。
ボクの主人だという商人だ。
欲望が体型にまで表れたような男。
ぶくぶくと贅肉で膨れ上がり、ソーセージのように太い指には宝石のついた指輪がいくつもはめられている。
頭は見事に禿げ上がり、汗でテカテカと光る様は嫌悪感を掻き立てる。
体臭を誤魔化すためにか大量に振りかけられた香水が、合わさって吐き気をもよおす。
こんなでもこの街では有数の大商会の元締めだと言うのだから、分からない。
自尊心が高く、『命令』をする度に聞きたくもない自慢話をしてくるせいで、知りたくもないこの男のことばかり耳に残ってしまった。
男はボクがお気に入りらしい。
いつも仕事終わりにやって来てはボクに『命令』する。
「いつものように『靴底を舐めて綺麗にしろ』」
男は偉そうに足を組み、靴の底が見えるようにこちらは向けた。
ボクは表情を変えることなく、躊躇うこともなく、ひざまづいて男の靴底を舐める。
その時は時折上目遣いで男を見ることも忘れない。
そういう『命令』だ。
「よし、よし、いいぞぉ。おい、お前はしばらく外にいろ。呼ぶまで誰も近づけるな」
「はっ」
男が満足するまで舐めると、世話役の男に席を外させる。
これもいつも通り。
男が出て行き、この密室に2人きり。
「ふふ、ではいつものように『服を脱げ』。一枚ずつ、ゆっくりと、焦らすようにだ」
ボクは言われるがままに服を脱ぐ。
自然に見えるよう、羞恥の仕草と表情を作りながら。
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可愛いは罪だという言葉を聞いたことがある。
確かにそうだと思う。
可愛いことは罪だ。
ボクはこの世界の基準、というか感性ではとても可愛いらしく見えるらしい。
何度も何度も言われた。
迷宮から出てからろくに汚れを落とせていなかったせいで、目立たなかっただけで。
檻に入れられ、『商品』としての価値を上げるために洗われ、バレてしまった。
男でありながら、男にも女にも魅力的に見える、未発育の子供。
唯一の欠点は左手がないことだが、欠けているからこそ蠱惑的な魅力を持つ芸術作品のように。
背徳的な、禁忌を犯すような、そんな色香を感じるのだそうだ。
ボクは、今日もまた、静かにココロを殺した。
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